婚約破棄されたトリノは、継母や姉たちや使用人からもいじめられているので、前世の記憶を思い出し、家から脱走して旅にでる!

山田 バルス

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第26話 リノとレオニスの出会い

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『旅立ちの旋律 ―交差する二人―』
王都に着いてから数日。

リノは、音楽隊の練習や小さな舞台の準備に追われながらも、毎日が夢の中みたいだった。

「ねぇ、リノ。あんた最近ちょっと有名人じゃない?」

マリーナがからかうように言った。

「え……そ、そんなことないです」

リノは慌てて手を振ったが、内心は少しだけ嬉しかった。歌ったあの日、街の人々の目が変わったのを感じたから。

名前を呼ばれた。拍手をもらった。声をかけられた。

――確かに、生きているって、こういうことかもしれない。

でも、舞台が終われば、ただの一人。広い王都の中では、誰にも気づかれない。

そんな“普通”な時間を、リノはむしろ大切にしていた。

この日も、音楽隊の稽古が早く終わり、ひとりで街に出ていた。

石畳を踏みしめて、細い路地を抜けていく。空はオレンジ色に染まり、風は少しだけ涼しかった。

(あれ……この道、どこに続いてるんだろ)

小さな公園のような広場に出た。誰もいない。真ん中には古びた噴水があり、その縁にひとりの少年が座っていた。

彼は、楽譜のような紙を見ながら、静かに鼻歌を歌っていた。

(……歌?)

リノは思わず足を止めた。

そのメロディは、聴いたことがない。けれど、なぜか懐かしさがこみ上げるような、優しい調べだった。

気づけば、彼女は声をかけていた。

「……それ、あなたが作ったの?」

彼――レオニスは、驚いたように顔を上げた。

「え? あ、うん……誰?」

「ごめん、突然。でも、すごくきれいな旋律だったから」

リノは帽子を取り、ぺこりと頭を下げた。

レオニスは、一瞬戸惑いながらも、柔らかく笑った。

「ありがとう。……でも、これはまだ途中。完成はしてないんだ」

「でも、完成してなくても、伝わるものってあると思う」

リノは、自然にそう言っていた。

レオニスの目が、少し見開かれる。彼は、その言葉に何かを感じ取ったようだった。

「……君、歌う人?」

「え?」

「声が、そんな感じがした。……ごめん、変なこと言ったかも」

「あ、ううん。合ってるよ。わたし、旅の音楽隊で……少しだけ、歌ってる」

リノがそう言うと、レオニスは「やっぱり」と小さく頷いた。

「じゃあ……もしかして、広場で歌ってた?」

「えっ、見たの?」

「うん。偶然だけど。君の歌、すごかった。心に残るって、こういうことかって思った」

リノの頬がほんのり赤くなる。

「……ありがとう。でも、まだ全然。喉も本調子じゃないし、練習だって足りないし」

「そんなことない。……君の歌、嘘がなかった。だから響いたんだと思う」

その言葉に、リノは少しだけ目を伏せた。

「……あなたは? その楽譜、見せてもらってもいい?」

「……いいよ。でも、字が汚いから笑わないで」

「ふふ、大丈夫。わたしのノートもけっこうひどいよ」

レオニスが差し出した紙には、細かく音符と短い詩が書かれていた。

そこには、こう記されていた。

――『空を見上げることを忘れた人へ。まだ、風は吹いている。』

リノは思わず、胸に手をあてた。

「……きっと、すごく優しい曲になるね。完成したら、聴かせてくれる?」

「もちろん。……君の歌も、また聴きたい」

顔を見合わせ、ふたりは自然に微笑んだ。

名乗りもせず、身分も知らず。ただ、音楽だけがそこにあった。

気づけば、空は薄紫に変わり、街灯がひとつ、またひとつ灯っていた。

「もう、帰らなきゃ」

リノが立ち上がる。

「じゃあ……また会える?」

レオニスの言葉に、リノは小さくうなずいた。

「きっとね」

彼女が去ったあと、レオニスはひとり、噴水に座り続けていた。

風が、彼女の残した余韻を運んでいた。

(名前も、素性も知らない。でも――)

彼女とまた会いたい。それが、彼の正直な想いだった。

こうして、ひとりの少女とひとりの王子は、王都の片隅で出会った。

まだ、お互いが誰なのかを知らずに。

けれど、その出会いは確かに――ふたりの未来に、小さな火を灯した。

物語は、静かに続いていく。

次は、どんな旋律がふたりを導くだろうか。
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