婚約破棄されたトリノは、継母や姉たちや使用人からもいじめられているので、前世の記憶を思い出し、家から脱走して旅にでる!

山田 バルス

文字の大きさ
16 / 66

第16話 王都リュシオンの歌姫

しおりを挟む
『旅立ちの旋律 ―王都へ―』
夜が明けて、空が淡い青に染まるころ。

リノたち音楽隊は、王都を囲む外壁のすぐそばまでたどり着いていた。
そこにそびえる巨大な門――西門――は、朝の光を浴びて、まるで石の城のように重々しく立ちはだかっていた。

「うわぁ……」

思わず、リノはその景色に息を呑んだ。

壁は二階建ての建物よりも高く、何十人もの兵士が門の上を見張っている。周囲には、すでに多くの旅人や商人たちが列を作り、入国の順番を待っていた。

「これが……王都、リュシオン……」

巨大都市、リュシオン。王国最大の政治・文化の中心地。
リノが前世の知識と“現実の自分”を武器に、生き抜いていこうと決意した、まさにその舞台だ。

「リノ、緊張してるのか?」

後ろからギルの声がした。

「……うん、ちょっとだけ」

リノは正直に答えた。

「でも……わたし、ここでちゃんと立ちたい。あのとき、誰にも見てもらえなかった自分じゃなくて、“今”のわたしを……」

「ふっ、いい心構えじゃねぇか」

ギルは笑い、楽器の弦をぽろんと鳴らす。

「ま、あんたの歌なら、王都の奴らも目ぇまるくするだろ」

その言葉が、少しだけリノの心を軽くした。

「次、マリーナ音楽隊!」

門番の声が響いた。

いよいよ、音楽隊の番だ。リノも隊の一員として名簿に記載されており、旅人用の通行証もすでに手渡されていた。

門の前には厳つい顔の兵士が二人立っていて、隊員たちの顔と名簿を照らし合わせながら、一人一人をじっくりと見ていた。

「……マリーナ・エルンスト、隊長。通行証確認、よし」

「ギル・バーナード、演奏担当。問題なし」

「ルカ・ネイン、笛。よし……」

そして、ついにリノの番が来た。

「リノ・アルヴィナ、歌唱担当。……?」

兵士の眉がわずかに動く。

「この名、最近記録にないな。新加入か?」

「ええ、昨日登録したばかりの新入りよ。歌の才能があってね、どうしても入れたくて」

マリーナがさらりと答える。

兵士はジロリとリノを睨んだが、マリーナの顔を見て、しぶしぶ頷いた。

「……まあ、マリーナ隊なら信用できる。変な真似はするなよ。通っていい」

ゲートが軋んだ音を立てて開く。

その先に広がるのは、石畳の大通りと、無数の建物。そして、朝日を浴びて金色に光る、王都の街並み――。

リノは、その光景に目を細めた。

「……すごい……」

屋敷の中では決して見られなかった世界が、目の前に広がっていた。

空を貫くような時計塔。華やかな看板が並ぶ通り。露店の香ばしい匂い。人々のざわめき、音楽、笑い声、叫び声。

すべてが、リノにとっては“生きている”と実感させてくれる音だった。

音楽隊は、中央広場から少し離れた「旅芸人用の宿」に落ち着いた。

木造の古びた建物ではあったが、楽団員向けに部屋も楽器保管庫もあり、数日の滞在には十分な設備だった。

リノが部屋に荷物を置くと、マリーナが声をかけてきた。

「今日の夕方、王都の『セント・オルソ広場』で、簡単なステージを用意してるわ。新入り紹介も兼ねてね。リノ、歌える?」

「……はい、やります」

リノは一瞬、迷いそうになった心を振り払って答えた。

(ここで逃げたら、きっと、また戻れなくなる)

音楽隊として生きる。異世界のこの地で、自分の声と歌を武器に生きていく。

その決意が、再び胸の奥で燃え上がっていた。

夕刻。

王都のセント・オルソ広場には、人々が集まりはじめていた。

中央の噴水を囲むように作られた石舞台。そこに、マリーナたち音楽隊が立つ。

ルカの笛が優しく吹き出す。ミオの太鼓がリズムを刻み、リナとセラが舞う。

その中心に、リノが立った。

(わたしの番……)

空は夕焼けに染まり、街の喧騒が徐々に静まっていく。

リノは深く息を吸った。手が震える。でも、それでいい。怖いという感情があるからこそ、本気になれるのだと知っている。

(歌う。わたしの声で)

歌い出したのは、また別の“前世の歌”。
儚さと希望を併せ持つ、バラード。

♪――君のいない空の下で 何度も夢を見た

けれどこの声がある限り きっと歩いていける――♪

声は震えていた。でも、確かに響いていた。

人々の足が止まり、目がこちらに向けられる。

誰も知らないはずのメロディ。
それでも、心を揺さぶる“何か”が、確かにあった。

やがて曲が終わると、最初は静かだった広場に、ぽつり、ぽつりと拍手が起こった。

それが波のように広がっていき――

「すごい……」

「なんだあの歌……聞いたことない……」

「胸が熱くなった……」

リノは、広場の真ん中で、そっと目を閉じた。

涙は流れていなかった。でも、確かな感情が、胸に灯っていた。

(……これが、わたしの居場所なんだ)

舞台の端で見守っていたマリーナが、満足げに頷いていた。

ギルも腕を組みながら、小さくうなずいていた。

王都の空に、リノの旋律が染み渡っていく。

――少女の旅は、確かに“本番”を迎えたのだった。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

拝啓~私に婚約破棄を宣告した公爵様へ~

岡暁舟
恋愛
公爵様に宣言された婚約破棄……。あなたは正気ですか?そうですか。ならば、私も全力で行きましょう。全力で!!!

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

やんちゃな公爵令嬢の駆け引き~不倫現場を目撃して~

岡暁舟
恋愛
 名門公爵家の出身トスカーナと婚約することになった令嬢のエリザベート・キンダリーは、ある日トスカーナの不倫現場を目撃してしまう。怒り狂ったキンダリーはトスカーナに復讐をする?

もう我慢したくないので自由に生きます~一夫多妻の救済策~

岡暁舟
恋愛
第一王子ヘンデルの妻の一人である、かつての侯爵令嬢マリアは、自分がもはや好かれていないことを悟った。 「これからは自由に生きます」 そう言い張るマリアに対して、ヘンデルは、 「勝手にしろ」 と突き放した。

全てを捨てて消え去ろうとしたのですが…なぜか殿下に執着されています

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のセーラは、1人崖から海を見つめていた。大好きだった父は、2ヶ月前に事故死。愛していた婚約者、ワイアームは、公爵令嬢のレイリスに夢中。 さらにレイリスに酷い事をしたという噂まで流されたセーラは、貴族世界で完全に孤立していた。独りぼっちになってしまった彼女は、絶望の中海を見つめる。 “私さえいなくなれば、皆幸せになれる” そう強く思ったセーラは、子供の頃から大好きだった歌を口ずさみながら、海に身を投げたのだった。 一方、婚約者でもあるワイアームもまた、一人孤独な戦いをしていた。それもこれも、愛するセーラを守るため。 そんなワイアームの気持ちなど全く知らないセーラは… 龍の血を受け継いだワイアームと、海神の娘の血を受け継いだセーラの恋の物語です。 ご都合主義全開、ファンタジー要素が強め?な作品です。 よろしくお願いいたします。 ※カクヨム、小説家になろうでも同時配信しています。

さようなら、私の愛したあなた。

希猫 ゆうみ
恋愛
オースルンド伯爵家の令嬢カタリーナは、幼馴染であるロヴネル伯爵家の令息ステファンを心から愛していた。いつか結婚するものと信じて生きてきた。 ところが、ステファンは爵位継承と同時にカールシュテイン侯爵家の令嬢ロヴィーサとの婚約を発表。 「君の恋心には気づいていた。だが、私は違うんだ。さようなら、カタリーナ」 ステファンとの未来を失い茫然自失のカタリーナに接近してきたのは、社交界で知り合ったドグラス。 ドグラスは王族に連なるノルディーン公爵の末子でありマルムフォーシュ伯爵でもある超上流貴族だったが、不埒な噂の絶えない人物だった。 「あなたと遊ぶほど落ちぶれてはいません」 凛とした態度を崩さないカタリーナに、ドグラスがある秘密を打ち明ける。 なんとドグラスは王家の密偵であり、偽装として遊び人のように振舞っているのだという。 「俺に協力してくれたら、ロヴィーサ嬢の真実を教えてあげよう」 こうして密偵助手となったカタリーナは、幾つかの真実に触れながら本当の愛に辿り着く。

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

処理中です...