婚約破棄された上に、追放された伯爵家三男カールは、実は剣聖だった!これからしっかり復讐します!婚約破棄から始まる追放生活!!

山田 バルス

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第43話 カール、リリスと結婚する――

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◆告げられた手紙、目覚める黒衣の剣聖◆
――カール=キリトの視点

 夕暮れの宿の一室には、柔らかな灯りが灯っていた。
 テーブルの上には、今日の戦利品と、まだ湯気の立つスープ。
 仲間のセリアとリアナ、そして俺の三人で乾杯の音を交わしたあと、ようやく一息ついたところだった。

 「いやぁ、今回は長かったわ」
 リアナがごろりとベッドに寝転がる。
 「沼地の魔獣退治なんて、もう二度と行きたくないわ……」

 「ほんと、湿気で髪がもう最悪だったわ」
 セリアが額の汗をぬぐいながら、スープを口にする。
 俺も、革の外套を脱ぎながら椅子に腰かけた。

 「ギルドへの報告は、明日に回すか」
 「うん、今日はもうのんびりしよ」

 ああ。
 依頼は無事にこなした。仲間も全員、元気だ。
 久しぶりに、ただ「平和」ってやつを感じていた――そのときだった。

 ――コン、コン。

 控えめなノックの音が、扉越しに響いた。

 「誰だ?」
 立ち上がって扉を開けると、そこに立っていたのは――

 「お兄様」

 淡い金の髪が、灯りに照らされてきらめいた。
 レティーナ=キリト。
 俺の妹。

 その後ろには、護衛の騎士が二人。
 ただならぬ様子に、空気が一気に張りつめる。

 「……どうした、何があった」

 俺が声をひそめると、レティーナは唇をかみ、そっと視線を落とした。

 「お兄様が留守の間に……父様と、ルジェン兄様、そしてキリアン兄様が……」
 「……なんだと?」

 「父様と長兄ルジェン兄様は、現在療養所に運ばれました。命に別状はありませんが……」
 「キリアン兄様は……一時は、危なかったのですが、いまは意識が戻って」

 瞬間、頭の中が真っ白になった。
 リアナとセリアも、息をのんでこちらを見ていた。

 「犯人は……」
 「……アベル=ダンガー子爵、だと、護衛の者が……」

 レティーナの声が震えていた。
 あの男の名を、再び聞くことになるとは。

 「まさか……奴がまだ、生きていたのか……」

 俺は拳を握りしめた。
 冷たい怒りが、胸の奥底からじわりと湧いてくる。

 「……で、どうしてお前が、わざわざこんな場所まで来た」

 レティーナはそっと懐から、ひとつの封筒を取り出した。
 薄紫の香りとともに、それは俺の手に渡された。

 「……これは?」

 「キリト家の屋敷の護衛の者が、私に渡してくれました」
 「“ヴァレンタイン令嬢から預かった”と言っていました」

 「……リリス、だと?」

 その名を口にした瞬間、心の奥に波紋が走った。
 かつての婚約者。
 そして、俺を見捨てた女――けれど、記憶から完全に消し去ることはできなかった存在。

 「……中を、見てしまいました」

 レティーナは少しうつむきながら言った。
 「本当はよくないことかもしれません。でも……心配で。とても、放っておける内容じゃなかったから」

 俺は無言で封を開けた。
 中には丁寧な筆跡で綴られた、見覚えのある文字。

 親愛なるカール=キリト様へ

 この手紙を、あなたが読んでくれていることを願います――

 読み進めるたび、心がざわめいていく。
 アベル=ダンガー子爵との再会。
 王都の陰でうごめく闇。
 そして……彼女が俺に「会いたい」と綴った言葉。

 「……噴水のある公園……明日の夕刻……」

 視線が自然と窓の外を向いた。
 今は夜。
 けれど、明日には――彼女は、そこに立っている。

 「……お兄様」

 レティーナの声に、我に返った。

 「どうするつもり……? 行くの?」

 「わからない」
 俺は正直に答えた。

 「ただの偶然か、それとも何か企みがあるのか……」
 「だが、あの男が再び動いたのなら、いずれ俺の前に現れる。――ならば、先に会っておくのも悪くない」

 「……あの人のこと、まだ信じてるの?」

 レティーナの問いに、俺は答えなかった。
 信じてはいない。
 だが、忘れてもいない。
 かつて、自分の全てを懸けた相手だからこそ――その真意を、確かめる必要がある。

 「明日、俺は行く」

 そう言って、俺は手紙を折りたたみ、懐にしまった。

 再び、リリスが目の前に現れる。
 そして、アベル=ダンガーもまた、闇の中から這い出てきた。

 「どうやら――逃げられそうにないな」

 俺の心は、黒衣の剣を再び握る覚悟を決めていた。



◆君と歩む、偽りの誓い――それでも◆
――カール=キリトの視点

 公園の噴水は、昔と何も変わっていなかった。

 夕暮れ時。空は茜色に染まり、薄く靄がかかったような風が静かに流れていく。
 石畳の道を進み、ふと足を止めた俺は、ベンチの前に佇む少女を見つけた。

 リリス=ヴァレンタイン。
 淡い紫のドレスに身を包み、かすかに揺れる銀の髪。
 彼女は、俺の気配に気づいて振り向いた。

 「……来てくれたんだね」

 昔と変わらない笑顔だった。いや、変わっていたのかもしれない。
 あの頃よりも、どこか儚く、そして決意に満ちていた。

 「お前の言葉には、気になることが多すぎた」
 「それに……放っておけるわけがないだろ」

 そう言って、俺はベンチの向かい側に腰を下ろす。
 目の前には、あの頃と同じ噴水。
 だけど、過ぎた時間が、すべてを変えていた。

 リリスは、少しだけ息を吸って、ゆっくり口を開いた。

 「ダンガー子爵を捕らえる方法……それを、今日は伝えに来たの」

 「……捕らえる方法、だと?」

 「ええ。彼は、今も王都に潜んでいる。だけど、手を出すタイミングを伺ってるだけじゃない」
 「彼は、あたしの“関係者”に執着しているの」

 リリスは噴水に目を落としながら、ぽつりと続ける。

 「カール。あなたと、わたしが“結婚”する――その噂が広まれば、彼は動く」
 「嫉妬でも、焦りでもいい。“取り戻せない過去”を刺激すれば、彼は必ず姿を現す」

 「……まさか、そのために結婚を?」

 俺の言葉に、リリスは首を振る。

 「違うよ」
 「それは“きっかけ”であって、“理由”じゃない」

 リリスの瞳が、まっすぐに俺を見つめる。
 迷いも、誤魔化しも、そこにはなかった。

 「……わたし、昔から……ずっと、あなたのことが好きだった」

 その言葉は、思っていたよりもずっと真っ直ぐで、重たくて。
 胸の奥が、ぐっと締めつけられた。

 「でも……婚約破棄したのは、お前だ」

 「うん。間違いだった」

 即答だった。

 「でも、そうしなければ――ヴァレンタイン侯爵家は潰されてたかもしれないの」
 「アウグスト侯爵家と、父の政治的な駆け引き……わたしには逆らえなかった」

 「……リリス」

 「選べなかったの、あのときは」
 「家の未来をとるか、あなたとの未来をとるか。子どもだった、愚かだった……でも、それでも――」

 「ずっと、心の中では……あなたを想ってたの」

 俺の頬を、そよ風がなでる。
 昔と同じように聞こえる噴水の水音が、なぜかやけに遠く感じた。

 「本当は、わたしね。カールと一緒にこの噴水の前で、将来の話をしたかったんだ」
 「子どもが生まれたら、名前はどうしようかとか、どっちに似るかなって……」

 少しだけ笑ったリリスの瞳が、潤んでいた。

 「なのに、わたしはそれを全部、捨てた。だから……今さらこんなこと言っても、信じてもらえないかもしれない」

 「……」

 「でもね。わたし、もう間違えたくないの」

 彼女は立ち上がり、俺の隣に膝をつくように座る。
 ゆっくりと、俺の手を取った。

 「カール。お願い……わたしと結婚して」

 「……は?」

 「“作戦”でもいい。“偽装”でもいい。最初は、嘘でも構わない。でも……」
 「そのうち、きっと……わたしたちは、昔みたいに、また笑い合える。そう信じてるから」

 リリスの手が、温かかった。
 それは、もう昔の貴族の令嬢ではない、ひとりの女としての手。
 誰かの命令でも、家の命運でもなく。
 ただ、彼女自身の意思で俺の前に立っていた。リリスから心地よい香りがする。

 「わたしが昔から……本当に好きだったのは、あなただけなんだよ」

 なぜか、その言葉が、心に刺さる。おかしい、そんなこと――
 怒りも、哀しみも、失望も、全部ひとつになって――俺の中でぐらついていたものが、静かに崩れていく。

 「……こんな無茶な提案をするために、わざわざ俺を呼び出したのか」

 「無茶でも、あたしは本気。……だから、カール」

 「答えは……」

 俺は視線を落とす。
 手の中のリリスの手を、そっと握り返した。
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