10 / 15
第8話 エマ、元婚約者ディアスに出会う
しおりを挟む
エマ、元婚約者ディアスに出会う
エマがスペイラ帝国に着いてから三か月が経とうとしていた。
聖女エマの名は、瞬く間にスペイラ帝国全土へと広がっていった。
それは奇跡の噂としてではなく、確かな成果として語られたからだ。
付与特化型聖女――
新興国のスペイラ帝国では、付与魔術師は少なく、ほとんどが国外で活動をしていた。
また付与魔術は経験豊かな付与術師に高額なお金を支払って行っていた。
それもあってスペイラ帝国ではあまり馴染みがない、魔術だった。
しかし、それを覆したのが、エマの存在だった。
彼女が作る腕輪や指輪、簡素な護符や武器は、信じられないほどの効果があった。
エマの付与魔術で装備した者の力を大幅に底上げし、使用した者たちを驚かせたのだった。
エマが石を選び、丁寧に磨き、静かに想いを込めて形にする――
ただそれだけで強大なアイテムを手に得ることができる。
冒険者たちは最初、半信半疑だった。
だが、装備した者たちからの驚くような評判が広まり、彼女の屋台は大盛況になったのだった。
やがて冒険者ギルドは、この地を治める伯爵家からの依頼もあり、正式にエマを保護対象と定めた。
そして、今では彼女専用の店と工房を整えたのだった。
冒険ギルドは素材を集め、冒険者たちは彼女の装備を身につけ、再び迷宮や魔物討伐へと向かっていく。
結果は、誰の目にも明らかだった。
かつては犠牲を覚悟しなければならなかった魔物の討伐が、簡単に達成できるのだ。
死傷者は激減し、街道の安全度は飛躍的に向上した。
今まで魔物が出て不安定だった交易路も安定し、帝国の経済はさらに発展していった。
――この画期的な出来事は、ひとりの聖女の手から始まったのだ。
◇
エマは新しくできた冒険者ギルドの隣にあるテナントに店を移していた。
外壁が赤レンガでできたモダンな建物。
中に入ると、パワーストーンが壁際に飾られるように配置されている。
透明で神秘的な巨大な水晶が、室内を浄化するように並べられて置かれている。
その中には、ホワイトや透明なセレナイトとムーンストーンなどの浄化作用の高いストーンも見られる。
「……街の賑わいがすごいですわ」
お店の奥に設けられた工房の窓辺に立ち、街を見下ろしながら、エマは小さく呟いた。
人々が笑い、商いをし、子どもたちが駆け回る。
その平和の一端が、自分の作った小さな腕輪や護符に支えられていると思うと、胸の奥が静かに震えた。
「エマ、無理はするな」
背後から、低く落ち着いた声がかかる。
振り返れば、工房とお店の間にあるドア前に立っていたのはロドリゲスだった。
彼はA級冒険者として名を知られ、ベテランの冒険者たちからも一目置かれる存在なのだ。
「わかっています。でも……もっと付与魔法をやりたいんです」
エマはそう言って、柔らかく微笑んだ。
「必要とされている場所で、役に立てるのが、嬉しくて」
ロドリゲスは一瞬、言葉に詰まり、それから少し困ったように笑った。
「……まったく。あんたは本当に、放っておけない」
その声音には、以前よりもずっと近しい温度があった。
肩が触れるほどの距離。何気ない会話。
二人の関係は、いつの間にか甘さを帯び始めていた。
そのときだった。
「――やっぱり、エマだ」
ロドリゲスの後ろから、静かな声が響いた。
その瞬間、エマの表情が、はっきりと揺れた。
金髪に整った顔立ち。貴族然とした佇まい。
スペイラ帝国伯爵、ディアス=ランス。二十五歳。
――かつて、婚約者で、愛おしかった男。
幼少期に婚約し、将来を誓い合い、当然のように隣にいるはずだった相手。
だが、フランセ王の王命という名の理不尽により、その関係は一方的に断ち切られた。
「……お久しぶりですね、ディアス様」
エマは一瞬だけ言葉を選び、そう口にした。
「ああ……本当に、久しぶりだ」
ディアスは微笑もうとして、結局、昔を思い出して顔を曇らせた。
その沈黙の重さに、ロドリゲスは即座に気づいた。
ただの知人ではない。
――何か深い過去がある二人だと。
「今日は……礼を言いに来た」
ディアスは静かに語り出す。
「君の付与魔法のおかげで、領内の魔物被害は劇的に減った。
……本来なら、もっと早く会いに行くべきだったのだが……会う勇気がでなくて」
一拍、言葉を置いてから、ディアスは悲しそうな声で続ける。
「王命で君との婚約が破棄された後、私は舞踏会でマーガレットに出会い、結婚した。
……しかし、妻は娘を産んだ後、体調を崩して旅立ってしまった」
エマは、言葉を失った。
「残されたのは、二歳の娘だ。
……まだ、母の死を理解できずにいてね。毎晩、泣いている」
それは伯爵としての報告ではなく、ひとりの父としての声音だった。
「……お子さんが、いるのですね」
エマは静かにそう呟いた。
胸の奥が、きり、と痛んだ。
「もし、良かったら」
ディアスはエマをまっすぐ見つめ、低く言った。
「付与魔法のお礼を兼ねて、一度、屋敷に来てほしい。
……もしできたら娘に、君の付与アイテムを直接渡してやってほしいんだ」
工房に、短い沈黙が落ちる。
ロドリゲスは無意識のうちに拳を握りしめていた。
過去の婚約者。
王命で引き裂かれた関係。
そして今もなお、彼女を必要とする男。
面白くない――
その感情を否定できなかった。
だが――ロドリゲスの感情の外で話は進む。
エマは、ゆっくりと頷いた。
「……はい。わかりました」
「感謝する」
その答えに、ディアスは頭を下げた。
そしてロドリゲスは、自分の胸に芽生えた嫉妬が、決して一時のものではないと悟る。
聖女エマの歩む道は、過去と無縁ではいられない。
それを、誰よりも彼自身が理解し始めていた。
エマがスペイラ帝国に着いてから三か月が経とうとしていた。
聖女エマの名は、瞬く間にスペイラ帝国全土へと広がっていった。
それは奇跡の噂としてではなく、確かな成果として語られたからだ。
付与特化型聖女――
新興国のスペイラ帝国では、付与魔術師は少なく、ほとんどが国外で活動をしていた。
また付与魔術は経験豊かな付与術師に高額なお金を支払って行っていた。
それもあってスペイラ帝国ではあまり馴染みがない、魔術だった。
しかし、それを覆したのが、エマの存在だった。
彼女が作る腕輪や指輪、簡素な護符や武器は、信じられないほどの効果があった。
エマの付与魔術で装備した者の力を大幅に底上げし、使用した者たちを驚かせたのだった。
エマが石を選び、丁寧に磨き、静かに想いを込めて形にする――
ただそれだけで強大なアイテムを手に得ることができる。
冒険者たちは最初、半信半疑だった。
だが、装備した者たちからの驚くような評判が広まり、彼女の屋台は大盛況になったのだった。
やがて冒険者ギルドは、この地を治める伯爵家からの依頼もあり、正式にエマを保護対象と定めた。
そして、今では彼女専用の店と工房を整えたのだった。
冒険ギルドは素材を集め、冒険者たちは彼女の装備を身につけ、再び迷宮や魔物討伐へと向かっていく。
結果は、誰の目にも明らかだった。
かつては犠牲を覚悟しなければならなかった魔物の討伐が、簡単に達成できるのだ。
死傷者は激減し、街道の安全度は飛躍的に向上した。
今まで魔物が出て不安定だった交易路も安定し、帝国の経済はさらに発展していった。
――この画期的な出来事は、ひとりの聖女の手から始まったのだ。
◇
エマは新しくできた冒険者ギルドの隣にあるテナントに店を移していた。
外壁が赤レンガでできたモダンな建物。
中に入ると、パワーストーンが壁際に飾られるように配置されている。
透明で神秘的な巨大な水晶が、室内を浄化するように並べられて置かれている。
その中には、ホワイトや透明なセレナイトとムーンストーンなどの浄化作用の高いストーンも見られる。
「……街の賑わいがすごいですわ」
お店の奥に設けられた工房の窓辺に立ち、街を見下ろしながら、エマは小さく呟いた。
人々が笑い、商いをし、子どもたちが駆け回る。
その平和の一端が、自分の作った小さな腕輪や護符に支えられていると思うと、胸の奥が静かに震えた。
「エマ、無理はするな」
背後から、低く落ち着いた声がかかる。
振り返れば、工房とお店の間にあるドア前に立っていたのはロドリゲスだった。
彼はA級冒険者として名を知られ、ベテランの冒険者たちからも一目置かれる存在なのだ。
「わかっています。でも……もっと付与魔法をやりたいんです」
エマはそう言って、柔らかく微笑んだ。
「必要とされている場所で、役に立てるのが、嬉しくて」
ロドリゲスは一瞬、言葉に詰まり、それから少し困ったように笑った。
「……まったく。あんたは本当に、放っておけない」
その声音には、以前よりもずっと近しい温度があった。
肩が触れるほどの距離。何気ない会話。
二人の関係は、いつの間にか甘さを帯び始めていた。
そのときだった。
「――やっぱり、エマだ」
ロドリゲスの後ろから、静かな声が響いた。
その瞬間、エマの表情が、はっきりと揺れた。
金髪に整った顔立ち。貴族然とした佇まい。
スペイラ帝国伯爵、ディアス=ランス。二十五歳。
――かつて、婚約者で、愛おしかった男。
幼少期に婚約し、将来を誓い合い、当然のように隣にいるはずだった相手。
だが、フランセ王の王命という名の理不尽により、その関係は一方的に断ち切られた。
「……お久しぶりですね、ディアス様」
エマは一瞬だけ言葉を選び、そう口にした。
「ああ……本当に、久しぶりだ」
ディアスは微笑もうとして、結局、昔を思い出して顔を曇らせた。
その沈黙の重さに、ロドリゲスは即座に気づいた。
ただの知人ではない。
――何か深い過去がある二人だと。
「今日は……礼を言いに来た」
ディアスは静かに語り出す。
「君の付与魔法のおかげで、領内の魔物被害は劇的に減った。
……本来なら、もっと早く会いに行くべきだったのだが……会う勇気がでなくて」
一拍、言葉を置いてから、ディアスは悲しそうな声で続ける。
「王命で君との婚約が破棄された後、私は舞踏会でマーガレットに出会い、結婚した。
……しかし、妻は娘を産んだ後、体調を崩して旅立ってしまった」
エマは、言葉を失った。
「残されたのは、二歳の娘だ。
……まだ、母の死を理解できずにいてね。毎晩、泣いている」
それは伯爵としての報告ではなく、ひとりの父としての声音だった。
「……お子さんが、いるのですね」
エマは静かにそう呟いた。
胸の奥が、きり、と痛んだ。
「もし、良かったら」
ディアスはエマをまっすぐ見つめ、低く言った。
「付与魔法のお礼を兼ねて、一度、屋敷に来てほしい。
……もしできたら娘に、君の付与アイテムを直接渡してやってほしいんだ」
工房に、短い沈黙が落ちる。
ロドリゲスは無意識のうちに拳を握りしめていた。
過去の婚約者。
王命で引き裂かれた関係。
そして今もなお、彼女を必要とする男。
面白くない――
その感情を否定できなかった。
だが――ロドリゲスの感情の外で話は進む。
エマは、ゆっくりと頷いた。
「……はい。わかりました」
「感謝する」
その答えに、ディアスは頭を下げた。
そしてロドリゲスは、自分の胸に芽生えた嫉妬が、決して一時のものではないと悟る。
聖女エマの歩む道は、過去と無縁ではいられない。
それを、誰よりも彼自身が理解し始めていた。
670
あなたにおすすめの小説
いつまでも甘くないから
朝山みどり
恋愛
エリザベスは王宮で働く文官だ。ある日侯爵位を持つ上司から甥を紹介される。
結婚を前提として紹介であることは明白だった。
しかし、指輪を注文しようと街を歩いている時に友人と出会った。お茶を一緒に誘う友人、自慢しちゃえと思い了承したエリザベス。
この日から彼の様子が変わった。真相に気づいたエリザベスは穏やかに微笑んで二人を祝福する。
目を輝かせて喜んだ二人だったが、エリザベスの次の言葉を聞いた時・・・
二人は正反対の反応をした。
完結 貴族生活を棄てたら王子が追って来てメンドクサイ。
音爽(ネソウ)
恋愛
王子の婚約者になってから様々な嫌がらせを受けるようになった侯爵令嬢。
王子は助けてくれないし、母親と妹まで嫉妬を向ける始末。
貴族社会が嫌になった彼女は家出を決行した。
だが、有能がゆえに王子妃に選ばれた彼女は追われることに……
いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた
奏千歌
恋愛
[ディエム家の双子姉妹]
どうして、こんな事になってしまったのか。
妻から向けられる愛情を、どうして疎ましいと思ってしまっていたのか。
婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話
ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。
リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。
婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。
どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。
死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて……
※正常な人があまりいない話です。
好きにしろ、とおっしゃられたので好きにしました。
豆狸
恋愛
「この恥晒しめ! 俺はお前との婚約を破棄する! 理由はわかるな?」
「第一王子殿下、私と殿下の婚約は破棄出来ませんわ」
「確かに俺達の婚約は政略的なものだ。しかし俺は国王になる男だ。ほかの男と睦み合っているような女を妃には出来ぬ! そちらの有責なのだから侯爵家にも責任を取ってもらうぞ!」
【完結】不倫をしていると勘違いして離婚を要求されたので従いました〜慰謝料をアテにして生活しようとしているようですが、慰謝料請求しますよ〜
よどら文鳥
恋愛
※当作品は全話執筆済み&予約投稿完了しています。
夫婦円満でもない生活が続いていた中、旦那のレントがいきなり離婚しろと告げてきた。
不倫行為が原因だと言ってくるが、私(シャーリー)には覚えもない。
どうやら騎士団長との会話で勘違いをしているようだ。
だが、不倫を理由に多額の金が目当てなようだし、私のことは全く愛してくれていないようなので、離婚はしてもいいと思っていた。
離婚だけして慰謝料はなしという方向に持って行こうかと思ったが、レントは金にうるさく慰謝料を請求しようとしてきている。
当然、慰謝料を払うつもりはない。
あまりにもうるさいので、むしろ、今までの暴言に関して慰謝料請求してしまいますよ?
王妃ですが都からの追放を言い渡されたので、田舎暮らしを楽しみます!
藤野ひま
ファンタジー
わたくし王妃の身でありながら、夫から婚姻破棄と王都から出て行く事を言い渡されました。
初めての田舎暮らしは……楽しいのですが?!
夫や、かの女性は王城でお元気かしら?
わたくしは元気にしておりますので、ご心配御無用です!
〔『仮面の王と風吹く国の姫君』の続編となります。できるだけこちらだけでわかるようにしています。が、気になったら前作にも立ち寄っていただけると嬉しいです〕〔ただ、ネタバレ的要素がありますのでご了承ください〕
【完結】旦那様は、妻の私よりも平民の愛人を大事にしたいようです
よどら文鳥
恋愛
貴族のことを全く理解していない旦那様は、愛人を紹介してきました。
どうやら愛人を第二夫人に招き入れたいそうです。
ですが、この国では一夫多妻制があるとはいえ、それは十分に養っていける環境下にある上、貴族同士でしか認められません。
旦那様は貴族とはいえ現状無職ですし、愛人は平民のようです。
現状を整理すると、旦那様と愛人は不倫行為をしているというわけです。
貴族の人間が不倫行為などすれば、この国での処罰は極刑の可能性もあります。
それすら理解せずに堂々と……。
仕方がありません。
旦那様の気持ちはすでに愛人の方に夢中ですし、その願い叶えられるように私も協力致しましょう。
ただし、平和的に叶えられるかは別です。
政略結婚なので、周りのことも考えると離婚は簡単にできません。ならばこれくらいの抵抗は……させていただきますよ?
ですが、周囲からの協力がありまして、離婚に持っていくこともできそうですね。
折角ですので離婚する前に、愛人と旦那様が私たちの作戦に追い詰められているところもじっくりとこの目で見ておこうかと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる