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第95話 おかえりなさい――ティナのまなざし
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「おかえりなさい」――帰還の午後、ティナのまなざし
海風が残した潮の香りが、屋敷の外まで届いてきたような気がした。まだ誰の足音も聞こえないのに、ティナはなぜか、胸の奥がそわそわして落ち着かなかった。
「お母さん……今日、帰ってくると思う?」
「さあね。けど、そろそろだとは思ってたわ」
レーナの返事は穏やかだった。あれから何度、港の方角を見つめたろうか。朝も昼も、仕事をしながらずっと心のどこかで、あの黒衣の姿を探していた。
そのときだった。
「ティナ! 門のほう、誰か来たよ!」
「……!」
屋敷の中から聞こえたのは、澄んだ高い声――そう、ルゥの声だった。人の言葉を話す、フェンリルの子供。ティナにとっては、妹みたいな存在。
「本当!? どこ!?」
「見て、見てっ! カールがいるよ! セリアも、リアナも、エミリーゼも!」
ルゥが窓辺でぴょんぴょん跳ねるのを見て、ティナの心は一気に高鳴った。風のように玄関を飛び出す。
門の前、旅の衣をまとった影が並んでいた。陽光を浴びて、あの人が立っていた。
「……カール、おじさんっ!」
叫びながら駆け寄った。胸に詰まっていた何かが、一気にこぼれ落ちそうだった。
振り返った彼の瞳が、穏やかに微笑んだ。
「ただいま、ティナ。留守を、ありがとう」
「うんっ……うんっ!」
返事と一緒に涙が出そうになったけれど、笑顔で迎えたかった。だから、思いきり笑った。
「……それにしても、ずいぶん日焼けしたんだね、カールおじさん」
「海だったからな。おまけに、魔獣まで現れたから……けっこう濃い旅だったよ」
「タコさん、めっちゃおっきかったのーっ! セリアが逃げ回ってて、ちょーウケた!」
「ちょっ、ルゥ!? そんなこと言わないでってば!」
ルゥが大きく手足(というより前足)を広げて、タコの大きさを誇張するように話すと、セリアが赤面してツッコんだ。
リアナは軽くため息をつきながら、「またあなたは……」と呆れた表情で横目を向け、エミリーゼは落ち着いた声で「標本として保存しておきたかったわ」とぽつり。
旅は波乱だったようだけど――みんな、笑っていた。無事だった。それが、なにより嬉しかった。
◆
屋敷に戻ると、玄関先にいつもの賑わいが戻ってきた。
「ふわぁ~、やっぱり屋根があるって最高~!」
ルゥがクッションに飛び込みながら言う。尻尾をふわふわと揺らし、リラックスしきった様子だった。
「ルゥちゃんは、旅の間ずっと海だったの?」
「うん、でもお船にも乗ったよ! リアナが酔ってて、ちょっとだけ心配だった~」
「ちょ、ルゥ!? 余計なことは言わなくていいってば!」
「ふふっ」
二人のやり取りに、ティナは思わず笑った。ルゥの言葉は、時々人の皮をかぶった獣みたいな無邪気さでズバッと刺してくるけれど、それも魅力だった。
「それにしても……家の中、ずいぶん整理されてるな」
「ティナが全部やってくれたのよ。私の書棚まで完璧に整頓されてたわ」
エミリーゼが微笑みながら言うと、カールも深くうなずいた。
「ありがとう、ティナ。ここが、ちゃんと“帰る場所”でいてくれて嬉しい」
その一言に、胸がじんわりと温かくなる。
「……おかえりなさい、カールおじさん。みんな。お帰りをずっと待ってたよ」
◆
夕食の席には、港町で手に入れた新鮮な海産物が加わった。レーナ母さんが腕をふるい、食卓には香ばしい魚や貝のスープが並ぶ。
「わぁ……タコのマリネ、おいしそう!」
「わたしはこっちの焼き魚が好きかな~! ティナ、おかわりってどれだけ頼んでもいい?」
「うん、好きなだけ食べて。ルゥちゃん、ちゃんと骨は気をつけてね?」
「はーい!」
ルゥがご機嫌で皿に顔を近づける。口元にソースがついても、気にせずぱくぱく。セリアが慌ててナプキンで拭き取ってあげる姿も、もういつもの光景だった。
「そうだ、これ……海で拾ったんだ」
ふいにカールが、小さな袋をティナに手渡してきた。中には、真珠色の貝殻と、ガラスのかけらで作られたペンダント。
「……きれい」
「似合うと思ってさ。頑張ってたご褒美、な」
「……うん、ありがとう……」
涙はこぼれなかった。けれど、胸がいっぱいで、ただただ笑っていた。
◆
夜、ルゥと並んで布団に入る。ルゥはくるんと丸まって、もふもふの尾でティナの手を包み込む。
「おうちって、あったかいねぇ……」
「うん。ルゥちゃんが帰ってきてくれて、ティナも嬉しいよ」
「ティナがいたから、みんな帰ってこれたんだよ。ずっと守ってくれてたの、知ってるもん」
「……ありがとう、ルゥちゃん」
柔らかな声。静かな鼓動。窓の外では、夜風がそっと木々を揺らしていた。
「ねぇ、明日はみんなでお昼寝したいな~。お日さまの下で、カールの背中にのって~」
「それ、きっとリアナさんが怒るよ?」
「えへへ、それも見たい~!」
笑いながら、二人は眠りへと落ちていく。
――みんなが帰ってきた。
――ここが、私たちの家。
明日も、明後日も。
みんなで笑っていられる日々が、どうか続きますように。
海風が残した潮の香りが、屋敷の外まで届いてきたような気がした。まだ誰の足音も聞こえないのに、ティナはなぜか、胸の奥がそわそわして落ち着かなかった。
「お母さん……今日、帰ってくると思う?」
「さあね。けど、そろそろだとは思ってたわ」
レーナの返事は穏やかだった。あれから何度、港の方角を見つめたろうか。朝も昼も、仕事をしながらずっと心のどこかで、あの黒衣の姿を探していた。
そのときだった。
「ティナ! 門のほう、誰か来たよ!」
「……!」
屋敷の中から聞こえたのは、澄んだ高い声――そう、ルゥの声だった。人の言葉を話す、フェンリルの子供。ティナにとっては、妹みたいな存在。
「本当!? どこ!?」
「見て、見てっ! カールがいるよ! セリアも、リアナも、エミリーゼも!」
ルゥが窓辺でぴょんぴょん跳ねるのを見て、ティナの心は一気に高鳴った。風のように玄関を飛び出す。
門の前、旅の衣をまとった影が並んでいた。陽光を浴びて、あの人が立っていた。
「……カール、おじさんっ!」
叫びながら駆け寄った。胸に詰まっていた何かが、一気にこぼれ落ちそうだった。
振り返った彼の瞳が、穏やかに微笑んだ。
「ただいま、ティナ。留守を、ありがとう」
「うんっ……うんっ!」
返事と一緒に涙が出そうになったけれど、笑顔で迎えたかった。だから、思いきり笑った。
「……それにしても、ずいぶん日焼けしたんだね、カールおじさん」
「海だったからな。おまけに、魔獣まで現れたから……けっこう濃い旅だったよ」
「タコさん、めっちゃおっきかったのーっ! セリアが逃げ回ってて、ちょーウケた!」
「ちょっ、ルゥ!? そんなこと言わないでってば!」
ルゥが大きく手足(というより前足)を広げて、タコの大きさを誇張するように話すと、セリアが赤面してツッコんだ。
リアナは軽くため息をつきながら、「またあなたは……」と呆れた表情で横目を向け、エミリーゼは落ち着いた声で「標本として保存しておきたかったわ」とぽつり。
旅は波乱だったようだけど――みんな、笑っていた。無事だった。それが、なにより嬉しかった。
◆
屋敷に戻ると、玄関先にいつもの賑わいが戻ってきた。
「ふわぁ~、やっぱり屋根があるって最高~!」
ルゥがクッションに飛び込みながら言う。尻尾をふわふわと揺らし、リラックスしきった様子だった。
「ルゥちゃんは、旅の間ずっと海だったの?」
「うん、でもお船にも乗ったよ! リアナが酔ってて、ちょっとだけ心配だった~」
「ちょ、ルゥ!? 余計なことは言わなくていいってば!」
「ふふっ」
二人のやり取りに、ティナは思わず笑った。ルゥの言葉は、時々人の皮をかぶった獣みたいな無邪気さでズバッと刺してくるけれど、それも魅力だった。
「それにしても……家の中、ずいぶん整理されてるな」
「ティナが全部やってくれたのよ。私の書棚まで完璧に整頓されてたわ」
エミリーゼが微笑みながら言うと、カールも深くうなずいた。
「ありがとう、ティナ。ここが、ちゃんと“帰る場所”でいてくれて嬉しい」
その一言に、胸がじんわりと温かくなる。
「……おかえりなさい、カールおじさん。みんな。お帰りをずっと待ってたよ」
◆
夕食の席には、港町で手に入れた新鮮な海産物が加わった。レーナ母さんが腕をふるい、食卓には香ばしい魚や貝のスープが並ぶ。
「わぁ……タコのマリネ、おいしそう!」
「わたしはこっちの焼き魚が好きかな~! ティナ、おかわりってどれだけ頼んでもいい?」
「うん、好きなだけ食べて。ルゥちゃん、ちゃんと骨は気をつけてね?」
「はーい!」
ルゥがご機嫌で皿に顔を近づける。口元にソースがついても、気にせずぱくぱく。セリアが慌ててナプキンで拭き取ってあげる姿も、もういつもの光景だった。
「そうだ、これ……海で拾ったんだ」
ふいにカールが、小さな袋をティナに手渡してきた。中には、真珠色の貝殻と、ガラスのかけらで作られたペンダント。
「……きれい」
「似合うと思ってさ。頑張ってたご褒美、な」
「……うん、ありがとう……」
涙はこぼれなかった。けれど、胸がいっぱいで、ただただ笑っていた。
◆
夜、ルゥと並んで布団に入る。ルゥはくるんと丸まって、もふもふの尾でティナの手を包み込む。
「おうちって、あったかいねぇ……」
「うん。ルゥちゃんが帰ってきてくれて、ティナも嬉しいよ」
「ティナがいたから、みんな帰ってこれたんだよ。ずっと守ってくれてたの、知ってるもん」
「……ありがとう、ルゥちゃん」
柔らかな声。静かな鼓動。窓の外では、夜風がそっと木々を揺らしていた。
「ねぇ、明日はみんなでお昼寝したいな~。お日さまの下で、カールの背中にのって~」
「それ、きっとリアナさんが怒るよ?」
「えへへ、それも見たい~!」
笑いながら、二人は眠りへと落ちていく。
――みんなが帰ってきた。
――ここが、私たちの家。
明日も、明後日も。
みんなで笑っていられる日々が、どうか続きますように。
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