冤罪で家が滅んだ公爵令嬢リースは婚約破棄された上に、学院の下働きにされた後、追放されて野垂れ死からの前世の記憶を取り戻して復讐する!

山田 バルス

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第7話 リースと事務スキルの覚醒

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リースと事務スキルの覚醒

 ある朝、いつものようにリース=グラスゴーは雑巾を手に廊下を磨いていた。
 窓から差し込む光に照らされて、床はすでに鏡のように光っている。
 しかし、そんな彼女の背に、突然鋭い声が飛んできた。

「おい、グラスゴー! ちょっと来い」

 呼び止めたのは学院の事務員、丸眼鏡をかけた中年男性だった。
「……は、はいっ!」
「お前、今日から掃除は後回しだ。こっちの事務室を手伝え」

「えっ……事務室、ですか?」

 雑巾を抱えたまま固まるリースに、事務員は苛立ったように眉をひそめた。
「そうだ。帳簿が山のように溜まっててな。人手が足りん。どうせお前、下働きなんだ。やるんだよ」

「……はい」

 しおしおと返事をして、リースは雑巾を置き、言われるまま事務室に向かった。

 事務室の扉を開けると、そこはまるで紙の山に埋もれた洞窟だった。
 帳簿や請求書、入学届けや退学届け、給与明細に税の書類――。
 見渡す限りの紙束が机の上に積み上がり、天井に届きそうなほどだ。

「うわぁ……」

 思わず声を漏らすリース。
 事務員は苦笑しながら肩をすくめた。

「だろう? 俺一人じゃ手が回らん。ちょうどいい。お前が片付けろ」
「わ、わたしが……全部?」
「当たり前だ」

 絶望しかけたその瞬間――また、あの声が胸の奥で響いた。

 ――〈スキル獲得:事務〉

「……!」

 視界が一瞬だけ明るくなった気がした。
 次の瞬間、リースの頭の中に紙の束の整理手順がすらすらと浮かび上がる。
 どの帳簿を先に仕分け、どの請求書を誰に回し、どの届けをどの棚に収納するか。
 すべてが、まるで昔から知っていたことのように理解できてしまう。

 「まずは……入学届けを年度ごとに仕分けして……」

 リースは机に座ると、紙束に手を伸ばした。
 指先は自然と書類をめくり、分類分けを始めていた。

 驚くほど早く、しかも間違いなく仕分けが進んでいく。
 気づけば一時間もしないうちに机の半分が片付いていた。

「お、おい……」

 後ろから覗き込んでいた事務員が目を丸くする。
 普段なら数日かけても終わらない量を、少女が一人で瞬く間に整理してしまったのだ。

「これ……本当にお前がやったのか?」
「は、はい。なんだか……自然にできてしまって……」

 リースは困惑しつつ答える。
 事務員は腕を組み、唸った。

「信じられん……だが、助かる! この調子でやってくれ!」

 それからの日々、リースの仕事は掃除だけでなく事務にも及んだ。

 出欠簿をまとめれば、字の癖すら見抜いて誤記を直す。
 給与明細を作れば、計算を一度で正確に仕上げる。
 税の申告書類を整理すれば、提出期限ごとに色分けし、見事な書類棚を作り上げる。

「グラスゴー! この前の請求書、すぐに出せるか?」
「はい、こちらにまとめてあります」
「おお、仕事が早い!」

「グラスゴー、この書類、どこに仕舞ったんだ?」
「三段目の左から二番目です」
「……本当にすぐ出てくるな……」

 事務員たちは次第にリースを信頼し、彼女を重宝するようになっていった。

 ある夕暮れ。
 山積みだった帳簿の束をすべて整理し終え、机の上が広々と片付いた。
 リースは小さく息を吐いた。

「ふぅ……こんなにきれいになるなんて」

 その声を聞きつけて、丸眼鏡の事務員がにやりと笑う。
「グラスゴー、お前、本当に大したもんだな。正直、最初はただの厄介者だと思ってたが……今じゃいないと困るくらいだ」

「そ、そんな……わたしは下働きですし……」
「下働きだろうがなんだろうが、役に立つ人間は貴重なんだ」

 その言葉に、リースの胸が少し温かくなる。
 学院に来てからずっと蔑まれ、罵られてばかりだった。
 けれど今、初めて「必要とされている」と感じたのだ。

 夜、物置小屋に戻ったリースは、机に座って小さなメモ帳を開いた。
 そこには彼女が新しく覚えたスキルが並んでいる。

 ――〈家事〉
 ――〈事務〉

「ふふ……まさか、わたしにこんな力があるなんて」

 小さく笑いながら、リースは窓の外を見上げた。
 月が白く輝いている。

「お父様……お母様……。わたし、ここでちゃんと生きています」

 かつての栄華は失われた。
 けれど、確かに自分の中には新しい力が芽生えている。
 誰にも奪われない、誰にも否定できない――リース自身の武器。

「大丈夫。わたしは、まだ負けない」

 そう呟いた彼女の瞳には、静かな光が宿っていた。
 学院の下働きとして蔑まれても、押し付けられても――。
 リースは確かに、自分の居場所を少しずつ作り上げていた。
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