婚約者を姉に奪われ、婚約破棄されたエリーゼは、王子殿下に国外追放されて捨てられた先は、なんと魔獣がいる森。そこから大逆転するしかない?怒りの

山田 バルス

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第48話 スプレーマム、宿でまったりする

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宿屋“陽だまり亭”の夜は、静けさと暖かな灯火に包まれていた。

 岩宿ダンジョンからギルドへの報告を終えたスプレーマムの4人は、ようやく落ち着ける場所を見つけていた。旅の埃を落とすように、大浴場の湯煙が彼らを包み込み、凝り固まった身体をほぐしていく。

「……はあ、極楽でござる……」
 ダリル=ベルトレインが脱力した声を漏らした。湯船の隅にちょこんと座り、眼鏡を曇らせながら、心底癒された様子で肩まで湯に浸かっている。

 青い髪と銀縁眼鏡が特徴の神官。聖女クラリスが魔族であると告発したことで、マケドニア聖教国から冤罪で追放された過去を持つ。マイナス思考ではあるが、芯の優しさは本物だ。

「女湯は楽しそうでいいな。こっちはダリルと二人きりだぜ?」
 マスキュラ―が苦笑交じりに湯を撫で、肩を回した。黒髪で筋肉質、自称“オレ”の豪快な剣士である。C級パーティーから追放された過去を持つが、今はスプレーマムの前衛として誰よりも頼られている。

「え、えっと……でも拙者は、マスキュラ―殿とこうして話せるだけでも十分……光栄……」
「褒めてんのかそれ……?」

 一方その頃、女湯ではエリーゼ=アルセリアが湯船の縁に腰かけ、桃色の髪をタオルでまとめてくつろいでいた。

 その右腕は金龍の精霊により金色に輝き、左足は銀狼フェンリルの加護を受けて銀に光る。元はレインハルト王国の令嬢。剣聖として名を馳せながら、冤罪によって国外追放された。だがその背には、前世で剣道三段の女子高生だった記憶も宿している。交通事故で命を落としたことは、仲間にはまだ秘密だ。

「ふふ、こうして温かいお湯に浸かれるだけでも、生きててよかったって思えるわよね」
 湯けむりの中、エリーゼは独りごちるように微笑んだ。

 アリスターはその頃、別室で湯を楽しんでいた。

 金髪と紫の瞳、テオドリック王国の元王子で、自称“ボク”のナルシストな男性魔法使い。婚約破棄と冤罪で追放されたという過去をものともせず、常に優雅で気品を崩さない。そんな彼の傍らには、魔道書が防水処理された袋に収まっている。

「ボクの美しさがより際立つ時間、それが風呂上がりってもんだよ。……いや、ボク自身が湯の精霊なのかもしれないね」
 誰に聞かせるでもなく、鏡の中の自分に語りかけている。

 そんなやりとりを経て、4人は順番に湯を上がり、夕食の席へと向かった。

 陽だまり亭の食堂は、木の温もりと香ばしい匂いに包まれていた。卓上に並ぶのは焼き魚、シチュー、ふかふかのパンに甘酸っぱいリンゴのパイ。旅の疲れを癒すには申し分ないメニューだ。

「おかわりある? あ、あたし食べ過ぎかも……」
 エリーゼが頬を染めてパイに手を伸ばすと、アリスターが口元に笑みを浮かべて言う。

「大丈夫だよエリーゼ嬢、君は剣聖だ。食べた分だけ美しさに変換されるさ」
「いや、変換はされないでござるよ、多分……」

 小さな笑い声が食堂に響く。仲間たちの何気ない会話が、何よりの調味料だった。

 その夜、4人はそれぞれの部屋に分かれた。冒険者宿としては上等な造りの部屋には、清潔なベッドと小さなランプ、そして風に揺れるカーテン。

 マスキュラ―はベッドに腰掛け、剣の手入れをしながら仲間の寝静まった空気を感じていた。

(……ダンジョンの奥。あの仮面のヤロウが言ってた通り、ただの遺跡じゃなさそうだな)

 彼の脳裏に浮かぶのは、ヴェルトの不気味な沈黙と、あの地図の意味深な書き込み。軽口の裏に隠された真意は、まだ掴めていない。

 しかし——それでも、背負っている仲間がいる。

「ま、オレが守ってやるさ。みんなまとめてな」

 そう呟いた声は、誰にも届かない。だがその響きは、静かな夜の空気に確かに溶けていった。

 翌朝の始まりは、すぐそこに迫っていた。
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