69 / 179
第69話 迷子のルナちゃん
しおりを挟む
【月の下の約束】
港町ロゼリアの夜は、昼とは違った顔を見せる。潮の香りを含んだ風が石畳を撫で、宿屋「白鴎亭」からの帰り道、エリーゼは夜空を見上げていた。
「ふう……いい夜だなぁ。満月、綺麗」
ギルドの依頼を終えて、一行は今夜自由行動になっていた。アリスターとダリルは本屋と占い店を巡るといい、マスキュラーは露店通りをぶらつくとのことだった。エリーゼはその間に、軽く散歩して気分を整えることにしていた。
路地の先、教会の鐘の音が遠く響く。その音に重なるように、かすかな泣き声が聞こえてきた。
「……ん?」
耳を澄ますと、風に乗ってか細い嗚咽が届く。迷いなく、エリーゼは音の方へと足を向けた。細い路地を抜け、裏通りの角を曲がると、建物の陰に小さな影が蹲っていた。
「……お、おうち……どこ……?」
六歳くらいだろうか。桃色の髪の毛を二つに結んだ小さな女の子が、薄いワンピースを着て、しゃがみ込んでいた。両目は真っ赤に腫れ、手にはちぎれた綿の人形が握られている。
「大丈夫?」
エリーゼはできるだけ優しい声で問いかけた。少女がびくりと肩を揺らし、顔を上げる。恐怖に引きつった表情を見て、彼女は一歩下がった。
「わ、わたし、なにも……とらないで……」
「ううん、わたしはただ、困ってるのかなって思って。えっと……あなた、迷子?」
少女は、こくり、と小さく頷いた。
「おかあさんと、魚のおまつりにきて……おてて、はなれちゃって……」
話すうちにまた涙が零れ、エリーゼはそっと膝を折って目線を合わせた。
「そうだったんだ。こわかったね。でも、もう大丈夫。わたしが一緒にいるから」
少女はしばらく躊躇した後、ようやく「うん」と答えた。その小さな体は冷たく、少し震えていた。
「お名前、教えてくれる?」
「……ルナ」
「ルナちゃん、いい名前だね。わたしはエリーゼ。剣の冒険者なんだよ」
そう言って、彼女は鞘に収まった剣をそっと見せた。ルナは目を丸くし、少しだけ不安が和らいだ様子だった。
「ルナちゃんのおうちは、この街の中?」
「ううん……となりの、ルステアってとこ。きょうは、おまつりで……」
なるほど、とエリーゼは頷いた。隣町の家族連れが港のイベントに訪れて、その混雑で逸れてしまったのだろう。
「よし、じゃあギルドに行って、おまわりさんに連絡してもらおうか。きっと、お母さんも探してるよ」
ルナは少し躊躇ったが、エリーゼの手を握って頷いた。その手は小さく、か細く、けれど確かに握り返してきた。
「さあ、歩ける?」
「……うん」
二人はゆっくりと路地を抜け、表通りへと向かう。街灯の灯りが足元を照らし、月明かりが少女の涙の跡を淡く浮かび上がらせた。
ギルドに着く頃には、ルナの表情も幾分やわらぎ、エリーゼの袖をぎゅっと握る余裕も出てきていた。
「えっとね……おねえちゃん」
「うん?」
「おかあさん、きっと、エリーゼおねえちゃんみたいな、つよくてやさしい人になってほしいって、おもうとおもう」
その言葉に、エリーゼは一瞬だけ足を止めた。心がきゅっと温かくなる。自分がなにを守りたくて、ここにいるのか――その答えを小さな声が教えてくれた気がした。
「ありがとう、ルナちゃん。わたしも、きみみたいに素直な子が大好きだよ」
その夜、ギルドを通じて保護されたルナは、数時間後に母親と再会を果たした。
泣きながら娘を抱きしめる女性と、それにしがみつくルナ。遠くからそれを見ていたエリーゼの目にも、静かに光るものがあった。
「おかあさーん! このおねえちゃんがね、たすけてくれたの!」
ルナが笑顔で振り返り、手を振った。
「ありがとう……本当に、ありがとうございました!」
「どういたしまして。……また、どこかでね、ルナちゃん」
エリーゼは手を振り返し、ギルドの階段を下りる。
その背に、少女の声が届いた。
「おねえちゃん、つよくてやさしい、わたしのヒーローだよーっ!」
それは、夜空に溶ける祝福のような声だった。
港町ロゼリアの夜は、昼とは違った顔を見せる。潮の香りを含んだ風が石畳を撫で、宿屋「白鴎亭」からの帰り道、エリーゼは夜空を見上げていた。
「ふう……いい夜だなぁ。満月、綺麗」
ギルドの依頼を終えて、一行は今夜自由行動になっていた。アリスターとダリルは本屋と占い店を巡るといい、マスキュラーは露店通りをぶらつくとのことだった。エリーゼはその間に、軽く散歩して気分を整えることにしていた。
路地の先、教会の鐘の音が遠く響く。その音に重なるように、かすかな泣き声が聞こえてきた。
「……ん?」
耳を澄ますと、風に乗ってか細い嗚咽が届く。迷いなく、エリーゼは音の方へと足を向けた。細い路地を抜け、裏通りの角を曲がると、建物の陰に小さな影が蹲っていた。
「……お、おうち……どこ……?」
六歳くらいだろうか。桃色の髪の毛を二つに結んだ小さな女の子が、薄いワンピースを着て、しゃがみ込んでいた。両目は真っ赤に腫れ、手にはちぎれた綿の人形が握られている。
「大丈夫?」
エリーゼはできるだけ優しい声で問いかけた。少女がびくりと肩を揺らし、顔を上げる。恐怖に引きつった表情を見て、彼女は一歩下がった。
「わ、わたし、なにも……とらないで……」
「ううん、わたしはただ、困ってるのかなって思って。えっと……あなた、迷子?」
少女は、こくり、と小さく頷いた。
「おかあさんと、魚のおまつりにきて……おてて、はなれちゃって……」
話すうちにまた涙が零れ、エリーゼはそっと膝を折って目線を合わせた。
「そうだったんだ。こわかったね。でも、もう大丈夫。わたしが一緒にいるから」
少女はしばらく躊躇した後、ようやく「うん」と答えた。その小さな体は冷たく、少し震えていた。
「お名前、教えてくれる?」
「……ルナ」
「ルナちゃん、いい名前だね。わたしはエリーゼ。剣の冒険者なんだよ」
そう言って、彼女は鞘に収まった剣をそっと見せた。ルナは目を丸くし、少しだけ不安が和らいだ様子だった。
「ルナちゃんのおうちは、この街の中?」
「ううん……となりの、ルステアってとこ。きょうは、おまつりで……」
なるほど、とエリーゼは頷いた。隣町の家族連れが港のイベントに訪れて、その混雑で逸れてしまったのだろう。
「よし、じゃあギルドに行って、おまわりさんに連絡してもらおうか。きっと、お母さんも探してるよ」
ルナは少し躊躇ったが、エリーゼの手を握って頷いた。その手は小さく、か細く、けれど確かに握り返してきた。
「さあ、歩ける?」
「……うん」
二人はゆっくりと路地を抜け、表通りへと向かう。街灯の灯りが足元を照らし、月明かりが少女の涙の跡を淡く浮かび上がらせた。
ギルドに着く頃には、ルナの表情も幾分やわらぎ、エリーゼの袖をぎゅっと握る余裕も出てきていた。
「えっとね……おねえちゃん」
「うん?」
「おかあさん、きっと、エリーゼおねえちゃんみたいな、つよくてやさしい人になってほしいって、おもうとおもう」
その言葉に、エリーゼは一瞬だけ足を止めた。心がきゅっと温かくなる。自分がなにを守りたくて、ここにいるのか――その答えを小さな声が教えてくれた気がした。
「ありがとう、ルナちゃん。わたしも、きみみたいに素直な子が大好きだよ」
その夜、ギルドを通じて保護されたルナは、数時間後に母親と再会を果たした。
泣きながら娘を抱きしめる女性と、それにしがみつくルナ。遠くからそれを見ていたエリーゼの目にも、静かに光るものがあった。
「おかあさーん! このおねえちゃんがね、たすけてくれたの!」
ルナが笑顔で振り返り、手を振った。
「ありがとう……本当に、ありがとうございました!」
「どういたしまして。……また、どこかでね、ルナちゃん」
エリーゼは手を振り返し、ギルドの階段を下りる。
その背に、少女の声が届いた。
「おねえちゃん、つよくてやさしい、わたしのヒーローだよーっ!」
それは、夜空に溶ける祝福のような声だった。
11
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
妹が聖女に選ばれました。姉が闇魔法使いだと周囲に知られない方が良いと思って家を出たのに、何故か王子様が追いかけて来ます。
向原 行人
ファンタジー
私、アルマには二つ下の可愛い妹がいます。
幼い頃から要領の良い妹は聖女に選ばれ、王子様と婚約したので……私は遠く離れた地で、大好きな魔法の研究に専念したいと思います。
最近は異空間へ自由に物を出し入れしたり、部分的に時間を戻したり出来るようになったんです!
勿論、この魔法の効果は街の皆さんにも活用を……いえ、無限に収納出来るので、安い時に小麦を買っていただけで、先見の明とかはありませんし、怪我をされた箇所の時間を戻しただけなので、治癒魔法とは違います。
だから私は聖女ではなくて、妹が……って、どうして王子様がこの地に来ているんですかっ!?
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします
未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢
十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう
好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ
傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する
今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった
婚約破棄で追放されて、幸せな日々を過ごす。……え? 私が世界に一人しか居ない水の聖女? あ、今更泣きつかれても、知りませんけど?
向原 行人
ファンタジー
第三王子が趣味で行っている冒険のパーティに所属するマッパー兼食事係の私、アニエスは突然パーティを追放されてしまった。
というのも、新しい食事係の少女をスカウトしたそうで、水魔法しか使えない私とは違い、複数の魔法が使えるのだとか。
私も、好きでもない王子から勝手に婚約者呼ばわりされていたし、追放されたのはありがたいかも。
だけど私が唯一使える水魔法が、実は「飲むと数時間の間、能力を倍増する」効果が得られる神水だったらしく、その効果を失った王子のパーティは、一気に転落していく。
戻ってきて欲しいって言われても、既にモフモフ妖狐や、新しい仲間たちと幸せな日々を過ごしてますから。
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる