婚約破棄された上に、追放された伯爵家三男カールは、実は剣聖だった!これからしっかり復讐します!婚約破棄から始まる追放生活!!

山田 バルス

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第52話 アベル=ダンガーの前世

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◆君と歩む、偽りの誓い――“黒き契約◆
――アベル=ダンガーの視点

 闇の契約が交わされたその夜、わたしは再び蝋燭の揺らめく光の中、思案に沈んでいた。

 ゼノ=バルジェ――あの戦場の獣と、カール=キリト――銀髪の剣聖。
 この二人を同時に相手取るなど、狂気の沙汰だ。

 だが。

「方法なら、ありますよ」

 レスターは静かに言った。

 その手には、黒曜石のような光を放つ小瓶が握られていた。中には、濃密な赤黒い液体。目を近づけるだけで、脳の奥がずきずきと痛んだ。

「……それは?」

「高位の魔族の血です。“サルム=ベール”のもの。第七階級に位置する、かつての魔王の副官だった存在」

 まるで冗談のように軽く言ってのける。

「一時的に、あなたの魔力と肉体は常識を超えた力を得るでしょう。ゼノとカール、両方を討つ――ことも可能かと」

 わたしは小瓶を受け取り、じっと見つめた。

「代償は?」

 レスターは肩を竦めた。

「まあ……生きられる時間が、ほんの少し減るくらいでしょう。具体的な数値は、わかりませんが。あくまで悪魔族からの情報ですので」

 曖昧だ。だが、それは“故意”の曖昧さ。

 わかっている。これは毒だ。確実に、魂を蝕む。

 だが。

 ――やつらを倒せるなら、それぐらいのリスクは致し方あるまい。

「……下らんな」

 そう呟いて、わたしは瓶の蓋を開けた。

 鼻を突く鉄のような臭い。喉が焼けるような感覚。

 それでも、わたしは――飲み干した。

 苦い。胃が焼けるようだ。だが、確かに……この身の内から、力が湧き上がってくる。

 筋肉が軋み、骨がきしむ。視界の色が一瞬、紅く染まった。

 ふっ、と笑みが漏れる。溢れんばかりのパワーを感じる。それでいて実に落ち着いた心境にいたっている。

「これなら……やれる。明日、殺すか」

 その夜、わたしは夢を見た。

 いや、“記憶”だ。

 燃え盛る大地。哭く人間たち。血と悲鳴に満ちた戦場。
 その中心に立っていたのは――わたしだった。

 わたしは知っている。かつての名は、アベル=ザルガトゥス。
 魔族の王。その魔王が転生し、今のこの“人間の姿”に封じられていたのだ。

 ――そして、勇者たちに殺されたのだ。

 カールの“あの目”を、わたしは知っていた。
 憎かった。あれは、“あの時”の勇者一行にいた剣聖。最後にわたしを斬った剣士と、同じ。

「……そうか。貴様……また現れたのだな」

 歯を噛みしめ、拳を握る。

 だが、夢は続いていた。

 炎の城で、血の宴が行われていた。
 その玉座の隣、わたしの腕に抱かれていた美しい女。黒髪に赤い瞳、陶器のような肌。

「……リリス?」

 信じられない。あの女が……当時の、魔王の正妃――わたしの妻だったというのか。

 笑っていた。傲慢で、妖艶で、哀しげな目をして――

「私たちは、また出会ったのよ」

 その声が、確かに脳裏に響いた。

 だが、目が覚めたときには、わたしはまた――人間の身体のままだった。

 天井の木目。朽ちた梁。崩れかけた壁。

「……過去の亡霊め。今さら、何を見せに来る」

 だが、思い出したのはひとつの恐怖だった。

 ――エミリナ。

 かつて、魔王であったわたしと敵対し、勇者一行のメンバーでもある銀髪のエルターエルフ。

 今も生きているはずだ。人間より遥かに長い寿命を持ち、“魔族に恨み”という名の剣を握り続けているあの女。

「まずい……この身体のままでは、エミリナに見つかれば一瞬で……!」

 生存本能が警鐘を鳴らした。

 わたしはその日、小屋を引き払い、姿を消した。

 すべては、次の準備のために。

 リリスの利用、指輪による“誘い”はまだ生きている。

 カールは来る。セリアを、あるいはリアナを――救うために。

 だが、そこに待つのは、かつての魔王の力を取り戻しつつある、わたしだ。

 復讐の夜は、まだ始まったばかり――

 わたしは、再び“あの力”を取り戻す。すべては、カールを地に伏せさせ、彼の“英雄譚”を泥に沈めるために。

 そして――リリス。

 ……もう一度、おまえを、わたしの隣に戻してやるさ。


◆君と歩む、偽りの誓い――“黒き契約・第三幕”◆
――レスター=グラスゴーの視点

 夜が明けた。

 ノルド南方の古い礼拝堂。その地下にある隠れ家で、わたしは苛立ちを押し殺していた。

「……まさか、姿を消すとはな」

 アベル=ダンガー――いや、“魔王の器”とも呼ぶべき男が、突然、行方をくらましたのだ。

 王都の裏路地、盗賊の隠れ家、潜伏先の小屋。
 手を回したすべての情報源が、こう言うのだ。

「ダンガー子爵? いや、見てませんね。少なくとも、ここ数日は」

 あの慎重すぎる男が、何の前触れもなく動くはずがない。

 それとも、あの悪魔族の血液の後遺症か。

「……血液の後遺症なら死んでいるかもしれないな」

 わたしは小さく呟いた。かつて魔族の血液を飲ませる実験が行われたことがあった。3日生きていたものはいなかった。

 ダンガーも同じ道を歩んだのかもしれない。遺体もそのうち見つかるかもしれない。――ダンガーという駒を失ったのは早急だったか。

「チッ。せっかくの作戦も、あてが外れたか」

 机の上にあった“眠りの指輪”は消えていた。眠りの指輪は回収したかった。

 このままでは、計画は頓挫する。

 カール=キリトも、セリア=ノルドも、このままでは、ノルドに戻る選択肢が残ってしまう。わたしの計画が……

「……致し方ないが、次の一手を考えるか」

 わたしは背後の部屋にいる部下を呼ぼうとした。が――

 その瞬間、地下室の空気が変わった。

 圧迫感。鋭く冷たい殺気。

 鼻が利く奴なら、一瞬で察しただろう。

「誰か……入ったな?」

 そう言いかけた次の瞬間、入口の扉が音もなく吹き飛んだ。

 石片が宙を舞い、壁に突き刺さる。
 その隙間から、ひとりの男がゆっくりと歩みを進めてきた。

「久しいな、グラスゴー家の三男坊よ」

 ――ゼノ=バルジェ。

 赤褐色の髪に、戦場で焼き焦がされたような眼差し。全身から放たれる“武”の気配が、空間そのものを制圧している。

 わたしは、咄嗟に結界を張ろうと手を振るった。

「封じよ――《サイレント・フェイズ》!」

 だが、その瞬間。

 ゼノはすでに、目の前にいた。

 「遅い」

 その一言とともに、わたしの喉元には、冷たい刃が突きつけられていた。

「お前の魔術は、どれも構えが遅すぎる。脅威ではない」

「……何のつもりだ、ゼノ=バルジェ。ここは王都ではないぞ。我らを拘束すれば、国際問題にも――」

「その“台詞”、そっくり返そう」

 ゼノはわたしの胸倉を掴み、壁に叩きつけた。
 息が詰まる。頭が揺れる。

「お前たちの裏工作、全て記録に残っている。リリス=ヴァレンタインの暗躍、アベル=ダンガーの毒物調達、そして魔族の血の取引。……証拠は揃った」

「……嘘だ」

「我が直属の監視網が動いている。“すでにお前たちの自由は存在しない”とだけ教えてやろう」

 ――まずい。完全に、読まれていた。

 逃げなければ――そう思ったときには、背後からもう一人の男が現れていた。

「残念だったな、レスター=グラスゴー」

 聞き慣れた声。だが、そこにはかつての余裕も温情もない。

「……カール=キリト」

 その銀髪が、灯りに照らされ、まるで月光のように輝いていた。

 剣聖の眸。その視線が、まっすぐわたしを貫いていた。

「アベルはどこにいる?」

 カールの問いに、わたしは黙していた。

「話す気はないか。なら――」

「待て、カール」

 ゼノが手を上げて制した。

「尋問は正式な場で行う。我々の任務は拘束。……それ以上ではない」

 その瞬間、部下たちが次々と倒されていく音が地下に響いた。魔術師たちも、剣士たちも、あの二人の前では無力だった。

「……こんなバケモノが、二人も……」

 思わず吐き捨てた。

「これが“正義”かよ……!」

 だが、ゼノはただ冷たく言い捨てた。

「正義など知らん。だが、これだけは断言できる」

 わたしの顎をぐいと持ち上げ、その目を覗き込んでくる。

「――お前たちは、“許されない”側だ」

 そして、わたしたちは――連行された。

 王都へ。裁きの場へ。

 アベル=ダンガーの“影”を残したまま。

 だが、わたしは知っている。

 奴は、死んではいない。

 必ず、どこかで牙を研いでいる。

 “次”の、もっと恐ろしい夜のために――


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