27 / 66
第27話 リノとレオニスのデート
しおりを挟む
『旅立ちの旋律 ―ふたりだけの時間―』
「――明日の昼、またあの噴水で会わない?」
夕暮れの帰り道。レオニスが、ほんの少し恥ずかしそうに言った。
リノは目を瞬き、笑顔でうなずいた。
「うん。……楽しみにしてるね」
それは、はっきり“デート”とは言わなかったけれど、ふたりともなんとなくわかっていた。
**
翌日、王都は晴れわたっていた。青空が高く、街は人々の活気に満ちている。
リノは、音楽隊の稽古が午前で終わるのを待って、鏡の前でそわそわと髪を整えていた。
(別に、特別なことじゃないし。……ただ、ちょっと街を歩くだけ)
そう自分に言い聞かせながらも、顔はほんのり赤い。
旅用の服ではなく、隊の予備衣装の中からシンプルなワンピースを選び、ちょっとだけ頬に紅を差した。
(こんな気持ち、いつ以来だろ……)
そんな自問を胸に、彼女は街へ向かった。
**
一方、王子であることを隠して王宮を抜け出したレオニスも、噴水の広場でひとりリノを待っていた。
普段の王子の装いではなく、シンプルなシャツとベストに、くすんだ色のズボン。髪も軽く束ねてある。
王宮の者が見たら絶句するような格好だが、今日は“彼女の前の自分”でいたかった。
「待った?」
「ううん、こっちこそ早く来ちゃったかも」
リノの姿を見て、レオニスはほんの少し、言葉を失った。
光に透けるようなワンピース。風に揺れる髪。いつもより少しだけ飾られた彼女に、見惚れてしまったのだ。
「似合ってる。その……すごく、綺麗」
「えっ……あ、ありがと……」
リノの耳まで真っ赤になった。
「じゃ、行こっか」
「うんっ」
ふたりは、肩を並べて歩き出した。
**
まず向かったのは、王都の東にある《青空市場》。野菜や果物、手作りの雑貨まで何でも揃う活気あるエリアだ。
「見て見て! このりんご、ハートの形してる!」
「ほんとだ。作った人、芸術家かもね」
店の人に試食をもらい、ふたりでひとつの果実を分け合う。なんでもないことが、やけに楽しくて、笑いが止まらなかった。
「これも見てみようよ!」
リノが手を引く。レオニスは、その指先のぬくもりに一瞬ドキッとするが、顔には出さないように努めた。
その後は、路地裏のパン屋で焼きたてのクロワッサンを食べ、手作りのブローチをお互いに選んだ。
リノは、音符の形をした銀の小さな飾りを。レオニスは、風の模様が彫られた青い石のペンダントを。
「……似合ってる」
そう言い合ったとき、ふたりの視線がふと重なり、照れくさそうに笑い合った。
**
午後は少しだけ足を伸ばし、郊外の小高い丘へ。
「ここ、昔よく来てたんだ。風が気持ちよくて」
レオニスがそう言った場所は、花が揺れる静かな草原だった。
街を一望できるその場所に、ふたりは並んで腰を下ろした。
「……ねぇ、レオ」
「ん?」
「あなたって、なんだか不思議な人だよね」
「どこが?」
「王都に住んでるのに、音楽とか旅人の気持ちにすごく詳しい。それに……時々、すごく孤独そうな目をする」
レオニスは、少しだけ驚いたように笑った。
「そう見える?」
「うん。ごめん、変なこと言って」
「……いや、合ってるかも。僕には“見せられない自分”があるんだ。ずっとそれが、重かった。でも――」
「でも?」
「君と会ってから、少しずつ軽くなってきた。君の歌も、笑顔も、全部……本物だから」
リノは、そっとレオニスの横顔を見つめた。
ふたりの間に、風が優しく吹く。
「リノも、君も不思議だよ。強くて、でもどこか寂しそうで。だから、気になる。もっと知りたいって思う」
「……そっか。じゃあ……これからも、ちょっとずつ知っていってね」
「うん。約束する」
**
夕暮れが近づき、丘の上に金色の光が差す。
リノは、そっと歌い出した。風に乗せるように、短い一節だけ。
♪――君と過ごす、この日が
宝物になるように――♪
レオニスは、静かに聴き入っていた。
最後の一音が風に溶けたとき、彼は言った。
「ありがとう、リノ」
「こちらこそ。……今日、すごく楽しかった」
ふたりは並んで座りながら、空が赤く染まるのをただ眺めていた。
お互いの正体をまだ知らずに。
でも、心の距離は少しずつ、確かに近づいていた。
**
その夜、リノは宿のベッドで、今日の出来事を何度も思い返していた。
レオの笑顔、言葉、風の匂い――どれもが胸の奥に残って、なかなか眠れなかった。
そして、レオニスもまた、王宮の静かな部屋で窓の外を見ながら、同じ空気を思い出していた。
(君のこと、もっと知りたい)
ふたりの思いは、まだ名前も知らぬまま、そっと重なりはじめていた。
旅は、まだ続く。
でも、心のどこかに確かに芽生えた“想い”は――いつか、旋律になるのかもしれない。
「――明日の昼、またあの噴水で会わない?」
夕暮れの帰り道。レオニスが、ほんの少し恥ずかしそうに言った。
リノは目を瞬き、笑顔でうなずいた。
「うん。……楽しみにしてるね」
それは、はっきり“デート”とは言わなかったけれど、ふたりともなんとなくわかっていた。
**
翌日、王都は晴れわたっていた。青空が高く、街は人々の活気に満ちている。
リノは、音楽隊の稽古が午前で終わるのを待って、鏡の前でそわそわと髪を整えていた。
(別に、特別なことじゃないし。……ただ、ちょっと街を歩くだけ)
そう自分に言い聞かせながらも、顔はほんのり赤い。
旅用の服ではなく、隊の予備衣装の中からシンプルなワンピースを選び、ちょっとだけ頬に紅を差した。
(こんな気持ち、いつ以来だろ……)
そんな自問を胸に、彼女は街へ向かった。
**
一方、王子であることを隠して王宮を抜け出したレオニスも、噴水の広場でひとりリノを待っていた。
普段の王子の装いではなく、シンプルなシャツとベストに、くすんだ色のズボン。髪も軽く束ねてある。
王宮の者が見たら絶句するような格好だが、今日は“彼女の前の自分”でいたかった。
「待った?」
「ううん、こっちこそ早く来ちゃったかも」
リノの姿を見て、レオニスはほんの少し、言葉を失った。
光に透けるようなワンピース。風に揺れる髪。いつもより少しだけ飾られた彼女に、見惚れてしまったのだ。
「似合ってる。その……すごく、綺麗」
「えっ……あ、ありがと……」
リノの耳まで真っ赤になった。
「じゃ、行こっか」
「うんっ」
ふたりは、肩を並べて歩き出した。
**
まず向かったのは、王都の東にある《青空市場》。野菜や果物、手作りの雑貨まで何でも揃う活気あるエリアだ。
「見て見て! このりんご、ハートの形してる!」
「ほんとだ。作った人、芸術家かもね」
店の人に試食をもらい、ふたりでひとつの果実を分け合う。なんでもないことが、やけに楽しくて、笑いが止まらなかった。
「これも見てみようよ!」
リノが手を引く。レオニスは、その指先のぬくもりに一瞬ドキッとするが、顔には出さないように努めた。
その後は、路地裏のパン屋で焼きたてのクロワッサンを食べ、手作りのブローチをお互いに選んだ。
リノは、音符の形をした銀の小さな飾りを。レオニスは、風の模様が彫られた青い石のペンダントを。
「……似合ってる」
そう言い合ったとき、ふたりの視線がふと重なり、照れくさそうに笑い合った。
**
午後は少しだけ足を伸ばし、郊外の小高い丘へ。
「ここ、昔よく来てたんだ。風が気持ちよくて」
レオニスがそう言った場所は、花が揺れる静かな草原だった。
街を一望できるその場所に、ふたりは並んで腰を下ろした。
「……ねぇ、レオ」
「ん?」
「あなたって、なんだか不思議な人だよね」
「どこが?」
「王都に住んでるのに、音楽とか旅人の気持ちにすごく詳しい。それに……時々、すごく孤独そうな目をする」
レオニスは、少しだけ驚いたように笑った。
「そう見える?」
「うん。ごめん、変なこと言って」
「……いや、合ってるかも。僕には“見せられない自分”があるんだ。ずっとそれが、重かった。でも――」
「でも?」
「君と会ってから、少しずつ軽くなってきた。君の歌も、笑顔も、全部……本物だから」
リノは、そっとレオニスの横顔を見つめた。
ふたりの間に、風が優しく吹く。
「リノも、君も不思議だよ。強くて、でもどこか寂しそうで。だから、気になる。もっと知りたいって思う」
「……そっか。じゃあ……これからも、ちょっとずつ知っていってね」
「うん。約束する」
**
夕暮れが近づき、丘の上に金色の光が差す。
リノは、そっと歌い出した。風に乗せるように、短い一節だけ。
♪――君と過ごす、この日が
宝物になるように――♪
レオニスは、静かに聴き入っていた。
最後の一音が風に溶けたとき、彼は言った。
「ありがとう、リノ」
「こちらこそ。……今日、すごく楽しかった」
ふたりは並んで座りながら、空が赤く染まるのをただ眺めていた。
お互いの正体をまだ知らずに。
でも、心の距離は少しずつ、確かに近づいていた。
**
その夜、リノは宿のベッドで、今日の出来事を何度も思い返していた。
レオの笑顔、言葉、風の匂い――どれもが胸の奥に残って、なかなか眠れなかった。
そして、レオニスもまた、王宮の静かな部屋で窓の外を見ながら、同じ空気を思い出していた。
(君のこと、もっと知りたい)
ふたりの思いは、まだ名前も知らぬまま、そっと重なりはじめていた。
旅は、まだ続く。
でも、心のどこかに確かに芽生えた“想い”は――いつか、旋律になるのかもしれない。
185
あなたにおすすめの小説
乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!
ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。
相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。
結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。
現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう…
その時に前世の記憶を取り戻すのだった…
「悪役令嬢の兄の婚約者って…」
なんとも微妙なポジション。
しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。
やんちゃな公爵令嬢の駆け引き~不倫現場を目撃して~
岡暁舟
恋愛
名門公爵家の出身トスカーナと婚約することになった令嬢のエリザベート・キンダリーは、ある日トスカーナの不倫現場を目撃してしまう。怒り狂ったキンダリーはトスカーナに復讐をする?
もう我慢したくないので自由に生きます~一夫多妻の救済策~
岡暁舟
恋愛
第一王子ヘンデルの妻の一人である、かつての侯爵令嬢マリアは、自分がもはや好かれていないことを悟った。
「これからは自由に生きます」
そう言い張るマリアに対して、ヘンデルは、
「勝手にしろ」
と突き放した。
全てを捨てて消え去ろうとしたのですが…なぜか殿下に執着されています
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のセーラは、1人崖から海を見つめていた。大好きだった父は、2ヶ月前に事故死。愛していた婚約者、ワイアームは、公爵令嬢のレイリスに夢中。
さらにレイリスに酷い事をしたという噂まで流されたセーラは、貴族世界で完全に孤立していた。独りぼっちになってしまった彼女は、絶望の中海を見つめる。
“私さえいなくなれば、皆幸せになれる”
そう強く思ったセーラは、子供の頃から大好きだった歌を口ずさみながら、海に身を投げたのだった。
一方、婚約者でもあるワイアームもまた、一人孤独な戦いをしていた。それもこれも、愛するセーラを守るため。
そんなワイアームの気持ちなど全く知らないセーラは…
龍の血を受け継いだワイアームと、海神の娘の血を受け継いだセーラの恋の物語です。
ご都合主義全開、ファンタジー要素が強め?な作品です。
よろしくお願いいたします。
※カクヨム、小説家になろうでも同時配信しています。
さようなら、私の愛したあなた。
希猫 ゆうみ
恋愛
オースルンド伯爵家の令嬢カタリーナは、幼馴染であるロヴネル伯爵家の令息ステファンを心から愛していた。いつか結婚するものと信じて生きてきた。
ところが、ステファンは爵位継承と同時にカールシュテイン侯爵家の令嬢ロヴィーサとの婚約を発表。
「君の恋心には気づいていた。だが、私は違うんだ。さようなら、カタリーナ」
ステファンとの未来を失い茫然自失のカタリーナに接近してきたのは、社交界で知り合ったドグラス。
ドグラスは王族に連なるノルディーン公爵の末子でありマルムフォーシュ伯爵でもある超上流貴族だったが、不埒な噂の絶えない人物だった。
「あなたと遊ぶほど落ちぶれてはいません」
凛とした態度を崩さないカタリーナに、ドグラスがある秘密を打ち明ける。
なんとドグラスは王家の密偵であり、偽装として遊び人のように振舞っているのだという。
「俺に協力してくれたら、ロヴィーサ嬢の真実を教えてあげよう」
こうして密偵助手となったカタリーナは、幾つかの真実に触れながら本当の愛に辿り着く。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】
23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも!
そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。
お願いですから、私に構わないで下さい!
※ 他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる