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第25話 第三王子・レオニス=フロワード
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『旅立ちの旋律 ―王子のまなざし―』
王都リュシオンの空は、この日も晴れていた。
高くそびえる王宮の塔から街を見下ろしていたのは、第三王子・レオニス=フロワード。
茶色がかった金髪と鋭い灰色の瞳を持つ十七歳。文官としての教育を受けつつ、音楽と芸術にも深い関心を抱いていた彼は、兄たちのような軍事や政治に傾倒することなく、王族としての“感性”を磨こうとしていた。
「――今日は、セント・オルソ広場に旅の音楽隊が来るそうです」
執事がそっと報告を入れる。
「ふぅん、珍しいね。あの広場は、最近は商人たちの屋台ばかりだったのに」
レオニスは、少しだけ口元をほころばせた。
「準備を。視察という名目で出る」
彼にとって、音楽はただの娯楽ではない。人々の心にどう響くか、街の空気にどう溶けるか――それを知ることは、王子として生きるための大切な観察だった。
だが、この日――彼は予想していなかった。
この視察が、自分の運命をわずかに、しかし確かに、揺るがすことになるとは。
セント・オルソ広場は、夕方にもかかわらず、すでに人だかりができていた。
「おや、王子様。こちらへどうぞ」
護衛に囲まれながら、レオニスは広場の端、噴水の陰に用意された貴族用の見物席に案内された。
すでに何人かの上級官吏や貴婦人も集まっていたが、皆の視線は一方向に集まっていた。
「……始まったようですね」
マリーナ音楽隊。リュシオンに到着したばかりの、まだ無名に近い楽団。だが、街で少しずつ評判になっている“ひとりの少女”がいるという噂は、レオニスの耳にも入っていた。
「リノ……だったかな。どんな歌を歌う?」
舞台に立った少女は、小柄で、髪を軽く束ねていた。特別な衣装でもない。化粧も薄い。けれど、その瞳には、何かを貫くような強さがあった。
彼女がひとつ深呼吸すると、周囲の空気が、すっと静かになる。
――そして、歌声が響いた。
♪――まだ見ぬ明日を 信じて歩いてく
壊れそうな夢も 手放さずに――♪
声は澄んでいた。柔らかく、でも、奥に熱を秘めていた。
王族の晩餐会や舞踏会で聴いてきた、技巧に満ちた歌とは違う。
彼女の声は、まるで心に直接触れてくるようだった。
「……」
レオニスは、何かが胸に引っかかるような感覚に、目を細めた。
少女の表情。歌詞。旋律。どれも、既存の楽曲とは異質だ。にもかかわらず、そこには確かな“物語”があった。
まるで、生きることそのものを歌っているような、そんな――
「……面白い」
思わず声が漏れた。
演奏が終わると、広場にはしばらく沈黙が落ちた。それから、まるで波が広がるように拍手が起こり、歓声が響いた。
「名前は?」
「リノっていうんだろ?」
「また聴きたい……!」
観客のざわめきにまぎれて、レオニスはひとつの確信を持った。
(この子は、ただの旅芸人じゃない)
彼女の歌には、“未来”がある。単なる上手さではなく、聴いた人間の心に何かを残す力がある。
それは、王族として――いや、ひとりの人間として、見過ごせない光だった。
その夜。
王宮の書斎に戻ったレオニスは、机に広げられた音楽資料を無造作に閉じた。
「この国には、まだ知られていない芸がある……」
自分の知る限り、あのような旋律も歌詞も、王国の音楽体系には存在しない。つまり、完全に“外”から持ち込まれた何か。
それが偶然ではなく、彼女自身の内側から自然と生まれたものだとしたら――
「……調べる価値があるな」
王子として、次代の文化に目を向けるのは当然だ。だが、彼の中にはもうひとつの感情が芽生えていた。
(あの子の歌を……もっと聴いてみたい)
王族としてではなく、“レオニス”として。
彼は静かに筆をとり、近衛の連絡網に書き記した。
『セント・オルソ広場にて歌を披露した少女“リノ”。彼女の所属する音楽隊の所在を把握し、活動日程を報告すること。必要であれば、特別観覧を通達する準備を整えよ。』
窓の外には、星がまたたいていた。
王都の夜は、まだ静かだったが――
その光の中に、たしかに新しい星が生まれつつあった。
それが王子の心に、どんな旋律を刻むのかは、まだ誰にもわからない。
だが、音は鳴った。
そして、それはもう止まることはない。
少女と王子。
旋律がふたりを、どこかへ導いていく。
物語は、静かに、しかし確かに進み始めていた。
王都リュシオンの空は、この日も晴れていた。
高くそびえる王宮の塔から街を見下ろしていたのは、第三王子・レオニス=フロワード。
茶色がかった金髪と鋭い灰色の瞳を持つ十七歳。文官としての教育を受けつつ、音楽と芸術にも深い関心を抱いていた彼は、兄たちのような軍事や政治に傾倒することなく、王族としての“感性”を磨こうとしていた。
「――今日は、セント・オルソ広場に旅の音楽隊が来るそうです」
執事がそっと報告を入れる。
「ふぅん、珍しいね。あの広場は、最近は商人たちの屋台ばかりだったのに」
レオニスは、少しだけ口元をほころばせた。
「準備を。視察という名目で出る」
彼にとって、音楽はただの娯楽ではない。人々の心にどう響くか、街の空気にどう溶けるか――それを知ることは、王子として生きるための大切な観察だった。
だが、この日――彼は予想していなかった。
この視察が、自分の運命をわずかに、しかし確かに、揺るがすことになるとは。
セント・オルソ広場は、夕方にもかかわらず、すでに人だかりができていた。
「おや、王子様。こちらへどうぞ」
護衛に囲まれながら、レオニスは広場の端、噴水の陰に用意された貴族用の見物席に案内された。
すでに何人かの上級官吏や貴婦人も集まっていたが、皆の視線は一方向に集まっていた。
「……始まったようですね」
マリーナ音楽隊。リュシオンに到着したばかりの、まだ無名に近い楽団。だが、街で少しずつ評判になっている“ひとりの少女”がいるという噂は、レオニスの耳にも入っていた。
「リノ……だったかな。どんな歌を歌う?」
舞台に立った少女は、小柄で、髪を軽く束ねていた。特別な衣装でもない。化粧も薄い。けれど、その瞳には、何かを貫くような強さがあった。
彼女がひとつ深呼吸すると、周囲の空気が、すっと静かになる。
――そして、歌声が響いた。
♪――まだ見ぬ明日を 信じて歩いてく
壊れそうな夢も 手放さずに――♪
声は澄んでいた。柔らかく、でも、奥に熱を秘めていた。
王族の晩餐会や舞踏会で聴いてきた、技巧に満ちた歌とは違う。
彼女の声は、まるで心に直接触れてくるようだった。
「……」
レオニスは、何かが胸に引っかかるような感覚に、目を細めた。
少女の表情。歌詞。旋律。どれも、既存の楽曲とは異質だ。にもかかわらず、そこには確かな“物語”があった。
まるで、生きることそのものを歌っているような、そんな――
「……面白い」
思わず声が漏れた。
演奏が終わると、広場にはしばらく沈黙が落ちた。それから、まるで波が広がるように拍手が起こり、歓声が響いた。
「名前は?」
「リノっていうんだろ?」
「また聴きたい……!」
観客のざわめきにまぎれて、レオニスはひとつの確信を持った。
(この子は、ただの旅芸人じゃない)
彼女の歌には、“未来”がある。単なる上手さではなく、聴いた人間の心に何かを残す力がある。
それは、王族として――いや、ひとりの人間として、見過ごせない光だった。
その夜。
王宮の書斎に戻ったレオニスは、机に広げられた音楽資料を無造作に閉じた。
「この国には、まだ知られていない芸がある……」
自分の知る限り、あのような旋律も歌詞も、王国の音楽体系には存在しない。つまり、完全に“外”から持ち込まれた何か。
それが偶然ではなく、彼女自身の内側から自然と生まれたものだとしたら――
「……調べる価値があるな」
王子として、次代の文化に目を向けるのは当然だ。だが、彼の中にはもうひとつの感情が芽生えていた。
(あの子の歌を……もっと聴いてみたい)
王族としてではなく、“レオニス”として。
彼は静かに筆をとり、近衛の連絡網に書き記した。
『セント・オルソ広場にて歌を披露した少女“リノ”。彼女の所属する音楽隊の所在を把握し、活動日程を報告すること。必要であれば、特別観覧を通達する準備を整えよ。』
窓の外には、星がまたたいていた。
王都の夜は、まだ静かだったが――
その光の中に、たしかに新しい星が生まれつつあった。
それが王子の心に、どんな旋律を刻むのかは、まだ誰にもわからない。
だが、音は鳴った。
そして、それはもう止まることはない。
少女と王子。
旋律がふたりを、どこかへ導いていく。
物語は、静かに、しかし確かに進み始めていた。
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