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閑話1 レスター編 リースを追跡する
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騎士団の門前 ― 揺れる視線と閉ざされた門
夕暮れ時。
石畳を歩いていくリースの姿を、レスターとクローリーはこっそりと追っていた。
ピンクの髪を揺らしながら、クローリーは小声で不満を漏らす。
「レスター様、本当に……こんなこと、意味があるんですの?」
「黙っていろ。少し見ればわかる」
緑の瞳を細め、レスターは前を行くリースの背中を見つめる。
両手に抱えた布袋からはパンや野菜が覗き、足取りは軽やかだ。
学院にいた頃とは違い、どこか楽しげに見えるその姿に、彼は胸の奥がざわつくのを抑えられなかった。
「……生き生きしてやがる」
自分でも気づかぬほど低い声が漏れる。
「え?」
隣のクローリーが首を傾げる。
レスターは慌てて首を振り、「何でもない」と言い直した。
やがてリースは、大きな石造りの建物の前で立ち止まった。
堂々と掲げられた紋章――それは王国騎士団の象徴。
ここが騎士団の寮であることを、誰の目にも明らかに示していた。
「まさか……騎士団?」
クローリーが目を丸くする。
レスターは口を固く結んだ。
彼女がただの下働きだと頭ではわかっている。だが、王国の精鋭たちが暮らす場に出入りしている事実が、妙に胸をざらつかせた。
◇ ◇ ◇
リースは警備の兵士に軽く会釈し、門の中へと入っていった。
その背中が扉の向こうへ消えるのを見届けた時、クローリーが腕を組む。
「……ふん、あの子が騎士団で働いているなんて、信じられませんわ」
「ただの下働きだろう」
「それでもよ! “騎士団の一員”のように見られるじゃありませんの。なんだか……悔しい」
ぷいと顔を背けるクローリーの頬は赤く染まっていた。
だがレスターの視線は依然として門の方へ釘付けだった。
――あんなに自然に兵士と挨拶を交わすなんて。
学院にいた頃は、ただ冷ややかで近寄りがたい印象しかなかったのに。
緑の瞳に映るリースの姿が、記憶の中の彼女と重ならない。
その違和感が、彼の胸を締めつけていた。
◇ ◇ ◇
「止まれ」
門の前に立った瞬間、鋭い声が響いた。
屈強な兵士が二人、槍を交差させて道を塞ぐ。
「ここは王国騎士団の寮だ。関係者以外の立ち入りは禁じられている」
「わ、私は……レスター=ブラッドフォードだ。伯爵家の息子だぞ」
胸を張るレスターの声には自信があった。
だが兵士たちは微動だにしない。
「たとえ伯爵家の御子息でも、許可なき入場はできぬ」
「なっ……!」
レスターの頬が赤く染まる。
クローリーがすかさず横から口を挟んだ。
「わ、私たちはただ……中で働いている者に用があるだけですの」
「誰だ?」
「リース=グラスゴー。あの娘に会わせてほしいのです!」
兵士は冷たい視線を二人に投げた。
「リース嬢はここで真面目に働いている。怪しい者を通すわけにはいかん」
「怪しい者だと!? 俺はブラッドフォード伯爵家の――」
「ここでは身分は通用せぬ。お引き取りを」
槍の切っ先がわずかに近づき、空気がぴんと張り詰める。
レスターは歯噛みしながらも、一歩下がらざるを得なかった。
クローリーは憤然と声を上げる。
「ど、どうしてよ! あんな子に会わせるだけなのに!」
「二度は言わぬ。帰れ」
門は固く閉ざされたまま、二人の前に立ちふさがっていた。
◇ ◇ ◇
結局、レスターとクローリーは追い返される形で寮を後にした。
夕闇に染まる石畳を歩きながら、クローリーは苛立ちを隠せずにいた。
「屈辱ですわ! どうして、あんな女を守るように扱うのよ!」
「……」
レスターは黙り込んだまま。
頭の中には、門の向こうで笑顔を見せるリースの姿がこびりついて離れなかった。
なぜあんなに輝いて見えるのか――。
自分は彼女を切り捨てたはずなのに。
夜風が銀の髪を揺らす。
緑の瞳に浮かぶ迷いを、クローリーは気づかないふりをした。
夕暮れ時。
石畳を歩いていくリースの姿を、レスターとクローリーはこっそりと追っていた。
ピンクの髪を揺らしながら、クローリーは小声で不満を漏らす。
「レスター様、本当に……こんなこと、意味があるんですの?」
「黙っていろ。少し見ればわかる」
緑の瞳を細め、レスターは前を行くリースの背中を見つめる。
両手に抱えた布袋からはパンや野菜が覗き、足取りは軽やかだ。
学院にいた頃とは違い、どこか楽しげに見えるその姿に、彼は胸の奥がざわつくのを抑えられなかった。
「……生き生きしてやがる」
自分でも気づかぬほど低い声が漏れる。
「え?」
隣のクローリーが首を傾げる。
レスターは慌てて首を振り、「何でもない」と言い直した。
やがてリースは、大きな石造りの建物の前で立ち止まった。
堂々と掲げられた紋章――それは王国騎士団の象徴。
ここが騎士団の寮であることを、誰の目にも明らかに示していた。
「まさか……騎士団?」
クローリーが目を丸くする。
レスターは口を固く結んだ。
彼女がただの下働きだと頭ではわかっている。だが、王国の精鋭たちが暮らす場に出入りしている事実が、妙に胸をざらつかせた。
◇ ◇ ◇
リースは警備の兵士に軽く会釈し、門の中へと入っていった。
その背中が扉の向こうへ消えるのを見届けた時、クローリーが腕を組む。
「……ふん、あの子が騎士団で働いているなんて、信じられませんわ」
「ただの下働きだろう」
「それでもよ! “騎士団の一員”のように見られるじゃありませんの。なんだか……悔しい」
ぷいと顔を背けるクローリーの頬は赤く染まっていた。
だがレスターの視線は依然として門の方へ釘付けだった。
――あんなに自然に兵士と挨拶を交わすなんて。
学院にいた頃は、ただ冷ややかで近寄りがたい印象しかなかったのに。
緑の瞳に映るリースの姿が、記憶の中の彼女と重ならない。
その違和感が、彼の胸を締めつけていた。
◇ ◇ ◇
「止まれ」
門の前に立った瞬間、鋭い声が響いた。
屈強な兵士が二人、槍を交差させて道を塞ぐ。
「ここは王国騎士団の寮だ。関係者以外の立ち入りは禁じられている」
「わ、私は……レスター=ブラッドフォードだ。伯爵家の息子だぞ」
胸を張るレスターの声には自信があった。
だが兵士たちは微動だにしない。
「たとえ伯爵家の御子息でも、許可なき入場はできぬ」
「なっ……!」
レスターの頬が赤く染まる。
クローリーがすかさず横から口を挟んだ。
「わ、私たちはただ……中で働いている者に用があるだけですの」
「誰だ?」
「リース=グラスゴー。あの娘に会わせてほしいのです!」
兵士は冷たい視線を二人に投げた。
「リース嬢はここで真面目に働いている。怪しい者を通すわけにはいかん」
「怪しい者だと!? 俺はブラッドフォード伯爵家の――」
「ここでは身分は通用せぬ。お引き取りを」
槍の切っ先がわずかに近づき、空気がぴんと張り詰める。
レスターは歯噛みしながらも、一歩下がらざるを得なかった。
クローリーは憤然と声を上げる。
「ど、どうしてよ! あんな子に会わせるだけなのに!」
「二度は言わぬ。帰れ」
門は固く閉ざされたまま、二人の前に立ちふさがっていた。
◇ ◇ ◇
結局、レスターとクローリーは追い返される形で寮を後にした。
夕闇に染まる石畳を歩きながら、クローリーは苛立ちを隠せずにいた。
「屈辱ですわ! どうして、あんな女を守るように扱うのよ!」
「……」
レスターは黙り込んだまま。
頭の中には、門の向こうで笑顔を見せるリースの姿がこびりついて離れなかった。
なぜあんなに輝いて見えるのか――。
自分は彼女を切り捨てたはずなのに。
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❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
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