婚約破棄された上に、追放された伯爵家三男カールは、実は剣聖だった!これからしっかり復讐します!婚約破棄から始まる追放生活!!

山田 バルス

文字の大きさ
68 / 97

第66話  知の部屋で、三人の午後

しおりを挟む
【風と光と、王都の午後】

王都〈ルメリア〉――午後の陽が瓦屋根の上に踊る午後。

長い調査護衛の依頼を終え、久しぶりに“平和”な日常へと戻ったカールとセリアは、のんびりと街を散策していた。足元では、真っ白な子フェンリル――ルゥが元気に跳ね回っている。

「カール、ちょっと速すぎるわよ、ルゥが追いつけないじゃない」

セリアが笑いながら、スカートの裾をつまみつつ小走りになる。カールは少し前を歩いていたが、立ち止まって振り返った。

「いや、あいつ速すぎるくらいだろ。見てみろ、もう次の路地に――って、おい、ルゥ、そっちは――!」

ワンッ!

ルゥは勢いよく角を曲がり、八百屋の野菜かごに頭から突っ込んだ。

「うわーっ! こらぁ! お前の犬か!? 野菜が台無しだ!」

怒鳴り声と一緒に、トマトが空中を飛び、見事にカールの額に命中した。

「……ぐっ、なんだこの酸味」

セリアが顔を押さえて笑いをこらえる。

「ルゥ、ちゃんと謝って! ほら!」

ルゥは耳をしょんぼりと垂らし、ぺたんと地面に座って「クゥン……」と小さく鳴く。街中ではフェンリルとばれるとまずいので、人間の言葉は使わない約束をしてのお出かけである。

八百屋の主人も、思わず苦笑い。

「まったく……まあいいさ。次からは気をつけるんだぞ、小さなモフモフ野郎」

「ありがとうございます。代金はこちらで払います」

セリアがにっこりと会釈しながら、銀貨を差し出す。

カールはため息をつきつつルゥを抱き上げる。「お前、もうちょい落ち着けって……」

ルゥはカールの腕の中で満足げに尻尾を振った。

***

その後も、王都の街をゆっくり歩いた。

風は優しく、路地のパン屋からは焼き立ての香ばしい匂い。街角の吟遊詩人が奏でる笛の音が、石畳を抜けてどこまでも流れていく。

「……こういう日が続けばいいのにね」セリアがぽつりと呟く。

「戦いのない日ってやつか?」

「うん。誰かを傷つけたり、傷つけられたりしないで……ただのんびり過ごす日。カールと一緒に」

その言葉に、カールは少しだけ目を細めた。どこかくすぐったいような、それでいて胸の奥が温かくなる感覚。

「……似合わねぇよ、俺には」

「そんなことないよ」

セリアはカールの手を取る。指先がそっと重なる。

「こうして一緒にいるだけで、私は嬉しいの。王女だった頃の私には、こんな日常はなかったから……だから、今日がすごく特別」

「……そっか」

二人の間に、優しい沈黙が流れる。

その時、ルゥがカールの腕の中で「ワン!」と一声鳴いた。

「……あ、思い出した!」

セリアがぱっと笑顔になる。

「どうした?」

「アイスクリームよ! この前来たとき、新しい店ができてたって言ってたでしょ? 今なら並ばずに食べられるかも!」

「へぇ、アイスか……。食ったことねぇな」

「じゃあ決まり! 初めては、私が一緒に食べさせてあげる!」

セリアが腕を引き、カールをぐいっと引っ張っていく。

ルゥもカールの腕の中で尻尾をばたばた振って、満面の笑み(?)だった。

***

アイスクリーム屋のベンチに並んで座りながら、カールは恐る恐るスプーンを口に運ぶ。

「……冷たい、けど……うまいな、これ」

「でしょ?」セリアが得意げに笑う。「私はこの“ベリーミルク”がお気に入り。カールは?」

「なんか、チョコのやつ。こっちも……悪くない」

「ふふ、気に入ったみたいね」

二人は並んで空を見上げた。少し西に傾いた太陽が、街を黄金色に染め始めていた。

「……ありがとうな」

「え?」

「こういう日が、こんなに心地いいなんて……知らなかった。戦ってばかりだったからさ、俺」

セリアはそっとカールの肩に寄りかかった。

「これからは、少しずつ……取り戻せばいいのよ。奪われた時間も、眠ってた感情も。私と一緒に、ね」

カールは、彼女の肩にそっと手を置く。

ルゥが足元であくびをし、そのまま丸まって眠り始めた。

静かな午後。あの日々の重さを癒やすように、王都の空は穏やかに色づいていく。

そして――

穏やかな風の中で、ただの一人と一人が、普通の一日を共に過ごす。

それは、きっと誰よりも尊い“冒険”の一つだった。


【知の部屋で、三人の午後】

「いらっしゃい、カール、セリア。さあ、遠慮しないで入って」

リアナ=クラウゼが白衣の裾をひるがえして、満面の笑みで二人を迎え入れる。
その後ろには、古びた魔導書や錬金術の巻物が詰めこまれた本棚が壁一面に並んでいた。まるで、本の森だ。

「こ、これは……すごい数の本ですね……!」

セリアが圧倒されるのも無理はない。
机の上には魔石の標本、天球儀、そして半分組み上げられた魔導装置の模型まで転がっている。

「んー……思ったより“研究者の巣”だな」
カールが半ば呆れ顔で呟くと、リアナが頬をふくらませた。

「失礼ね!これはね、どれも貴重な資料なのよ。普通の図書館じゃ読めないものばかりなんだから」

「確かに……魔術文明の基礎から応用、霊魂論、構文解析まで……こんなに揃ってるの、初めて見ました」
セリアが目を輝かせながら本を手に取る。

「でしょ! この家、書庫として改築したくらいなんだから!」

リアナは嬉しそうに胸を張る。その姿は王国魔術師としての誇りと、研究への純粋な情熱が入り混じっていて――なんだか、子どもが宝物を自慢しているようにも見えた。



三人はリビングに移り、リアナ特製の“脳に効くハーブティー”を囲んで座る。
セリアは興味津々に湯気の立つカップをのぞき込み、カールはちょっと警戒しながら口に運んだ。

「……ん、意外とうまいな。クセはあるけど、落ち着く味だ」

「でしょ? 一応、味には気をつけて調合してるの。効能は“集中力アップとリラックス効果”。あ、でもカールにはちょっと眠くなるかも?」

「いや、それ大事なことは先に言ってくれ」

「ふふっ、リアナさん、相変わらずですね」
セリアが笑い、リアナもつられて微笑んだ。

それは戦場では見られない、穏やかな研究者の顔。
いつもは理知的で冷静な彼女も、今日はどこか柔らかい。



「ねぇ、カール。あの“封印”のときのこと……ちゃんと覚えてる?」

ふと、リアナが真剣な声で尋ねた。

「もちろんだ。あんなもん、忘れられるわけない。……母さんの声、今でも時々聞こえる気がする」

「私も、あの瞬間のこと……ずっと研究してた禁術の理論が、現実になった時の恐怖と感動、忘れられないの」
リアナはカップを見つめながらぽつりと呟いた。

「でも……あなたがいたから、私、壊れずに済んだのかもしれない」

「……リアナ」

その言葉に、カールは少し戸惑いながらも、まっすぐ彼女を見返した。
そんな二人の間に、セリアがふっと立ち上がる。

「はい、ちょっと待っててくださいね。せっかくだから、お茶菓子を持ってきます」

空気を察して席を外すセリアの優しさに、リアナは小さく笑った。

「セリアって、ほんと優しいわよね。……なんだか、少しだけ、羨ましい」

「そうか?」

「ええ。彼女は“人の心”を自然と見てる。私は……頭でばかり考えて、気づくのが遅いから」

リアナの言葉は、ほんの少しだけ寂しげだった。
けれど、次の瞬間、彼女は笑顔を見せる。

「でも、あなたたちとこうして過ごせて……なんだか、ちょっと救われた気がする」

「俺たちもだよ。リアナと一緒にいると、色々と……考えることが多いけど、悪くない」

「……ふふ、ありがとう」

セリアがトレーを持って戻ってきた時、部屋には優しい空気が漂っていた。

「お待たせしました~。これは王都で一番人気の焼き菓子です♪」
「おお、いい匂いだ!」
「わぁ、甘いの久しぶり!」

三人で焼き菓子を分け合い、また話し始める。
魔法の研究のこと、王都の流行、ルゥのいたずら話――話題は尽きなかった。

本に囲まれた部屋で交わされる、知識と笑顔。
まるで、文字では伝えきれない“心の交流”がそこにあった。



夕方、玄関まで見送りに出たリアナが、少し寂しそうに言う。

「また来てくれる?」

「もちろん」
「今度は、もっとゆっくり話しましょうね」

カールとセリアの言葉に、リアナはふわりと笑った。
その笑顔は、どこか柔らかくて、あたたかかった。

ドアが閉まり、静かな書庫に戻ってきたリアナは、一冊の本を手に取り、ぽつりと呟いた。

「……また、会えるよね」

彼女の研究室には、今日という記憶が、確かに刻まれていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。 不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。 14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。 彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。 優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。 それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。 その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。 しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。 ※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。 詳細は近況ボードをご覧ください。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。 授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。

処理中です...