婚約破棄されたトリノは、継母や姉たちや使用人からもいじめられているので、前世の記憶を思い出し、家から脱走して旅にでる!

山田 バルス

文字の大きさ
44 / 66

第44話 リノが唄う、母とのドレス選びの歌

しおりを挟む
「ドレスと、ひだまりと」
 王宮での社交界デビューを終えて数日。
 ほっとする間もなく、次に控えていたのは――「レオニス様との正式な婚約式」。

 ヴァルシュタイン公爵家では、式の準備が少しずつ進んでいた。

「さあ、リノ。今日は大切な一日よ!」

 そう声をかけてくれたのは、公爵夫人・マリーゼ様。今では、私の“お母様”だ。

 今日は、婚約式のためのドレス選び。
 王都一と名高い仕立て屋から特別に呼ばれた職人が、何着ものドレスを持って公爵邸にやってきていた。

「でも……こんなにたくさん……!」

 私は目を丸くして、部屋いっぱいに並べられたドレスたちを見渡した。
 白、淡いピンク、空色、ラベンダー――どれもそれぞれに美しくて、うっとりしてしまう。

「どれがいいかしらねえ。あなたには、淡い色も似合うし、濃い色でも負けない目をしてるわ」

 マリーゼ様は、にこにこと笑いながら、私の髪を優しく撫でた。

 その手のぬくもりが、あたたかくて――私は、胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。

「こんな日が来るなんて、思ってなかったな……」

 ぽつりとこぼすと、マリーゼ様が、そっと私の手を取った。

「リノ。あなたがここに来てくれて、私は毎日が楽しくて仕方ないのよ。女の子とドレスを選ぶなんて、夢だったの」

 そう言って、目を細めて笑うその姿は、本当のお母さんみたいで――私は思わず、

「お母様……っ」

 と、声を震わせていた。

 マリーゼ様の胸に飛び込んで、そのまま、ぎゅっと抱きしめられる。

「リノ。泣かないで。あなたは、私たちの大切な娘なんだから」

「うん……うん……ありがとう」

 涙が止まらなくなってしまった。

 **

 「さて。お父様にも見てもらいましょうか」

 少し涙を拭いてから、私たちは数着のドレスを選び、鏡の前で試着を始めた。

 そこへ入ってきたのは、公爵様――今では“お父様”。

「おお、これはこれは。リノ、よく似合ってるじゃないか」

 低く落ち着いた声。でも、その眼差しはとても優しくて。
 公爵様がまるで、本当の娘を見るように、微笑んでくれていた。

「お父様……わたし、変じゃないですか?」

「変? とんでもない。君はもう、この家の誇りだよ」

 その言葉に、胸がいっぱいになって、私はドレスの裾をそっとつまんだ。

 お母様がふふっと笑いながら、鏡の前でドレスを整えてくれる。

「どうかしら? この空色のドレスは、リノの目にぴったりよね?」

「うむ。だが、このラベンダーのほうも落ち着きがあっていい。レオニスの隣に立つなら、どちらも似合いそうだな」

 お父様は腕を組みながら、真剣に悩んでいる。
 そんな姿を見て、私はふふっと笑ってしまった。

「じゃあ、どっちも着ますか?」

 そう冗談を言うと、ふたりがそろって「それもいいわね」「贅沢だな、まったく」と笑い合った。

 こんな風に、家族で過ごす時間が――たまらなく、嬉しかった。

 **

 ドレス選びがひと段落したあと、お母様が、私の髪を編みながら言った。

「リノ。あなたは、“王子の婚約者”としてだけじゃなくて、“この家の娘”として、幸せになってほしいの」

「お母様……」

「何か不安なことがあったら、すぐに話してちょうだいね。あなたが笑っていないと、私も、きっとレオニスも、困ってしまうから」

 そう言って微笑むお母様の顔が、きらきらして見えた。

 私はそのまま、膝の上に頭を預けるようにして甘えてしまった。

「……お母様、しばらくレオニス様のところに行かずに、ずっとここにいたいです」

「あらまあ。可愛いこと言ってくれるわね。でも、そうしていいのよ。婚約式までは、ずっとここにいてちょうだい」

「ほんとに?」

「ええ。お父様も、きっと喜ぶわ」

 そう言ったとき、ちょうど廊下の向こうから公爵様の声が響いた。

「マリーゼ、リノ、今日は何を食べたい? 特別にリクエストを受け付けようと思ってな」

「ふふ。甘やかしすぎじゃない?」

「娘に甘くして何が悪い」

 そんなやりとりを聞いて、私は思わず吹き出してしまった。

「じゃあ、私はお父様の手作りオムレツが食べたいです!」

「……料理人じゃなくて私にか? よーし、やってみせようじゃないか」

 それからその晩、広間にはちょっと焦げたけど、とっても美味しい“お父様のオムレツ”が並びました。

 **

 夜、部屋に戻って、ひとりベッドに横になる。

 ふわふわのシーツ、やわらかな羽毛布団、窓の外には月の光。

 思い返すと――今日一日が夢みたいだった。

 ドレスを選んだこと、お母様に甘えたこと、お父様のオムレツの味。

 そのどれもが、私にとってかけがえのない“家族のぬくもり”だった。

「……ありがとう。お母様。お父様。わたし、ちゃんと幸せです」

 小さくささやいて、私は目を閉じた。

 明日は、また新しい朝がやってくる。
 でももう、“ひとりぼっちの朝”じゃない。

 家族がいて、笑顔がある――この場所で、私はようやく“本当の自分”になれる気がしていた。

 月の光は、静かにベッドを照らし、優しい夜が、私をそっと包んでくれていた。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

拝啓~私に婚約破棄を宣告した公爵様へ~

岡暁舟
恋愛
公爵様に宣言された婚約破棄……。あなたは正気ですか?そうですか。ならば、私も全力で行きましょう。全力で!!!

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

やんちゃな公爵令嬢の駆け引き~不倫現場を目撃して~

岡暁舟
恋愛
 名門公爵家の出身トスカーナと婚約することになった令嬢のエリザベート・キンダリーは、ある日トスカーナの不倫現場を目撃してしまう。怒り狂ったキンダリーはトスカーナに復讐をする?

もう我慢したくないので自由に生きます~一夫多妻の救済策~

岡暁舟
恋愛
第一王子ヘンデルの妻の一人である、かつての侯爵令嬢マリアは、自分がもはや好かれていないことを悟った。 「これからは自由に生きます」 そう言い張るマリアに対して、ヘンデルは、 「勝手にしろ」 と突き放した。

全てを捨てて消え去ろうとしたのですが…なぜか殿下に執着されています

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のセーラは、1人崖から海を見つめていた。大好きだった父は、2ヶ月前に事故死。愛していた婚約者、ワイアームは、公爵令嬢のレイリスに夢中。 さらにレイリスに酷い事をしたという噂まで流されたセーラは、貴族世界で完全に孤立していた。独りぼっちになってしまった彼女は、絶望の中海を見つめる。 “私さえいなくなれば、皆幸せになれる” そう強く思ったセーラは、子供の頃から大好きだった歌を口ずさみながら、海に身を投げたのだった。 一方、婚約者でもあるワイアームもまた、一人孤独な戦いをしていた。それもこれも、愛するセーラを守るため。 そんなワイアームの気持ちなど全く知らないセーラは… 龍の血を受け継いだワイアームと、海神の娘の血を受け継いだセーラの恋の物語です。 ご都合主義全開、ファンタジー要素が強め?な作品です。 よろしくお願いいたします。 ※カクヨム、小説家になろうでも同時配信しています。

さようなら、私の愛したあなた。

希猫 ゆうみ
恋愛
オースルンド伯爵家の令嬢カタリーナは、幼馴染であるロヴネル伯爵家の令息ステファンを心から愛していた。いつか結婚するものと信じて生きてきた。 ところが、ステファンは爵位継承と同時にカールシュテイン侯爵家の令嬢ロヴィーサとの婚約を発表。 「君の恋心には気づいていた。だが、私は違うんだ。さようなら、カタリーナ」 ステファンとの未来を失い茫然自失のカタリーナに接近してきたのは、社交界で知り合ったドグラス。 ドグラスは王族に連なるノルディーン公爵の末子でありマルムフォーシュ伯爵でもある超上流貴族だったが、不埒な噂の絶えない人物だった。 「あなたと遊ぶほど落ちぶれてはいません」 凛とした態度を崩さないカタリーナに、ドグラスがある秘密を打ち明ける。 なんとドグラスは王家の密偵であり、偽装として遊び人のように振舞っているのだという。 「俺に協力してくれたら、ロヴィーサ嬢の真実を教えてあげよう」 こうして密偵助手となったカタリーナは、幾つかの真実に触れながら本当の愛に辿り着く。

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

処理中です...