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閑話3 レスター編 伯爵からの返書
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伯爵からの返書 ― 春の葛藤
春の陽射しが差し込む午後、ポーツマス魔法学院の学生寮。
中庭では新入生たちが歓声を上げており、桜の花びらがはらはらと舞い落ちていた。
レスター=ブラッドフォードは、食堂から戻ったばかりのところで寮監に呼び止められた。
「ブラッドフォード家からの書簡だ。君宛てだぞ」
そう言って差し出された封筒には、見慣れた家紋――銀の鷹が刻まれていた。
胸の奥がどくん、と波打つ。
父、ブラッドフォード伯爵からの返事だ。
先日、思い切って送ったあの手紙の答え。リースのこと、そして自分の未来についての。
レスターはすぐには封を切れなかった。
部屋に戻り、机の上に手紙を置いて、しばらくその封蝋を見つめ続ける。
窓からは春風が吹き込み、机の端に積んだノートの紙をぱらぱらとめくっていく。
――開けなければ、父の言葉に縛られなくて済む。
だが、開けなければ未来も決まらない。
やがて、意を決して小刀で封を切った。
◆
羊皮紙には父の整った筆致が並んでいた。
読み進めるにつれ、レスターの心はずしりと重くなる。
息子レスターへ
手紙を読んだ。
そなたがまだリース=グラスゴーの娘を気にかけているとは思わなかった。
だが、父として、当主として言わねばならぬ。
あの娘はもはや公爵令嬢ではない。
家は取り潰され、爵位も地位も失った。
伯爵家の嫡男であるそなたが、そのような娘を正室に迎えるなど断じて許されぬ。
どうしても忘れられぬならば――側室か、あるいは愛妾として囲えばよい。
それが現実というものだ。
しかし、我が家の未来を背負う正妻の座は、ジリンガム家のクローリー嬢に譲ることはできぬ。
あの家との縁は我が家にとって大きな力をもたらす。
そなたも伯爵家の後継ぎとして、この理を理解せねばならぬ。
以上だ。よく考え、己の感情に溺れることなく行動せよ。
父 ブラッドフォード伯爵
――側室か、愛妾に。
その言葉が胸に突き刺さる。
父にとってリースはただの「一女性」に過ぎないのだ。
けれど、レスターにとっては……。
彼女を見たあの日の衝撃が、鮮やかに甦る。
陽光を浴びて仲間に笑いかける姿。真っ直ぐで、強くて、学院にいたころよりもずっと輝いていた。
あんなリースを、「ただの側室」として片隅に押し込める?
胸の奥が苦しくなり、思わず手紙を握りしめた。
◆
その時、扉が勢いよく開いた。
クローリー=ジリンガムが、艶やかなピンクの髪を揺らして飛び込んできた。
「レスター! ねえ、今、伯爵家からの返事が届いたって聞いたわよ!」
彼女は興奮気味に机の上の封筒をひったくり、内容をざっと目で追った。
すると、ぱっと表情を明るくする。
「やっぱりそうよね! おじ様も、私との婚約を第一に考えてくださってるわ!」
彼女は勝ち誇ったようにレスターを見つめる。
「これで、あなたが変な夢を見る必要はなくなったの。リースのことなんて忘れなさいな。だって、もう身分のない娘なのよ?」
「クローリー……」
レスターは返す言葉を見つけられなかった。
父の手紙と、クローリーの言葉――どちらも「正しい」のだ。
貴族の子として、後継ぎとして、選ぶべき道は決まっている。
けれど、その「正しさ」に従えば従うほど、胸の奥で叫ぶ声が強くなる。
(……あのリースを、そんな風に扱えるわけがない!)
机に置かれた手紙が風に揺れ、かさりと音を立てた。
春の光は穏やかに降り注いでいるのに、レスターの胸の中には嵐のような葛藤が渦巻いていた。
◆
夜、レスターはひとり窓辺に立ち尽くした。
中庭には桜の花びらが積もり、月明かりに淡く照らされている。
父の言葉に従うべきか。
それとも、自分の心に従うべきか。
答えはまだ出せなかった。
ただ、ひとつだけ確かにわかっているのは――
リースの輝く姿が、もう決して心から消えない、ということだった。
春の陽射しが差し込む午後、ポーツマス魔法学院の学生寮。
中庭では新入生たちが歓声を上げており、桜の花びらがはらはらと舞い落ちていた。
レスター=ブラッドフォードは、食堂から戻ったばかりのところで寮監に呼び止められた。
「ブラッドフォード家からの書簡だ。君宛てだぞ」
そう言って差し出された封筒には、見慣れた家紋――銀の鷹が刻まれていた。
胸の奥がどくん、と波打つ。
父、ブラッドフォード伯爵からの返事だ。
先日、思い切って送ったあの手紙の答え。リースのこと、そして自分の未来についての。
レスターはすぐには封を切れなかった。
部屋に戻り、机の上に手紙を置いて、しばらくその封蝋を見つめ続ける。
窓からは春風が吹き込み、机の端に積んだノートの紙をぱらぱらとめくっていく。
――開けなければ、父の言葉に縛られなくて済む。
だが、開けなければ未来も決まらない。
やがて、意を決して小刀で封を切った。
◆
羊皮紙には父の整った筆致が並んでいた。
読み進めるにつれ、レスターの心はずしりと重くなる。
息子レスターへ
手紙を読んだ。
そなたがまだリース=グラスゴーの娘を気にかけているとは思わなかった。
だが、父として、当主として言わねばならぬ。
あの娘はもはや公爵令嬢ではない。
家は取り潰され、爵位も地位も失った。
伯爵家の嫡男であるそなたが、そのような娘を正室に迎えるなど断じて許されぬ。
どうしても忘れられぬならば――側室か、あるいは愛妾として囲えばよい。
それが現実というものだ。
しかし、我が家の未来を背負う正妻の座は、ジリンガム家のクローリー嬢に譲ることはできぬ。
あの家との縁は我が家にとって大きな力をもたらす。
そなたも伯爵家の後継ぎとして、この理を理解せねばならぬ。
以上だ。よく考え、己の感情に溺れることなく行動せよ。
父 ブラッドフォード伯爵
――側室か、愛妾に。
その言葉が胸に突き刺さる。
父にとってリースはただの「一女性」に過ぎないのだ。
けれど、レスターにとっては……。
彼女を見たあの日の衝撃が、鮮やかに甦る。
陽光を浴びて仲間に笑いかける姿。真っ直ぐで、強くて、学院にいたころよりもずっと輝いていた。
あんなリースを、「ただの側室」として片隅に押し込める?
胸の奥が苦しくなり、思わず手紙を握りしめた。
◆
その時、扉が勢いよく開いた。
クローリー=ジリンガムが、艶やかなピンクの髪を揺らして飛び込んできた。
「レスター! ねえ、今、伯爵家からの返事が届いたって聞いたわよ!」
彼女は興奮気味に机の上の封筒をひったくり、内容をざっと目で追った。
すると、ぱっと表情を明るくする。
「やっぱりそうよね! おじ様も、私との婚約を第一に考えてくださってるわ!」
彼女は勝ち誇ったようにレスターを見つめる。
「これで、あなたが変な夢を見る必要はなくなったの。リースのことなんて忘れなさいな。だって、もう身分のない娘なのよ?」
「クローリー……」
レスターは返す言葉を見つけられなかった。
父の手紙と、クローリーの言葉――どちらも「正しい」のだ。
貴族の子として、後継ぎとして、選ぶべき道は決まっている。
けれど、その「正しさ」に従えば従うほど、胸の奥で叫ぶ声が強くなる。
(……あのリースを、そんな風に扱えるわけがない!)
机に置かれた手紙が風に揺れ、かさりと音を立てた。
春の光は穏やかに降り注いでいるのに、レスターの胸の中には嵐のような葛藤が渦巻いていた。
◆
夜、レスターはひとり窓辺に立ち尽くした。
中庭には桜の花びらが積もり、月明かりに淡く照らされている。
父の言葉に従うべきか。
それとも、自分の心に従うべきか。
答えはまだ出せなかった。
ただ、ひとつだけ確かにわかっているのは――
リースの輝く姿が、もう決して心から消えない、ということだった。
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❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
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※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
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