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第50話 レインハルト国王城 キリエムの報告
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薄曇りの空の下、王都レインハルトの玉座の間には、張り詰めた静けさが漂っていた。
騎士キリエムが城門をくぐったのは、正午を少し過ぎた頃。北方の村から数日をかけて戻ったその姿は、砂塵にまみれ、疲労の色を隠しきれない。それでも、その足取りには使命を果たさんとする確かな覚悟が宿っていた。
「おう、帰還か。報告書ではなく、直に聞かせてもらおうか」
出迎えたのは執政官バルナド。年老いた文官でありながら、かつて戦場に身を置いたこともある歴戦の政治家だ。キリエムは無言で頷き、バルナドに先導されて謁見の間へと向かった。
玉座に座すはレインハルト王国国王・レインハルト十三世。銀の髭と鋭い眼光が印象的な男である。その隣に控えるのは、第一王子シャルル。エリーゼ=アルセリアとの婚約を破棄し、冤罪をもって国外追放した当人だ。
「……ご報告いたします。捜索隊長ルカリッチの指示により調査を行った結果、エリーゼ=アルセリア嬢の生存の可能性が極めて高いと判断されました」
玉座の間に、空気を切るような沈黙が走った。
「……生存、とな?」
重みのある声で、王が口を開く。キリエムは頷き、簡潔に報告を続ける。峠を越えた獣人の村での目撃情報、討伐されたバジリスク、村人たちの証言、そして彼女が北へ向かったという事実。
「確証こそありませんが、“黒魔の森で死亡した”という従来の推定は、見直すべきかと存じます」
王は長く息を吐いた。
「……そうか。あの子は、生きていたか……」
それまで沈黙を保っていたシャルルが、突如声を上げた。
「い、生きて……いや、あれは……!」
蒼白となった顔で言い淀む。王の鋭い視線が、まっすぐに息子へと向けられた。
「お前はどう思う、シャルル」
「……もし本当に、彼女が死んでいたなら……フリューゲル王国の怒りは必至。私の立場は……命さえ、危うかったかもしれません」
「そうだな」
王は冷ややかに頷いた。
「“冤罪で婚約を破棄した娘が、無実のまま死んでいた”――その事実が知れ渡れば、フリューゲルは黙っていなかっただろう。カール=キリトが攻め込んできた可能性すらある。……だが、まだ油断はできぬな」
王の視線がキリエムに戻る。
「彼女は、今どこへ向かっていると?」
「北方――おそらく、マケドニア聖教国方面かと」
「マケドニア……あの“聖女クラリス”の火刑事件か」
王は椅子の肘掛けを軽く叩いた。王国でも波紋を呼んだその事件。記録上でも異例とされた聖女の処刑は、聖教国の闇を浮き彫りにした。
「……彼女が自らの意志であの地へ向かうというのなら、何かを知っている可能性があるな」
「冤罪だと知ればすぐに戻ってくるはずだ。……そうだ、わたしが彼女を正室にすれば――カリーナは側室にすれば済む話……また王子に戻れる」
小声で呟いたシャルルに、王は冷たい視線を向ける。
「お前がどう思おうと、エリーゼ嬢が戻るか否かは彼女が決めることだ。お前は、命を拾われたことを肝に銘じよ。彼女の生存という奇跡がなければ、すでに国家間の火種となっていた」
「……っ」
シャルルは言葉を失った。かつて、自身の立場と威光を保つために行った婚約破棄。その背後にあった軽率な判断が、今や王国全体の安危を左右しかねなかったのだ。
「陛下……」
キリエムが慎重に言葉を選びながら問いかける。
「今後、エリーゼ嬢の身柄が確認された場合、王国としてはどのように対応すべきでしょうか?」
王は静かに目を閉じ、思索の末に答えた。
「連れ戻せ。だが、無理強いはするな。彼女の選ぶ道を否定することは、我ら王族の矜持に関わる。彼女が王国に戻るときは、その意志と誇りをもって迎えられる時でなければならぬ」
その言葉は、レインハルト王国の進むべき方を静かに、だが明確に定めていた。
キリエムは深く一礼し、玉座の間を後にした。
静けさが戻った室内に、ただひとり残されたシャルルは、手のひらを見つめながら呟く。
「……助かったのか、俺は。首の皮一枚で……」
だがその安堵の影には、確かな恐れがあった。もし、彼女が王国に戻ったなら――その実力、名声、そして真実が、過去の過ちを白日の下にさらすことになるだろう。
しかし、それでも自分が許せば、再びエリーゼは婚約者に戻るはずだ。わたしのことが好きなのだからな。いっそ、迎えにでも行ってやるか。
静かに風が吹いた。
シャルルの背を、冷たい震えが這い上がっていった。
騎士キリエムが城門をくぐったのは、正午を少し過ぎた頃。北方の村から数日をかけて戻ったその姿は、砂塵にまみれ、疲労の色を隠しきれない。それでも、その足取りには使命を果たさんとする確かな覚悟が宿っていた。
「おう、帰還か。報告書ではなく、直に聞かせてもらおうか」
出迎えたのは執政官バルナド。年老いた文官でありながら、かつて戦場に身を置いたこともある歴戦の政治家だ。キリエムは無言で頷き、バルナドに先導されて謁見の間へと向かった。
玉座に座すはレインハルト王国国王・レインハルト十三世。銀の髭と鋭い眼光が印象的な男である。その隣に控えるのは、第一王子シャルル。エリーゼ=アルセリアとの婚約を破棄し、冤罪をもって国外追放した当人だ。
「……ご報告いたします。捜索隊長ルカリッチの指示により調査を行った結果、エリーゼ=アルセリア嬢の生存の可能性が極めて高いと判断されました」
玉座の間に、空気を切るような沈黙が走った。
「……生存、とな?」
重みのある声で、王が口を開く。キリエムは頷き、簡潔に報告を続ける。峠を越えた獣人の村での目撃情報、討伐されたバジリスク、村人たちの証言、そして彼女が北へ向かったという事実。
「確証こそありませんが、“黒魔の森で死亡した”という従来の推定は、見直すべきかと存じます」
王は長く息を吐いた。
「……そうか。あの子は、生きていたか……」
それまで沈黙を保っていたシャルルが、突如声を上げた。
「い、生きて……いや、あれは……!」
蒼白となった顔で言い淀む。王の鋭い視線が、まっすぐに息子へと向けられた。
「お前はどう思う、シャルル」
「……もし本当に、彼女が死んでいたなら……フリューゲル王国の怒りは必至。私の立場は……命さえ、危うかったかもしれません」
「そうだな」
王は冷ややかに頷いた。
「“冤罪で婚約を破棄した娘が、無実のまま死んでいた”――その事実が知れ渡れば、フリューゲルは黙っていなかっただろう。カール=キリトが攻め込んできた可能性すらある。……だが、まだ油断はできぬな」
王の視線がキリエムに戻る。
「彼女は、今どこへ向かっていると?」
「北方――おそらく、マケドニア聖教国方面かと」
「マケドニア……あの“聖女クラリス”の火刑事件か」
王は椅子の肘掛けを軽く叩いた。王国でも波紋を呼んだその事件。記録上でも異例とされた聖女の処刑は、聖教国の闇を浮き彫りにした。
「……彼女が自らの意志であの地へ向かうというのなら、何かを知っている可能性があるな」
「冤罪だと知ればすぐに戻ってくるはずだ。……そうだ、わたしが彼女を正室にすれば――カリーナは側室にすれば済む話……また王子に戻れる」
小声で呟いたシャルルに、王は冷たい視線を向ける。
「お前がどう思おうと、エリーゼ嬢が戻るか否かは彼女が決めることだ。お前は、命を拾われたことを肝に銘じよ。彼女の生存という奇跡がなければ、すでに国家間の火種となっていた」
「……っ」
シャルルは言葉を失った。かつて、自身の立場と威光を保つために行った婚約破棄。その背後にあった軽率な判断が、今や王国全体の安危を左右しかねなかったのだ。
「陛下……」
キリエムが慎重に言葉を選びながら問いかける。
「今後、エリーゼ嬢の身柄が確認された場合、王国としてはどのように対応すべきでしょうか?」
王は静かに目を閉じ、思索の末に答えた。
「連れ戻せ。だが、無理強いはするな。彼女の選ぶ道を否定することは、我ら王族の矜持に関わる。彼女が王国に戻るときは、その意志と誇りをもって迎えられる時でなければならぬ」
その言葉は、レインハルト王国の進むべき方を静かに、だが明確に定めていた。
キリエムは深く一礼し、玉座の間を後にした。
静けさが戻った室内に、ただひとり残されたシャルルは、手のひらを見つめながら呟く。
「……助かったのか、俺は。首の皮一枚で……」
だがその安堵の影には、確かな恐れがあった。もし、彼女が王国に戻ったなら――その実力、名声、そして真実が、過去の過ちを白日の下にさらすことになるだろう。
しかし、それでも自分が許せば、再びエリーゼは婚約者に戻るはずだ。わたしのことが好きなのだからな。いっそ、迎えにでも行ってやるか。
静かに風が吹いた。
シャルルの背を、冷たい震えが這い上がっていった。
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