17 / 66
第17話 踊り子の姉妹から見たリノ
しおりを挟む
『旅立ちの旋律 ―踊り子の姉妹より―』
リナは、その日も朝焼けに染まる広場で軽く体を動かしていた。
木の舞台はまだ冷たく、靴の裏に伝わる感触が心地いい。舞台の端では、妹のセラが衣装のすそを調整しながら、小さくあくびをしていた。
「リナ、今日の舞台、どうなるかな」
「どうって、そりゃあもう、あの子が歌うんだから」
リナは笑って、セラにウィンクを送る。
「“あの子”って……リノちゃんでしょ? あの子、本当にすごいよね」
「うん。最初に見たとき、びっくりしたもん。歌う前は小動物みたいにおどおどしてるのに、声が出た瞬間、空気が変わるんだもの」
セラも小さく頷いた。リノの初舞台は、二人の記憶に強く焼きついていた。
――あのとき。
セント・オルソ広場の空は、茜色に染まっていた。街の喧騒が静まり、人々が噴水のまわりに集まりはじめる頃。リノは舞台の中央に立っていた。
「ほら、見てセラ。リノちゃん、手が震えてる」
「うん。でも、逃げる気配はないね……あ、息吸った」
そして、歌い出した。どこか懐かしくて、でも誰も知らない旋律。まるで心の底にそっと触れるような、柔らかくて澄んだ声。
♪――君のいない空の下で 何度も夢を見た――♪
「……わたし、最初に聞いたとき、本当に鳥肌が立ったよ」
セラは自分の腕をさすりながら、当時を思い出す。
「なんていうのかな。リノちゃんの歌って、ただ上手いだけじゃないの。“声の奥”に何かある感じがして……」
「うん、わかる。あれはたぶん、痛みだよ。悲しみとか、孤独とか……でもそれだけじゃない。あの子、乗り越えようとしてる。歌で、全部を」
姉妹は踊り子として、何度も街で舞台に立ってきた。歓声も、野次も、無関心な視線も、すべて経験してきた。
でも、リノの歌には、それらを一気に黙らせる力があった。
「ねえ、リナ。あの子って、きっとすごくつらいこと、いっぱいあったんだよね」
「……そうかもね。誰にも信じてもらえなかったとか、大切な人に裏切られたとか……。でも、それでも歌いたいって思ったんでしょ」
リナは両手を腰に当てて、小さく息を吐く。
「だから、わたしたちも負けてられないよね。歌に負けないくらい、舞いを磨かないと」
「うん! だって、わたしたち、マリーナ隊の踊り子だもん!」
ふたりはハイタッチを交わすと、舞台の中央へと向かった。
◇ ◇ ◇
それから数日。王都での舞台を重ねるうちに、リノの存在はどんどん大きくなっていった。
「この前、広場の子どもたちがリノちゃんの歌、口ずさんでたよ」
「ほんと? すごい……」
「でも、あの子、全然偉そうにしないよね。昨日なんて、リハーサルのあと、こっそり掃除してた」
「うん、見た見た。ギルさんが『もっと図太くなれ』って呆れてた」
セラが笑いながら話す。
「でも、それがリノちゃんらしいよね。あの子、“選ばれた才能”じゃない。努力して、傷ついて、それでも一歩ずつ前に出て……それでやっと、今ここにいるんだ」
リナはしみじみと呟いた。
(だからこそ、わたしたちも、この音楽隊で何ができるかって考えちゃうよね)
踊り子。歌とは違う表現だけれど、心を伝えるという意味では同じだ。
リノの歌が“旋律”なら、自分たちの踊りは“軌跡”だ。
歌が生み出す世界を、舞で形にして、人々の記憶に刻む。
それが、リナとセラの誇りだった。
「……リノちゃん、きっとこれから、もっと遠くまで行くと思う」
「うん。でも、それでいいんだよ。だって、あの子の歌は、もっともっと多くの人に届くべきだから」
「わたしたちは、あの子の背中を押す風になろう。ね、リナ」
「うん。約束だよ、セラ」
ふたりは手を取り合って、小さく笑いあった。
それはまるで、音もなく花が開く瞬間のように、静かで温かい時間だった。
◇ ◇ ◇
その日の夕方。セント・オルソ広場ではまた、舞台の準備が進められていた。
石舞台の中央には、リノの立つ場所が用意されている。
彼女は今日も、少しだけ緊張した面持ちで、マリーナと話していた。
「リノ、がんばって!」
セラが叫ぶと、リノは小さく笑って手を振った。
「……ありがとう、セラさん。リナさんも」
その声は、小さくて、でもまっすぐだった。
そしてまた、新たな歌が始まる。
リナとセラは舞台の両端に立ち、旋律に合わせて、そっと舞を始めた。
軽やかな足取り、揺れる衣装、ふわりと舞い上がるスカートのすそ。
音と舞が交わる瞬間、広場の空気がまた変わっていく。
リノの歌は、街に流れる風になり、リナとセラの舞は、その風を彩る花のように、優しく広がっていった。
――踊り子の姉妹は知っている。
この旅はまだ始まったばかり。
でも、彼女の歩む道には、たしかな“音”がある。
そしてそのそばには、必ず“仲間”がいる。
それは、とても誇らしくて――とても、あたたかい奇跡だった。
リナは、その日も朝焼けに染まる広場で軽く体を動かしていた。
木の舞台はまだ冷たく、靴の裏に伝わる感触が心地いい。舞台の端では、妹のセラが衣装のすそを調整しながら、小さくあくびをしていた。
「リナ、今日の舞台、どうなるかな」
「どうって、そりゃあもう、あの子が歌うんだから」
リナは笑って、セラにウィンクを送る。
「“あの子”って……リノちゃんでしょ? あの子、本当にすごいよね」
「うん。最初に見たとき、びっくりしたもん。歌う前は小動物みたいにおどおどしてるのに、声が出た瞬間、空気が変わるんだもの」
セラも小さく頷いた。リノの初舞台は、二人の記憶に強く焼きついていた。
――あのとき。
セント・オルソ広場の空は、茜色に染まっていた。街の喧騒が静まり、人々が噴水のまわりに集まりはじめる頃。リノは舞台の中央に立っていた。
「ほら、見てセラ。リノちゃん、手が震えてる」
「うん。でも、逃げる気配はないね……あ、息吸った」
そして、歌い出した。どこか懐かしくて、でも誰も知らない旋律。まるで心の底にそっと触れるような、柔らかくて澄んだ声。
♪――君のいない空の下で 何度も夢を見た――♪
「……わたし、最初に聞いたとき、本当に鳥肌が立ったよ」
セラは自分の腕をさすりながら、当時を思い出す。
「なんていうのかな。リノちゃんの歌って、ただ上手いだけじゃないの。“声の奥”に何かある感じがして……」
「うん、わかる。あれはたぶん、痛みだよ。悲しみとか、孤独とか……でもそれだけじゃない。あの子、乗り越えようとしてる。歌で、全部を」
姉妹は踊り子として、何度も街で舞台に立ってきた。歓声も、野次も、無関心な視線も、すべて経験してきた。
でも、リノの歌には、それらを一気に黙らせる力があった。
「ねえ、リナ。あの子って、きっとすごくつらいこと、いっぱいあったんだよね」
「……そうかもね。誰にも信じてもらえなかったとか、大切な人に裏切られたとか……。でも、それでも歌いたいって思ったんでしょ」
リナは両手を腰に当てて、小さく息を吐く。
「だから、わたしたちも負けてられないよね。歌に負けないくらい、舞いを磨かないと」
「うん! だって、わたしたち、マリーナ隊の踊り子だもん!」
ふたりはハイタッチを交わすと、舞台の中央へと向かった。
◇ ◇ ◇
それから数日。王都での舞台を重ねるうちに、リノの存在はどんどん大きくなっていった。
「この前、広場の子どもたちがリノちゃんの歌、口ずさんでたよ」
「ほんと? すごい……」
「でも、あの子、全然偉そうにしないよね。昨日なんて、リハーサルのあと、こっそり掃除してた」
「うん、見た見た。ギルさんが『もっと図太くなれ』って呆れてた」
セラが笑いながら話す。
「でも、それがリノちゃんらしいよね。あの子、“選ばれた才能”じゃない。努力して、傷ついて、それでも一歩ずつ前に出て……それでやっと、今ここにいるんだ」
リナはしみじみと呟いた。
(だからこそ、わたしたちも、この音楽隊で何ができるかって考えちゃうよね)
踊り子。歌とは違う表現だけれど、心を伝えるという意味では同じだ。
リノの歌が“旋律”なら、自分たちの踊りは“軌跡”だ。
歌が生み出す世界を、舞で形にして、人々の記憶に刻む。
それが、リナとセラの誇りだった。
「……リノちゃん、きっとこれから、もっと遠くまで行くと思う」
「うん。でも、それでいいんだよ。だって、あの子の歌は、もっともっと多くの人に届くべきだから」
「わたしたちは、あの子の背中を押す風になろう。ね、リナ」
「うん。約束だよ、セラ」
ふたりは手を取り合って、小さく笑いあった。
それはまるで、音もなく花が開く瞬間のように、静かで温かい時間だった。
◇ ◇ ◇
その日の夕方。セント・オルソ広場ではまた、舞台の準備が進められていた。
石舞台の中央には、リノの立つ場所が用意されている。
彼女は今日も、少しだけ緊張した面持ちで、マリーナと話していた。
「リノ、がんばって!」
セラが叫ぶと、リノは小さく笑って手を振った。
「……ありがとう、セラさん。リナさんも」
その声は、小さくて、でもまっすぐだった。
そしてまた、新たな歌が始まる。
リナとセラは舞台の両端に立ち、旋律に合わせて、そっと舞を始めた。
軽やかな足取り、揺れる衣装、ふわりと舞い上がるスカートのすそ。
音と舞が交わる瞬間、広場の空気がまた変わっていく。
リノの歌は、街に流れる風になり、リナとセラの舞は、その風を彩る花のように、優しく広がっていった。
――踊り子の姉妹は知っている。
この旅はまだ始まったばかり。
でも、彼女の歩む道には、たしかな“音”がある。
そしてそのそばには、必ず“仲間”がいる。
それは、とても誇らしくて――とても、あたたかい奇跡だった。
190
あなたにおすすめの小説
乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!
ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。
相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。
結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。
現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう…
その時に前世の記憶を取り戻すのだった…
「悪役令嬢の兄の婚約者って…」
なんとも微妙なポジション。
しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。
やんちゃな公爵令嬢の駆け引き~不倫現場を目撃して~
岡暁舟
恋愛
名門公爵家の出身トスカーナと婚約することになった令嬢のエリザベート・キンダリーは、ある日トスカーナの不倫現場を目撃してしまう。怒り狂ったキンダリーはトスカーナに復讐をする?
もう我慢したくないので自由に生きます~一夫多妻の救済策~
岡暁舟
恋愛
第一王子ヘンデルの妻の一人である、かつての侯爵令嬢マリアは、自分がもはや好かれていないことを悟った。
「これからは自由に生きます」
そう言い張るマリアに対して、ヘンデルは、
「勝手にしろ」
と突き放した。
全てを捨てて消え去ろうとしたのですが…なぜか殿下に執着されています
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のセーラは、1人崖から海を見つめていた。大好きだった父は、2ヶ月前に事故死。愛していた婚約者、ワイアームは、公爵令嬢のレイリスに夢中。
さらにレイリスに酷い事をしたという噂まで流されたセーラは、貴族世界で完全に孤立していた。独りぼっちになってしまった彼女は、絶望の中海を見つめる。
“私さえいなくなれば、皆幸せになれる”
そう強く思ったセーラは、子供の頃から大好きだった歌を口ずさみながら、海に身を投げたのだった。
一方、婚約者でもあるワイアームもまた、一人孤独な戦いをしていた。それもこれも、愛するセーラを守るため。
そんなワイアームの気持ちなど全く知らないセーラは…
龍の血を受け継いだワイアームと、海神の娘の血を受け継いだセーラの恋の物語です。
ご都合主義全開、ファンタジー要素が強め?な作品です。
よろしくお願いいたします。
※カクヨム、小説家になろうでも同時配信しています。
さようなら、私の愛したあなた。
希猫 ゆうみ
恋愛
オースルンド伯爵家の令嬢カタリーナは、幼馴染であるロヴネル伯爵家の令息ステファンを心から愛していた。いつか結婚するものと信じて生きてきた。
ところが、ステファンは爵位継承と同時にカールシュテイン侯爵家の令嬢ロヴィーサとの婚約を発表。
「君の恋心には気づいていた。だが、私は違うんだ。さようなら、カタリーナ」
ステファンとの未来を失い茫然自失のカタリーナに接近してきたのは、社交界で知り合ったドグラス。
ドグラスは王族に連なるノルディーン公爵の末子でありマルムフォーシュ伯爵でもある超上流貴族だったが、不埒な噂の絶えない人物だった。
「あなたと遊ぶほど落ちぶれてはいません」
凛とした態度を崩さないカタリーナに、ドグラスがある秘密を打ち明ける。
なんとドグラスは王家の密偵であり、偽装として遊び人のように振舞っているのだという。
「俺に協力してくれたら、ロヴィーサ嬢の真実を教えてあげよう」
こうして密偵助手となったカタリーナは、幾つかの真実に触れながら本当の愛に辿り着く。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】
23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも!
そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。
お願いですから、私に構わないで下さい!
※ 他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる