冤罪で家が滅んだ公爵令嬢リースは婚約破棄された上に、学院の下働きにされた後、追放されて野垂れ死からの前世の記憶を取り戻して復讐する!

山田 バルス

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第44話 メアリーからの手紙

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 メアリーからの手紙

 
 夜、騎士団の管理室の部屋で手紙を読み返していた。
 差出人はメアリー。
 学院時代からの数少ない友人のひとり。

 ――けれど、なにかが変だ。

「秘密の悩みがあるから、一人で来て」
 なんて、メアリーが書くような文じゃない。
 あの子はもっと正直で、怖いことがあればすぐ顔に出てしまう性格だ。
 それに、わざわざ町外れの物置小屋を指定するなんて……。

 胸の奥がざわざわした。
 本当なら飛んでいきたい。
 でも、これは罠の匂いがする。



 翌日。学院近くの大通りを歩いていたら――本当に偶然、メアリーと出会った。
 紺色のスカートを翻しながら、パン屋から出てきたところだった。

「メアリー!」

 思わず声をかけると、彼女はびっくりした顔で振り向いた。

「え、リース? どうしたの?」

「……これ、書いた?」
 私は昨日受け取った手紙を見せた。

 メアリーは目を丸くして首を横に振る。
「なにこれ……私、こんな手紙知らないよ!」

「やっぱり……」
 胸の中で小さく息をついた。

 メアリーは眉をひそめ、不安そうに私を覗き込む。
「誰かが、私の名前を勝手に使ったってこと?」

「そうだと思う。この手紙のことは学院の人には内緒にして。大事になる前に、こっちで調べるから。あともう一つ用件があって、もし淡いピンク色の髪をした女の子――アリータっていう子が学院に訪ねてきたら、わたしが騎士団にいるって伝えてほしいの」

「……わかった。リース、気をつけてね」
 メアリーは小さく頷いて、心配そうな目を向けてくれた。



 その夜、副団長のシュワーラに相談した。
 銀色の髪を束ね、机に向かっていた彼は、私の話を聞き終えると、深いため息をついた。

「やはり……狙われているな」

「狙われている……」
 その言葉に、背筋が冷たくなった。

「いいかリース。この件は一人で動くな。君をおびき出すための罠だ。だが、敵の尻尾を掴むチャンスでもある。指示に従ってくれるか?」

「はい」

 私はまっすぐ彼を見て答えた。
 もう迷わない。逃げてばかりではいけないのだ。

「指定の時刻に倉庫街へ向かえ。だが、騎士団が影で援護する。君はいつも通り振る舞えばいい」

午後三時。
 私はひとりで町外れの倉庫街に向かって歩いていた。

 昼下がりだというのに、そこはひっそりしていて、空気がひどく冷たく感じられる。
 古びた木材の匂いが鼻を突き、誰もいないのに見られているような気配がする。

 メアリーから届いた手紙。
 ――でも、それが偽物だということはもうわかっている。
 彼女本人に確認したとき、メアリーは首を振り「知らない」と答えた。
 つまり、誰かがメアリーを名乗って、私をこの場所へおびき出そうとしている。

(副団長に言われた通り、わたしは“来たふり”をするだけ……)

 胸の奥で小さく呼吸を整える。怖さはある。
 けれど、今は逃げない。
 真相を確かめるために。



 物置小屋の扉を押すと、ギイ、と不気味な音を立てて開いた。
 中は暗くて、埃っぽい。薄明かりの中に、誰かの影が見えた。

「……やっぱり来たか」

 低い声。無精ひげに擦り切れた外套。酒場の匂いが漂ってきそうな男――エックスだった。

「あなたは……」
「しっ。声を荒げるな。こっちだ」

 彼は私に紙切れを差し出した。
 そこには大きな字で、短い指示が書かれていた。

 ――『驚いたふりをして、しばらく会話を続けろ。その後、外へ出ろ』

 私は思わず顔を上げた。
「これって……演技?」

 エックスは口の端を上げ、指を口に当てた。
「そうだ。おまえが怖がる姿を“誰か”が外から見てる。おまえは芝居をしてればいい。捕まえるのは俺たちの役目だ」

 胸が高鳴った。どうやら、騎士団はすでに包囲を整えているらしい。



 私は紙を握りしめ、演技を始めた。
「どうして……どうしてこんなことをするんですか!」
 わざと声を震わせ、身をすくめる。

 エックスも合わせて、乱暴に笑った。
「おまえみたいなお嬢様、こうして脅されるのが似合いだろう?」

 声が小屋の中に響き、私は胸の奥で必死に恐怖を抑えながら、足を少し後ずさった。まるで本当に追い詰められているかのように。

 数分、そんなやり取りを続けた。
 やがてエックスが紙を指さし、目で合図する。――『外へ出ろ』。

 私は大きく息を吐き、扉を押し開けて外へ飛び出した。



 眩しい午後の日差しの下。
 そこには、信じられない光景が広がっていた。

 二人の男性に拘束され、両手を縛られて膝をついている女。
 淡い金の髪に華やかなドレス――それは、クローリー伯爵令嬢だった。

「……クローリー……さん?」

 私の声に、彼女はギリ、と歯ぎしりした。
「なぜ……どうしてバレたのよ……!」

 副団長シュワーラが一歩前に出る。
 銀髪を光らせ、冷静な目で彼女を見下ろしていた。
「おまえがメアリーを騙った手紙を出したのは分かっている。リースを陥れるための計画、すべて証拠を押さえた」

「わたしはただ……!」
 クローリーの瞳は悔しさに震えていた。
「どうしても、あなたが憎かったのよ! 公爵令嬢だからってみんなから慕われて……レスター様の目まで奪って!」

 その叫びは、空気を切り裂くように鋭かった。
 でも私は、何も言い返せなかった。
 彼女が抱いていた嫉妬や怒り――それがどれほど強かったか、痛いほど伝わってきたから。



 けれど、もう彼女の企みは終わったのだ。
 騎士団員たちがクローリーを立たせ、引き立てていく。

 副団長は私の方を振り返り、静かに頷いた。
「よくやったな、リース。君が演じてくれたおかげで、計画は暴かれた」

 私は大きく息を吐き、震える手を胸に当てた。
「……ほんとうに、終わったんですね」

「いや、始まったのかもしれん。だが安心しろ。君はもう一人ではない」

 その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなった。



 夕暮れの帰り道。
 私は空を見上げた。
 西の空は赤く染まり、鳥たちが巣へと帰っていく。

 今日の出来事は、きっと一生忘れられないだろう。
 メアリーを装った偽手紙。
 罠にはめようとした伯爵令嬢。
 でも私は、仲間の力を借りて乗り越えた。

(これからも、わたしは前を向いて歩いていける……)

 風が頬を撫で、金の髪を揺らす。
 その瞬間、私ははっきりと感じた。

 ――どんな罠が待っていても、仲間となら必ず立ち向かえる、と。
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