婚約破棄されたトリノは、継母や姉たちや使用人からもいじめられているので、前世の記憶を思い出し、家から脱走して旅にでる!

山田 バルス

文字の大きさ
48 / 66

第48話 リノが唄う、異国の来訪者に向けて

しおりを挟む
「異国の来訪者と、揺れる旋律」
 その日、王宮の空気は、いつもより少しだけ張りつめていた。

 廊下を歩く騎士たちは背筋を伸ばし、メイドたちも言葉少なに動いている。そんな様子に、リノは自然と歩幅を小さくしていた。

「……緊張するのは、私だけじゃないんだね」

 そっとつぶやいたその声に、隣を歩くアニエスが微笑む。

「そりゃそうですよ。だって今日は、“外国の王族”がいらっしゃるんですから」

 そう――今日は、隣国グランディア王国からの使節団が来訪する日。
 その中には、王弟であるレオニスに並ぶような地位を持つ人物も含まれている。

「リノ様は、彼らの歓迎の場で“王国の歌姫”として紹介されることになっています」

「う、うん……聞いてるけど、やっぱり怖いな」

 王国の中でなら、もう慣れたはずの拍手や注目。でも、相手は外国の人々。文化も、考え方も違う人たちに、自分の歌は届くだろうか――。

 不安が胸に広がる中、リノは王宮の謁見の間に足を踏み入れた。

 

 **

 

 まばゆい光が差し込む大理石の間。正面には王が、そしてその横にはレオニスの姿。

 その向かいには、鮮やかな金と青の装飾を施した軍服姿の男が立っていた。

 長身で端正な顔立ち。琥珀色の瞳に、やや鋭さを宿す彼の名は――アレクシス王子。グランディア王国の第二王子であり、騎士団の指揮官でもある。

「こちらが、わが王国が誇る歌姫、リノ=ヴァルシュタイン嬢である」

 王の紹介を受け、リノは深く一礼する。

「はじめまして。リノと申します。ようこそ、わが王国へ」

 アレクシス王子は、彼女を見つめたまま、やや間を置いてから口を開いた。

「……君が噂の歌姫か。あの戦の夜、歌だけで民の心を癒したという」

「え……あ、はい。あの時は、偶然というか……」

「謙遜は王族の前では通用しないよ。私は、真実だけを聞きたい」

 まるで試されているような鋭い視線。だがリノは、ほんの少しだけ口元を引き締めた。

「では……真実を。あの日、歌ったのは、恐怖に震える私自身の心をなだめるためでした。でも、それが誰かの心に届いたなら、それが“歌の力”なんだと思います」

 その言葉に、王子の瞳が一瞬、揺れた。

「……ふむ。興味深い考えだ。では、その“力”を、今夜の晩餐会で私にも見せてくれるか?」

 王子の問いに、リノはゆっくりとうなずいた。

「はい。心を込めて、歌わせていただきます」

 

 **

 

 その夜。王宮の大広間には、たくさんの灯りと笑い声が満ちていた。

 各国の言葉が飛び交い、色とりどりの衣装が目を引く。まるで夢の中にいるような光景だったが、リノはしっかりとその中央に立っていた。

 ピアノの伴奏が始まる。
 そして、リノは目を閉じて、心を静める。

(異国の人でも、言葉が違っても、心はきっと……)

 

 ♪――光のように 風のように

   遠い国にも 届いてほしい――♪

 

 その歌は、言葉を超えて人々の胸に染み込んでいく。

 初めて出会う異国の人々が、静かに耳を傾け、笑みを浮かべ、時には目を潤ませる姿を見て、リノの心も温かくなっていく。

 

 ♪――願いを越えて 心が繋がる

   わたしの歌が 架け橋になるように――♪

 

 歌い終えたとき、会場は静寂に包まれた。

 そして――

 「……見事だ」

 立ち上がったのは、アレクシス王子だった。

 彼はまっすぐにリノを見て、深々と頭を下げた。

「貴女の歌は、我が国の兵士たちにも希望を与えるだろう。いつか……グランディアでも歌ってくれないか?」

「え……?」

 会場がざわつく。

 王子の言葉は、明らかに“外交的な申し出”だった。

 リノは戸惑いながらも、静かに答える。

「……もし、私の歌が誰かの力になるなら。いつか、きっと」

 王子は笑った。

「約束だ、歌姫殿。私は、君の歌を我が国の“光”と呼ぼう」

 

 **

 

 その晩、リノは中庭で一人、空を見上げていた。

 すると、そこへ静かに足音が。

「リノ、すごかったよ」

 声の主はレオニス。いつも通りのあたたかい笑顔。

「ありがとう。でも……私、自分の知らない世界と向き合うの、すごく怖かった。でも歌ってるうちに、分かったの。心の中にあれば、言葉じゃなくても、伝わるんだって」

「うん。君の声は、世界を繋ぐ力を持ってる。……君は、もう“この国だけの歌姫”じゃないのかもしれない」

「そうなのかな……でも、私は、あなたと一緒にいるときが、一番落ち着くよ」

 レオニスはそっと手を差し出した。

「じゃあこれからも、隣にいさせて。君の世界が広がっても、君の心が迷わないように、僕が道しるべになるから」

 リノはその手を握った。

「……うん。ありがとう、レオ」

 夜風が、静かにふたりの間を吹き抜けた。

 それは、ただの外交ではない。
 “未来への扉”が、静かに開いた音だった――。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

拝啓~私に婚約破棄を宣告した公爵様へ~

岡暁舟
恋愛
公爵様に宣言された婚約破棄……。あなたは正気ですか?そうですか。ならば、私も全力で行きましょう。全力で!!!

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

やんちゃな公爵令嬢の駆け引き~不倫現場を目撃して~

岡暁舟
恋愛
 名門公爵家の出身トスカーナと婚約することになった令嬢のエリザベート・キンダリーは、ある日トスカーナの不倫現場を目撃してしまう。怒り狂ったキンダリーはトスカーナに復讐をする?

全てを捨てて消え去ろうとしたのですが…なぜか殿下に執着されています

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のセーラは、1人崖から海を見つめていた。大好きだった父は、2ヶ月前に事故死。愛していた婚約者、ワイアームは、公爵令嬢のレイリスに夢中。 さらにレイリスに酷い事をしたという噂まで流されたセーラは、貴族世界で完全に孤立していた。独りぼっちになってしまった彼女は、絶望の中海を見つめる。 “私さえいなくなれば、皆幸せになれる” そう強く思ったセーラは、子供の頃から大好きだった歌を口ずさみながら、海に身を投げたのだった。 一方、婚約者でもあるワイアームもまた、一人孤独な戦いをしていた。それもこれも、愛するセーラを守るため。 そんなワイアームの気持ちなど全く知らないセーラは… 龍の血を受け継いだワイアームと、海神の娘の血を受け継いだセーラの恋の物語です。 ご都合主義全開、ファンタジー要素が強め?な作品です。 よろしくお願いいたします。 ※カクヨム、小説家になろうでも同時配信しています。

もう我慢したくないので自由に生きます~一夫多妻の救済策~

岡暁舟
恋愛
第一王子ヘンデルの妻の一人である、かつての侯爵令嬢マリアは、自分がもはや好かれていないことを悟った。 「これからは自由に生きます」 そう言い張るマリアに対して、ヘンデルは、 「勝手にしろ」 と突き放した。

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

さようなら、私の愛したあなた。

希猫 ゆうみ
恋愛
オースルンド伯爵家の令嬢カタリーナは、幼馴染であるロヴネル伯爵家の令息ステファンを心から愛していた。いつか結婚するものと信じて生きてきた。 ところが、ステファンは爵位継承と同時にカールシュテイン侯爵家の令嬢ロヴィーサとの婚約を発表。 「君の恋心には気づいていた。だが、私は違うんだ。さようなら、カタリーナ」 ステファンとの未来を失い茫然自失のカタリーナに接近してきたのは、社交界で知り合ったドグラス。 ドグラスは王族に連なるノルディーン公爵の末子でありマルムフォーシュ伯爵でもある超上流貴族だったが、不埒な噂の絶えない人物だった。 「あなたと遊ぶほど落ちぶれてはいません」 凛とした態度を崩さないカタリーナに、ドグラスがある秘密を打ち明ける。 なんとドグラスは王家の密偵であり、偽装として遊び人のように振舞っているのだという。 「俺に協力してくれたら、ロヴィーサ嬢の真実を教えてあげよう」 こうして密偵助手となったカタリーナは、幾つかの真実に触れながら本当の愛に辿り着く。

処理中です...