婚約破棄されたトリノは、継母や姉たちや使用人からもいじめられているので、前世の記憶を思い出し、家から脱走して旅にでる!

山田 バルス

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第46話 リノが唄う、舞台の上で輝く歌を

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「舞台に立つ、その日まで」
 春の終わりを告げる風が、王都の石畳をすべるように吹いていた。

 ヴァルシュタイン公爵家の広間では、今、音楽会の最終準備が行われていた。

 この館で開かれる“春の音楽の祝祭”は、王都でも評判の行事。貴族や音楽家が一堂に集まり、演奏を通じて技と心を分かち合う――言わば、この国の“音の社交界”。

 そして今年。
 初めて、その舞台にリノの名前が加えられたのだった。

「緊張、してる?」

 楽屋の隅。鏡の前で髪を整えるリノの隣に、リトバルスキーが現れた。

「……はい。手、冷たくて、震えてて」

「よしよし、そんな時は、これだ!」

 そう言って彼が差し出したのは、手作りのハーブ飴だった。

「僕が昔、舞台で緊張しすぎてお腹こわした時、おふくろがくれたやつの再現版。気休めだけど、なかなか効くんだよ?」

「ありがとう、兄さま……」

 素直に口に含むと、ほんのり甘くて、少し落ち着いた気がした。

 そこへ、きっちりとした足音を立てて現れたのは――兄のルードリッヒ。

「リノ。会場の準備は整っている。……あとは君の声だけだ」

 少しだけ言葉は固いけれど、そこにあるのは優しさだった。

「ルードリッヒ兄さま……わたし、失敗しないかな……」

「君の歌が人々の心を動かしてきたことは、僕も知っている。堂々と歌えばいい。……自信を持って、我が“妹”として」

 “妹”――その一言が、心にじんわりと染みた。

 自分はもう、一人じゃない。
 支えてくれる家族が、そばにいる。

 

 **

 

 演奏会が始まる頃には、すでに館のホールは満席だった。

 王都の貴族たちに加え、宮廷楽団の音楽士や、音楽院の若き演奏家たち。みな、この名家の演奏を聴くために集まっている。

 リノは緞帳の裏で、深呼吸をしていた。

「大丈夫、君ならできる」

 そう声をかけてくれたのは、舞台袖でピアノに向かうルードリッヒ。

「僕たちは君の伴奏者だけど、君が主役だ。全力で支える」

「……はいっ!」

 リノはステージの中央へと歩き出す。
 白いドレスが、光に照らされてやさしく輝いた。

 客席からざわめきが広がる。

「あれが……あの“歌姫リノ”か」

「噂以上に、気品がある子だな」

 そんな声が聞こえるたびに、胸がきゅっと締めつけられた。

 でも。

(……歌えば、きっと届く)

 音が、心を繋ぐと信じて。

 

 **

 

 演奏が始まったのは、ゆるやかなバイオリンの音色からだった。

 リトバルスキーの音は、自由で、どこか風のようだった。
 それに寄り添うように、ルードリッヒのピアノが響く。

 そして――リノの歌声が、舞台に溶けていった。

 

♪――夢を信じて 歩いてきた日々

 風に問いかけた あの日の孤独――♪

 

 客席が、息を飲んだように静まりかえる。

 リノの声は、まっすぐで、澄んでいて、でもどこか切なさを帯びていた。
 それが聴く人の胸に深く響く。

 

♪――でも今は、違うの 隣にあるぬくもり

 この声が届く場所へ 私は歌う――♪

 

 舞台袖にいたマリーゼ公爵夫人は、目元をそっとハンカチで押さえた。

「なんて……美しい娘を授かったのかしら、私たち……」

 その隣では、公爵が静かにうなずく。

 王宮からの使者たちも目を見張っていた。

 この少女が、王子の婚約者であり、公爵家の娘――そして、“国の歌姫”なのだと。

 

 **

 

 最後の音が鳴り終わった瞬間――

 数秒の静寂のあと、会場全体が大きな拍手に包まれた。

「ブラボー!」

「感動しました!」

「まるで、風が語りかけてくるようだった……!」

 歓声のなか、リノはお辞儀をする。

 震えるほど嬉しくて、でも涙がこぼれるほど怖かった。
 だけど、ふたりの兄の演奏があったから、歌えた。

 舞台袖に戻ると、リトバルスキーがぱあっと笑って手を広げた。

「いやー! 最高だった、リノ!」

「ほんとうに……? わたし、変じゃなかった?」

「変なとこ? 一ミリもないって!」

 その後ろで、ルードリッヒも微笑む。

「立派な舞台だった。妹として、誇りに思う」

「兄さま……」

 兄たちと、ひとつの音を作り上げる。
 それは家族としての絆であり、同じ舞台に立つ仲間の証でもあった。



 **


 夜、リノは自室のバルコニーで、そっと星空を見上げた。



(わたし……ちゃんと歌えたよ)



 そばにいてくれた家族のおかげで、リノは新たな一歩を踏み出せた。

 それはもう、孤独だった過去のリノではない。



 風のように、自由に。

 旋律のように、まっすぐに――



 リノの旅は、まだ続いていく。
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