婚約破棄された上に、追放された伯爵家三男カールは、実は剣聖だった!これからしっかり復讐します!婚約破棄から始まる追放生活!!

山田 バルス

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第94話 留守番のふたりとみんながいない日々

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留守番のふたりと一匹のいない日々


「……ふう。今日も暑くなりそうだねぇ」

朝の光が差し込む窓辺で、レーナは柔らかくため息をついた。港町エスパーダの陽射しは、春の終わりだというのにまるで夏のようだった。

屋敷の中には、ふだんの賑やかさがない。

カールさま、セリアさま、リアナさま、エミリーゼさま、そして……あの元気なフェンリルの子、ルゥちゃん。

一度に五人もいなくなると、家の空気そのものが変わってしまったように感じられる。

「お母さん、今日のお昼……何人分にする?」

キッチンに顔をのぞかせたのは、娘のティナ。年頃の獣人の少女で、最近は髪を結んだり、香草で香りづけをしたりと、少しずつ「女性らしさ」を気にしはじめている。

レーナは優しく微笑みながら答えた。

「三人でいいわね。わたしたちと、警備のロルフさんの分」

「そっか……。ちょっとさびしいね」

ティナの耳がぴくりと動いた。レーナもまた、心の奥にぽっかりと空いたような感覚を抱いていた。あれほどにぎやかだった屋敷が、まるで深呼吸をしているかのように静まり返っている。

セリアさまは朝から庭で剣を振るっていたし、リアナさまは魔法の練習でよく木を焦がしていた。エミリーゼさまは本を抱えて歩き回り、ルゥちゃんは屋敷中を駆け回っていた。

そして——カールさまは、みんなの中心にいて。

「……あの、カールおじさん、ちゃんと日焼け止め塗ってるかな」

ぽつりとティナがつぶやいた。ふいに口をついて出たその言葉に、自分でも赤くなる。

「ふふ。心配になるわね。焼けすぎたら、あとでヒリヒリして大変よ」

「うん……。それに、ルゥちゃんって泳げるのかな?」

「たしか……泳ぎはまだ練習中って、エミリーゼさまが言ってたわね。お魚見てはしゃいでる姿が目に浮かぶわ」

ふたりは思わず顔を見合わせて、くすりと笑った。



留守番の日々は、穏やかだけれど、どこか物足りない。

ティナは家事を手伝いながらも、何度も窓の外を眺めてしまう。町の喧騒が遠く、潮の香りが強くなった気がした。

一人で部屋を掃除しているとき、ベッドの上に忘れられたセリアの髪飾りを見つけた。あの金髪の少女が、少し恥ずかしそうに前髪を整えていた姿を思い出す。

リアナの部屋では、机に広げられた魔導式のノートがそのままだった。端には小さく「魔力転換実験ノート・第五稿」と書かれている。

「きっと、すぐ戻ってまた実験を始めるんだろうな……」

ティナは軽くほこりを払って、元通りにそっと閉じる。

屋根裏の書斎では、エミリーゼの本が積み上げられていた。「海洋魔術と古代文字の関係」「幻獣の生態と魔石変換」など、難しそうな本がずらりと並ぶ。

そして、ルゥの寝床。毛布の山の上に、小さなおもちゃの魚が転がっていた。

「みんな、無事に帰ってきますように……」

祈るような気持ちで、ティナは小さなぬいぐるみを整えた。



夜は静かだった。カールの帰還を祝って賑やかに開いた夕食も、今夜は三人分だけ。ロルフが肉を豪快に食べながら、ぽつりとこぼす。

「……こうして食卓が静かなのも、たまにはいいけどな。だけど……少しさびしいもんだな」

「ええ、そうですね」とレーナも笑う。「でも、戻ってきたときに“おかえり”って言えるのが、いちばん幸せな時間ですから」

その言葉に、ティナもそっとうなずいた。

明日には帰ってくるかもしれない。明後日かもしれない。

でも確かなのは——彼らが帰ってきたとき、屋敷はまた命を吹き込まれるということ。

走り回るルゥの足音。セリアの剣の音。リアナの魔法の閃光。エミリーゼの読書のつぶやき。そして、みんなを見守るカールの穏やかな声。

今は静かなこの屋敷も、彼らの「ただいま」でまた輝く。

ティナはその瞬間を想像しながら、眠りについた。

——カールおじさん。ちゃんと無事に、帰ってきてね。

いつかの日常が戻ることを願って。
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