婚約破棄された上に、追放された伯爵家三男カールは、実は剣聖だった!これからしっかり復讐します!婚約破棄から始まる追放生活!!

山田 バルス

文字の大きさ
20 / 97

第20話 獄中記――ダンガー子爵の独白。そして、次の悲劇へ

しおりを挟む
◆獄中記――アベル=ダンガー子爵の独白◆

 湿った空気が、鼻につく。
 粗末な藁の上に横たわりながら、私は天井のひび割れを見つめていた。

 かつては絹の寝台で眠り、銀の盃で酒を飲み、誰もが私の機嫌を伺っていたというのに――。
 今では、鉄格子の中で、朝夕の粥にすら虫が浮かんでいる。

 笑える話だ。
 だが、なぜだろう。笑いは一度も、喉の奥から出てこなかった。

 時間だけが、ただ過ぎていく。

 何もすることがないから、思考ばかりが深くなる。
 そして――私は、過去を、否応なく“思い出す”。



 私は生まれながらにして「選ばれた者」だった。
 名門ダンガー家の嫡男として、何不自由のない暮らしを約束されていた。

 家は爵位を持ち、父は王国の財務を担う有力貴族。アウグスト侯爵家である。
 使用人も召使いも、皆が私に跪き、私の一言で令嬢たちは微笑んだ。

 学園に通えば、劣等生を見下し、優等生を金で買収し、教師さえも私に逆らえなかった。
 それが当然だった。私の“世界”では、それが常識だったのだ。

 ……その中に、カール=キリトもいた。

 名ばかりの貴族、三男坊。
 力も権威もない。魔力適性も低く、剣の腕も並。
 そんな彼が、リリスの婚約者? 冗談ではない。

 私はリリスを“持ち物”だと思っていた。
 美貌と家柄を兼ね備え、将来は私の後宮の一つにでも、と。
 そのためには、多少の芝居も必要だった。彼女に同情を与え、耳元でカールの無能を囁き……彼女は簡単に揺れた。

 そして、私は彼女と共に、学園の卒業式でカールを侮辱した。

 愉快だった。爽快だった。
 あの時の、彼の苦しむ顔。令嬢たちが失笑する中で、立ち尽くすあの姿。
 それは、権力の快感を私に教えてくれた。

 ……だが、それが“転落の始まり”だったのかもしれない。



 牢獄の夜は長い。
 星も見えず、音もない。

 ただ、冷たい石の壁に囲まれて、思い出だけが蠢いている。

 私は、あのあとも幾人もの令嬢に声をかけた。
 家柄を見て、金をちらつかせて、望みを満たした。
 だがそれが、詐欺と呼ばれ、背任と糾弾されるとは思ってもいなかった。

 まさか、あの時の“無能”が、全てを暴いてくるとは。
 王の命を受け、宰相に推挙され、そして舞踏会の場で私の罪を突きつけたあの瞬間――

 私の“玉座”は、跡形もなく崩れた。

 ……あれがカールだったとは。
 私が踏みにじった存在が、私を断罪する者となった。

 皮肉だ。
 いや、もはやこれは、運命の報いなのだろう。



 牢の隅に置かれた壊れかけの椅子に座りながら、私は一枚の紙切れを取り出す。

 それは、かつてリリスから贈られた、たった一度の手紙だった。

 「ダンガー様、カール様との関係、どうか内密に願います。彼は傷つきやすい人です。」

 あの頃の彼女は、まだ、迷っていたのだろう。
 だが、私の甘言が勝った。そして、彼女も私と同じように――“落ちた”。

 リリスは今、どうしているのだろうか。
 家は没落し、令嬢の立場も失った。
 ……だが、それでも、彼女の涙だけが、今でも脳裏に焼きついている。

 “お願い……やり直せない……? わたし、まだ……あなたのことを……!”

 あの声は、誰に向けていたのだろう。
 私か? それとも――

 いや、分かっている。
 あの時点で、彼女の心はもう、カールにも届かず、私にも戻ってこなかった。



 誰も面会には来ない。

 父は病に伏せ、母は遠縁の地に逃れた。
 財産は差し押さえられ、家名は断絶。
 かつて私を称えた者たちは、今や私の名を口にすることすら憚る。

 ……孤独だ。

 こんなに静かな夜が、これほどまでに堪えるとは思わなかった。
 いや、“静かすぎる”のだ。

 私の人生には、もう未来がない。
 このまま裁かれ、名もなき罪人として処刑されるのだろう。

 だが、せめて――
 最後に書き記しておく。これが、私の“懺悔”だ。

 カール=キリトよ。
 お前を愚かと笑ったあの日の私を、どうか許すな。
 お前が剣を取り、誇りを貫いた姿を、私は一生、忘れることはない。

 ……これは、敗者の記録だ。
 そして、誇りを失った者が、自らに下す最後の“裁き”でもある。



◆朽ちた館にて――老召使ラデルの回想◆
――語り手:アウグスト侯爵家元召使、ラデル=メイア

 扉のきしむ音が、やけに耳についた。

 かつては磨き上げられた扉だった。濃い栗色の木に金の取っ手、昼には光を反射してきらめき、夜には重厚な威厳を湛えていた。それが今では、錆びついた蝶番に軋まれながら、ゆっくりと開くたびに、どこか泣いているように聞こえる。

 ……あぁ、旦那様。この館は、もう終わりでございますな。

 私は、アウグスト侯爵家に仕えて五十年になる。先代の侯爵がまだ若かった頃から、厨房の端で働き、次第に執事として一通りの仕事を任されるようになった。

 この館は、王都でも有数の格式を誇っていた。来客は日々絶えず、晩餐会には百本の蝋燭が灯され、調度品はすべてが一級品。女中も下働きも、皆が背筋を伸ばして働き、この館に恥じぬよう努めていた。

 ――すべては、“あの方”のために。

 アベル=ダンガー様。侯爵家のご嫡男。

 何もかも、彼のために整えられていた。

 上背があり、声も通る。学識はまあ普通だったが、なによりあの“自信”があった。若様は、誰よりも堂々とし、誰よりも自分を疑わぬ人だった。それゆえに、我々も“彼こそ未来の侯爵だ”と信じて疑わなかった。

 ……けれど。

 その自信は、いつの間にか“慢心”に変わっていった。

 リリス嬢との噂が流れたのは、私が六十の坂を越えた頃だったか。召使の中でも口には出さなかったが、皆が思っていた。

 ――これは、あまりに危うい、と。

 彼女にはカール=キリトという婚約者がいた。その名を初めて聞いた時、私は厨房の小間使いから話を聞きながら、「おや?」と思った。

 なぜなら、若様が妙に焦っていたからだ。
 いつもは余裕綽々の彼が、まるで何かに“勝たねばならぬ”とばかりに躍起になっていた。

 そして、決定的な事件が起こった。――あの卒業式の婚約破棄。

 令嬢たちの前で、カール様があんな目に遭ったと聞いたとき、私は初めて、若様が“やりすぎた”のだと悟った。

 そのあとも、屋敷には若い令嬢たちが出入りした。
 誰もが地位目当てで、誰もが金の匂いに誘われていた。

 だがそれを、若様は「当然」だと思っていた。
 そう教え込まれてきたから。
 侯爵家の血を持つ自分は、“選ばれた者”だと――。

 ……けれど、選ばれたはずの者が、今や獄中にいる。

 そして、アウグスト侯爵家も――もう、終わりだ。



 使用人の数は、今や三人だけ。
 私を含め、料理係と掃除の女中一人。庭は雑草が伸び放題で、噴水は止まり、温室のガラスも割れたまま。

 それでも私は毎朝、応接間のカーテンを開け、決まった時刻に茶を淹れる。侯爵が寝台から起きられぬ今でも、それが“この家の流儀”だからだ。

 けれど、誰ももう、その香りを嗅ぐ者はいない。

 旦那様――アウグスト侯爵は、病に伏せてから、もう半年になる。
 目も、ほとんど見えておられぬ。
 時折、枯れた声で「アベル……まだ帰らぬか」と尋ねるが、そのたびに私は、胸を詰まらせて嘘を吐く。

 「はい、坊ちゃまは……旅に出ております」

 本当のことなど、言えるものか。

 坊ちゃまは、罪人として投獄され、もはや王の恩赦でも望まぬ限り、二度と日の目を見ることはない。

 財産は没収。土地も差し押さえられ、私たちは今、“余生の情け”でこの館の片隅に住まわされている。

 誰も、アウグストの名を口にしない。
 かつてあれほど栄華を誇った名門は、いまや“裏切りの一族”として、教本の脚注にすら載らぬ。



 ……それでも。

 私にとって、アベル坊ちゃまは、あの子は――確かに“まっすぐ”な子だったのです。

 正しいかは別として、信じたことには一直線だった。
 それが傲慢になった。
 それが罪になった。
 けれど、私は知っている。

 あの子が、寂しかったことを。
 称賛の影で、孤独を抱えていたことを。

 もし、もう一度、時間を巻き戻せるなら――あの日の坊ちゃまに、こう言いたい。

 「誇りは、誰かを踏みつけて得るものではありません」

 「誇りとは、己の弱さを知り、他人の尊厳を守れる者にこそ与えられるのです」

 ――あのカール=キリトという若者が、それを教えてくれた。



 今日も、館には誰も来ない。

 ただ、風が吹き抜ける。ホールのシャンデリアが、静かに揺れた。

 私の仕事も、もうすぐ終わる。

 だけど――坊ちゃま。
 どうか、最後に思い出してください。

 あなたを愛し、仕え、信じていた者が、ここに確かにいたことを。

 そして、願わくば。
 次に生まれ変わるその時は――真に誇りある御方となりますように。



 ◇   ◇

 その少し前の時間、フリューゲン王国の北のノルド王国で事件があった。

「セリア=ノルド、お前との婚約を破棄する!」 

 公爵令嬢を睨みつける第一王子の目は怒りに燃えていた。まさか、この悲劇がカール=キルトと深く関わっているとは、誰も想像していなかっただろう!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。 不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。 14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。 彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。 優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。 それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。 その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。 しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。 ※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。 詳細は近況ボードをご覧ください。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。 授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。

処理中です...