8 / 179
第8話 エリーゼ、悲しみと苦痛、3日間の地獄
しおりを挟む
エリーゼ流刑──絶望の三日間
命じられるまま、エリーゼは連行された。
両手を無慈悲に兵士たちに縛られ、まるで重罪人のように。
細い手首には、皮紐が食い込んだ。痛みが走る。けれど、声を上げることも許されなかった。
周囲には冷たい視線ばかり。
かつて彼女に笑いかけていた廷臣たちも、侍女たちも、今は遠巻きに嘲るばかりだった。
──なぜ。
心が軋む。
何も、していない。
ただ、必死に生きていただけだった。
王子に恥をかかせたこともなければ、陰謀を企てたことなどなおさらない。
それなのに。
なぜ、誰も信じてくれないの。
無情な現実に、エリーゼは押し潰されそうだった。
輿に押し込まれる。
重く鉄の打たれた扉が、がしゃりと閉まった。
暗闇。
狭苦しい空気。
絶望だけが、胸を満たしていった。
──それから、地獄のような三日間が始まった。
***
馬車は、休むことなく北へ向かった。
王都を出た瞬間から、扱いはさらに酷くなった。
兵士たちは誰一人、エリーゼに敬意を払わなかった。
彼女を"流刑囚"、"国家の裏切り者"としか見ていなかった。
ガタガタと揺れる車輪。
荒れた田舎道。
冷たい雨が容赦なく降り注ぎ、馬車の隙間から水滴が垂れた。
「ほら、起きろ。飯だ」
投げつけられるのは、乾ききった黒パン。
手で受け取ろうとすると、縄に縛られた腕ではうまく掴めず、パンは泥の中に落ちた。
兵士たちは嘲笑った。
「貴族様にしては、ずいぶんと無様だな」
その嘲りが、胸に突き刺さる。
泣きたかった。
助けを求めたかった。
でも──誰に?
父も、母も、王子さえも。誰一人、手を伸ばしてはくれなかった。
夜は最悪だった。
輿から引きずり出され、雨に濡れた大地の上に放り出される。
冷たい土。冷えきった空気。
粗末な毛布一枚すら与えられなかった。
星のない夜空を見上げながら、エリーゼは凍える体を抱きしめた。
唇が震える。
それでも、誰も見向きはしなかった。
──私は……本当に、必要なかったんだ。
世界から見捨てられたような孤独。
心がじくじくと、痛んだ。
***
二日目。
足元に絡みつく泥と、ひび割れた唇。
まともに食事も与えられず、体は弱りきっていた。
それでも、馬車は容赦なく進み続ける。
「なぁ、あの女……捨てる場所、決まってんのか?」
兵士たちの話し声が耳に入る。
「北の辺境の森だとよ。魔物の巣だ」
「へえ、そりゃ死ぬな」
無邪気に笑い合う声。
エリーゼの背筋に、冷たいものが走った。
──捨てられる。
人里からも遠く離れた、誰も助けに来ない場所へ。
死ねということだ。
明確な、"死刑宣告"だった。
体の震えは、寒さのせいだけではない。
心の芯から、恐怖がにじみ出していた。
***
三日目。
朝焼けが、遠く地平線を染める。
凍えるような朝だった。
エリーゼは、朦朧とする意識の中で、かすかに馬の嘶きを聞いた。
ぼろぼろのドレスは泥だらけ。髪も乱れ、かつての面影はどこにもなかった。
馬車が止まる。
「降りろ」
乱暴な手に引きずられる。
目の前に広がるのは、荒れ果てた草原だった。
風が鳴り、腐臭混じりの空気が漂う。
遠くには、黒々とした森が見える。
木々はまるで、獲物を待ち受ける魔物のように口を開けていた。
ここが──私の、墓場。
膝が震える。
それでも、兵士たちは容赦しなかった。
「さあ、行け。二度と戻ってくるなよ」
背中を押され、地面に転がる。
縛られた手首に、鋭い痛み。
唇を噛み、声を殺して立ち上がる。
振り返った。
けれど、兵士たちはすでに背を向け、馬車へと戻っていた。
──誰も、助けない。
自分の名前すら、ここには残らない。
ポツリと、空に小雨が落ちた。
冷たさに、ふと目を閉じる。
このまま、森に飲まれて、誰にも知られず、朽ちていくのか。
それが、自分の"最期"なのか。
そんな恐怖が、心を締めつける。
──でも。
エリーゼは、奥歯を噛みしめた。
倒れるわけにはいかなかった。
ここで諦めたら、すべてが無意味になる。
涙で滲む視界の中、エリーゼは、一歩を踏み出した。
森の闇へと向かって。
ぼろぼろになったドレスを引きずりながら、彼女は進んだ。
死を待つためではない。
生き延びるために。
──たとえ、世界がすべて敵でも。
たとえ、誰にも愛されなくても。
自分だけは、自分を見捨てない。
エリーゼは、震える体に鞭打って歩き続けた。
小さな、小さな、命の火を守るために。
命じられるまま、エリーゼは連行された。
両手を無慈悲に兵士たちに縛られ、まるで重罪人のように。
細い手首には、皮紐が食い込んだ。痛みが走る。けれど、声を上げることも許されなかった。
周囲には冷たい視線ばかり。
かつて彼女に笑いかけていた廷臣たちも、侍女たちも、今は遠巻きに嘲るばかりだった。
──なぜ。
心が軋む。
何も、していない。
ただ、必死に生きていただけだった。
王子に恥をかかせたこともなければ、陰謀を企てたことなどなおさらない。
それなのに。
なぜ、誰も信じてくれないの。
無情な現実に、エリーゼは押し潰されそうだった。
輿に押し込まれる。
重く鉄の打たれた扉が、がしゃりと閉まった。
暗闇。
狭苦しい空気。
絶望だけが、胸を満たしていった。
──それから、地獄のような三日間が始まった。
***
馬車は、休むことなく北へ向かった。
王都を出た瞬間から、扱いはさらに酷くなった。
兵士たちは誰一人、エリーゼに敬意を払わなかった。
彼女を"流刑囚"、"国家の裏切り者"としか見ていなかった。
ガタガタと揺れる車輪。
荒れた田舎道。
冷たい雨が容赦なく降り注ぎ、馬車の隙間から水滴が垂れた。
「ほら、起きろ。飯だ」
投げつけられるのは、乾ききった黒パン。
手で受け取ろうとすると、縄に縛られた腕ではうまく掴めず、パンは泥の中に落ちた。
兵士たちは嘲笑った。
「貴族様にしては、ずいぶんと無様だな」
その嘲りが、胸に突き刺さる。
泣きたかった。
助けを求めたかった。
でも──誰に?
父も、母も、王子さえも。誰一人、手を伸ばしてはくれなかった。
夜は最悪だった。
輿から引きずり出され、雨に濡れた大地の上に放り出される。
冷たい土。冷えきった空気。
粗末な毛布一枚すら与えられなかった。
星のない夜空を見上げながら、エリーゼは凍える体を抱きしめた。
唇が震える。
それでも、誰も見向きはしなかった。
──私は……本当に、必要なかったんだ。
世界から見捨てられたような孤独。
心がじくじくと、痛んだ。
***
二日目。
足元に絡みつく泥と、ひび割れた唇。
まともに食事も与えられず、体は弱りきっていた。
それでも、馬車は容赦なく進み続ける。
「なぁ、あの女……捨てる場所、決まってんのか?」
兵士たちの話し声が耳に入る。
「北の辺境の森だとよ。魔物の巣だ」
「へえ、そりゃ死ぬな」
無邪気に笑い合う声。
エリーゼの背筋に、冷たいものが走った。
──捨てられる。
人里からも遠く離れた、誰も助けに来ない場所へ。
死ねということだ。
明確な、"死刑宣告"だった。
体の震えは、寒さのせいだけではない。
心の芯から、恐怖がにじみ出していた。
***
三日目。
朝焼けが、遠く地平線を染める。
凍えるような朝だった。
エリーゼは、朦朧とする意識の中で、かすかに馬の嘶きを聞いた。
ぼろぼろのドレスは泥だらけ。髪も乱れ、かつての面影はどこにもなかった。
馬車が止まる。
「降りろ」
乱暴な手に引きずられる。
目の前に広がるのは、荒れ果てた草原だった。
風が鳴り、腐臭混じりの空気が漂う。
遠くには、黒々とした森が見える。
木々はまるで、獲物を待ち受ける魔物のように口を開けていた。
ここが──私の、墓場。
膝が震える。
それでも、兵士たちは容赦しなかった。
「さあ、行け。二度と戻ってくるなよ」
背中を押され、地面に転がる。
縛られた手首に、鋭い痛み。
唇を噛み、声を殺して立ち上がる。
振り返った。
けれど、兵士たちはすでに背を向け、馬車へと戻っていた。
──誰も、助けない。
自分の名前すら、ここには残らない。
ポツリと、空に小雨が落ちた。
冷たさに、ふと目を閉じる。
このまま、森に飲まれて、誰にも知られず、朽ちていくのか。
それが、自分の"最期"なのか。
そんな恐怖が、心を締めつける。
──でも。
エリーゼは、奥歯を噛みしめた。
倒れるわけにはいかなかった。
ここで諦めたら、すべてが無意味になる。
涙で滲む視界の中、エリーゼは、一歩を踏み出した。
森の闇へと向かって。
ぼろぼろになったドレスを引きずりながら、彼女は進んだ。
死を待つためではない。
生き延びるために。
──たとえ、世界がすべて敵でも。
たとえ、誰にも愛されなくても。
自分だけは、自分を見捨てない。
エリーゼは、震える体に鞭打って歩き続けた。
小さな、小さな、命の火を守るために。
93
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
妹が聖女に選ばれました。姉が闇魔法使いだと周囲に知られない方が良いと思って家を出たのに、何故か王子様が追いかけて来ます。
向原 行人
ファンタジー
私、アルマには二つ下の可愛い妹がいます。
幼い頃から要領の良い妹は聖女に選ばれ、王子様と婚約したので……私は遠く離れた地で、大好きな魔法の研究に専念したいと思います。
最近は異空間へ自由に物を出し入れしたり、部分的に時間を戻したり出来るようになったんです!
勿論、この魔法の効果は街の皆さんにも活用を……いえ、無限に収納出来るので、安い時に小麦を買っていただけで、先見の明とかはありませんし、怪我をされた箇所の時間を戻しただけなので、治癒魔法とは違います。
だから私は聖女ではなくて、妹が……って、どうして王子様がこの地に来ているんですかっ!?
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします
未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢
十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう
好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ
傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する
今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった
婚約破棄で追放されて、幸せな日々を過ごす。……え? 私が世界に一人しか居ない水の聖女? あ、今更泣きつかれても、知りませんけど?
向原 行人
ファンタジー
第三王子が趣味で行っている冒険のパーティに所属するマッパー兼食事係の私、アニエスは突然パーティを追放されてしまった。
というのも、新しい食事係の少女をスカウトしたそうで、水魔法しか使えない私とは違い、複数の魔法が使えるのだとか。
私も、好きでもない王子から勝手に婚約者呼ばわりされていたし、追放されたのはありがたいかも。
だけど私が唯一使える水魔法が、実は「飲むと数時間の間、能力を倍増する」効果が得られる神水だったらしく、その効果を失った王子のパーティは、一気に転落していく。
戻ってきて欲しいって言われても、既にモフモフ妖狐や、新しい仲間たちと幸せな日々を過ごしてますから。
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる