婚約破棄された上に、追放された伯爵家三男カールは、実は剣聖だった!これからしっかり復讐します!婚約破棄から始まる追放生活!!

山田 バルス

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第45話 リリス断罪への階段

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◆君と歩む、偽りの誓い――セリア=ルゼリア=ノルドの視点◆

 わたしの心臓の音だけが、やけに大きく響いていた。

 美しい庭園。白薔薇の香り。涼しげなグラスの音。すべてが絵画のように完璧な社交の舞台。

 けれど、わたしの視界の中心には――

 リリス=ヴァレンタインと、カール=キリトが並んでいた。

 あの二人の姿が、すべてを塗り替えていた。

 「……っ」

 唇を噛みそうになるのをこらえながら、わたしは誰にも気づかれないように、その場で静かに立ち尽くしていた。

 リリスが差し出した手に、カールがゆっくりと手を伸ばしていく。

 まるで騎士が姫に忠誠を誓うように――親愛と敬意のこもった、優しい動作。

 それが、あのリリスに向けられている。

(……なんで?)

 わたしの胸の奥が、ぎゅっと締めつけられるように痛んだ。

 カールとわたしは、恋人同士――そう思ってた。

 でも、彼は今、あの女の手に触れようとしている。

 (嘘……でしょ?)

 何が起きてるのか、頭では理解できてるのに、心が追いつかない。

 カールの手が、リリスの白い手にそっと添えられる。

 次の瞬間、彼はその手を取って――唇を近づけようとした。

 (ちょ、ちょっと待って……ほんとに……!?)

 わたしの頭の中が真っ白になる。

 あれは、演技? 作戦? それとも本気?

 ――でも、あのとき、確かに言ってた。

「リリスに近づく必要がある。社交界の“闇”に踏み込むには、彼女が持つ情報が不可欠だ」

 そう言っていた。冷静に、計画的に。

 だから、わたしも納得した。彼の隣にいる者として、彼を信じるって決めたはずだった。

 でも……いま目の前で繰り広げられてるのは、どう見たって“本気”にしか見えなかった。

 それに――あの女の顔。

 リリスは微笑んでいた。けれど、それは優しさなんて欠片もない笑みだった。

 唇だけがわずかに持ち上がり、瞳は氷のように冷たい。

 まるで、わたしに向かってこう告げているかのように。

 ――「ねえ、あなたの恋人、私のものになりそうよ?」

(……最低……!)

 叫びたくなる。あの手をはたきたい。リリスを突き飛ばして、カールの腕を引っ張りたい。

 でも、できなかった。

 わたしには、できない。

 彼の計画を、壊すことはできないから。

 カールは言っていた。これは必要な“演技”だと。

 媚薬を盛られている可能性もある。そう彼自身が推測していた。実際、リリスの周りでは怪しい香水や香の噂が絶えない。媚薬の一種だと、魔導院でも注意が出ていたほど。

 だから、わたしは自分に言い聞かせる。

 ――これは、カールの意思じゃない。

 ――媚薬のせい。きっとそう。

 でも、それでも。

 彼の目が、あの女だけを見ているように感じてしまうのは、なぜ?

(私のこと……見てくれてない……)

 寂しさが、胸の奥で膨らんでいく。

 わたしと話すときのあの優しい声、そっと頭を撫でてくれた手、あの微笑み――全部、嘘だったの?

 あの夜、作戦について語り合った帰り道。彼が、そっとわたしの手を握ってくれたあの瞬間のぬくもり。あれは、演技じゃなかったはずなのに。

 なのに、なぜ。

 いま、あなたはその唇を――わたしじゃなく、リリスに向けているの……?

(どうしよう……)

 心がぐらぐらと揺れる。

 裏切られた、なんて思いたくない。そんな人じゃない。わたしの大好きなカール様は、嘘をつくような人じゃない。

 でも、でも――

(……振られちゃうのかな、わたし)

 その考えが、ふいに頭をよぎった瞬間、涙が出そうになった。

 顔を見られたくなくて、わたしはそっと身を引いた。誰にも見えない場所に立ちながら、ぎゅっとスカートの裾を握りしめた。

 こんなふうに不安になるなんて、思ってなかった。

 わたし、こんなに弱かったんだ。

 「カール様……」

 誰にも届かない声が、風に消えていく。

 彼は、わたしのものじゃないのかもしれない。

 ――このまま、リリスに奪われてしまうのかもしれない。

 その不安が、わたしの心にゆっくりと根を下ろしていく。

 カール様の唇が、リリスの手に近づいていく。

 それが、まるで永遠のように、ゆっくりと――。

(どうか、目を覚まして……)

 心の中で、必死に叫んだ。

 わたしを見て。

 わたしは、あなたを信じてる。

 でも――お願い、わたしを、ひとりにしないで。


◆君と歩む、偽りの誓い――レンヌ伯爵令嬢の視点◆

 この庭園は、王都でも指折りの美しさを誇る場所。
 白薔薇が風に揺れ、噴水の水音が涼やかに響く午後。
 そんな夢のような空間で――まさか、こんな場面を目にすることになるなんて、わたしは思ってもいなかった。

 「到着されました! リリス=ヴァレンタイン様と……黒衣の、カール=キリト様が!」

 使用人の声に、空気が止まる。
 さざ波のようだったおしゃべりがぴたりと止まり、令嬢たちが一斉に入口の方を振り返った。

 わたしも、もちろん、反射的に視線を向けていた。
 そして、そこに現れたのは――

 白銀の髪をたなびかせ、艶やかなルビーのドレスに身を包んだリリス=ヴァレンタイン様。
 そして、その隣には……。

 漆黒の礼装を纏い、鋭くも美しい光を纏った男――カール=キリト様。

 わたしの心臓が、一気に早鐘を打ち始めた。

 「えっ……あれって、本物!?」
 「うそ、ほんとに……あの剣聖カール?」
 「リリス様の隣……って、どういう関係なの!?」

 周囲の令嬢たちがざわつくのが分かる。
 だけど、わたしの耳にはもう、何も入ってこなかった。

 まっすぐに歩いてくる二人の姿だけが、視界を占めていた。
 おとぎ話の中の騎士と姫――いや、それ以上だった。
 凍りつくような美しさと、静かに燃えるような存在感が、庭園を支配していた。

 やがて、主催者であるアメリア=グルノーブル公爵令嬢が、優雅な笑みで出迎える。

 「まあ……リリス様、お久しぶりですわ。ずいぶんと印象が変わられましたこと」
 「ふふ……ご無沙汰しております、アメリア様。そちらこそ、相変わらずお美しいこと」

 言葉は丁寧。でも、その裏で静かに火花が散る。
 わたしたちのような下位の令嬢が割って入れる空気じゃなかった。

 そして、リリス様が言った。

 「ご紹介するわ。こちら――カール=キリト。わたしの、護衛よ」

 瞬間、わたしの胸の奥が、ぎゅう、と音を立てて締めつけられた気がした。

 カール=キリト様が、リリス様の“護衛”……?
 あの人が、彼女のそばに?

 周囲からも「本当に……?」「あり得ないわ……」「でも、様になってる……」と声が漏れる。

 その時からだった。わたしの視界の中心が、カール様から動かなくなったのは。

 庭園中央、白い噴水の前――最上位の円卓に招かれ、リリス様は堂々と腰かける。
 そして、その背後に立つカール様は、ただ黙って、しかし騎士のようにそこに“在る”。

 ……本当に、美しかった。

 わたしが密かに憧れていた、あの強さと静けさ。
 何よりも、彼の視線がリリス様にだけ向けられていることが、苦しかった。

 「ねえ、リリス様……本当に彼と――?」
 誰かが、恐る恐る尋ねた。

 リリス様は、ふっと微笑んで立ち上がった。
 ドレスの裾がさらりと揺れ、風が吹く。
 庭園中の視線が、一斉に彼女へと向かう。

 「皆様、本日はお招きに預かり、光栄ですわ。ここで一つ――報告がございますの」

 その言葉で、庭園全体が静まり返った。
 白薔薇の香りさえ、止まったような気がした。

 「わたくし、リリス=ヴァレンタインは――再び、カール=キリトと寄りを戻しました。そして将来的に、結婚を予定しております」

 その瞬間、わたしは息を呑んだ。

 周囲がどよめき、令嬢たちが信じられないという顔を浮かべる中――
 わたしだけが、言葉も出せずに立ち尽くしていた。

 寄りを戻した……? 結婚予定……?

 そんなの、そんなの、急すぎる――!

 でも、リリス様は、嘘なんて一言も言っていない。
 堂々と、誇らしげに胸を張っている。
 まるで、自分がこの物語の主役であると、疑っていないように。

 そんな彼女の前に、カール様が――静かに、動いた。

 すっと片膝をつく。
 薔薇の咲き誇る白い石畳の上に、彼がひざまずいたのだ。

 「……!」

 目が離せなかった。
 わたしの心臓は、爆発しそうだった。

 彼が、リリス様の手を取る。
 その指先が、まるで繊細な宝石を扱うように優しくて――

 カール=キリト様が、少しずつ顔を近づけていく。

 その視線の先は、リリス様の指先――。

 (やめて……お願い……)

 口に出せない心の叫びが、喉元で止まる。

 ほんの数センチ。
 ほんのわずかで、その唇が、彼女の手に触れてしまう――

 なのに、どうして?

 時間が、止まったように感じる。

 リリス様が、うっすらと目を閉じる。
 その姿は、まるでキスを受け入れる姫のように、完璧だった。

 けれど――

 その瞬間、わたしにはどうしても、見逃せなかったことがある。

 それは、カール=キリト様の目。

 どこか、遠くを見ていた。

 それは、忠誠でも、愛でもなくて――
 ただ、冷たい静けさと、決意だけを湛えた眼差し。

 ……あれは本当に、愛の口づけなの?

 わたしの中で、疑念と希望と絶望が、ぐるぐると渦巻いた。

 そして、あの口づけがなされる前の――わずかな時間が、永遠に感じられた。




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