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前世7話 “信頼する”ってことは、“甘える”のとは違うんだってね。
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『心に差し込む灯り』
係長に昇進してから、仕事の責任はぐんと増えた。
だが、不思議と苦ではなかった。
企画部のチームは皆前向きで、風通しがよく、何より「人の手柄を奪うような人間」がいない。それが何よりありがたかった。
その日も、プレゼン資料の修正作業で残業になっていた。
「……よし、これでほぼ完成」
部屋には、キーボードの音だけが静かに響いていた。
ふと、ドアがノックされた。
「お疲れさま。まだいたんだね」
佐伯課長だった。ネクタイを少し緩め、コーヒーを片手にしていた。
「はい、明日の資料、仕上げたくて……もうすぐ終わります」
「それ、さっき見たけど、十分通る出来だったよ。追い込みすぎないようにね」
そう言って、彼は自分の分のコーヒーを机の上に置いた。
「どうぞ。残ってると思って買ってきた」
「あ、ありがとうございます」
紙コップから立ちのぼる香りが、冷えた空気をやさしく和らげた。
「……係長になってから、頑張りすぎてない?」
「そう見えます?」
「うん。昔の自分を見てるみたいでね。責任を感じすぎて、自分を追い込むタイプ」
その声は、やさしく、それでいて核心を突いていた。
「……たしかに、ちょっと頑張りすぎかもしれません。初めて部下を持つようになって、つい、あれもこれもって背負いすぎちゃって」
「真嶋さんは、完璧主義なところがある。でもね、管理職は“任せる”ことも仕事のひとつだよ」
佐伯課長は、自分の椅子に腰掛けると、穏やかな目でこちらを見た。
「僕だって、最初は全部自分でやらなきゃって思ってた。でも、そうやって潰れていく人、何人も見てきた」
「……佐伯課長も、そうだったんですね」
「うん。でも、ある時、ふと思った。“信頼する”ってことは、“甘える”のとは違うんだってね。任せることは、相手を信用してるってことだ。だから部下にもちゃんと伝える。“君を信じてる”って」
その言葉に、胸がじんとした。
(信じてもらえるって、こんなに心が救われるものなんだ……)
ふと、問いかけたくなった。
「……佐伯課長って、いつも人の話をよく聞いてくれますよね。そういうのって、自然にできるものなんですか?」
「昔は、できなかったよ」
佐伯課長は苦笑いした。
「自分の意見を押し通すタイプだった。でも、それじゃ誰もついてこない。……大きな失敗をしてから、気づいたんだ。人の話に耳を傾けるのって、“受け入れる勇気”なんだって」
そのときだった。心にふわりと温かいものが灯った。
(この人の言葉は、ちゃんと届く)
過去に苦い経験をし、そこから変わろうと努力してきた人。
きっと、その過程の中で“強さ”だけでなく“優しさ”も身につけたのだろう。
「……ありがとうございます。わたし、ちょっと楽になりました」
「そうか。なら、よかった」
彼の笑顔は、仕事の上下関係を超えた、ひとりの人間としてのあたたかさがあった。
その日から少しずつ、佐伯課長と話す時間が増えた。
出張帰りにお土産を渡されたり、業務の合間に小さな冗談を言い合ったり。
時には、仕事帰りに飲みに誘われることもあった。
ある日、雨の日に傘を忘れてしまい、オフィスの玄関で立ち尽くしていたときだった。
「真嶋さん、これ、使って」
彼は迷いなく、自分の傘を差し出した。
「え? でも、課長が濡れちゃいます」
「俺はこのまま車に行くだけだし、大丈夫。君は駅まででしょ?」
(……こんなふうに自然に優しくされるの、久しぶりだな)
心の奥で、静かに何かがほどけていく気がした。
気づけば、彼と一緒にいる時間が、心地よくて。
穏やかで、でも確かに、少しずつ「特別な存在」に変わっていった。
ある日、彼がふとつぶやいた。
「……真嶋さんが企画部に来てくれて、ほんとに良かったよ」
その言葉が、なぜか、胸に染みた。
「わたしも、課長の下で働けて、幸運だったと思ってます」
それは、本心だった。
以前は、傷つけられ、裏切られ、失うことばかりだった。
でも今は違う。
信頼し合える人がいて、努力が認められ、日々前に進めている。
(わたし、また誰かを信じてもいいのかもしれない)
心の扉が、すこしだけ――開き始めていた。
係長に昇進してから、仕事の責任はぐんと増えた。
だが、不思議と苦ではなかった。
企画部のチームは皆前向きで、風通しがよく、何より「人の手柄を奪うような人間」がいない。それが何よりありがたかった。
その日も、プレゼン資料の修正作業で残業になっていた。
「……よし、これでほぼ完成」
部屋には、キーボードの音だけが静かに響いていた。
ふと、ドアがノックされた。
「お疲れさま。まだいたんだね」
佐伯課長だった。ネクタイを少し緩め、コーヒーを片手にしていた。
「はい、明日の資料、仕上げたくて……もうすぐ終わります」
「それ、さっき見たけど、十分通る出来だったよ。追い込みすぎないようにね」
そう言って、彼は自分の分のコーヒーを机の上に置いた。
「どうぞ。残ってると思って買ってきた」
「あ、ありがとうございます」
紙コップから立ちのぼる香りが、冷えた空気をやさしく和らげた。
「……係長になってから、頑張りすぎてない?」
「そう見えます?」
「うん。昔の自分を見てるみたいでね。責任を感じすぎて、自分を追い込むタイプ」
その声は、やさしく、それでいて核心を突いていた。
「……たしかに、ちょっと頑張りすぎかもしれません。初めて部下を持つようになって、つい、あれもこれもって背負いすぎちゃって」
「真嶋さんは、完璧主義なところがある。でもね、管理職は“任せる”ことも仕事のひとつだよ」
佐伯課長は、自分の椅子に腰掛けると、穏やかな目でこちらを見た。
「僕だって、最初は全部自分でやらなきゃって思ってた。でも、そうやって潰れていく人、何人も見てきた」
「……佐伯課長も、そうだったんですね」
「うん。でも、ある時、ふと思った。“信頼する”ってことは、“甘える”のとは違うんだってね。任せることは、相手を信用してるってことだ。だから部下にもちゃんと伝える。“君を信じてる”って」
その言葉に、胸がじんとした。
(信じてもらえるって、こんなに心が救われるものなんだ……)
ふと、問いかけたくなった。
「……佐伯課長って、いつも人の話をよく聞いてくれますよね。そういうのって、自然にできるものなんですか?」
「昔は、できなかったよ」
佐伯課長は苦笑いした。
「自分の意見を押し通すタイプだった。でも、それじゃ誰もついてこない。……大きな失敗をしてから、気づいたんだ。人の話に耳を傾けるのって、“受け入れる勇気”なんだって」
そのときだった。心にふわりと温かいものが灯った。
(この人の言葉は、ちゃんと届く)
過去に苦い経験をし、そこから変わろうと努力してきた人。
きっと、その過程の中で“強さ”だけでなく“優しさ”も身につけたのだろう。
「……ありがとうございます。わたし、ちょっと楽になりました」
「そうか。なら、よかった」
彼の笑顔は、仕事の上下関係を超えた、ひとりの人間としてのあたたかさがあった。
その日から少しずつ、佐伯課長と話す時間が増えた。
出張帰りにお土産を渡されたり、業務の合間に小さな冗談を言い合ったり。
時には、仕事帰りに飲みに誘われることもあった。
ある日、雨の日に傘を忘れてしまい、オフィスの玄関で立ち尽くしていたときだった。
「真嶋さん、これ、使って」
彼は迷いなく、自分の傘を差し出した。
「え? でも、課長が濡れちゃいます」
「俺はこのまま車に行くだけだし、大丈夫。君は駅まででしょ?」
(……こんなふうに自然に優しくされるの、久しぶりだな)
心の奥で、静かに何かがほどけていく気がした。
気づけば、彼と一緒にいる時間が、心地よくて。
穏やかで、でも確かに、少しずつ「特別な存在」に変わっていった。
ある日、彼がふとつぶやいた。
「……真嶋さんが企画部に来てくれて、ほんとに良かったよ」
その言葉が、なぜか、胸に染みた。
「わたしも、課長の下で働けて、幸運だったと思ってます」
それは、本心だった。
以前は、傷つけられ、裏切られ、失うことばかりだった。
でも今は違う。
信頼し合える人がいて、努力が認められ、日々前に進めている。
(わたし、また誰かを信じてもいいのかもしれない)
心の扉が、すこしだけ――開き始めていた。
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