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第86話 ダリル、悪い魔族に捕まってしまった
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【地下文書庫潜入】――失われた真実の灯
月明かりも届かぬ深夜、大聖堂区の一角にひっそりと佇む聖文官庁。その外観は威厳と静謐を兼ね備えた神聖な学術機関であったが、地下深くには禁忌と粛清の記録を封じた「封印指定文書庫」が隠されていた。
ローブのフードを深く被った男が、門をくぐる。
――ダリル=ベルトレイン。かつてこの聖地に仕えていた神官。今は異端者の烙印を押され、追放された存在。
「身元確認を。……深夜帯に閲覧許可とは、珍しい」
警備兵の声は警戒心に満ちていたが、ダリルは動じなかった。冷静に偽造書面を差し出す。
「“神歴三五六年、聖女選定審査記録”の調査だ。教皇審問局より特例指示を受けている」
偽の印章が押されたその書状をじっと見つめ、警備兵は一瞬ためらったのち、無言で頷き門を開いた。表面上は完璧な手続きを踏んでいる以上、彼には拒む権限がない。
重々しい扉の向こう、石造りの階段を下りていくたびに、空気は冷たく淀んでいった。
辿り着いたのは“地下第六層”――通称「灰の書庫」。異端審問、火刑、封印指定の記録が封じられた禁忌の層である。
ダリルは棚を一つひとつ指でなぞり、目当ての記録を探していく。やがて、埃をかぶった黒革の帳面を見つけ、そっと開いた。
《機密記録:第十一代聖女候補審査特別報告》
その表紙を目にした瞬間、胸の奥がざわついた。ページを繰る指先が震える。
《審査対象:クラリス=ノア/神聖属性濃度評価「SS」級/精神安定評価:不安定》
《対象は高位魔力との共鳴性が高く、神託を“拒絶”する傾向あり。複数回に渡り“神意改ざん”の兆候を確認》
「改ざん……?」
その言葉に息を呑む。次の頁には、古代文字で記された預言の複写があった。
《彼女が語った“神の声”は、従来の預言とは異質である》
《内容には、神の名を騙る者の腐敗、虚偽、粛清制度への疑義が含まれていた》
《本内容を異端と認定し、記録を封印する》
視界が歪む。全身の血が沸騰したかのような衝撃が走った。
「クラリス様は……“神”を否定したのではなかった……」
神の名を騙り、己の利権を守るために真実を葬ったのは、この国そのものだった。あの火刑も、すべては真実を封じるための偽装だった。
「拙者は……信じた神に裏切られたのではない。信じた“神の代理人”が偽物だったのだ……!」
震える声で呟いたそのとき、背後から金属が擦れる音が響いた。
「――そこまでだよ、ダリル=ベルトレイン」
嘲るような低い声に振り返る。そこにいたのは、銀の鎧を纏った女――聖騎士団団長、マセロナ。
「神殿内は関係者以外、立ち入り禁止のはずだけど? 君、何をしているのかな?」
「マセロナ……なぜここに……!」
動揺を隠せぬまま、ダリルは帳面を掲げた。
「ここに書かれている。クラリス様は無実だったのだ。教義に背いたのではない、腐敗に抗っただけだ!」
マセロナは表情を変えず、静かに近づく。
「もちろん、知っているよ。彼女が“神殿に巣食う魔”の存在を訴えていたことも……それが正しかったことも」
「……ならば、なぜ!」
マセロナの目が、突如紅く輝いた。
「彼女は“悪い魔族”に捕まってしまったのさ。……たとえば、ボクのような」
「……まさか、貴様……!」
ダリルが言葉を継ぐ前に、マセロナの手刀が閃いた。
意識が遠のいていく。倒れ込むダリルの脳裏に、最後に浮かんだのは、あの日、炎の中で微笑んでいたクラリスの姿だった。
彼女の言葉を、ようやく理解できた気がした。
――この世界は、真実を語る者を許さない。
マセロナはうつ伏せに倒れたダリルの傍らにしゃがみ込み、その耳元で囁いた。
「……この器、“神”もきっと気に入るだろうね」
口元が歪み、赤い瞳が不気味に輝く。
ニエ
「――良いニエが、手に入ったよ」
月明かりも届かぬ深夜、大聖堂区の一角にひっそりと佇む聖文官庁。その外観は威厳と静謐を兼ね備えた神聖な学術機関であったが、地下深くには禁忌と粛清の記録を封じた「封印指定文書庫」が隠されていた。
ローブのフードを深く被った男が、門をくぐる。
――ダリル=ベルトレイン。かつてこの聖地に仕えていた神官。今は異端者の烙印を押され、追放された存在。
「身元確認を。……深夜帯に閲覧許可とは、珍しい」
警備兵の声は警戒心に満ちていたが、ダリルは動じなかった。冷静に偽造書面を差し出す。
「“神歴三五六年、聖女選定審査記録”の調査だ。教皇審問局より特例指示を受けている」
偽の印章が押されたその書状をじっと見つめ、警備兵は一瞬ためらったのち、無言で頷き門を開いた。表面上は完璧な手続きを踏んでいる以上、彼には拒む権限がない。
重々しい扉の向こう、石造りの階段を下りていくたびに、空気は冷たく淀んでいった。
辿り着いたのは“地下第六層”――通称「灰の書庫」。異端審問、火刑、封印指定の記録が封じられた禁忌の層である。
ダリルは棚を一つひとつ指でなぞり、目当ての記録を探していく。やがて、埃をかぶった黒革の帳面を見つけ、そっと開いた。
《機密記録:第十一代聖女候補審査特別報告》
その表紙を目にした瞬間、胸の奥がざわついた。ページを繰る指先が震える。
《審査対象:クラリス=ノア/神聖属性濃度評価「SS」級/精神安定評価:不安定》
《対象は高位魔力との共鳴性が高く、神託を“拒絶”する傾向あり。複数回に渡り“神意改ざん”の兆候を確認》
「改ざん……?」
その言葉に息を呑む。次の頁には、古代文字で記された預言の複写があった。
《彼女が語った“神の声”は、従来の預言とは異質である》
《内容には、神の名を騙る者の腐敗、虚偽、粛清制度への疑義が含まれていた》
《本内容を異端と認定し、記録を封印する》
視界が歪む。全身の血が沸騰したかのような衝撃が走った。
「クラリス様は……“神”を否定したのではなかった……」
神の名を騙り、己の利権を守るために真実を葬ったのは、この国そのものだった。あの火刑も、すべては真実を封じるための偽装だった。
「拙者は……信じた神に裏切られたのではない。信じた“神の代理人”が偽物だったのだ……!」
震える声で呟いたそのとき、背後から金属が擦れる音が響いた。
「――そこまでだよ、ダリル=ベルトレイン」
嘲るような低い声に振り返る。そこにいたのは、銀の鎧を纏った女――聖騎士団団長、マセロナ。
「神殿内は関係者以外、立ち入り禁止のはずだけど? 君、何をしているのかな?」
「マセロナ……なぜここに……!」
動揺を隠せぬまま、ダリルは帳面を掲げた。
「ここに書かれている。クラリス様は無実だったのだ。教義に背いたのではない、腐敗に抗っただけだ!」
マセロナは表情を変えず、静かに近づく。
「もちろん、知っているよ。彼女が“神殿に巣食う魔”の存在を訴えていたことも……それが正しかったことも」
「……ならば、なぜ!」
マセロナの目が、突如紅く輝いた。
「彼女は“悪い魔族”に捕まってしまったのさ。……たとえば、ボクのような」
「……まさか、貴様……!」
ダリルが言葉を継ぐ前に、マセロナの手刀が閃いた。
意識が遠のいていく。倒れ込むダリルの脳裏に、最後に浮かんだのは、あの日、炎の中で微笑んでいたクラリスの姿だった。
彼女の言葉を、ようやく理解できた気がした。
――この世界は、真実を語る者を許さない。
マセロナはうつ伏せに倒れたダリルの傍らにしゃがみ込み、その耳元で囁いた。
「……この器、“神”もきっと気に入るだろうね」
口元が歪み、赤い瞳が不気味に輝く。
ニエ
「――良いニエが、手に入ったよ」
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