38 / 84
閑話2 アーセナル編 学院食堂の崩壊
しおりを挟む
学院食堂の崩壊とアーセナルの悲鳴
夕暮れ時の学生寮は、普段なら温かなスープの匂いや焼き立てのパンの香りが漂い、腹を空かせた生徒たちが自然と食堂へと集まってくる――はずだった。
だが、その夜は違った。食堂に並んだ長机には、皿ひとつ置かれていない。鍋も、パンかごも、まるでからっぽの倉庫のようにがらんどうで、生徒たちの視線は次第に険しくなっていった。
「……おい、今日の夕飯はどうなってるんだ?」
「腹減ったよ! 授業で走り回って疲れてんのに!」
「まさかの、飯抜き……?」
不満の声はざわめきから怒号へと変わっていく。生徒たちの苛立ちが、食堂の天井を押し上げるように広がっていった。
中心で腕を組んで唸っていたのは、学院の運営を一手に担うアーセナルである。普段は豪快な笑みを絶やさない彼だが、今夜ばかりは額に脂汗を浮かべ、両手を震わせていた。
「くっ……これも全部、あのキャンベルが急に辞めたせいだ!」
キャンベル。学院食堂の頭脳にして胃袋を支える存在だった。材料の仕入れから献立の工夫、学生の栄養管理まで一手に担い、料理の腕も超一流。彼がいなくなった後、どうにかその穴を埋めてきたのが、若手のアトラスだった。
だが、アトラスも限界に追い込まれ、とうとう学院を去ったばかり。二人の離脱は、学院の食堂機能そのものを崩壊させたのだ。
「ご飯がないってどういうことだよ! 俺たちは勉強するために来てんだぞ!」
「腹が減っては勉強も剣の稽古もできやしない!」
生徒たちの怒声は一層大きくなる。中には椅子を蹴り飛ばす者も出てきて、雰囲気は完全に修羅場と化していた。
アーセナルは両腕をぶんぶんと振り回し、声を張り上げる。
「ま、待て! 今手を打っている! とにかく落ち着け、諸君!」
だが「今手を打っている」という言葉の裏にある実情は、かなり情けないものだった。彼は下働きの者たちに命じ、近所のパン屋に駆け込ませ、棚にあるパンを根こそぎ買い占めさせていた。同時に、商人街の食堂へ走らせ、出来合いのシチューや肉料理を鍋ごと運ばせる――そんな荒業で、どうにか今夜を凌ごうとしていたのだ。
「……あのな、これがどれだけ金がかかるか、君たち分かっているのか?」
パン屋に山積みされたフランスパンや丸パン、食堂から運ばれたチキンローストの皿を見ながら、アーセナルは顔を青ざめさせる。
たしかに量は足りるかもしれない。しかし、卸値でもない市価で買ったため、予算は軽く吹き飛ぶ。しかも毎晩こんな真似をしていては、赤字どころか学院そのものが傾いてしまうのは目に見えていた。
「う、うぐぐぐ……こ、これでは完全に大赤字だ!」
呻くような声が食堂に響く。まるで自分の内臓をひとつひとつ削り取られていくような痛み。彼の頭の中では、計算の珠がカタカタと落ちる音がしていた。
(どうする? どうすればいい……? 食堂が崩壊すれば、学生が減り、寄付金も減り、学院は終わる……!)
額を押さえ、机に突っ伏すアーセナル。その背を見て、数名の教員たちが寄ってきた。
「アーセナル殿、このままでは……」
「代役を立てるしかないのでは?」
「代役……? だ、誰がやるんだ。キャンベルほどの料理人なんて、そう簡単に見つかるか!」
教員たちも黙り込む。学生たちは苛立ちを募らせ、パンをむしり取りながら文句を言い続けている。パンくずが床に散らばり、食堂は混乱そのものだった。
その光景を前に、アーセナルは胸の内で悲鳴を上げる。
「ど、どうしたらいいのだ……! このままでは学院が潰れてしまう……!」
その声は誰にも届かない。届いたとしても、解決策は何一つ示されない。
しかし、絶望の闇の中にこそ、かすかな光が差すものだ。――この時まだ、アーセナルも、学生も知らなかった。
やがて現れる“新しい手”が、学院食堂を立て直す希望になることを……。
夕暮れ時の学生寮は、普段なら温かなスープの匂いや焼き立てのパンの香りが漂い、腹を空かせた生徒たちが自然と食堂へと集まってくる――はずだった。
だが、その夜は違った。食堂に並んだ長机には、皿ひとつ置かれていない。鍋も、パンかごも、まるでからっぽの倉庫のようにがらんどうで、生徒たちの視線は次第に険しくなっていった。
「……おい、今日の夕飯はどうなってるんだ?」
「腹減ったよ! 授業で走り回って疲れてんのに!」
「まさかの、飯抜き……?」
不満の声はざわめきから怒号へと変わっていく。生徒たちの苛立ちが、食堂の天井を押し上げるように広がっていった。
中心で腕を組んで唸っていたのは、学院の運営を一手に担うアーセナルである。普段は豪快な笑みを絶やさない彼だが、今夜ばかりは額に脂汗を浮かべ、両手を震わせていた。
「くっ……これも全部、あのキャンベルが急に辞めたせいだ!」
キャンベル。学院食堂の頭脳にして胃袋を支える存在だった。材料の仕入れから献立の工夫、学生の栄養管理まで一手に担い、料理の腕も超一流。彼がいなくなった後、どうにかその穴を埋めてきたのが、若手のアトラスだった。
だが、アトラスも限界に追い込まれ、とうとう学院を去ったばかり。二人の離脱は、学院の食堂機能そのものを崩壊させたのだ。
「ご飯がないってどういうことだよ! 俺たちは勉強するために来てんだぞ!」
「腹が減っては勉強も剣の稽古もできやしない!」
生徒たちの怒声は一層大きくなる。中には椅子を蹴り飛ばす者も出てきて、雰囲気は完全に修羅場と化していた。
アーセナルは両腕をぶんぶんと振り回し、声を張り上げる。
「ま、待て! 今手を打っている! とにかく落ち着け、諸君!」
だが「今手を打っている」という言葉の裏にある実情は、かなり情けないものだった。彼は下働きの者たちに命じ、近所のパン屋に駆け込ませ、棚にあるパンを根こそぎ買い占めさせていた。同時に、商人街の食堂へ走らせ、出来合いのシチューや肉料理を鍋ごと運ばせる――そんな荒業で、どうにか今夜を凌ごうとしていたのだ。
「……あのな、これがどれだけ金がかかるか、君たち分かっているのか?」
パン屋に山積みされたフランスパンや丸パン、食堂から運ばれたチキンローストの皿を見ながら、アーセナルは顔を青ざめさせる。
たしかに量は足りるかもしれない。しかし、卸値でもない市価で買ったため、予算は軽く吹き飛ぶ。しかも毎晩こんな真似をしていては、赤字どころか学院そのものが傾いてしまうのは目に見えていた。
「う、うぐぐぐ……こ、これでは完全に大赤字だ!」
呻くような声が食堂に響く。まるで自分の内臓をひとつひとつ削り取られていくような痛み。彼の頭の中では、計算の珠がカタカタと落ちる音がしていた。
(どうする? どうすればいい……? 食堂が崩壊すれば、学生が減り、寄付金も減り、学院は終わる……!)
額を押さえ、机に突っ伏すアーセナル。その背を見て、数名の教員たちが寄ってきた。
「アーセナル殿、このままでは……」
「代役を立てるしかないのでは?」
「代役……? だ、誰がやるんだ。キャンベルほどの料理人なんて、そう簡単に見つかるか!」
教員たちも黙り込む。学生たちは苛立ちを募らせ、パンをむしり取りながら文句を言い続けている。パンくずが床に散らばり、食堂は混乱そのものだった。
その光景を前に、アーセナルは胸の内で悲鳴を上げる。
「ど、どうしたらいいのだ……! このままでは学院が潰れてしまう……!」
その声は誰にも届かない。届いたとしても、解決策は何一つ示されない。
しかし、絶望の闇の中にこそ、かすかな光が差すものだ。――この時まだ、アーセナルも、学生も知らなかった。
やがて現れる“新しい手”が、学院食堂を立て直す希望になることを……。
87
あなたにおすすめの小説
断罪の準備は完璧です!国外追放が楽しみすぎてボロが出る
黒猫かの
恋愛
「ミモリ・フォン・ラングレイ! 貴様との婚約を破棄し、国外追放に処す!」
パルマ王国の卒業パーティー。第一王子アリオスから突きつけられた非情な断罪に、公爵令嬢ミモリは……内心でガッツポーズを決めていた。
(ついにきたわ! これで堅苦しい王妃教育も、無能な婚約者の世話も、全部おさらばですわ!)
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
『お前の顔は見飽きた!』内心ガッツポーズで辺境へ
夏乃みのり
恋愛
「リーナ・フォン・アトラス! 貴様との婚約を破棄する!」
華やかな王宮の夜会で、第一王子ジュリアンに突きつけられた非情な宣告。冤罪を被せられ、冷酷な悪役令嬢として追放を言い渡されたリーナだったが、彼女の内心は……「やったーーー! これでやっとトレーニングに専念できるわ!」と歓喜に震えていた!
断罪中、味方が多すぎて王子が孤立している件について
夏乃みのり
恋愛
バーンスタイン伯爵家の令嬢ラミリアは、魔力も剣の才能もない「ごく普通」の地味な女性。
ある日のパーティーで、婚約者であるジェラルド第二王子から「地味で無能で嫉妬深い」と罵られ、身に覚えのない罪で婚約破棄を突きつけられてしまう。
しかし、断罪劇は予想外の展開へ。
乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!
ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。
相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。
結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。
現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう…
その時に前世の記憶を取り戻すのだった…
「悪役令嬢の兄の婚約者って…」
なんとも微妙なポジション。
しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。
ループ7回目の公爵令嬢は、もう恋愛も復讐も面倒なので、前世の知識で「魔導カフェ」を開き、異世界初のバリスタになります
希羽
恋愛
公爵令嬢アリスは、婚約破棄されて処刑される人生を6回繰り返してきた。7回目の人生が始まった瞬間、彼女は悟る。「もう何もかも面倒くさい」。 復讐も、破滅回避のための奔走も、王子への媚びもすべて放棄。彼女は早々に家を出奔し、市井の片隅で、前世(現代日本)の知識を活かした「魔導カフェ」を開店する。彼女が淹れる「魔力を込めたコーヒー」と、現代風の軽食(ふわふわパンケーキ、サンドイッチ)は、疲れた王都の人々の心を掴み、店は繁盛する。 すると、本来なら敵対するはずの王子や、ゲームの隠しキャラである暗殺者、堅物の騎士団長などが、「癒やし」を求めてカフェに入り浸るように。「君の淹れるコーヒーだけが私の安らぎだ」と勝手に好感度を上げてくる彼らを、アリスは「ただの客」としてドライにあしらうが、その媚びない態度と居心地の良さが、逆に彼らの執着を煽ってしまう。恋愛を捨てたはずが、過去最高のモテ期が到来していた。
※本作は「小説家になろう」でも投稿しています。
婚約者から婚約破棄されたら、王弟殿下に捕まった件
みおな
恋愛
「ルチル、君との婚約を破棄させてもらう」
五年間、婚約者として交流して来た王太子であるランスロットから婚約破棄を告げられたクォーツ公爵家の令嬢であるルチル。
「ランスロットと婚約破棄したって?なら、俺と婚約しよう」
婚約破棄をきっかけに、領地に引きこもる予定だったルチルに、思いがけない婚約の打診が。
のんびり田舎生活をしたいルチルだが・・・
婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。
桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。
「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」
「はい、喜んで!」
……えっ? 喜んじゃうの?
※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。
※1ページの文字数は少な目です。
☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」
セルビオとミュリアの出会いの物語。
※10/1から連載し、10/7に完結します。
※1日おきの更新です。
※1ページの文字数は少な目です。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる