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第11話 対決 カール VS 王国騎士団
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◆剣なき制裁、街角の一閃◆
昼下がりの王都ルメリア。大通りから一本外れた石畳の路地で、ひとつの静寂が、突如として緊迫に変わった。
「そこまでだ、“黒衣の剣聖”!」
叫びと共に、鋼が抜かれる音が五重に響いた。
振り返るまでもなく、カールは察していた。
――全員、王宮直属剣士。
銀白のマントと、胸元に誇らしげに輝く王紋入りの剣章。それは、王命に忠誠を誓う者のみが身につけられる栄誉の証であった。
「貴様がどれほどの噂で飾られようと、我ら王剣の誇りに傷はつけさせん!」
「平民の血が、王都で英雄気取りとは滑稽だな!」
「貴様を“試す”ために来た。それが、我らに課された使命だ!」
5人の剣士たちが、周囲の目を気にも留めず抜刀する。民衆は遠巻きに見守り、誰ひとり声を上げようとはしなかった。
カールは、剣に手を伸ばすことすらせず、静かに彼らを見据える。
「王の意か?」
淡々と、だが鋭く放たれた一言に、剣士たちは言葉を濁した。
「……さあな。だが、結果を見れば王は納得されるだろう!」
その言葉を最後に、5人は一斉に踏み出した。
刃が光を跳ね、魔力を纏った突きが一直線に走る――が。
そのすべては、カールの“手”によって止められた。
否、止めたというより、“砕いた”のだ。
最初の一人。カールは腰を落とし、手刀で腹部の急所を突く。甲冑ごと叩きつけられ、地に伏した。
二人目、背後から斬りかかろうとした剣士を、首筋を正確に打ち抜いて気絶させた。
三人目と四人目が同時に踏み込むも、カールの掌打が空気を割り、ふたり同時に吹き飛んで壁へ叩きつけられた。
五人目の剣士が、恐怖に震えながら振り下ろした剣を、カールは指先で受け止めた。
ガキィン。
剣が折れた。反響と共に、場の空気が凍りつく。
そして、静かにカールは言った。
「それが――王の命令であるのなら、俺は受けて立つ!」
剣も抜かず、傷ひとつなく、たった数秒で制圧された王宮剣士たち。威信は地に落ち、人々の間からどよめきと称賛が生まれる。
だがそのとき――
「待て! カール……っ、違う、それは違うんだ!」
群衆の奥から飛び出した青年がいた。
明るい栗色の髪、顔には汗。動揺と必死さが滲むその瞳に、カールは見覚えがあった。
「……リオン?」
「そうだよ! 学院で一緒だったリオンだ!」
リオン=グラッツ。王立学院時代の同級生で、剣術も座学も平凡だったが、まっすぐな性格で知られていた青年だ。
リオンは剣士たちの前に立ちはだかり、必死に手を広げて叫ぶ。
「この襲撃、王の命令じゃない! ……一部の剣士が、勝手にやったんだ。上層部が“英雄気取りの田舎者を黙らせろ”って言って……!」
カールは目を細め、倒れた剣士たちに視線を落とす。
「……なるほど、ならば貴族派の暴走か」
「カール、国王陛下は、君を“敵”とは思っていない。むしろ……君に会いたがってる。あの魔獣王討伐を聞いた陛下が、“真に国を守れる剣が現れた”って……!」
群衆が静まり返る中、リオンは深く頭を下げた。
「お願いだ、王都を敵に回さないでくれ。君が敵になったら……俺たちは、何を信じて生きていけばいいんだ」
カールはしばし沈黙し――やがて、ひとつ息をついた。
「俺は、敵になるつもりなどない。ただ、剣を振るうだけだ。“守る”と決めたもののために」
リオンの顔に、安堵の色が広がる。
「ありがとう……カール」
カールは地に伏した剣士たちを一瞥し、肩をすくめる。
「自分の力量を見誤っただけだ。命に別状はない。王宮に戻してやってくれ」
「わかった。俺が報告する」
こうして、5人の剣士を圧倒した出来事は、またたく間に王都中へと伝わり――
“黒衣の剣聖は、剣なき一撃で王剣を沈めた”
――という新たな伝説を生み出すこととなった。
◆灰銀の剣と、戦場の鬼◆
王都騎士団本部。その一番奥にある、重厚な鉄扉の向こう。カールは、王国最強と呼ばれる男と向き合っていた。
ゼノ=バルジェ――王国直属騎士団団長にして、侯爵位を持つ戦場の英雄。赤褐色の髪と厳しい目つきは、まるで百戦錬磨の獣みたいだった。
「なるほど、お前が“黒衣の剣聖”……想像以上に若いな」
その目がじろじろとカールを品定めしてくる。嫌な感じじゃない。むしろ、獣が同族を確かめる時のような、鋭くて理性的な視線だ。
「年齢は関係ない。剣において必要なのは、積み重ねた結果だけだ」
「ふむ、立派な口ぶりだ。なるほど、噂通りというわけか」
カールが返事をする前に、ゼノが不意に言った。
「カール=キリト、貴様に――吾輩と手合わせをしてもらいたい」
……やっぱり来たか。
カールは軽く溜め息をつく。こういう流れ、何度目だろうな。
「断る。戦う理由がない。俺にとって、得がなさすぎる」
そう告げると、ゼノの口元が少しだけ持ち上がった。
「ふむ、理屈はわかる。だが、吾輩は侯爵だぞ?」
「……それがどうした」
「役に立つ、という意味だよ。例えば――悪事を働いている侯爵位の者を裁くとき、正当な理由があれば、吾輩はそれを王国法に基づいて剣で正せる立場にある」
その言葉に、カールは一瞬だけ目を細める。
「……どういう意味だ?」
「例えば、反国王派の腐った貴族どもに、真実を告げて制裁しようする。そのとき、お前だけの力では暴力でしか裁けない。しかし、吾輩が“正当な剣”として動けば、国の名のもとに裁けるというわけだ」
ゼノは、そう言って軽く笑った。今まで一度も笑わなかったその顔に、少しだけ人間味がにじむ。
「……なぜ俺に、そこまでする?」
カールの問いに、ゼノは静かに答えた。
「吾輩は“王国派”だからな。反王国派の力が弱まるのは大歓迎だ」
ああ、なるほど。つまりは政治だ。
「なるほど、その理屈なら、今回は共通の敵というわけだ」
「そうなるな。だが、お前の力が本物かどうかは、“試す”さすがに弱者では、あいつらには勝てないからな」
ゼノは、コートの下からゆっくりと剣を抜いた。
無駄のない、まっすぐな動作。そして、その剣はまるで月光を凝縮したような、美しい銀色をしていた。
「だから――吾輩に勝て、条件はそれだけだ」
次の瞬間、剣気が部屋全体を包み込んだ。
まるで、戦場の気配だ。冷たい空気と熱い殺気が、同時に押し寄せてくる。背筋に走るのは、戦士の本能。――こいつ、本物だ。
「リオン、下がれ」
「え、ちょ、カール!? 団長、やる気ですか!?」
「リオン。いいから黙って外に出てろ。これは……俺と、あの人の問題だ」
リオンは、慌てて部屋を飛び出す。ドアが閉まり、静寂が落ちた。
「では、いくぞ。“黒衣の剣聖”」
「受けて立つ。こっちも、長い旅の答えを試すにはいい相手だ」
カールは腰の“ロウ・セリオス”に手をかけた――が、まだ抜かない。
ゼノの剣先がわずかに揺れ、床を削るほどの気迫が放たれる。これは、ただの試合じゃない。戦いだ。まぎれもなく、本気の。
「今の王都に、必要なのは“力”だ。中途半端な正義じゃなく、“揺るぎない力”が求められている」
ゼノの言葉に、俺は答える。
「だったら、証明してみせる。俺の剣が、誰かの命を救うものだって」
次の瞬間、ゼノが踏み込んだ。
刹那、カールも――動く。
◆灰銀の剣と、戦場の鬼◆
重厚な空気が、床を這い、壁に染み、天井から降り注ぐ。
ゼノ=バルジェの踏み込みは、まさに雷鳴の如き一閃だった。
「──ッ!」
その一撃を、カールは紙一重でいなす。抜かれた“ロウ・セリオス”が、甲高い金属音を響かせて銀の剣を受け止めた。
火花が散る。わずかに滑ったゼノの剣が、カールの肩口を掠めた。
「……速いな」
「貴様もな」
互いに一歩ずつ距離を取る。その動きすら、研ぎ澄まされた殺気の上で踊るような鋭さだった。
ゼノの剣は“月閃の剣”と呼ばれる逸品。斬撃が月の光のように淡く輝き、戦場ではその残光に惑わされて斬られた者が数知れない。
一方、カールの“ロウ・セリオス”は、無銘の黒剣。だが、触れればたしかに“業”の重みが宿っている。
「……その剣、おもしろいな。気配が生きている」
「戦場で、俺に“生かされた”剣だからな」
会話が終わると同時に、再び刃が交差した。
ゼノの二連撃。速い、重い、正確。その全てをカールは寸前でいなし、時には刀身をずらして受ける。
「なぜ防げる!?」
ゼノの目が鋭く光る。ただの技量ではない。読み、観察、そして“気配”を察する術。それが、この若者の真骨頂。
「俺の旅は、剣の旅だ。殺気も、風も、空気の流れも、全てが情報になる」
そう言いながら、カールが足を踏み込む。
──刹那、空気が震えた。
まるで誰かが、空間ごと“斬った”ような圧力。ゼノの背筋に、久しく感じたことのない冷たい戦慄が走る。
「おもしろい!」
ゼノの顔に、戦士としての笑みが浮かぶ。
彼が“戦場の鬼”と呼ばれる所以は、ただの強さではない。戦いを愉しむその狂気。そして、相手の力を最大限に引き出しながら、自らもその極みに至ろうとする“求道者”としての在り方。
「ならば、遠慮はしない! “月閃・壱ノ型──断層剣”!」
ゼノの身体がぶれたように見えたかと思うと、次の瞬間、五つの銀閃が一直線にカールへと迫る。
“斬撃を重ねる”技。幻のようでありながら実体を持つ、速度と力を極限まで高めた一撃。
カールは、それに真正面から踏み込んだ。
「“黒衣剣術──刃返し”」
ロウ・セリオスが、渦を巻くように回転しながら銀閃を打ち消す。
まるで無数の水流を斬っていくような刃の舞。
「なに──!?」
ゼノの驚愕の中、カールがさらに踏み込む。
“間合いに入った”。その瞬間、戦いの主導権は逆転する。
「受けてもらうぞ。俺の答えを!」
“黒衣剣術・終ノ型──双月影”
踏み込みから二連撃、時間差で三連目を重ねる変則連携。それぞれが“急所を外しながら急所を狙う”という、実戦仕様の殺法。
ゼノが咄嗟に防御姿勢を取るが、一撃目で剣が弾かれ、二撃目で肩を裂かれ、三撃目は──紙一重で避けられた。
だが、それだけでも充分だった。
ゼノの体が、よろめく。
「……見事、だな」
カールは、剣を下ろす。
「終わりにしよう。これ以上やっても、ただの消耗戦になるだけだ」
ゼノも剣をおさめる。静寂が、戻ってきた。
しばしの沈黙のあと、ゼノは口を開いた。
「王都に……いや、この国にとって、お前は剣であるだけでなく、心でもあるようだな」
「……その言葉、光栄に思う」
扉が開かれ、リオンが慌てて戻ってくる。
「カール! 団長! 無事ですか!? すごい音が……!」
カールは、軽く手を挙げて答えた。
「問題ない。必要な話は、剣で交わした。あとは、言葉でいい」
ゼノは頷きながら、リオンに向けて一言。
「──今より、カール=キリトは王国直属・特任剣士とする。任務において、吾輩と同格の裁定権を持つものとする」
「えっ、ちょ、いきなり!? そんな大事を……!」
だが、カールは静かにそれを受け入れた。
「わかった。受けよう。だが、その力を使うのは、正義のためじゃない。俺はただ、守るために剣を振るう」
ゼノは、深く頷く。
「それでこそ、だ。力とは、信じたもののために在れ。正義とは、後からついてくるものだ」
灰銀と黒衣。
異なる信念を持った二人の戦士が、ここに手を結ぶ。
この国の闇を裂くために――
昼下がりの王都ルメリア。大通りから一本外れた石畳の路地で、ひとつの静寂が、突如として緊迫に変わった。
「そこまでだ、“黒衣の剣聖”!」
叫びと共に、鋼が抜かれる音が五重に響いた。
振り返るまでもなく、カールは察していた。
――全員、王宮直属剣士。
銀白のマントと、胸元に誇らしげに輝く王紋入りの剣章。それは、王命に忠誠を誓う者のみが身につけられる栄誉の証であった。
「貴様がどれほどの噂で飾られようと、我ら王剣の誇りに傷はつけさせん!」
「平民の血が、王都で英雄気取りとは滑稽だな!」
「貴様を“試す”ために来た。それが、我らに課された使命だ!」
5人の剣士たちが、周囲の目を気にも留めず抜刀する。民衆は遠巻きに見守り、誰ひとり声を上げようとはしなかった。
カールは、剣に手を伸ばすことすらせず、静かに彼らを見据える。
「王の意か?」
淡々と、だが鋭く放たれた一言に、剣士たちは言葉を濁した。
「……さあな。だが、結果を見れば王は納得されるだろう!」
その言葉を最後に、5人は一斉に踏み出した。
刃が光を跳ね、魔力を纏った突きが一直線に走る――が。
そのすべては、カールの“手”によって止められた。
否、止めたというより、“砕いた”のだ。
最初の一人。カールは腰を落とし、手刀で腹部の急所を突く。甲冑ごと叩きつけられ、地に伏した。
二人目、背後から斬りかかろうとした剣士を、首筋を正確に打ち抜いて気絶させた。
三人目と四人目が同時に踏み込むも、カールの掌打が空気を割り、ふたり同時に吹き飛んで壁へ叩きつけられた。
五人目の剣士が、恐怖に震えながら振り下ろした剣を、カールは指先で受け止めた。
ガキィン。
剣が折れた。反響と共に、場の空気が凍りつく。
そして、静かにカールは言った。
「それが――王の命令であるのなら、俺は受けて立つ!」
剣も抜かず、傷ひとつなく、たった数秒で制圧された王宮剣士たち。威信は地に落ち、人々の間からどよめきと称賛が生まれる。
だがそのとき――
「待て! カール……っ、違う、それは違うんだ!」
群衆の奥から飛び出した青年がいた。
明るい栗色の髪、顔には汗。動揺と必死さが滲むその瞳に、カールは見覚えがあった。
「……リオン?」
「そうだよ! 学院で一緒だったリオンだ!」
リオン=グラッツ。王立学院時代の同級生で、剣術も座学も平凡だったが、まっすぐな性格で知られていた青年だ。
リオンは剣士たちの前に立ちはだかり、必死に手を広げて叫ぶ。
「この襲撃、王の命令じゃない! ……一部の剣士が、勝手にやったんだ。上層部が“英雄気取りの田舎者を黙らせろ”って言って……!」
カールは目を細め、倒れた剣士たちに視線を落とす。
「……なるほど、ならば貴族派の暴走か」
「カール、国王陛下は、君を“敵”とは思っていない。むしろ……君に会いたがってる。あの魔獣王討伐を聞いた陛下が、“真に国を守れる剣が現れた”って……!」
群衆が静まり返る中、リオンは深く頭を下げた。
「お願いだ、王都を敵に回さないでくれ。君が敵になったら……俺たちは、何を信じて生きていけばいいんだ」
カールはしばし沈黙し――やがて、ひとつ息をついた。
「俺は、敵になるつもりなどない。ただ、剣を振るうだけだ。“守る”と決めたもののために」
リオンの顔に、安堵の色が広がる。
「ありがとう……カール」
カールは地に伏した剣士たちを一瞥し、肩をすくめる。
「自分の力量を見誤っただけだ。命に別状はない。王宮に戻してやってくれ」
「わかった。俺が報告する」
こうして、5人の剣士を圧倒した出来事は、またたく間に王都中へと伝わり――
“黒衣の剣聖は、剣なき一撃で王剣を沈めた”
――という新たな伝説を生み出すこととなった。
◆灰銀の剣と、戦場の鬼◆
王都騎士団本部。その一番奥にある、重厚な鉄扉の向こう。カールは、王国最強と呼ばれる男と向き合っていた。
ゼノ=バルジェ――王国直属騎士団団長にして、侯爵位を持つ戦場の英雄。赤褐色の髪と厳しい目つきは、まるで百戦錬磨の獣みたいだった。
「なるほど、お前が“黒衣の剣聖”……想像以上に若いな」
その目がじろじろとカールを品定めしてくる。嫌な感じじゃない。むしろ、獣が同族を確かめる時のような、鋭くて理性的な視線だ。
「年齢は関係ない。剣において必要なのは、積み重ねた結果だけだ」
「ふむ、立派な口ぶりだ。なるほど、噂通りというわけか」
カールが返事をする前に、ゼノが不意に言った。
「カール=キリト、貴様に――吾輩と手合わせをしてもらいたい」
……やっぱり来たか。
カールは軽く溜め息をつく。こういう流れ、何度目だろうな。
「断る。戦う理由がない。俺にとって、得がなさすぎる」
そう告げると、ゼノの口元が少しだけ持ち上がった。
「ふむ、理屈はわかる。だが、吾輩は侯爵だぞ?」
「……それがどうした」
「役に立つ、という意味だよ。例えば――悪事を働いている侯爵位の者を裁くとき、正当な理由があれば、吾輩はそれを王国法に基づいて剣で正せる立場にある」
その言葉に、カールは一瞬だけ目を細める。
「……どういう意味だ?」
「例えば、反国王派の腐った貴族どもに、真実を告げて制裁しようする。そのとき、お前だけの力では暴力でしか裁けない。しかし、吾輩が“正当な剣”として動けば、国の名のもとに裁けるというわけだ」
ゼノは、そう言って軽く笑った。今まで一度も笑わなかったその顔に、少しだけ人間味がにじむ。
「……なぜ俺に、そこまでする?」
カールの問いに、ゼノは静かに答えた。
「吾輩は“王国派”だからな。反王国派の力が弱まるのは大歓迎だ」
ああ、なるほど。つまりは政治だ。
「なるほど、その理屈なら、今回は共通の敵というわけだ」
「そうなるな。だが、お前の力が本物かどうかは、“試す”さすがに弱者では、あいつらには勝てないからな」
ゼノは、コートの下からゆっくりと剣を抜いた。
無駄のない、まっすぐな動作。そして、その剣はまるで月光を凝縮したような、美しい銀色をしていた。
「だから――吾輩に勝て、条件はそれだけだ」
次の瞬間、剣気が部屋全体を包み込んだ。
まるで、戦場の気配だ。冷たい空気と熱い殺気が、同時に押し寄せてくる。背筋に走るのは、戦士の本能。――こいつ、本物だ。
「リオン、下がれ」
「え、ちょ、カール!? 団長、やる気ですか!?」
「リオン。いいから黙って外に出てろ。これは……俺と、あの人の問題だ」
リオンは、慌てて部屋を飛び出す。ドアが閉まり、静寂が落ちた。
「では、いくぞ。“黒衣の剣聖”」
「受けて立つ。こっちも、長い旅の答えを試すにはいい相手だ」
カールは腰の“ロウ・セリオス”に手をかけた――が、まだ抜かない。
ゼノの剣先がわずかに揺れ、床を削るほどの気迫が放たれる。これは、ただの試合じゃない。戦いだ。まぎれもなく、本気の。
「今の王都に、必要なのは“力”だ。中途半端な正義じゃなく、“揺るぎない力”が求められている」
ゼノの言葉に、俺は答える。
「だったら、証明してみせる。俺の剣が、誰かの命を救うものだって」
次の瞬間、ゼノが踏み込んだ。
刹那、カールも――動く。
◆灰銀の剣と、戦場の鬼◆
重厚な空気が、床を這い、壁に染み、天井から降り注ぐ。
ゼノ=バルジェの踏み込みは、まさに雷鳴の如き一閃だった。
「──ッ!」
その一撃を、カールは紙一重でいなす。抜かれた“ロウ・セリオス”が、甲高い金属音を響かせて銀の剣を受け止めた。
火花が散る。わずかに滑ったゼノの剣が、カールの肩口を掠めた。
「……速いな」
「貴様もな」
互いに一歩ずつ距離を取る。その動きすら、研ぎ澄まされた殺気の上で踊るような鋭さだった。
ゼノの剣は“月閃の剣”と呼ばれる逸品。斬撃が月の光のように淡く輝き、戦場ではその残光に惑わされて斬られた者が数知れない。
一方、カールの“ロウ・セリオス”は、無銘の黒剣。だが、触れればたしかに“業”の重みが宿っている。
「……その剣、おもしろいな。気配が生きている」
「戦場で、俺に“生かされた”剣だからな」
会話が終わると同時に、再び刃が交差した。
ゼノの二連撃。速い、重い、正確。その全てをカールは寸前でいなし、時には刀身をずらして受ける。
「なぜ防げる!?」
ゼノの目が鋭く光る。ただの技量ではない。読み、観察、そして“気配”を察する術。それが、この若者の真骨頂。
「俺の旅は、剣の旅だ。殺気も、風も、空気の流れも、全てが情報になる」
そう言いながら、カールが足を踏み込む。
──刹那、空気が震えた。
まるで誰かが、空間ごと“斬った”ような圧力。ゼノの背筋に、久しく感じたことのない冷たい戦慄が走る。
「おもしろい!」
ゼノの顔に、戦士としての笑みが浮かぶ。
彼が“戦場の鬼”と呼ばれる所以は、ただの強さではない。戦いを愉しむその狂気。そして、相手の力を最大限に引き出しながら、自らもその極みに至ろうとする“求道者”としての在り方。
「ならば、遠慮はしない! “月閃・壱ノ型──断層剣”!」
ゼノの身体がぶれたように見えたかと思うと、次の瞬間、五つの銀閃が一直線にカールへと迫る。
“斬撃を重ねる”技。幻のようでありながら実体を持つ、速度と力を極限まで高めた一撃。
カールは、それに真正面から踏み込んだ。
「“黒衣剣術──刃返し”」
ロウ・セリオスが、渦を巻くように回転しながら銀閃を打ち消す。
まるで無数の水流を斬っていくような刃の舞。
「なに──!?」
ゼノの驚愕の中、カールがさらに踏み込む。
“間合いに入った”。その瞬間、戦いの主導権は逆転する。
「受けてもらうぞ。俺の答えを!」
“黒衣剣術・終ノ型──双月影”
踏み込みから二連撃、時間差で三連目を重ねる変則連携。それぞれが“急所を外しながら急所を狙う”という、実戦仕様の殺法。
ゼノが咄嗟に防御姿勢を取るが、一撃目で剣が弾かれ、二撃目で肩を裂かれ、三撃目は──紙一重で避けられた。
だが、それだけでも充分だった。
ゼノの体が、よろめく。
「……見事、だな」
カールは、剣を下ろす。
「終わりにしよう。これ以上やっても、ただの消耗戦になるだけだ」
ゼノも剣をおさめる。静寂が、戻ってきた。
しばしの沈黙のあと、ゼノは口を開いた。
「王都に……いや、この国にとって、お前は剣であるだけでなく、心でもあるようだな」
「……その言葉、光栄に思う」
扉が開かれ、リオンが慌てて戻ってくる。
「カール! 団長! 無事ですか!? すごい音が……!」
カールは、軽く手を挙げて答えた。
「問題ない。必要な話は、剣で交わした。あとは、言葉でいい」
ゼノは頷きながら、リオンに向けて一言。
「──今より、カール=キリトは王国直属・特任剣士とする。任務において、吾輩と同格の裁定権を持つものとする」
「えっ、ちょ、いきなり!? そんな大事を……!」
だが、カールは静かにそれを受け入れた。
「わかった。受けよう。だが、その力を使うのは、正義のためじゃない。俺はただ、守るために剣を振るう」
ゼノは、深く頷く。
「それでこそ、だ。力とは、信じたもののために在れ。正義とは、後からついてくるものだ」
灰銀と黒衣。
異なる信念を持った二人の戦士が、ここに手を結ぶ。
この国の闇を裂くために――
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