2 / 179
第2話 カリーナ=アルセリアの追憶
しおりを挟む
──これで、ようやく終わったのだ。
広間に響く鎖の音。その音が、カリーナ=アルセリアの胸を甘く満たしていた。
「国外追放を命じる」
王子シャルルの無慈悲な宣告。エリーゼの膝が崩れ、桃色の髪が広がる光景に、カリーナは目を細めた。
これでようやく、あの「妹」とのすべてに決着がついたのだ。
わたしの腹違いの妹。
母を苦しめるすべての元凶となる妹。
「カリーナ様よりも、妹君のほうが聡明で慈悲深いのでは?」と、かつてある貴族の婦人が言った言葉は、今もカリーナの耳に残っていた。笑顔の裏で、どれほど悔しさを噛み締めてきたことか。
あの子は、何も知らなかった。姉である私が、どれほど努力してきたかを。そして、妹を憎んでいたかを。
貴族社会は甘くない。王家に嫁ぐということが、どれほどの重圧と意味を持つか。それをわかりもしないあの子が、ただ天使のような笑顔とお行儀のよさだけで、周囲の好意を集めていくのが、たまらなく――鬱陶しかった。
(すべて、私が勝ち取ってきたものなのに……)
幼い頃、エリーゼはよく私の後ろを歩いていた。真似をし、学び、慕ってきた。
その姿が、可愛いと思っていた時期もあった。けれど、真実を知った後では、私は妹を許せなく感じていた。それを諭されないようにしてきた。すべてはこの日のために。妹を地獄に叩き落すために。
「姉様は、素晴らしいお方ですの。私も、姉様のようになりたい」
そう言っていた妹の言葉に、いつも笑顔で答えながら、私は復讐劇の準備をコツコツと進めていた。母と父を苦しめる存在に鉄槌を下す時のために。
なぜか? エリーゼには国王と王妃からの暖かなまなざしが向けられいた。決して粗末にするな、大切にしろと命令されていた。
そして、王子殿下との婚約者に収まっていた。なぜ? わたしではなく妹なのか? 同じ侯爵家令嬢ならわたしでも良いのではないか?
だから、先に手を打ったまで。
この世界は、「優しさ」や「正しさ」で支配されるものではない。
必要なのは、権力と結びつきと、勝者の立ち回り。
そして私は、王子殿下の心を掴んだ。王子殿下との逢瀬で、ついにわたしは目的通りに彼の子供を身籠った。国王と王妃が外遊の今だからこそ、わたしは動いた。エリーゼの前に立ち、王家の未来を担う者として、確固たる地位を築いたのだ。
(それが、私。姉として、当然のこと)
名だけの王妃候補の選定が始まったとき、すでに戦いは終わっていた。最初からエリーゼに決まっていたのだ。だけど、どれだけ裏があろうとも、そんなことは関係ない。あの子が「邪魔」だった。ただそれだけの話。
だからこそ、些細な言動を拾い上げ、誇張し、「陰湿ないじめ」に仕立て上げた。
シャルル殿下には、涙ながらに訴えた。
「妹は、私を憎んでいるのです。何もかも、私から奪っていこうとして……私、どうすればいいのでしょう。このお腹の子のことも」
――当然、殿下は私の味方になった。わたしが懐妊し、後には引けなくなったのだ。
まさか、エリーゼが口答えなどできようか。すでに王子の寵愛を受けているこの私に対し、誰が信を置く? 周囲を説得し、父と母をも味方につけていた。この計画に最初、父は反対したが、わたしが殿下の子を身籠ったことを告げると、口を閉ざした。
(そう、エリーゼ。あなたが甘かったのよ)
私たちは、侯爵家の姉妹。けれど、選ばれるのはひとりだけ。愛されるのも、求められるのも。
あなたはただ、夢を見ていた。姉妹で仲良く王宮に仕えられるなどという、甘美な幻想を。
──そして今、夢は終わった。
兵士に縛られ、引きずられていくエリーゼを、カリーナは冷たく見下ろした。
「……さようなら、エリーゼ、わたしの憎き妹」
誰にも聞こえない声で、呟く。
エリーゼが振り返る。あの紅玉のような瞳に、涙が光る。
だが、その視線に、もはや怯えも哀願もなかった。あるのはただ、静かな疑念。
(……まだ、諦めていないのね)
ふと、心にかすかなざわめきがよぎる。
だが、すぐにかき消した。
エリーゼがいなくなれば、すべてが私のもの。王妃の座も、王家の信頼も、未来も。
もう二度と、あの子に奪われることはない。
「これで、いいのよ」
勝利者の笑みを浮かべたまま、カリーナは王子の腕にそっと身を預けた。
玉座の間には、沈黙と冷気が満ちている。
──だが、この静寂は永遠ではない。
いつか来るかもしれない「彼女の逆襲」など、今は考える必要はない。
今はただ、勝者として、この瞬間を味わえばいい。
カリーナの紅い唇が、静かに歪んだ。
それはまるで、運命の火種を自ら焚きつけるような、静かなる微笑だった。
広間に響く鎖の音。その音が、カリーナ=アルセリアの胸を甘く満たしていた。
「国外追放を命じる」
王子シャルルの無慈悲な宣告。エリーゼの膝が崩れ、桃色の髪が広がる光景に、カリーナは目を細めた。
これでようやく、あの「妹」とのすべてに決着がついたのだ。
わたしの腹違いの妹。
母を苦しめるすべての元凶となる妹。
「カリーナ様よりも、妹君のほうが聡明で慈悲深いのでは?」と、かつてある貴族の婦人が言った言葉は、今もカリーナの耳に残っていた。笑顔の裏で、どれほど悔しさを噛み締めてきたことか。
あの子は、何も知らなかった。姉である私が、どれほど努力してきたかを。そして、妹を憎んでいたかを。
貴族社会は甘くない。王家に嫁ぐということが、どれほどの重圧と意味を持つか。それをわかりもしないあの子が、ただ天使のような笑顔とお行儀のよさだけで、周囲の好意を集めていくのが、たまらなく――鬱陶しかった。
(すべて、私が勝ち取ってきたものなのに……)
幼い頃、エリーゼはよく私の後ろを歩いていた。真似をし、学び、慕ってきた。
その姿が、可愛いと思っていた時期もあった。けれど、真実を知った後では、私は妹を許せなく感じていた。それを諭されないようにしてきた。すべてはこの日のために。妹を地獄に叩き落すために。
「姉様は、素晴らしいお方ですの。私も、姉様のようになりたい」
そう言っていた妹の言葉に、いつも笑顔で答えながら、私は復讐劇の準備をコツコツと進めていた。母と父を苦しめる存在に鉄槌を下す時のために。
なぜか? エリーゼには国王と王妃からの暖かなまなざしが向けられいた。決して粗末にするな、大切にしろと命令されていた。
そして、王子殿下との婚約者に収まっていた。なぜ? わたしではなく妹なのか? 同じ侯爵家令嬢ならわたしでも良いのではないか?
だから、先に手を打ったまで。
この世界は、「優しさ」や「正しさ」で支配されるものではない。
必要なのは、権力と結びつきと、勝者の立ち回り。
そして私は、王子殿下の心を掴んだ。王子殿下との逢瀬で、ついにわたしは目的通りに彼の子供を身籠った。国王と王妃が外遊の今だからこそ、わたしは動いた。エリーゼの前に立ち、王家の未来を担う者として、確固たる地位を築いたのだ。
(それが、私。姉として、当然のこと)
名だけの王妃候補の選定が始まったとき、すでに戦いは終わっていた。最初からエリーゼに決まっていたのだ。だけど、どれだけ裏があろうとも、そんなことは関係ない。あの子が「邪魔」だった。ただそれだけの話。
だからこそ、些細な言動を拾い上げ、誇張し、「陰湿ないじめ」に仕立て上げた。
シャルル殿下には、涙ながらに訴えた。
「妹は、私を憎んでいるのです。何もかも、私から奪っていこうとして……私、どうすればいいのでしょう。このお腹の子のことも」
――当然、殿下は私の味方になった。わたしが懐妊し、後には引けなくなったのだ。
まさか、エリーゼが口答えなどできようか。すでに王子の寵愛を受けているこの私に対し、誰が信を置く? 周囲を説得し、父と母をも味方につけていた。この計画に最初、父は反対したが、わたしが殿下の子を身籠ったことを告げると、口を閉ざした。
(そう、エリーゼ。あなたが甘かったのよ)
私たちは、侯爵家の姉妹。けれど、選ばれるのはひとりだけ。愛されるのも、求められるのも。
あなたはただ、夢を見ていた。姉妹で仲良く王宮に仕えられるなどという、甘美な幻想を。
──そして今、夢は終わった。
兵士に縛られ、引きずられていくエリーゼを、カリーナは冷たく見下ろした。
「……さようなら、エリーゼ、わたしの憎き妹」
誰にも聞こえない声で、呟く。
エリーゼが振り返る。あの紅玉のような瞳に、涙が光る。
だが、その視線に、もはや怯えも哀願もなかった。あるのはただ、静かな疑念。
(……まだ、諦めていないのね)
ふと、心にかすかなざわめきがよぎる。
だが、すぐにかき消した。
エリーゼがいなくなれば、すべてが私のもの。王妃の座も、王家の信頼も、未来も。
もう二度と、あの子に奪われることはない。
「これで、いいのよ」
勝利者の笑みを浮かべたまま、カリーナは王子の腕にそっと身を預けた。
玉座の間には、沈黙と冷気が満ちている。
──だが、この静寂は永遠ではない。
いつか来るかもしれない「彼女の逆襲」など、今は考える必要はない。
今はただ、勝者として、この瞬間を味わえばいい。
カリーナの紅い唇が、静かに歪んだ。
それはまるで、運命の火種を自ら焚きつけるような、静かなる微笑だった。
87
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
妹が聖女に選ばれました。姉が闇魔法使いだと周囲に知られない方が良いと思って家を出たのに、何故か王子様が追いかけて来ます。
向原 行人
ファンタジー
私、アルマには二つ下の可愛い妹がいます。
幼い頃から要領の良い妹は聖女に選ばれ、王子様と婚約したので……私は遠く離れた地で、大好きな魔法の研究に専念したいと思います。
最近は異空間へ自由に物を出し入れしたり、部分的に時間を戻したり出来るようになったんです!
勿論、この魔法の効果は街の皆さんにも活用を……いえ、無限に収納出来るので、安い時に小麦を買っていただけで、先見の明とかはありませんし、怪我をされた箇所の時間を戻しただけなので、治癒魔法とは違います。
だから私は聖女ではなくて、妹が……って、どうして王子様がこの地に来ているんですかっ!?
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします
未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢
十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう
好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ
傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する
今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった
婚約破棄で追放されて、幸せな日々を過ごす。……え? 私が世界に一人しか居ない水の聖女? あ、今更泣きつかれても、知りませんけど?
向原 行人
ファンタジー
第三王子が趣味で行っている冒険のパーティに所属するマッパー兼食事係の私、アニエスは突然パーティを追放されてしまった。
というのも、新しい食事係の少女をスカウトしたそうで、水魔法しか使えない私とは違い、複数の魔法が使えるのだとか。
私も、好きでもない王子から勝手に婚約者呼ばわりされていたし、追放されたのはありがたいかも。
だけど私が唯一使える水魔法が、実は「飲むと数時間の間、能力を倍増する」効果が得られる神水だったらしく、その効果を失った王子のパーティは、一気に転落していく。
戻ってきて欲しいって言われても、既にモフモフ妖狐や、新しい仲間たちと幸せな日々を過ごしてますから。
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる