婚約破棄された公爵令嬢は冤罪で地下牢へ、前世の記憶を思い出したので、スキル引きこもりを使って王子たちに復讐します!

山田 バルス

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第70話 聖女エリシアの受難 ― その後の試練と光明

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   聖女エリシアの受難 ― その後の試練と光明

 肥満の地獄は、ある日を境にふしぎと進行を止めた。
 どれほど食事を制限しても、走り込んでも痩せられなかった身体が――これ以上は太らなくなったのだ。

 だが、それは決して「元通り」ではない。
 丸みを帯びた頬、窮屈なドレス、立ち上がるときの重さ。
 以前の“輝かしい聖女”の姿からは程遠かった。

 それでも、日々の中でひとつだけ気づいたことがあった。
 聖魔法を使って人々を癒すたびに、ほんのわずかずつではあるが体が軽くなるのだ。

「……あれ? 昨日より、少しだけ……」

 鏡の中、ふくらんでいた頬が気持ちすっきりしている。
 むろん理想の姿にはほど遠い。
 けれど、救いの糸が見えた気がした。

 それからのエリシアは変わった。
 自ら進んで治療に出かけ、病に伏した民や、けがを負った兵を癒やした。
 城下の診療所に顔を出すようになり、時に泥にまみれ、時に汗だくになりながら、ひとりでも多くを助けようとした。

「聖女様、本当にありがとうございます!」
「母が歩けるようになったんです……!」

 涙ながらに感謝されるたび、胸の奥で何かがほどけていくのを感じた。
 かつては「王妃になる」ことばかりを夢見ていた。
 だが今は――癒すことそのものに、心が満たされる。

 エリオット殿下への恋心さえ、不思議と薄れていった。
 彼と並び立つ夢を追いかけていた自分は、なんと狭い視野だったのだろう。

 そんなある日、公爵令息シリウスが彼女を訪ねてきた。
 凛々しい顔立ちに、軽薄さを隠さぬ微笑み。
 けれどその目は真剣だった。

「エリシア、君に伝えたいことがある」

「……なにかしら?」

「君は“自分のせいで太った”と思っているだろう? だが違う。帝国の工作員――アーケンが君に操作魔法をかけていたんだ」

「え……?」

 頭が真っ白になった。
 努力しても痩せないどころか太るばかりだったあの日々。
 どれほど涙を流しても変わらなかった身体。

 その裏に――帝国の陰謀があったというのか。

「信じられないかもしれないが、これは証拠がある。君だけじゃない。以前に断罪されたアルベルト王子、アーサー卿、マッスル卿、ミーア嬢……みんな同じ操作魔法に操られていた。すべて帝国の仕業だ」

「……そんな……」

 全身から力が抜け、椅子に座り込んだ。
 あの日々、自分が愚かだから報われなかったと思っていた。
 でも、違った。
 誰かが意図的に、自分を陥れていたのだ。

 震える指先を握りしめ、エリシアは思った。
 怒りよりも先に、胸に広がったのは――安堵だった。
 自分の努力は無駄ではなかった。
 本当に駄目だったのは、自分ではなく、帝国の卑劣な術だったのだ。

 シリウスは言った。
「だが、心配はいらない。帝国はもう終わった。ローゼ嬢の……あの特別なスキルによって、帝国は滅び去ったんだ」

「……ローゼが?」

 驚きと同時に、不思議な納得が胸に落ちた。
 彼女なら、やり遂げられるのかもしれない。
 あの日、自分を追い詰めたあの少女は、誰よりも強い意思を持っていたのだから。

 そしてエリシアは決意した。
 過去の嫉妬も、悔しさも、すべてを捨てよう。
 今の自分がすべきは、ただ癒すこと。

 人々の笑顔を取り戻すこと。

 そうして日々を過ごすうちに、不思議なことが起こった。
 肥満に苦しんだ身体は、少しずつではあるが元の形を取り戻していったのだ。

「……エリシア様、また少し痩せられましたね!」
「本当に……あの頃の面影が……」

 侍女たちが涙ぐみ、笑顔で支えてくれる。
 鏡に映るのは、まだふっくらしてはいるが、確かに聖女の面影を宿した自分だった。

 ――すべてを失ったと思った。
 けれど、その過程でようやく見つけたのだ。

 本当の聖女の在り方を。

 エリシアはもう、かつてのように「勝ち誇った笑み」を浮かべることはなかった。
 代わりに、癒やす者の優しい笑顔をたたえながら、ひとりでも多くの人の手を取って歩んでいった。

 世界は変わった。
 帝国の陰謀は潰え、平和な日々が訪れる。
 その中で、シリウスはふと窓辺に立ち、未来を見据えてつぶやいた。

「ようやく、これからは……穏やかな時代が始まるんだな」

 横では、治療の帰りで少し疲れた様子のエリシアが、穏やかな笑みを浮かべていた。
 その姿は、以前よりも少し丸みを帯びている。
 だが、それこそが彼女の“受難”を越えた証であり、人々に愛される聖女の証だった。

 彼女はもう、王妃という夢を追いかけはしない。
 けれど、王国が平和である限り――
 エリシアは、真に人々のための聖女として、歩み続けるのだった。
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