38 / 66
第38話 王様、リノの報告を受ける
しおりを挟む
『旅立ちの旋律 ―王の記録―』
王国エルデラン、王都リュシオン。王国最大の政治・文化の中心地。
昼下がりの陽光が差し込む玉座の間で、国王セランは一枚の報告書に目を通していた。
報告の内容は、第三王子レオニスとともに行動している“リノ”という少女についてだった。
「……なるほど。やはり、ただの旅芸人ではないな」
王は静かに言った。
リノ――その本名は、トリノ=リドグレイ。
かつて北方の名門、リドグレイ伯爵家に生まれた令嬢だった。
けれど、王が知っていた“リドグレイ家の令嬢”たちとは、ずいぶん様子が違う。
「これは……」
セランは、報告書の中に書かれた内容に思わず眉をひそめた。
“リドグレイ家に生まれながら、魔力は平均以下。魔導器の適性もなく、王立魔法学園への推薦も却下される。屋敷内での立場は使用人以下とされ、継母アナスタシア、その娘ミレイア、クラリッサらにより日常的な侮辱と労役を強いられていた”
「――まるで“灰かぶり姫”だな」
セランが小さくつぶやいたとき、背後で控えていた宰相ハウリーが一歩前に出た。
「陛下、その名は王都でも風の噂として広まっております。北のリドグレイ伯爵家には、“魔法の使えぬ娘”がいたと。だが、まさかその娘が……王子殿下と?」
「……そうだ」
王はゆっくりとうなずいた。
レオニスが連れていた少女――リノの歌声には、人の心を動かす力があった。
その声が偽りでないことを、セランは一瞬で見抜いていた。
だが、それが“誰”なのかは、別の話だ。
報告書には、さらにこう記されていた。
“継母アナスタシアは社交界の名士。いつも宝石と扇子で飾られた優雅な婦人だが、実際には冷酷な統率者である。継姉ミレイアは完璧な“お嬢様”を演じ、次姉クラリッサは“塔の薔薇”と呼ばれる冷笑の才女。実父ラウル伯爵は王都の政務で不在が続き、令嬢トリノは守られることもなく、家を飛び出した”
「……なんということだ」
セランは額に手をやった。
「この国の名門の中に、こんな理不尽があったとは」
王の中で、怒りとも哀しみともつかぬ感情が渦を巻く。
「では、彼女は……」
王はさらに目を通す。
“逃げ出したあとは王都近郊の街で身分を隠し、音楽隊に所属。リノという仮名を名乗る。音楽の才能は目を見張るものがあり、特に歌声は魔導器を超える“共鳴”の力を持つ”
「……ハウリー。レオニスが彼女に惹かれた理由が、少しわかった気がする」
「御意」
「だが、問題はそこだけではない」
セランは顔を上げる。
「ローマン=アルヴィス。この名も報告書にあったな。確か、彼女の元婚約者だったと」
「はい。王都学院に在籍する若き貴族。優秀で容姿端麗。貴族社会では将来を嘱望されています。だが、トリノ嬢が“魔力のない娘”と知るや、婚約を一方的に解消したようです」
「……本当に、それだけなのか?」
「噂では、姉ミレイアの存在も関係しているようです。現在のローマン殿下は、彼女と親しく……」
セランは小さく息を吐いた。
人の評価とは、表面だけでは決まらない。
“役立たず”と決めつけられた娘が、今では王子の隣で王都の民を魅了している。
かたや、“完璧な姉”たちは、貴族社会での評判ばかりを気にしている。
「……人の価値を決めるのは、魔力量ではないな」
セランの言葉に、ハウリーも深く頷いた。
夕暮れの光が差し込む頃、王は一人で王宮の庭を歩いていた。
バラの咲く中庭に、小さな音が聞こえる。
リノ――いや、トリノ嬢の歌だ。
風に乗ったその旋律は、まるで過去の痛みさえ包みこむような優しさに満ちていた。
(お前は、どれほどのものを背負って、ここまで来たのだ)
王の胸に、ひとつの決意が生まれる。
もし、この国の誰もが見ようとしなかった“真の声”を、レオニスが見つけたのなら。
もし、名もなく嘲笑されていた少女が、本当に民の心を動かせるなら――。
「私は……試してみるべきなのかもしれんな」
王国の未来を、声と心で導く者がいるのなら。
それはきっと、魔力の数字では測れない価値がある。
「ハウリー」
「はい、陛下」
「リドグレイ家に使者を送れ。名目は“北方領の報告”、だが……」
王は目を細める。
「“あの令嬢”が、いかに扱われてきたかを、今一度、問い直す時だ」
風が吹く。
金色の薔薇の花びらが、空に舞った。
リノの歌声が、それに重なるように響く。
それは、かつて誰にも届かなかった声。
だけど今は――王の耳に、しっかりと届いていた。
王国エルデラン、王都リュシオン。王国最大の政治・文化の中心地。
昼下がりの陽光が差し込む玉座の間で、国王セランは一枚の報告書に目を通していた。
報告の内容は、第三王子レオニスとともに行動している“リノ”という少女についてだった。
「……なるほど。やはり、ただの旅芸人ではないな」
王は静かに言った。
リノ――その本名は、トリノ=リドグレイ。
かつて北方の名門、リドグレイ伯爵家に生まれた令嬢だった。
けれど、王が知っていた“リドグレイ家の令嬢”たちとは、ずいぶん様子が違う。
「これは……」
セランは、報告書の中に書かれた内容に思わず眉をひそめた。
“リドグレイ家に生まれながら、魔力は平均以下。魔導器の適性もなく、王立魔法学園への推薦も却下される。屋敷内での立場は使用人以下とされ、継母アナスタシア、その娘ミレイア、クラリッサらにより日常的な侮辱と労役を強いられていた”
「――まるで“灰かぶり姫”だな」
セランが小さくつぶやいたとき、背後で控えていた宰相ハウリーが一歩前に出た。
「陛下、その名は王都でも風の噂として広まっております。北のリドグレイ伯爵家には、“魔法の使えぬ娘”がいたと。だが、まさかその娘が……王子殿下と?」
「……そうだ」
王はゆっくりとうなずいた。
レオニスが連れていた少女――リノの歌声には、人の心を動かす力があった。
その声が偽りでないことを、セランは一瞬で見抜いていた。
だが、それが“誰”なのかは、別の話だ。
報告書には、さらにこう記されていた。
“継母アナスタシアは社交界の名士。いつも宝石と扇子で飾られた優雅な婦人だが、実際には冷酷な統率者である。継姉ミレイアは完璧な“お嬢様”を演じ、次姉クラリッサは“塔の薔薇”と呼ばれる冷笑の才女。実父ラウル伯爵は王都の政務で不在が続き、令嬢トリノは守られることもなく、家を飛び出した”
「……なんということだ」
セランは額に手をやった。
「この国の名門の中に、こんな理不尽があったとは」
王の中で、怒りとも哀しみともつかぬ感情が渦を巻く。
「では、彼女は……」
王はさらに目を通す。
“逃げ出したあとは王都近郊の街で身分を隠し、音楽隊に所属。リノという仮名を名乗る。音楽の才能は目を見張るものがあり、特に歌声は魔導器を超える“共鳴”の力を持つ”
「……ハウリー。レオニスが彼女に惹かれた理由が、少しわかった気がする」
「御意」
「だが、問題はそこだけではない」
セランは顔を上げる。
「ローマン=アルヴィス。この名も報告書にあったな。確か、彼女の元婚約者だったと」
「はい。王都学院に在籍する若き貴族。優秀で容姿端麗。貴族社会では将来を嘱望されています。だが、トリノ嬢が“魔力のない娘”と知るや、婚約を一方的に解消したようです」
「……本当に、それだけなのか?」
「噂では、姉ミレイアの存在も関係しているようです。現在のローマン殿下は、彼女と親しく……」
セランは小さく息を吐いた。
人の評価とは、表面だけでは決まらない。
“役立たず”と決めつけられた娘が、今では王子の隣で王都の民を魅了している。
かたや、“完璧な姉”たちは、貴族社会での評判ばかりを気にしている。
「……人の価値を決めるのは、魔力量ではないな」
セランの言葉に、ハウリーも深く頷いた。
夕暮れの光が差し込む頃、王は一人で王宮の庭を歩いていた。
バラの咲く中庭に、小さな音が聞こえる。
リノ――いや、トリノ嬢の歌だ。
風に乗ったその旋律は、まるで過去の痛みさえ包みこむような優しさに満ちていた。
(お前は、どれほどのものを背負って、ここまで来たのだ)
王の胸に、ひとつの決意が生まれる。
もし、この国の誰もが見ようとしなかった“真の声”を、レオニスが見つけたのなら。
もし、名もなく嘲笑されていた少女が、本当に民の心を動かせるなら――。
「私は……試してみるべきなのかもしれんな」
王国の未来を、声と心で導く者がいるのなら。
それはきっと、魔力の数字では測れない価値がある。
「ハウリー」
「はい、陛下」
「リドグレイ家に使者を送れ。名目は“北方領の報告”、だが……」
王は目を細める。
「“あの令嬢”が、いかに扱われてきたかを、今一度、問い直す時だ」
風が吹く。
金色の薔薇の花びらが、空に舞った。
リノの歌声が、それに重なるように響く。
それは、かつて誰にも届かなかった声。
だけど今は――王の耳に、しっかりと届いていた。
248
あなたにおすすめの小説
乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!
ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。
相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。
結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。
現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう…
その時に前世の記憶を取り戻すのだった…
「悪役令嬢の兄の婚約者って…」
なんとも微妙なポジション。
しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。
やんちゃな公爵令嬢の駆け引き~不倫現場を目撃して~
岡暁舟
恋愛
名門公爵家の出身トスカーナと婚約することになった令嬢のエリザベート・キンダリーは、ある日トスカーナの不倫現場を目撃してしまう。怒り狂ったキンダリーはトスカーナに復讐をする?
もう我慢したくないので自由に生きます~一夫多妻の救済策~
岡暁舟
恋愛
第一王子ヘンデルの妻の一人である、かつての侯爵令嬢マリアは、自分がもはや好かれていないことを悟った。
「これからは自由に生きます」
そう言い張るマリアに対して、ヘンデルは、
「勝手にしろ」
と突き放した。
全てを捨てて消え去ろうとしたのですが…なぜか殿下に執着されています
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のセーラは、1人崖から海を見つめていた。大好きだった父は、2ヶ月前に事故死。愛していた婚約者、ワイアームは、公爵令嬢のレイリスに夢中。
さらにレイリスに酷い事をしたという噂まで流されたセーラは、貴族世界で完全に孤立していた。独りぼっちになってしまった彼女は、絶望の中海を見つめる。
“私さえいなくなれば、皆幸せになれる”
そう強く思ったセーラは、子供の頃から大好きだった歌を口ずさみながら、海に身を投げたのだった。
一方、婚約者でもあるワイアームもまた、一人孤独な戦いをしていた。それもこれも、愛するセーラを守るため。
そんなワイアームの気持ちなど全く知らないセーラは…
龍の血を受け継いだワイアームと、海神の娘の血を受け継いだセーラの恋の物語です。
ご都合主義全開、ファンタジー要素が強め?な作品です。
よろしくお願いいたします。
※カクヨム、小説家になろうでも同時配信しています。
さようなら、私の愛したあなた。
希猫 ゆうみ
恋愛
オースルンド伯爵家の令嬢カタリーナは、幼馴染であるロヴネル伯爵家の令息ステファンを心から愛していた。いつか結婚するものと信じて生きてきた。
ところが、ステファンは爵位継承と同時にカールシュテイン侯爵家の令嬢ロヴィーサとの婚約を発表。
「君の恋心には気づいていた。だが、私は違うんだ。さようなら、カタリーナ」
ステファンとの未来を失い茫然自失のカタリーナに接近してきたのは、社交界で知り合ったドグラス。
ドグラスは王族に連なるノルディーン公爵の末子でありマルムフォーシュ伯爵でもある超上流貴族だったが、不埒な噂の絶えない人物だった。
「あなたと遊ぶほど落ちぶれてはいません」
凛とした態度を崩さないカタリーナに、ドグラスがある秘密を打ち明ける。
なんとドグラスは王家の密偵であり、偽装として遊び人のように振舞っているのだという。
「俺に協力してくれたら、ロヴィーサ嬢の真実を教えてあげよう」
こうして密偵助手となったカタリーナは、幾つかの真実に触れながら本当の愛に辿り着く。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】
23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも!
そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。
お願いですから、私に構わないで下さい!
※ 他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる