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第52話 リノ、幽閉される
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◇ ◇ ◇
グランディア王城の一室に、リノは閉じ込められていた。
柔らかな絨毯、細工の施された窓枠、薔薇の刺繍がなされた寝具。見た目には何不自由ない“客室”だった。だが、それは籠の中の鳥に用意された“装飾”にすぎない。
扉には鍵。窓には見張り。城内を自由に歩くことは許されず、食事もメイドを通じてのやり取りのみとなった。
そして、そんな状況の中で届いたのは、一通の手紙だった。
――親愛なるリノ嬢へ。
君の歌声が、今もこの城に響いているようで、眠れぬ夜を過ごしている。私がどれほど、君を心に留めていたか……君には理解されていないようだね。
君はただの歌姫ではない。君こそ、この国を救い、そして支える“王妃”に相応しい。
レオニス王子の傍にいた日々は、もう終わった。
私と共に歩めば、君の歌は真の価値を持ち、永遠に国を導く光となるだろう。
私の妻となり、ここに残りなさい。王としてではない、男として、私は君を欲している。
グランディア王国 第二王子 アレクシス
リノは手紙を持つ手を震わせていた。
「……どうして……どうしてこんな……」
レオニスの帰国から三日。まるでその瞬間を待っていたかのように、アレクシスからの監禁と、この手紙。あの目――冷たい、何かをはかるような目――が脳裏に焼き付いて離れなかった。
「愛……? これが……?」
信じられなかった。愛しているなら、なぜ閉じ込めるのか。なぜ、自由を奪うのか。なぜ、選ばせてくれないのか。
その答えは、もう分かっていた。
――この人にとって、“愛”とは“支配”の別名なのだ。
けれど、リノは弱くなかった。
彼女は恐れていた。けれど、同時に、自分の心に正直でいた。怒りが、ゆっくりと胸の内を満たしていく。
(私を……歌を……自分のものだと思ってる。道具みたいに扱って……)
歯を食いしばり、手紙を握りしめる。まるでその紙の中に詰まったアレクシスの執着を粉砕したいかのように。
その時、部屋に仕えていた一人のメイド――ミレイユが、静かにリノの元へ近づいた。
「……お嬢様、少しだけ……お話したいことが」
彼女の声音は震えていた。
「ミレイユさん……?」
ミレイユは扉をそっと確認し、周囲に誰もいないのを見計らってから、リノの耳元に囁いた。
「……アレクシス殿下が、今夜のお茶会を……ご用意されているのはご存じでしょうか」
リノはこくりと頷いた。
「ええ……“穏やかな話をしよう”って……それだけが、許された外出よ」
ミレイユの表情が険しくなる。
「……そのお茶に、眠り薬が入っているのです。……あなたを“お側に迎える”ために、殿下が……そう、命じました」
息が止まりそうになった。
「……え……っ?」
ミレイユの目が潤んでいた。
「私、ずっと迷っていました……でも、もう耐えられない。歌姫様はこの国を救ってくれた方です。その方に、こんな仕打ちをするなんて……」
「……嘘……でしょ……」
リノは愕然とした。
言葉がうまく出てこない。恐怖が、喉を塞ぎ、体の芯を冷たく染め上げていく。
「眠らされて、私の“意思”なんて、無視して……?」
「……はい」
その一言で、何かが、リノの中で切れた。
「ふざけないで……!」
叫びではなかった。低く、しかし震える怒気に満ちた声だった。
「どれだけ、私を侮れば気が済むの? 私の歌が、誰かの心を癒すって思ってた。それなのに、その“心”を無視して、私を所有物みたいに扱うなんて……!」
リノの瞳には、怒りと、そして決意が宿っていた。
「前世でも……私は“誰かの欲望”に押し潰された。でも、今世では――二度と、誰にも私を踏みにじらせない……!」
ミレイユが、そっと手を差し出す。
「逃げ道を……考えてあります。厨房の裏にある通用口が、今夜、わずかに開くようにしておきます。警備が変わる時間を見計らって、そこから出て……」
リノは頷きながら、目を伏せた。
「……ありがとう。命がけの告白だったね。でも、私、もう逃げるだけじゃない」
「え……?」
リノはゆっくりと立ち上がった。その姿に、かつての怯えた少女の影はなかった。
「このまま、黙って去ったら、またアレクシス殿下は同じことを繰り返す。次に“歌姫”になる誰かが、同じ目に遭うかもしれない。それに……レオが戻ってきたとき、全部終わってたなんて、絶対にイヤ」
ミレイユは、その目に宿る光に息を呑んだ。
「……では、どうなさるのですか」
「……逆に、今夜、茶会に“応じる”」
リノはゆっくりと窓の方を見やった。
「でも、眠るのは、あの人のほう」
***
夜が訪れた。
リノは、真珠色のドレスに身を包み、鏡の前に立った。手には、ミレイユが密かに用意した“解毒薬”と、“同じ眠り薬”が一包。
「……私に、できるかな」
不安はある。けれど、それ以上に、“怒り”が、彼女の背中を押していた。
(このまま黙っていれば、私は“何か”にされてしまう。だから、戦う――歌ではなく、心で)
扉が開き、案内役の騎士が呼びに来る。
「……お嬢様、殿下がお待ちです」
リノは微笑んでみせた。
「ええ。行きましょう」
そして、ゆっくりと歩き出す。
この夜が、すべてを変えるかもしれない。
アレクシスの“欲望”が、リノの“意志”に屈するのか――
あるいは、闇に飲み込まれるのか。
けれど、彼女の目にはもはや、迷いはなかった。
心の奥で、静かに、凛とした旋律が鳴り始めていた。
グランディア王城の一室に、リノは閉じ込められていた。
柔らかな絨毯、細工の施された窓枠、薔薇の刺繍がなされた寝具。見た目には何不自由ない“客室”だった。だが、それは籠の中の鳥に用意された“装飾”にすぎない。
扉には鍵。窓には見張り。城内を自由に歩くことは許されず、食事もメイドを通じてのやり取りのみとなった。
そして、そんな状況の中で届いたのは、一通の手紙だった。
――親愛なるリノ嬢へ。
君の歌声が、今もこの城に響いているようで、眠れぬ夜を過ごしている。私がどれほど、君を心に留めていたか……君には理解されていないようだね。
君はただの歌姫ではない。君こそ、この国を救い、そして支える“王妃”に相応しい。
レオニス王子の傍にいた日々は、もう終わった。
私と共に歩めば、君の歌は真の価値を持ち、永遠に国を導く光となるだろう。
私の妻となり、ここに残りなさい。王としてではない、男として、私は君を欲している。
グランディア王国 第二王子 アレクシス
リノは手紙を持つ手を震わせていた。
「……どうして……どうしてこんな……」
レオニスの帰国から三日。まるでその瞬間を待っていたかのように、アレクシスからの監禁と、この手紙。あの目――冷たい、何かをはかるような目――が脳裏に焼き付いて離れなかった。
「愛……? これが……?」
信じられなかった。愛しているなら、なぜ閉じ込めるのか。なぜ、自由を奪うのか。なぜ、選ばせてくれないのか。
その答えは、もう分かっていた。
――この人にとって、“愛”とは“支配”の別名なのだ。
けれど、リノは弱くなかった。
彼女は恐れていた。けれど、同時に、自分の心に正直でいた。怒りが、ゆっくりと胸の内を満たしていく。
(私を……歌を……自分のものだと思ってる。道具みたいに扱って……)
歯を食いしばり、手紙を握りしめる。まるでその紙の中に詰まったアレクシスの執着を粉砕したいかのように。
その時、部屋に仕えていた一人のメイド――ミレイユが、静かにリノの元へ近づいた。
「……お嬢様、少しだけ……お話したいことが」
彼女の声音は震えていた。
「ミレイユさん……?」
ミレイユは扉をそっと確認し、周囲に誰もいないのを見計らってから、リノの耳元に囁いた。
「……アレクシス殿下が、今夜のお茶会を……ご用意されているのはご存じでしょうか」
リノはこくりと頷いた。
「ええ……“穏やかな話をしよう”って……それだけが、許された外出よ」
ミレイユの表情が険しくなる。
「……そのお茶に、眠り薬が入っているのです。……あなたを“お側に迎える”ために、殿下が……そう、命じました」
息が止まりそうになった。
「……え……っ?」
ミレイユの目が潤んでいた。
「私、ずっと迷っていました……でも、もう耐えられない。歌姫様はこの国を救ってくれた方です。その方に、こんな仕打ちをするなんて……」
「……嘘……でしょ……」
リノは愕然とした。
言葉がうまく出てこない。恐怖が、喉を塞ぎ、体の芯を冷たく染め上げていく。
「眠らされて、私の“意思”なんて、無視して……?」
「……はい」
その一言で、何かが、リノの中で切れた。
「ふざけないで……!」
叫びではなかった。低く、しかし震える怒気に満ちた声だった。
「どれだけ、私を侮れば気が済むの? 私の歌が、誰かの心を癒すって思ってた。それなのに、その“心”を無視して、私を所有物みたいに扱うなんて……!」
リノの瞳には、怒りと、そして決意が宿っていた。
「前世でも……私は“誰かの欲望”に押し潰された。でも、今世では――二度と、誰にも私を踏みにじらせない……!」
ミレイユが、そっと手を差し出す。
「逃げ道を……考えてあります。厨房の裏にある通用口が、今夜、わずかに開くようにしておきます。警備が変わる時間を見計らって、そこから出て……」
リノは頷きながら、目を伏せた。
「……ありがとう。命がけの告白だったね。でも、私、もう逃げるだけじゃない」
「え……?」
リノはゆっくりと立ち上がった。その姿に、かつての怯えた少女の影はなかった。
「このまま、黙って去ったら、またアレクシス殿下は同じことを繰り返す。次に“歌姫”になる誰かが、同じ目に遭うかもしれない。それに……レオが戻ってきたとき、全部終わってたなんて、絶対にイヤ」
ミレイユは、その目に宿る光に息を呑んだ。
「……では、どうなさるのですか」
「……逆に、今夜、茶会に“応じる”」
リノはゆっくりと窓の方を見やった。
「でも、眠るのは、あの人のほう」
***
夜が訪れた。
リノは、真珠色のドレスに身を包み、鏡の前に立った。手には、ミレイユが密かに用意した“解毒薬”と、“同じ眠り薬”が一包。
「……私に、できるかな」
不安はある。けれど、それ以上に、“怒り”が、彼女の背中を押していた。
(このまま黙っていれば、私は“何か”にされてしまう。だから、戦う――歌ではなく、心で)
扉が開き、案内役の騎士が呼びに来る。
「……お嬢様、殿下がお待ちです」
リノは微笑んでみせた。
「ええ。行きましょう」
そして、ゆっくりと歩き出す。
この夜が、すべてを変えるかもしれない。
アレクシスの“欲望”が、リノの“意志”に屈するのか――
あるいは、闇に飲み込まれるのか。
けれど、彼女の目にはもはや、迷いはなかった。
心の奥で、静かに、凛とした旋律が鳴り始めていた。
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