42 / 66
第42話 リノが唄う、メイドのアニエスの歌
しおりを挟む
「お嬢様と過ごす日々」
ヴァルシュタイン公爵家に、新しい“お嬢様”がいらっしゃると聞いたのは、春の終わりのことでした。
私はメイドのアニエス。まだ十七で、働きはじめて三年目。お屋敷の中ではまだ“若手”って呼ばれることが多いけど、リノお嬢様のお世話を任されたときは、本当にうれしくて、でもちょっぴり緊張もしていました。
「今日から、よろしくね。アニエスさん」
そう笑ってくれたお嬢様は、ほんとうに――綺麗な人でした。
でも、ただ綺麗ってだけじゃなくて、目がやわらかくて、声がやさしくて、まるで“音楽そのもの”みたいな方だったんです。
**
お嬢様がこの屋敷に来られてからというもの、公爵様も奥様も、お兄様方も、どこか空気が明るくなって。マリーゼ奥様なんて、お菓子づくりに夢中になって、お嬢様の好きな“ベリーのタルト”を何度も焼いてました。
「アニエスさん、このリボンってどうかな?」
ドレッサーの前で、お嬢様が首をかしげてそう聞くとき、私はいつも思うんです。
(こんなに身分の違う私に、対等に話しかけてくださるなんて)
心からうれしくて、でもちょっと涙が出そうになって、慌ててうなずいたりして。
「とっても、お似合いです……! あっ、でも、今日はお庭でお散歩ですから、もう少し短めのリボンでも……」
「そっか、ありがとう。じゃあ、こっちにするね」
その笑顔が、もう……天使みたいにきらきらしてるんです。本当に。
**
ある日、お嬢様は奥様と一緒に、お菓子作りをするって言って、私も台所に呼んでくれました。
「アニエスさんも、一緒に混ぜて!」
「えっ!? わ、わたし、そんな、手が汚れちゃいますよ!」
「いいのいいの、楽しいから!」
そんなふうに笑って、粉まみれになりながら、一緒にタルトを焼いて。
味は……正直ちょっと焦げてたけど、それでも使用人たちの間で噂になるくらいの“愛されタルト”になりました。
「お嬢様のタルト、また作ってほしいねえ」
「こんな楽しいお嬢様、初めてだわ」
そんな声が、屋敷中に広がっていって、わたしは何だか誇らしかったんです。
だって、そのお嬢様のお世話をしてるのが――わたしだから。
**
リノお嬢様は、毎朝かならず“家族ノート”を開いて、詩のような言葉を書いています。
「今日は、ルードリッヒ兄様が馬の世話を手伝ってくれた。リト兄様はやっぱり口が悪いけど、ちょっと照れ屋さんだと思う」
そんなことまで、丁寧に書き残していて、見ていてほんとに感動しちゃうんです。
「アニエスさんにも、ページをあげようかな」
「えっ!? そんな、わたしなんて……」
「だって、わたしにとって大事な家族だもん。アニエスさんも」
その言葉を聞いたとき、思わず涙がこぼれそうになって、うつむいちゃった。
使用人の私に、そんなふうに言ってくれるなんて。
「……リノお嬢様、わたし、これからもずっと、おそばにおりますね」
そう誓った日でした。
**
でも、楽しい日々の中にも、少しだけ心配なこともあります。
だって、リノお嬢様は“王子様のお嫁さんになる”って決まっているんです。
つまり、いずれはこの屋敷を離れて、王宮に行ってしまう。
「お別れなんて、やだな……」
私がぽつりと呟いたとき、お嬢様は窓の外を見ながら笑いました。
「お別れじゃないよ。これからもきっと、何度でも会える。だって、家族だもん」
その声が、まるで歌のように心にしみて。
私は、また明日もこの人のそばで働きたい、そう思いました。
**
春の風が少しずつ夏の香りを連れてくるころ。
お嬢様はバルコニーで、何か新しい曲を書いていました。
「アニエスさん、ちょっと聞いてもらってもいい?」
そっと歌ってくれたその旋律は――
♪――この手に咲いた、小さな日々
やさしい言葉に守られて
めぐる季節の中、君がいてくれた――♪
それは、たぶん、わたしのために歌ってくれた歌。
胸がいっぱいになって、何も言えなくなって。
「ありがとう……リノお嬢様」
そうつぶやいた声が、風にまぎれてどこかへ溶けていった。
**
リノお嬢様との日々は、まるで夢みたいに、優しくて、あたたかくて。
でも、これは夢なんかじゃない。
今、わたしは確かに――大好きな“家族”のそばにいる。
公爵家の一角で、私は今日も朝の紅茶を用意する。
お嬢様が「おはよう」と笑ってくれるその瞬間を、心から大切にしながら。
きっと、明日も、その先も。
この歌のような日々が、続きますように――。
ヴァルシュタイン公爵家に、新しい“お嬢様”がいらっしゃると聞いたのは、春の終わりのことでした。
私はメイドのアニエス。まだ十七で、働きはじめて三年目。お屋敷の中ではまだ“若手”って呼ばれることが多いけど、リノお嬢様のお世話を任されたときは、本当にうれしくて、でもちょっぴり緊張もしていました。
「今日から、よろしくね。アニエスさん」
そう笑ってくれたお嬢様は、ほんとうに――綺麗な人でした。
でも、ただ綺麗ってだけじゃなくて、目がやわらかくて、声がやさしくて、まるで“音楽そのもの”みたいな方だったんです。
**
お嬢様がこの屋敷に来られてからというもの、公爵様も奥様も、お兄様方も、どこか空気が明るくなって。マリーゼ奥様なんて、お菓子づくりに夢中になって、お嬢様の好きな“ベリーのタルト”を何度も焼いてました。
「アニエスさん、このリボンってどうかな?」
ドレッサーの前で、お嬢様が首をかしげてそう聞くとき、私はいつも思うんです。
(こんなに身分の違う私に、対等に話しかけてくださるなんて)
心からうれしくて、でもちょっと涙が出そうになって、慌ててうなずいたりして。
「とっても、お似合いです……! あっ、でも、今日はお庭でお散歩ですから、もう少し短めのリボンでも……」
「そっか、ありがとう。じゃあ、こっちにするね」
その笑顔が、もう……天使みたいにきらきらしてるんです。本当に。
**
ある日、お嬢様は奥様と一緒に、お菓子作りをするって言って、私も台所に呼んでくれました。
「アニエスさんも、一緒に混ぜて!」
「えっ!? わ、わたし、そんな、手が汚れちゃいますよ!」
「いいのいいの、楽しいから!」
そんなふうに笑って、粉まみれになりながら、一緒にタルトを焼いて。
味は……正直ちょっと焦げてたけど、それでも使用人たちの間で噂になるくらいの“愛されタルト”になりました。
「お嬢様のタルト、また作ってほしいねえ」
「こんな楽しいお嬢様、初めてだわ」
そんな声が、屋敷中に広がっていって、わたしは何だか誇らしかったんです。
だって、そのお嬢様のお世話をしてるのが――わたしだから。
**
リノお嬢様は、毎朝かならず“家族ノート”を開いて、詩のような言葉を書いています。
「今日は、ルードリッヒ兄様が馬の世話を手伝ってくれた。リト兄様はやっぱり口が悪いけど、ちょっと照れ屋さんだと思う」
そんなことまで、丁寧に書き残していて、見ていてほんとに感動しちゃうんです。
「アニエスさんにも、ページをあげようかな」
「えっ!? そんな、わたしなんて……」
「だって、わたしにとって大事な家族だもん。アニエスさんも」
その言葉を聞いたとき、思わず涙がこぼれそうになって、うつむいちゃった。
使用人の私に、そんなふうに言ってくれるなんて。
「……リノお嬢様、わたし、これからもずっと、おそばにおりますね」
そう誓った日でした。
**
でも、楽しい日々の中にも、少しだけ心配なこともあります。
だって、リノお嬢様は“王子様のお嫁さんになる”って決まっているんです。
つまり、いずれはこの屋敷を離れて、王宮に行ってしまう。
「お別れなんて、やだな……」
私がぽつりと呟いたとき、お嬢様は窓の外を見ながら笑いました。
「お別れじゃないよ。これからもきっと、何度でも会える。だって、家族だもん」
その声が、まるで歌のように心にしみて。
私は、また明日もこの人のそばで働きたい、そう思いました。
**
春の風が少しずつ夏の香りを連れてくるころ。
お嬢様はバルコニーで、何か新しい曲を書いていました。
「アニエスさん、ちょっと聞いてもらってもいい?」
そっと歌ってくれたその旋律は――
♪――この手に咲いた、小さな日々
やさしい言葉に守られて
めぐる季節の中、君がいてくれた――♪
それは、たぶん、わたしのために歌ってくれた歌。
胸がいっぱいになって、何も言えなくなって。
「ありがとう……リノお嬢様」
そうつぶやいた声が、風にまぎれてどこかへ溶けていった。
**
リノお嬢様との日々は、まるで夢みたいに、優しくて、あたたかくて。
でも、これは夢なんかじゃない。
今、わたしは確かに――大好きな“家族”のそばにいる。
公爵家の一角で、私は今日も朝の紅茶を用意する。
お嬢様が「おはよう」と笑ってくれるその瞬間を、心から大切にしながら。
きっと、明日も、その先も。
この歌のような日々が、続きますように――。
144
あなたにおすすめの小説
乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!
ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。
相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。
結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。
現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう…
その時に前世の記憶を取り戻すのだった…
「悪役令嬢の兄の婚約者って…」
なんとも微妙なポジション。
しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。
やんちゃな公爵令嬢の駆け引き~不倫現場を目撃して~
岡暁舟
恋愛
名門公爵家の出身トスカーナと婚約することになった令嬢のエリザベート・キンダリーは、ある日トスカーナの不倫現場を目撃してしまう。怒り狂ったキンダリーはトスカーナに復讐をする?
もう我慢したくないので自由に生きます~一夫多妻の救済策~
岡暁舟
恋愛
第一王子ヘンデルの妻の一人である、かつての侯爵令嬢マリアは、自分がもはや好かれていないことを悟った。
「これからは自由に生きます」
そう言い張るマリアに対して、ヘンデルは、
「勝手にしろ」
と突き放した。
全てを捨てて消え去ろうとしたのですが…なぜか殿下に執着されています
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のセーラは、1人崖から海を見つめていた。大好きだった父は、2ヶ月前に事故死。愛していた婚約者、ワイアームは、公爵令嬢のレイリスに夢中。
さらにレイリスに酷い事をしたという噂まで流されたセーラは、貴族世界で完全に孤立していた。独りぼっちになってしまった彼女は、絶望の中海を見つめる。
“私さえいなくなれば、皆幸せになれる”
そう強く思ったセーラは、子供の頃から大好きだった歌を口ずさみながら、海に身を投げたのだった。
一方、婚約者でもあるワイアームもまた、一人孤独な戦いをしていた。それもこれも、愛するセーラを守るため。
そんなワイアームの気持ちなど全く知らないセーラは…
龍の血を受け継いだワイアームと、海神の娘の血を受け継いだセーラの恋の物語です。
ご都合主義全開、ファンタジー要素が強め?な作品です。
よろしくお願いいたします。
※カクヨム、小説家になろうでも同時配信しています。
さようなら、私の愛したあなた。
希猫 ゆうみ
恋愛
オースルンド伯爵家の令嬢カタリーナは、幼馴染であるロヴネル伯爵家の令息ステファンを心から愛していた。いつか結婚するものと信じて生きてきた。
ところが、ステファンは爵位継承と同時にカールシュテイン侯爵家の令嬢ロヴィーサとの婚約を発表。
「君の恋心には気づいていた。だが、私は違うんだ。さようなら、カタリーナ」
ステファンとの未来を失い茫然自失のカタリーナに接近してきたのは、社交界で知り合ったドグラス。
ドグラスは王族に連なるノルディーン公爵の末子でありマルムフォーシュ伯爵でもある超上流貴族だったが、不埒な噂の絶えない人物だった。
「あなたと遊ぶほど落ちぶれてはいません」
凛とした態度を崩さないカタリーナに、ドグラスがある秘密を打ち明ける。
なんとドグラスは王家の密偵であり、偽装として遊び人のように振舞っているのだという。
「俺に協力してくれたら、ロヴィーサ嬢の真実を教えてあげよう」
こうして密偵助手となったカタリーナは、幾つかの真実に触れながら本当の愛に辿り着く。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】
23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも!
そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。
お願いですから、私に構わないで下さい!
※ 他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる