婚約者を姉に奪われ、婚約破棄されたエリーゼは、王子殿下に国外追放されて捨てられた先は、なんと魔獣がいる森。そこから大逆転するしかない?怒りの

山田 バルス

文字の大きさ
5 / 179

第5話 アルセリア侯爵から見た追放劇

しおりを挟む
 アルセリア侯爵視点 ――「父が選んだ沈黙」

 あの日、王宮の広間は、やけに静かだった。

 赤絨毯に覆われた白亜の大理石の床。燭台しょくだいの灯りが壁を照らし、まるで舞台装置のように整えられた玉座の間。私は、その空間の中で、ひとり沈黙を守っていた。

 玉座の前にひざまずく少女──エリーゼ。私の娘だ。……いや、違う。私にとって、何より大切な、罪滅ぼしの証そのものだった。

 あの子は、私が犯した罪の結晶だ。

 隣国・フリューゲルの王女との政略の果てに生まれた命。あれは王命だった。王女を我が国に繋ぎ止めるため、形だけでも「愛」を演じねばならなかった。そう言い聞かせていた。だが、気づけば私は、本当に王女を愛していた。

 そしてエリーゼが生まれた。私の過ちであり、贖罪しょくざいであり、誇りでもあった。──だが、その代償に、私は王女を失った。

 正式な婚姻関係を結ばぬまま亡くなった王女。その死に不審を抱いたことはある。医師は「産後の体調悪化」と診断したが、あれほど元気だった王女が、わずか数週間で命を落とすなど、今にして思えば不自然だった。

 けれど、真実を暴こうとは思わなかった。いや、思えなかった。既に私は侯爵位を授かり、王からも爵位と領地の恩賞を与えられていた。全てを壊すには、あまりに多くを背負いすぎていたのだ。

 その代わり、私はエリーゼにすべてを注いだ。

 カリーナにも、もちろん愛情は注いだ。だが、エリーゼに向ける感情は、父としてのそれだけではなかった。罪悪感と、後悔と、王女への誓い。そのすべてを背負わせてしまった。

 妻は黙って受け入れた。表面上は。だが彼女の視線は冷たく、娘に向けられる微笑みは、作り物のように歪んでいた。

 ──それでも、私は見て見ぬふりをした。

 エリーゼは、よく笑う子だった。気丈で、努力家で、誰よりも優しく。母から冷遇されても、姉から疎まれても、決して恨むことなく、まっすぐに成長してくれた。

 だからこそ、この日が来たとき──私は、何も言えなかった。

「エリーゼ=アルセリア。貴様との婚約は、ここに破棄する」

 王子の言葉が広間に響いた瞬間、エリーゼの肩が震えたのを見た。だが、私は立ち上がらなかった。目を逸らした。妻が、カリーナが、王子が、私に向ける無言の圧力の中で、私は立ち上がることができなかった。

「貴様が、カリーナ嬢をいじめたからだ」

 くだらぬ理由だった。事実無根であることはわかっていた。エリーゼがそんなことをするはずがない。だが、すでに状況は動いていた。王子はカリーナを選び、腹には王子の子が宿っているという。ここで異を唱えれば、私の地位も、家も、娘もすべてが終わる。

 いや、それは言い訳だ。ただ、私は──怖かったのだ。

 かつて、王の命に逆らえなかった自分と同じように、今度は王子に逆らうことができなかった。

 私は父親である前に、侯爵だった。家の長として、家名と領地を守る責務を選んだ。

「私は、姉様にも王家にも……そんなこと……していません……!」

 涙ながらに訴える声が、胸を刺した。立ち上がりたかった。否定したかった。だが──できなかった。

「国外追放を命じる」

 その言葉とともに、私の娘は「罪人」として縛られ、連れて行かれた。泣き叫ぶでもなく、罵るののしでもなく、ただ静かに、誇り高く。
 
──まるで、本当の王女のように。

 扉が閉じる。その音が、やけに遠くに響いた。

 静まり返った広間。誰も何も言わなかった。カリーナは勝ち誇ったように王子に寄り添い、妻は満足げな表情を浮かべていた。

 そして私は、ただそこに座っていた。

 あの日、私はエリーゼの父であることをやめたのだ。

 夜。屋敷に戻った私は、ひとり書斎にこもった。

 エリーゼの幼い頃の絵が机の隅に置かれていた。私に向かって笑う、小さな少女。今でも覚えている。初めて「父上」と呼ばれた日のことを。

 その声が、もう聞けない。

 私は、父として、最も大切なものを守れなかった。

 侯爵家は守った。地位も、名誉も、跡継ぎも。

 ──だが、魂はとうに失っていたのだ。

 あれから何度も夢を見る。

 誇り高く王宮を去っていくエリーゼの背中。誰よりも美しく、誰よりも遠い。

 私は一生、あの子に顔向けできぬまま、墓に入るのだろう。

 けれど──願わくば。

 いつか、あの子がもう一度、笑える日が来ることを。

 そしてそのとき、どうか私のことなど、完全に忘れていてくれ。

 ……それが、私にできる唯一の「償いつぐない」なのだから。




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

妹が聖女に選ばれました。姉が闇魔法使いだと周囲に知られない方が良いと思って家を出たのに、何故か王子様が追いかけて来ます。

向原 行人
ファンタジー
私、アルマには二つ下の可愛い妹がいます。 幼い頃から要領の良い妹は聖女に選ばれ、王子様と婚約したので……私は遠く離れた地で、大好きな魔法の研究に専念したいと思います。 最近は異空間へ自由に物を出し入れしたり、部分的に時間を戻したり出来るようになったんです! 勿論、この魔法の効果は街の皆さんにも活用を……いえ、無限に収納出来るので、安い時に小麦を買っていただけで、先見の明とかはありませんし、怪我をされた箇所の時間を戻しただけなので、治癒魔法とは違います。 だから私は聖女ではなくて、妹が……って、どうして王子様がこの地に来ているんですかっ!? ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢 十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう 好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ 傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する 今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった

婚約破棄で追放されて、幸せな日々を過ごす。……え? 私が世界に一人しか居ない水の聖女? あ、今更泣きつかれても、知りませんけど?

向原 行人
ファンタジー
第三王子が趣味で行っている冒険のパーティに所属するマッパー兼食事係の私、アニエスは突然パーティを追放されてしまった。 というのも、新しい食事係の少女をスカウトしたそうで、水魔法しか使えない私とは違い、複数の魔法が使えるのだとか。 私も、好きでもない王子から勝手に婚約者呼ばわりされていたし、追放されたのはありがたいかも。 だけど私が唯一使える水魔法が、実は「飲むと数時間の間、能力を倍増する」効果が得られる神水だったらしく、その効果を失った王子のパーティは、一気に転落していく。 戻ってきて欲しいって言われても、既にモフモフ妖狐や、新しい仲間たちと幸せな日々を過ごしてますから。 ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

処理中です...