婚約破棄されたトリノは、継母や姉たちや使用人からもいじめられているので、前世の記憶を思い出し、家から脱走して旅にでる!

山田 バルス

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第37話 トリノ、アナスタシアとクラリッサと対決する

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『旅立ちの旋律 ―檻の中の薔薇―』
王都の地下、重罪人を収監する特別牢舎。

薄暗く湿った石壁の通路を、リノとレオニスはゆっくりと進んでいた。かつて舞踏会のきらびやかなドレスに身を包んでいた令嬢が、今は粗末なケープに身を包み、まっすぐな足取りで進む。

「本当に……大丈夫か?」

レオニスが小声で尋ねる。

リノは小さく頷いた。目に宿る光は、もう怯えのものではない。

「終わらせたいの。ずっと心の中で、何度も終わらせたかったことを……ちゃんと、自分の声で」

鉄の扉の前に立ち、兵士が合図で鍵を回す。

ギイィ……と音を立てて開かれたその先。そこには、二人の女がいた。

アナスタシア=リドグレイ。白磁のような肌に、歳を重ねてもなお気品を保つ顔立ち。だが、その美貌は今や憔悴と怒気に曇っていた。

そしてクラリッサ=リドグレイ。銀の髪に紫の瞳を持つ“塔の薔薇”。傲然たる姿勢はそのままに、しかしその両手は後ろ手に縛られている。

「……来たのね、灰かぶり令嬢」

クラリッサが冷ややかに笑った。だが、かつてのように見下ろす余裕はない。リノはゆっくりと一歩踏み出した。

「ええ、来たわ。今度はちゃんと、わたしの意思で」

「王子殿下までご一緒とは、ずいぶん熱心なことね。罪人を見にくるなんて」

アナスタシアが静かに吐き捨てるように言った。

リノは答えない。ただ一つ、牢の格子に手をかけると、まっすぐに二人を見つめた。

「……あなたたちは、わたしをずっと“無力な道具”だと思っていた。心があっても、夢があっても、それを踏みにじることに何のためらいもなかった」

「当然でしょ。才能のない娘が何を得ようと、家のためには“利用価値”しかない」

アナスタシアの言葉に、クラリッサも口元を歪めた。

「“心”なんて、王宮でも貴族でも、価値にならないの。甘い幻想で人が動くと思ってた? それがどれほど愚かか、王子殿下なら――」

「それは違う」

レオニスの声が静かに割って入った。

「君の娘の歌は、街の人々を動かした。兵たちの心をも震わせた。王宮が見過ごしてきた“希望”を、彼女は持っている。――だからこそ、君たちは恐れた」

「黙りなさい。あれは……“たまたま”よ!」

アナスタシアが声を荒げる。だが、その叫びには焦りが滲んでいた。

リノは淡々と、言葉を重ねた。

「わたしね、昔は怖かった。言い返せなかった。ひどい言葉にも、無視にも、冷たい目にも……。でも、もう違う。誰かがわたしの歌を聴いてくれた。誰かが、わたしの声に心を動かしてくれた」

目を細めて、リノは一歩だけ近づいた。

「あなたたちは、心のない人形を作ろうとした。でも残念だったわね。わたしは“人間”だったの。あなたたちより、ずっと」

クラリッサの瞳が揺れる。何かを言おうとして、だが声が出ない。

リノは構わず言った。

「――クラリッサ。姉さん、あなたがわたしから奪おうとしたすべては、もう“奪えないもの”になったわ。あなたが持っていた誇りも、美貌も、立場も、もう何の意味もない」

「……!」

「あなたたちが何を守ろうとしたのか知らない。でも、わたしが守りたいものは違う。“誰かの心”だわ。だからこそ、あの夜、わたしは逃げなかった。歌った。あなたたちが捨てたものを、わたしは選んだの」

アナスタシアが、忌々しげに顔を背けた。

「……小娘が、いい気になって」

「ええ。いい気になってるの。生きてるから」

リノの言葉に、クラリッサが歯噛みした。

「あなたは……ただの道具だったくせに。誰も気にかけなかったくせに……どうして、そんな目で私を見下ろせるの……!」

「見下してなんていない。哀れに思ってるのよ。あなたたちが自分で閉じ込めた、その誇りの牢に」

レオニスが静かに手を差し伸べた。

「もういい。君の言葉は届いた。もう、過去に縛られることはない」

リノは一度だけ深く息を吸い、そして一礼した。

「さようなら、アナスタシア。さようなら、クラリッサ。あなたたちが選ばなかった未来を、わたしは生きる」

振り返って歩き出す。レオニスと共に、ゆっくりと。

扉が閉まり、鍵が回る音が遠くに響いたとき――クラリッサはようやく、声にならない叫びを上げた。

「どうして……! なんで、あんな“無能”が……!」

アナスタシアも、壁に拳を打ち付けた。

だが、すべてはもう終わったのだ。

閉ざされた牢の中で、彼女たちは“過去”のまま朽ちていく。

その頃、外の空には新しい朝の光が差し込んでいた。

リノの歩む先には、自由と、そして――未来が待っていた。
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