婚約破棄された上に、追放された伯爵家三男カールは、実は剣聖だった!これからしっかり復讐します!婚約破棄から始まる追放生活!!

山田 バルス

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第89話 真夏の夜に語ること ― 浜辺のささやき編 ―

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『真夏の夜に語ること ― 浜辺のささやき編 ―』


 花火が終わり、浜辺には静けさが戻っていた。

 皆は小さな焚き火を囲むように、輪になって座っている。薪がパチパチと音を立て、赤い火がゆらゆらと揺れる。夜風は涼しく、海から届く潮の香りが、夏の終わりを静かに告げていた。

「……花火、すっごくきれいだったね」

 セリアが小さく微笑む。

 濡れた髪は乾き始めており、パーカーの袖口からは細い手が覗いている。すこし冷えたのか、カールの隣に身を寄せてきた。

「うん。ああいうのを見ると、思い出として心に焼きつくよね」

 リアナが手を膝の上で組みながら、星空を見上げる。

 風になびく銀髪が月光に照らされて、どこか儚げな美しさをまとっていた。

「今日という日を、忘れたくないな」

 そのつぶやきに、エミリーゼがくすっと笑う。

「……ふふ、なんだか詩人みたいじゃない、リアナ」

「そ、そんなつもりじゃ……」

「でも、わかるわよ。私だって、今日のことは胸に残しておきたい。……いろんな意味でね」

 エミリーゼは意味深な笑みを浮かべて、カールの方をちらりと見る。

「ボクも、ボクも! こういう時間って、大事なんだよね!」

 ルゥがふさふさの尻尾をぱたぱた揺らして、元気いっぱいに頷いた。

「夜の海って、昼間とはぜんぜん違うんだね。静かで、でも……なんだか、心がポカポカする」

「……ルゥ、いつの間にそんなに詩人になったんだ?」

 カールの問いに、ルゥは得意げに胸を張る。

「えへんっ。ボクだって成長してるんだよ、カールの隣で、毎日いっぱい冒険してるからね!」

「……そうだな。お前も、立派な仲間だ」

 カールがその頭を優しく撫でると、ルゥは満足そうに目を細めた。

 しばらく、誰も喋らなかった。波音と焚き火の音だけが、ゆっくりと時間を刻む。

 ――それでも、不思議と心は満ちていた。

「ねえ、カール」

 ぽつりとセリアが声を上げた。

「ん?」

「明日が来るの、ちょっとだけ、寂しいかも」

「……」

「だって、こんなに素敵な時間って、ずっとは続かないでしょ? 旅が進めば、また戦ったり、傷ついたりする日もあるんだもん」

 セリアの声は小さく、焚き火のパチパチという音に紛れそうなほどだった。

 けれど、カールにはその言葉の重さが、はっきりと伝わっていた。

「……確かに。俺たちの旅は、楽しいことばかりじゃない。でも、こういう時間があるから、進めるんだと思う」

「うん……。だから、もうちょっとだけ。もう少しだけ、こうしててもいいかな?」

「ああ、好きなだけ」

 カールの答えに、セリアは静かに微笑んで、彼の肩にもたれた。

「カール」

 今度はリアナが、少し真面目な声で話しかけてきた。

「……いつか、私たちの旅が終わったら、そのとき……あなたは、どんな未来を思い描いているの?」

「未来か……」

 カールはしばらく沈黙してから、焚き火を見つめながら答える。

「誰かのために剣を振るって、誰かの隣で笑っていたい。それが、たったひとりの人のためだったとしても、俺は……それでいいと思う」

「……そっか」

 リアナは目を伏せた。銀のまつ毛がちらりと揺れる。

 その隣で、エミリーゼが冗談めかした声を出す。

「ふふ、まったく。罪な男ね、あんた」

「……何がだよ」

「全員が全員、あんたの“たったひとり”になりたがってるってことよ」

 カールは少しだけ苦笑するしかなかった。

 けれど、焚き火の光が映す彼女たちの表情は、決して軽くない。それぞれが、強い想いを抱えている。

 それを受け止める覚悟が、自分にあるのか。

 その答えを出すには、まだもう少し時間がかかるかもしれない。

「……でも」

 ルゥがちょこんと前に出て、焚き火を見ながら言った。

「カールがカールでいてくれるだけで、ボクは嬉しいよ。ボクたち、ずっと一緒にいたいもんね!」

「……ああ。ルゥ。もちろんだ」

 皆がふっと笑った。温かい笑み。優しさがにじむ、夜のぬくもりだった。

 星は静かにまたたき、海はやさしく波を返す。

 言葉は少しずつ減っていったけれど、焚き火を囲むその輪の中には、言葉以上の絆が確かに息づいていた。

 ――明日が来ても、きっとこの想いは消えない。

 夏の夜に交わされた、静かで確かな約束。
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