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第14話 アリスター・テオドリック婚約破棄される。
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アリスター・テオドリック婚約破棄劇
玉座の間には、どこか冷えた空気が漂っていた。
広大な赤絨毯が敷かれたその中央に、アリスター・テオドリックは一人、晒し者のように立たされていた。
幾重にも重なる石造りの壁、高い天井からは燭台が垂れ下がり、黄金に輝く光を放っている。
だが、その光は今のアリスターには、ただ無慈悲な監視の目にしか思えなかった。
玉座に腰掛ける王、グレィ・テオドリックが重々しく口を開いた。
「アリスター・テオドリック」
その声は低く、抑えきれない嫌悪感を滲ませていた。
「貴様には、婚約者アイラ・ド・ランヴェール嬢への、著しい不誠実があったと認める」
その宣言に、玉座の間はざわめいた。
重臣たち、貴族たちがひそひそと耳打ちを交わし、あからさまにアリスターを侮蔑する視線を向けてきた。
アリスターは眉をひそめ、首を振る。
「……不誠実? 馬鹿な」
こんな告発、荒唐無稽だ。
自分は婚約者を冷遇した覚えも、恥をかかせた覚えもない。
だが、すぐにそれをかき消すように、王の隣に控えていた第二王子――ユリウス・テオドリックが、一歩前に出た。
その顔には、あからさまな勝ち誇りの笑み。
「兄上。あなたは、アイラを顧みず、下賤な女たちと戯れ、婚約者を冷遇した。それは王家にとって、まさしく恥辱そのものだ」
ユリウスの声は、あくまで冷ややかで、容赦がなかった。
「なっ……! そんな事実はない!」
アリスターは声を荒げた。
だが、彼の叫びは、あまりにも虚しく玉座の間に響くばかりだった。
「証拠なら、いくらでもありますわ」
しなやかな足取りで、アイラ・ド・ランヴェールが進み出る。
その顔には、作り物の涙が浮かび、まるでこの世の悲劇を一身に背負ったかのような演技だった。
「アリスター様……わたくし、ずっと耐えてまいりました。ですが、もう、限界なのです……!」
「アイラ……?」
アリスターは思わず声を漏らす。
信じた相手に、裏切られたような痛みが胸を刺した。
「あなた様は、わたくしに暴力を振るい、侮辱し、愛の言葉ひとつかけてくださいませんでした……!」
アイラは絞り出すように言った。
その声音は悲痛に満ちていたが、目元には薄ら笑いが張り付いていた。
「――嘘だ!!」
アリスターは叫んだ。
それは必死の否定だった。
心からの、魂の底からの叫びだった。
「ボクは、そんなこと一度たりともしていない!」
だが、その言葉に応じたのは、冷笑だった。
「嘘つきはそちらだ、兄上」
ユリウスが、心底軽蔑するような目でアリスターを見下ろした。
「この場には、アイラだけではない。重臣たち、侍女たち、多くの者たちが、あなたの非道を目撃している」
アリスターが顔を上げると、周囲の者たちは一斉に目を逸らした。
かつて彼に忠誠を誓ったはずの貴族たちも、使用人たちも、まるで腫れ物を見るような目で彼を避けていた。
(……まさか、買収されたのか)
アリスターは奥歯を噛み締めた。
これがユリウスの仕組んだ罠だと気づいたときには、すでにすべてが遅かった。
「アリスター・テオドリック」
王が再び呼びかけた。
「この場をもって、アイラ嬢との婚約を破棄する」
静まり返る空間に、その声だけが鋭く突き刺さる。
「そんな……」
アリスターは絶句した。
婚約破棄。それは、単なる一私人の破局ではない。
王家の長子たる自分にとって、それは即ち、政治的な死刑宣告と同義だった。
だが、王はさらに容赦なく告げる。
「そして!」
玉座に響く、憎悪すらにじむ声。
「王位継承権を剥奪し、国外追放とする!」
その宣告に、玉座の間はざわめきに包まれた。
多くの者たちが笑みを隠しきれずにいた。
王太子失脚の瞬間を見届けられることに、悦びすら覚えているのだ。
「っ……!」
アリスターは拳を震わせた。
屈辱と怒りで、今にも膝をつきそうだった。
「なぜだ……ボクは王家の長子だぞ……なぜ、こんな茶番で……!」
叫びは誰にも届かない。
ユリウスが、ゆっくりと近づいてきた。
「すべては、兄上の自業自得です」
唇の端に、あからさまな嘲笑を浮かべながら。
「兄上がいなくなれば、この王国は清らかになりますよ。……どうぞ、安心してお去りください」
続けざまに、アイラも涼しげな微笑みで言い放った。
「そうですわ、アリスター様。あなた様のような穢れは、王国には不要。どうぞ、どこか遠い異国で……無様に朽ち果ててくださいませ」
悪意に満ちた言葉の刃が、アリスターの胸を突き刺す。
彼の中で何かが、静かに音を立てて壊れていった。
だが、それでもアリスターは、頭を垂れることはなかった。
この場で泣き喚き、膝をつくことだけは、絶対に許せなかった。
「……いいだろう」
アリスターは、低く、静かな声で言った。
「くだらない国だ。……そんなものに、しがみつくつもりはない」
くるりと踵を返す。
誰も止めない。
誰も声をかけない。
その背中に、嘲りの笑い声だけが浴びせられる。
(必ずだ……)
心の中で、燃えさかる炎を押し殺しながら。
(必ず後悔させてやる)
胸に宿った怒りの火は、まだ小さい。
だがそれは、やがて全てを焼き尽くすだろう。
この地を去った王子が、いずれ歴史を揺るがす存在となることを、
このとき、誰一人として予想していなかった――。
玉座の間には、どこか冷えた空気が漂っていた。
広大な赤絨毯が敷かれたその中央に、アリスター・テオドリックは一人、晒し者のように立たされていた。
幾重にも重なる石造りの壁、高い天井からは燭台が垂れ下がり、黄金に輝く光を放っている。
だが、その光は今のアリスターには、ただ無慈悲な監視の目にしか思えなかった。
玉座に腰掛ける王、グレィ・テオドリックが重々しく口を開いた。
「アリスター・テオドリック」
その声は低く、抑えきれない嫌悪感を滲ませていた。
「貴様には、婚約者アイラ・ド・ランヴェール嬢への、著しい不誠実があったと認める」
その宣言に、玉座の間はざわめいた。
重臣たち、貴族たちがひそひそと耳打ちを交わし、あからさまにアリスターを侮蔑する視線を向けてきた。
アリスターは眉をひそめ、首を振る。
「……不誠実? 馬鹿な」
こんな告発、荒唐無稽だ。
自分は婚約者を冷遇した覚えも、恥をかかせた覚えもない。
だが、すぐにそれをかき消すように、王の隣に控えていた第二王子――ユリウス・テオドリックが、一歩前に出た。
その顔には、あからさまな勝ち誇りの笑み。
「兄上。あなたは、アイラを顧みず、下賤な女たちと戯れ、婚約者を冷遇した。それは王家にとって、まさしく恥辱そのものだ」
ユリウスの声は、あくまで冷ややかで、容赦がなかった。
「なっ……! そんな事実はない!」
アリスターは声を荒げた。
だが、彼の叫びは、あまりにも虚しく玉座の間に響くばかりだった。
「証拠なら、いくらでもありますわ」
しなやかな足取りで、アイラ・ド・ランヴェールが進み出る。
その顔には、作り物の涙が浮かび、まるでこの世の悲劇を一身に背負ったかのような演技だった。
「アリスター様……わたくし、ずっと耐えてまいりました。ですが、もう、限界なのです……!」
「アイラ……?」
アリスターは思わず声を漏らす。
信じた相手に、裏切られたような痛みが胸を刺した。
「あなた様は、わたくしに暴力を振るい、侮辱し、愛の言葉ひとつかけてくださいませんでした……!」
アイラは絞り出すように言った。
その声音は悲痛に満ちていたが、目元には薄ら笑いが張り付いていた。
「――嘘だ!!」
アリスターは叫んだ。
それは必死の否定だった。
心からの、魂の底からの叫びだった。
「ボクは、そんなこと一度たりともしていない!」
だが、その言葉に応じたのは、冷笑だった。
「嘘つきはそちらだ、兄上」
ユリウスが、心底軽蔑するような目でアリスターを見下ろした。
「この場には、アイラだけではない。重臣たち、侍女たち、多くの者たちが、あなたの非道を目撃している」
アリスターが顔を上げると、周囲の者たちは一斉に目を逸らした。
かつて彼に忠誠を誓ったはずの貴族たちも、使用人たちも、まるで腫れ物を見るような目で彼を避けていた。
(……まさか、買収されたのか)
アリスターは奥歯を噛み締めた。
これがユリウスの仕組んだ罠だと気づいたときには、すでにすべてが遅かった。
「アリスター・テオドリック」
王が再び呼びかけた。
「この場をもって、アイラ嬢との婚約を破棄する」
静まり返る空間に、その声だけが鋭く突き刺さる。
「そんな……」
アリスターは絶句した。
婚約破棄。それは、単なる一私人の破局ではない。
王家の長子たる自分にとって、それは即ち、政治的な死刑宣告と同義だった。
だが、王はさらに容赦なく告げる。
「そして!」
玉座に響く、憎悪すらにじむ声。
「王位継承権を剥奪し、国外追放とする!」
その宣告に、玉座の間はざわめきに包まれた。
多くの者たちが笑みを隠しきれずにいた。
王太子失脚の瞬間を見届けられることに、悦びすら覚えているのだ。
「っ……!」
アリスターは拳を震わせた。
屈辱と怒りで、今にも膝をつきそうだった。
「なぜだ……ボクは王家の長子だぞ……なぜ、こんな茶番で……!」
叫びは誰にも届かない。
ユリウスが、ゆっくりと近づいてきた。
「すべては、兄上の自業自得です」
唇の端に、あからさまな嘲笑を浮かべながら。
「兄上がいなくなれば、この王国は清らかになりますよ。……どうぞ、安心してお去りください」
続けざまに、アイラも涼しげな微笑みで言い放った。
「そうですわ、アリスター様。あなた様のような穢れは、王国には不要。どうぞ、どこか遠い異国で……無様に朽ち果ててくださいませ」
悪意に満ちた言葉の刃が、アリスターの胸を突き刺す。
彼の中で何かが、静かに音を立てて壊れていった。
だが、それでもアリスターは、頭を垂れることはなかった。
この場で泣き喚き、膝をつくことだけは、絶対に許せなかった。
「……いいだろう」
アリスターは、低く、静かな声で言った。
「くだらない国だ。……そんなものに、しがみつくつもりはない」
くるりと踵を返す。
誰も止めない。
誰も声をかけない。
その背中に、嘲りの笑い声だけが浴びせられる。
(必ずだ……)
心の中で、燃えさかる炎を押し殺しながら。
(必ず後悔させてやる)
胸に宿った怒りの火は、まだ小さい。
だがそれは、やがて全てを焼き尽くすだろう。
この地を去った王子が、いずれ歴史を揺るがす存在となることを、
このとき、誰一人として予想していなかった――。
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