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第144話 第二王子ユリウス・テオドリックの懺悔
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ユリウスの懺悔
金色の髪が、陽光を跳ね返すように輝いていた。
――幼い頃の記憶だ。
城の庭園、緑に囲まれた噴水のそばで、朗らかに笑う兄の姿が、今でもまぶたの裏に焼きついている。
アリスター兄上。
テオドリック王国の第一王子にして、生まれながらにして選ばれし存在。
剣も魔法も、礼節も文も、どれ一つとして兄に及ばぬものはなかった。
黄金の髪に蒼い瞳、端正な容貌。どこを取っても絵画のようで、「王子」として生きることが、まるで天命であるかのようだった。
そして何より、兄は優しかった。
自らを「ボク」と称し、芝居がかった言葉遣いをしながらも、他者の痛みを敏感に察し、寄り添うことのできる人だった。
私は、兄を尊敬していた。誇りに思っていた。
……けれど、同時にどうしようもない劣等感と嫉妬に、胸を焼かれていたのも事実だった。
どうして兄上ばかりが、すべてを手にしているのだろう――
言葉にはせずとも、そんな思いが心の底で何度も渦を巻いていた。
やがて兄には、ランヴェール公爵家の令嬢・アイラが婚約者として定められた。
聡明で気高く、美貌に恵まれた彼女は、誰の目にも兄にふさわしい存在だった。
そして私にも、侯爵家の娘・エリザベートとの婚約が決まり、穏やかな日々が流れていた。
あの頃までは、確かに幸せだったのだ。
だが、運命は、唐突に牙を剥いた。
マケドニア聖教国より来訪した聖女・セレスティア。
その姿を初めて目にした瞬間、私は言葉を失った。
銀の髪と瑠璃色の瞳。纏う空気そのものが清廉で、神の祝福を受けたような存在。
彼女の微笑みに、私は魂を吸い込まれるような錯覚を覚えた。
「ユリウス殿下には、大いなる器がございます」
「あなたこそが、テオドリック王国の未来を担う方なのです」
その言葉は、甘く、心地よかった。
ずっと兄の陰に隠れていた私が、“選ばれた”のだと、初めて思えた。
――そして、同じ口で彼女は言ったのだ。
「アリスター殿下には、王の器がありません」と。
あのとき、心のどこかで疑問を抱いたはずだ。
だがそれでも、私の心はすでに傾いていた。
アイラの変化もまた、それを後押しした。
兄と婚約していたアイラは、次第に怯えるようになり、ある日、震える声で私に訴えた。
「兄上から、辱めを受けました」と――
信じがたい言葉だった。
だが、同じ頃、私の婚約者であるエリザベートが、突然事故死するという悲劇に見舞われた。
陰謀めいた匂いが漂うなか、重臣たちも次第に「アリスター殿下を遠ざけるべきだ」と囁き始めた。
王宮の中で、密かに動く“追放計画”。
そこには、セレスティアの姿もあった。
冷静に思い返せば、おかしいことだらけだった。
だが、あのときの私は、まるで霧の中をさまよっているようで、自らが何をしているのか、理解できていなかった。
兄は、婚約を破棄され、謀反の嫌疑をかけられ、国外追放となった。
それと引き換えに、私は“王太子”としての地位を手に入れた。
……私はすべてを得た。
だが、それは兄から奪い取った、偽りの王冠だった。
政務に励むことで、自らの罪を忘れようとした。
正義のため、王国のため――そんな言葉で己を誤魔化しながら、日々を塗りつぶしていった。
だがある日、ふと、心の奥から“何か”が剥がれ落ちた。
それは声でもなく、意識でもない。
ただ、異物が取り除かれたような、不自然な「空白」だった。
――まるで、誰かに操られていたかのように。
否、それは“事実”だったのだ。
セレスティア。あの聖女の言葉、眼差し、存在のすべてが、私の心を縛りつけていた。
甘く、静かに、巧妙に。
意志も、判断も、感情すらも、知らぬ間に染め上げられていた。
あれは――洗脳だったのだ。
気づいたときには、もう遅かった。
すべてが手遅れだった。
兄上を裏切った。
幼い頃から慕っていた、あの輝きを、自らの手で汚した。
彼は何も悪くなかった。むしろ、誰よりも清廉で、誰よりも“王”にふさわしい男だった。
それなのに、私は――
今の私は、玉座に座る資格すらない。
政務も放棄し、誰の言葉にも応じず、ただ薄暗い部屋で時を無為に費やしている。
生ける屍――まさにその通りだ。
体だけは動いても、心はもう、取り返しがつかないほど壊れてしまった。
兄上……
どうか、赦してほしいなどとは言わない。
ただ、あのときあなたがかけようとした言葉に、私は耳を傾けるべきだった。
その後悔だけが、私を焼き尽くしている。
私は、誰にも知られぬよう、ただ一言、口にした。
「……洗脳、されていた……」
その言葉だけが、唯一の慰めであり、同時に最大の呪いとなった。
体の自由が利かない。そして、わたしの意識は深い底へと沈んでいった。
金色の髪が、陽光を跳ね返すように輝いていた。
――幼い頃の記憶だ。
城の庭園、緑に囲まれた噴水のそばで、朗らかに笑う兄の姿が、今でもまぶたの裏に焼きついている。
アリスター兄上。
テオドリック王国の第一王子にして、生まれながらにして選ばれし存在。
剣も魔法も、礼節も文も、どれ一つとして兄に及ばぬものはなかった。
黄金の髪に蒼い瞳、端正な容貌。どこを取っても絵画のようで、「王子」として生きることが、まるで天命であるかのようだった。
そして何より、兄は優しかった。
自らを「ボク」と称し、芝居がかった言葉遣いをしながらも、他者の痛みを敏感に察し、寄り添うことのできる人だった。
私は、兄を尊敬していた。誇りに思っていた。
……けれど、同時にどうしようもない劣等感と嫉妬に、胸を焼かれていたのも事実だった。
どうして兄上ばかりが、すべてを手にしているのだろう――
言葉にはせずとも、そんな思いが心の底で何度も渦を巻いていた。
やがて兄には、ランヴェール公爵家の令嬢・アイラが婚約者として定められた。
聡明で気高く、美貌に恵まれた彼女は、誰の目にも兄にふさわしい存在だった。
そして私にも、侯爵家の娘・エリザベートとの婚約が決まり、穏やかな日々が流れていた。
あの頃までは、確かに幸せだったのだ。
だが、運命は、唐突に牙を剥いた。
マケドニア聖教国より来訪した聖女・セレスティア。
その姿を初めて目にした瞬間、私は言葉を失った。
銀の髪と瑠璃色の瞳。纏う空気そのものが清廉で、神の祝福を受けたような存在。
彼女の微笑みに、私は魂を吸い込まれるような錯覚を覚えた。
「ユリウス殿下には、大いなる器がございます」
「あなたこそが、テオドリック王国の未来を担う方なのです」
その言葉は、甘く、心地よかった。
ずっと兄の陰に隠れていた私が、“選ばれた”のだと、初めて思えた。
――そして、同じ口で彼女は言ったのだ。
「アリスター殿下には、王の器がありません」と。
あのとき、心のどこかで疑問を抱いたはずだ。
だがそれでも、私の心はすでに傾いていた。
アイラの変化もまた、それを後押しした。
兄と婚約していたアイラは、次第に怯えるようになり、ある日、震える声で私に訴えた。
「兄上から、辱めを受けました」と――
信じがたい言葉だった。
だが、同じ頃、私の婚約者であるエリザベートが、突然事故死するという悲劇に見舞われた。
陰謀めいた匂いが漂うなか、重臣たちも次第に「アリスター殿下を遠ざけるべきだ」と囁き始めた。
王宮の中で、密かに動く“追放計画”。
そこには、セレスティアの姿もあった。
冷静に思い返せば、おかしいことだらけだった。
だが、あのときの私は、まるで霧の中をさまよっているようで、自らが何をしているのか、理解できていなかった。
兄は、婚約を破棄され、謀反の嫌疑をかけられ、国外追放となった。
それと引き換えに、私は“王太子”としての地位を手に入れた。
……私はすべてを得た。
だが、それは兄から奪い取った、偽りの王冠だった。
政務に励むことで、自らの罪を忘れようとした。
正義のため、王国のため――そんな言葉で己を誤魔化しながら、日々を塗りつぶしていった。
だがある日、ふと、心の奥から“何か”が剥がれ落ちた。
それは声でもなく、意識でもない。
ただ、異物が取り除かれたような、不自然な「空白」だった。
――まるで、誰かに操られていたかのように。
否、それは“事実”だったのだ。
セレスティア。あの聖女の言葉、眼差し、存在のすべてが、私の心を縛りつけていた。
甘く、静かに、巧妙に。
意志も、判断も、感情すらも、知らぬ間に染め上げられていた。
あれは――洗脳だったのだ。
気づいたときには、もう遅かった。
すべてが手遅れだった。
兄上を裏切った。
幼い頃から慕っていた、あの輝きを、自らの手で汚した。
彼は何も悪くなかった。むしろ、誰よりも清廉で、誰よりも“王”にふさわしい男だった。
それなのに、私は――
今の私は、玉座に座る資格すらない。
政務も放棄し、誰の言葉にも応じず、ただ薄暗い部屋で時を無為に費やしている。
生ける屍――まさにその通りだ。
体だけは動いても、心はもう、取り返しがつかないほど壊れてしまった。
兄上……
どうか、赦してほしいなどとは言わない。
ただ、あのときあなたがかけようとした言葉に、私は耳を傾けるべきだった。
その後悔だけが、私を焼き尽くしている。
私は、誰にも知られぬよう、ただ一言、口にした。
「……洗脳、されていた……」
その言葉だけが、唯一の慰めであり、同時に最大の呪いとなった。
体の自由が利かない。そして、わたしの意識は深い底へと沈んでいった。
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