婚約破棄された上に、追放された伯爵家三男カールは、実は剣聖だった!これからしっかり復讐します!婚約破棄から始まる追放生活!!

山田 バルス

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第23話 セリア=ルゼリア=ノルドの記録

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♦氷の瞳を持つ少女、セリア=ノルド♦

ダンガー子爵の断罪から数日が過ぎた。

王都では、黒衣の剣聖――カール=キリトの名が、まるで英雄譚のように語られていた。貴族の腐敗を暴き、かつて婚約を破棄された少女への未練を断ち切り、堂々と舞踏会で真実を示したその姿は、多くの若者の憧れとなっていた。

だが、当の本人はそういった評判に関心もなく、いつものようにギルドで依頼を眺めていた。

その時だった。

「……あなたが、カール=キリト?」

澄んだ声が、空気を切り裂くように響いた。

カールが顔を上げると、そこに立っていたのは一人の少女だった。

長く艶やかな銀髪を風になびかせ、氷の結晶のように澄んだ瞳で、まっすぐに彼を見据える。黒の旅装束を身にまとい、背には細身の魔導剣。その姿は、どこか現実離れした気配を纏っていた。

「……君は?」

「セリア=ノルド。かつて“氷の魔女”と呼ばれた、北方のノルド魔導国家出身の流浪者よ」

その名を聞いた瞬間、周囲の冒険者たちがざわめいた。

「ノルド……って、まさか……あの“王族暗殺未遂事件”の……!」

「氷の魔女、まだ生きてたのか……!」

「心を失った剣士だろ。誰にも笑わないって……」

数々の噂が、彼女の名とともに飛び交っていた。

“感情を捨てた天才魔導剣士”、
“家名を捨てて逃げた堕ちた貴族”、
“王族の血を引きながら、暗殺計画に巻き込まれた少女”。

だが、カールはそのどれにも目を向けず、ただ静かに問いかけた。

「……で、俺に何の用だ?」

セリアは少しだけ目を伏せ、再び氷のような瞳で彼を見つめる。

「……あなたの母親、アリシア=キリト。彼女は、私の国の“失われた姫”だった。」

カールの瞳が細められる。

アリシア――カールの母。幼い頃に病で亡くなったと聞かされていたが、伯爵家でメイドをする前の出自については、彼自身もあまり知らされていなかった。

「彼女は、ノルド王家、王弟の娘。けれど……ある日突然、国を出て姿を消した。追手も、噂も、何もかも振り切って。わかりずらいから簡単に説明するけど、ノルド=ユリウス3世があなたとわたしの曽祖父、ユリウス4世がわたしの祖父、ユリウス4世の弟の子供があなたの母アリシアなの?だから、あなたは王族の血が流れているの?」

「ノルド王家の王子殿下とセリアは従姉弟か……母さんの場合はノルドを出た後、王都の伯爵家でメイドをしているとき伯爵に見初められて、俺を産んだってわけか」

セリアは、わずかにうなずく。

「……彼女が遺した血筋を、私は探していた。あなたの剣、その構え、魔力の流れ……ノルドの剣術に、似すぎている」

「それで、俺に何を求める?」

カールの声には、警戒の色があった。

だがセリアは、ふっと目を閉じ、わずかに表情を緩めた――それは、彼女が“誰にも見せたことのない微笑”だった。

「私は……あなたと共に戦いたい。あなたの強さの理由を、この目で知りたい。」

周囲が静まり返る中、カールはしばらく黙っていた。だがその沈黙を破ったのは、皮肉めいた笑みと共に放たれた一言だった。

「なるほど。“氷の魔女”も、少しは人間らしくなったようだな」

「……あなたも、“英雄”のくせに、ずいぶん皮肉屋なのね」

ふたりは見つめ合い、わずかに笑う。

そう、ほんの一瞬だけ――氷と鋼が、わずかに溶け合った瞬間だった。

セリア=ノルド。その名はギルドの中でも、ランクA最上位に君臨する実力者でありながら、誰にも心を開かぬ孤高の剣士として知られていた。

だが彼女の氷の瞳は、カールという存在に、何かしらの熱を感じていた。

それが憧れか、興味か、それとも――

答えは、まだ遠い。

けれど、黒衣の剣聖と氷の魔女。ふたりの出会いが、これからの運命を大きく動かすのは、間違いなかった。


セリア=ルゼリア=ノルドの記録


セリア=ルゼリア=ノルドは、かつてノルド王国の未来を担う王妃候補として生を受けた。彼女は、王国屈指の名家であるルゼリア公爵家の令嬢にして、ノルド王家の血も引く存在だった。王国第一王子エリオット=ノルドの婚約者として名を知られ、将来は王妃の座が約束されていると、多くの者が疑わなかった。

幼い頃のセリアは、誰よりも無邪気で、そしてよく笑う少女だった。青空の下を駆け回り、城の花園ではしゃぐ姿は、まるで精霊のように人々の心を和ませた。とりわけエリオットとの仲睦まじい様子は、王族と公爵家の絆の象徴ともされた。

しかし、それは遠い昔の話。

王妃教育という名の教育が、少女から感情を奪っていった。
「笑ってはいけません、セリア様。微笑むだけで十分です」
「感情を見せる者は、民に侮られます」
「女王は冷静であるべき存在です」

教本の言葉、女官たちの指導、そして義務感。そうしたものに縛られ、セリアはしだいに笑わなくなった。感情を抑える訓練は日に日に厳しくなり、それに耐える彼女の表情からは、やがて喜怒哀楽という人間らしさが消えていった。

さらに不幸なことに、彼女にはエリオットの分の執務までが押しつけられていた。エリオットは王子としての職務に熱心とは言えず、遊びや学問にかまけ、政務に身を入れようとはしなかった。代わりに、セリアが日々、王国の帳簿に目を通し、諸侯との折衝に備え、魔法の理論を練り、国家の未来を想っていた。

その努力が認められたのか、セリアは魔法理論の構築において高い評価を得るようになった。宮廷魔術師たちさえ舌を巻くほどの才能。だが、そこに微笑みはなかった。淡々と語り、冷静に論を進める彼女の姿は、周囲に「冷たい」と誤解されるようになっていく。

 しかし、優秀すぎる婚約者はエリオットにとっては、忌々しい存在になっていた。セリア様は優秀、それに比べて王子殿下は~そして、王子の劣等感から事件は起こった。

エリオット=ノルドが学園を卒業する年の春――
その日は、王であるユリウス五世が外交任務で長期不在にしていた特異な時期だった。

王不在の中、エリオットはひとつの「告発」を受け取る。
それは、セリアが学園内で、彼の親しくしていた元平民出身の男爵令嬢を「いじめている」という内容だった。まったくの虚偽。だが、あまりに都合の良いタイミングだった。

エリオットは、その令嬢と親しくなっていた。心が通い合っていると思っていた。セリアにはない柔らかさ、気安さ、そして感情を見せる人間らしさに、エリオットは惹かれていった。そこに「セリアが彼女を虐げている」という話が入れば――あとは簡単だった。

公の場で、彼は宣言した。

「私は、セリア=ルゼリア=ノルドとの婚約を破棄する」
「理由は、彼女が私の大切な人を貶めたからだ」

証拠も、証人もなかった。ただ王子の言葉というだけで、それは真実とされた。
セリアはその場で反論せず、ただ静かに一礼したのみであった。
それすらも、「罪の自覚があるからだ」と受け取られた。

だが、それはほんの序章にすぎなかった。

婚約破棄の衝撃が広がる中、突如としてルゼリア公爵家に対し「謀反の疑い」がかけられる。王都での騒動と混乱の最中、「国家転覆を図る魔法理論を構築していた」とまで言われ始め、あろうことか、それを裏付けるかのような捏造文書までが流出する。

父であるルゼリア公は、審問のために王宮に召喚された翌日、不慮の事故とされる火災で邸宅もろとも命を落とした。
母は「病を理由に自刃」、弟妹は「行方不明」――すべてが、仕組まれていた。

一族全体が、王国から消された。

それは粛清とも呼べる所業だった。だが、それを「謀反者を断った正義の剣」として称える者も多かった。王都はその噂で騒然となり、人々はセリアの名を語るたび、怯えと軽蔑を混ぜた視線を向けた。

セリア本人は、裁判すら与えられなかった。
彼女の処刑は、王命として静かに執り行われようとしていた。
ただの政治処理のように、ただの記録の一行として。
しかし、セリアは脱走できた。それはセリアに恋心を抱いていた第二王子の手の者によって。

そのとき、王であるユリウス五世はまだ外交先にあった。
そして帰還したときには、すでにすべてが終わっていた。

彼は、悲しい表情を浮かべて呟いた。

「……弟を殺したお前に、ユリウスの名を継がせることはできない、エリオット」

 王位継承の流れは、第二王子のアルフレッドへと変わり、エリオットは罪を犯した王族が収監される魔塔へと。そして、毒盃を飲まされ、秘密裏に処理された。また、世間には、エリオットは病気のため、静養中とし、のちに時期をみて病死として発表された。同じく男爵令嬢の一族もこの世から消された。


こうして、セリア=ルゼリア=ノルドという少女の名は、王国の正史からもほとんど抹消されることとなる。
彼女の作り上げた魔法理論も、論文も、多くが禁書指定を受け、王国図書館の地下に封印された。

けれど――

誰かが言った。

「セリア様は死んでなどいない」
「彼女は、風に還っただけだ」

いまもなお、王国の空を吹き抜ける風の中に、彼女の意思が宿っていると信じる者たちが、ほんのわずかに、いる。

そしていつか、その風が嵐となり、真実を暴く日が来ることを――
彼らは、ただ静かに待ち続けているのだった。



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