婚約破棄された上に、追放された伯爵家三男カールは、実は剣聖だった!これからしっかり復讐します!婚約破棄から始まる追放生活!!

山田 バルス

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第57話  氷の魔女がセリアの想い

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氷の魔女が探し続けた名――セリア=ノルドの想い


吹雪の中に生まれ、氷に育てられた少女――セリア=ノルド。
北方魔導国家ノルドに生まれながら、王家の血を引く存在として望まれぬ注目を集め、その瞳の冷たさから“氷の魔女”と呼ばれた。

彼女が初めて「カール=キリト」という名を聞いたのは、十三歳のときだった。

幼き頃、王都の片隅にある古文書庫で偶然見つけた、誰にも開かれぬはずの禁書。そこにはこう記されていた。

「アリシア=ノルド、消息不明。王族暗殺未遂事件との関連を疑われ、追放措置。生存不明。
魔法技術に秀でている」」

その時、セリアは己の心が奇妙に震えるのを感じた。
なぜか、その名に惹かれた。アリシアという名に。
まるで見知らぬ姉の影を追うように、セリアはその名を心に刻み込んだ。

彼女の家――ノルド王家と従兄妹の関係であったが、あの事件以来、すでに政治的にも力を失い、冷遇されていた。
だが祖父だけは、あるときこう呟いたのだ。

「アリシアは、北の氷に囚われる器ではなかった。
彼女が生きているのなら……その血が、世界を変えるかもしれん」

それが、彼女の探求の始まりだった。

 やがてセリアは、氷の魔術と剣術の才能を開花させ、「氷の魔女」の異名を得る。
だが、冷たいまなざしと孤高の性格、そしてアリシアへの執着とも言える探求心は、周囲との溝を深めていった。

十六歳のある日、彼女は王城の中で極秘の文書を盗み見てしまう。
そこにはこうあった――

「アリシア=ノルド、生存の可能性あり。
南部リューゲン王国近郊にて目撃情報。
名:アリシア=キリト。貴族の使用人を経て、男子を出産した後、病没とされる。
子の名は――カール=キリト」

それは、封印されていた名だった。

彼女の心が、大きく揺れた。

――生きていた。
――そして、“子を遺した”。

アリシアという存在がただの過去の亡霊ではないと知った瞬間、セリアは全てを捨てる決意をした。
名誉も、家も、そしてノルドという国そのものさえも。

「私は……彼を、この目で見たい。カール=キリトに会ってみたい!」
「アリシア様が命を賭して託した存在。
 その剣が、魔力が、歩みが、私に何を示すのか」

その想いは、もはや使命に近かった。

ただの王族の血を求めたわけではない。
ただの興味でもない。

セリアの中には、ずっと満たされぬ“問い”があった。

自分は何のために生まれたのか。
なぜこの力を持ち、なぜこの孤独を背負ってきたのか。
そして、なぜアリシアの名だけが、心にあたたかく響くのか。

答えが欲しかった。
それは、強さの理由を知るためでもあり――
自分の存在理由を探す旅でもあった。

そうして、セリア=ノルドは長き旅に出た。
雪原を越え、山を越え、南の王都へと。
幾度も命を狙われながら、彼女はただ“彼”を探し続けた。

そしてついに――

王都ギルドで、黒衣の剣聖の名を聞いた。

「カール=キリト。貴族を断罪し、剣ひとつで真実を貫いた男」

その名を耳にした瞬間、セリアの心は凍てついた湖のようにひび割れた。
それは――あまりにも、アリシアの歩みに似ていたから。

真実のために立ち、孤独を恐れず、信じる者を守るために戦う者。

彼女は、確信した。
彼こそが、アリシアの“遺した答え”だと。

だからこそ、あの時。
ギルドで初めて彼に声をかけたとき。
セリアは、自分でも驚くほど、心が震えていた。

「……あなたと共に、戦いたい」
「あなたの強さの理由を、この目で知りたい」

それは剣士としての興味であり、
魔導師としての本能であり――
少女としての、祈りにも似た願いだった。

アリシアという星を追っていた氷の魔女は、
今や、もうひとつの星に引き寄せられようとしていた。

その名は、カール=キリト。
アリシアの子。そして、セリアが探し続けた“答え”。

彼と交差したその瞬間、彼女の氷は、ほんのわずかに、音を立てて溶けた。


◆王都ルメリア散策◆

初めて彼と出会ったとき、私は泊まる場所すら決まっていなかった。

王都ルメリア。初めて訪れた街。カールの名前しか知らなかった私だったが、彼が剣聖として有名だったので、冒険者ギルドで偶然、簡単に出会うことができた。運命の出会い? かつての自分は、宮殿の奥で、王妃としての未来を夢見ていた。けれど今は違う。私は一人だ。

「……宿が、どうしよう?」

「だったら、俺が泊まってる宿に来ればいい。部屋は別だし、安全な場所だ」

その言葉に、なぜか逆らう気になれなかった。

ただ私の荷物を持って歩き出す。その背中を見ながら、私は少しだけ、救われたような気がした。

宿の食堂で、夕飯を共にした。

温かなスープに、焼きたてのパン。それだけの、簡素な夕餉だったのに、不思議と心が落ち着いた。

「この先、どうするつもりなんだ?」

カールが訊いた。

「……決まってない。ただ、立ち止まりたくなくて」

「あれだけの剣の腕前だ、一緒に冒険者をやらないか?」

「冒険者、確かに面白そうね」

スプーンを置いて、私は彼を見た。

「カールは? どうして、こんなところにいるの?」

「剣の仕事。今は冒険者として動いてる。昔、いろいろあってな。貴族の世界は、もうこりごりだ」

その言葉に、少しだけ親近感を覚えた。私も同じだ。捨てられた者同士――きっと、似ているのかもしれない。

翌朝、早めに起きた私は、簡素なドレスに着替えて食堂に降りた。今日はカールとお出かけである。

すでにカールが待っていた。

「今日は、案内してやるよ。王都生まれ、王都育ちの俺がな。初めて来たんだろ?」

「ええ。この街に来てすぐ冒険者ギルドに向かったから……ほとんど見てないの」

カールは少し目を見開いたが、それ以上は何も言わず、手を差し出した。

「じゃあ、出発だ」

私はその手を取らなかったけれど、彼の隣に並んで歩いた。

石畳の通りを抜けて、最初に訪れたのは、小さなスイーツの店だった。

「ここは有名なんだ。女の子に人気でな。俺も依頼で疲れた帰りに、たまに甘いもん食いたくなる」

「あなたが?」

「何だよその目は」

思わず笑ってしまった。店の中は焼き菓子の甘い香りに包まれていて、ガラスのショーケースには美しく飾られたケーキやタルトが並んでいた。

「どれが好きだ?」

「……この、ベリーのタルトを」

「じゃ、それと紅茶。俺はプリンで」

席につくと、カールは頬杖をついて外を見た。私は、目の前のタルトを一口、そっと味わう。

「あまい……けど、おいしい」

「そりゃよかった。そうやって美味しそうに食べる顔、悪くないな」

「……茶化さないで」

「茶化してねえさ」

彼の声は、優しかった。

その後も、彼は様々な場所を案内してくれた。

古道具屋。手作り雑貨の店。街角の噴水広場。どれも、私には初めて見る景色だった。

「これ、可愛いわね……」

木彫りの小さな猫の人形を手に取ると、カールが横から覗き込んだ。

「気に入ったのか?」

「うん……買っても、いいかしら」

「わかった、二人の出会いにプレゼントしよう」

 私は少し迷ってから、その猫を手に取った。カールが財布からお金を出して支払ってくれた。冒険者をして稼いだら、何かお礼を贈ろう。今はそれでいいと思えた。

夕暮れが近づくころ、二人で川沿いを歩いた。

水面に映る橙の空が、風に揺れている。セリア=ノルドとしての私は、こんな風景を、のんびりと楽しめることがなかった。

「……ありがとう、カール」

「何が?」

「こうして案内してくれて。誰かと、何かを楽しむなんて、もうできないと思ってた」

「できてるじゃないか、今」

「……ええ」

私はそっと、自分の胸元を押さえた。まだ小さな、柔らかな火が、そこに灯っている気がした。

彼と出会ったばかり。まだ詳しくわからない。ちゃんとは知らない。けれど、心が寄り添っていく感覚が、確かにそこにあった。

「明日も、一緒に歩いてくれる?」

「もちろんだ。俺はまだまだ、案内したい場所がたくさんある」

その言葉が、まるで約束のように思えた。

風が吹き、川面がさざめいた。小さな木の猫が、手の中で優しく揺れていた。
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