159 / 179
第157話 アリスター、エリーゼから驚きの話を聞かされる
しおりを挟む
静かな夜だった。
王都の南端、臨時に借りた屋敷の書斎には、魔法灯の淡い光が揺れていた。
「……ねえ、アリスター」
書類をめくっていた手を止め、ボクは顔を上げた。戸口に立っていたのは、桃色の髪を揺らした少女――エリーゼだった。
「なんだい、わが愛しのエリーゼ。眠れないのかい?」
「うん……ちょっと。あと、話したいことがあって」
その表情は、少しだけ複雑だった。いつもの笑顔よりも控えめで、どこか真剣な気配を帯びていた。
ボクは頷き、椅子を引いて彼女を招く。
「聞こうじゃないか。君がそんな顔をするなんて、珍しい」
エリーゼは小さく息を吐いて、机の前に腰掛けた。瞳を伏せ、指先をもてあそぶように動かしながら、言った。
「アリスター。ルシアちゃん、ダリルのことが好きなんだって」
ボクは一瞬、何かの冗談かと思った。だが、彼女の声音に冗談の色はない。
「……なんだって?」
「本人から聞いたの。今日、ダリルに気持ちを伝えたって」
雷が胸の奥を打ったような感覚だった。
ルシア――あの誰よりも気高く、純粋で、どこまでも真っ直ぐな妹が。ダリルに。恋を。
思わず椅子にもたれ、天井を見上げた。
「……そうか。そう来たか……」
「驚いた?」
「ああ、もちろんだとも。まさか、うちの妹がね。よりにもよって、あの根暗で卑屈で不幸体質な――」
「ア・リ・ス・ター」
机の下から蹴りが飛んできた。痛い。
「冗談さ、冗談。君ほど彼の価値を分かってる者はいないって、分かってるとも」
ボクは苦笑いして頭を掻いた。言葉を選びながら、呟く。
「……ルシアは、真剣なんだな?」
「うん。覚悟してたよ。たとえ反対されても諦めないって」
ボクは、しばらく沈黙した。
暖炉の火が静かに揺れる音だけが、部屋を満たしていた。
(ダリル。あいつは――拙者は、とか言いながら、人の幸せを誰よりも祈ってる奴だ。自分の痛みなんかどうでもいいって、顔をして笑うやつだ)
(だからこそ……自分の過去を盾に、ルシアの気持ちを拒むことだって、平気でやってのける)
「……彼女は、傷つくだろうな」
「うん。たぶん。でも、それでもダリルが幸せになってほしいって、泣きながら言ってた。ダリルが好きな人と結ばれるなら、それでいいって……」
「馬鹿な子だ……」
ボクは、ため息をついた。
それでも、その姿が、あまりにも愛おしくて。
「ルシアは、君が思ってる以上に強い子だ。だけど……ダリルの頑固さも、君以上だよ」
「わたし、どうすればいいと思う?」
エリーゼの視線が、まっすぐにぶつかってきた。
それは、「王子」ではなく、「兄」としての答えを求める眼差しだった。
「……ボクは、ダリルを信じている。アイツが誰よりも真面目で、誠実で、そして優しい男だってことをね」
「うん、わたしも」
「だからこそ……彼が過去に縛られて、誰かの想いを拒むことがあれば、それは違うって、言ってやらなきゃいけない」
「アリスター……」
「ルシアは、ボクの妹だ。家族として……彼女の幸せを、願ってる。でもそれ以上に、仲間として、ダリルの幸せを、願ってる」
自分の言葉が、ほんの少し震えていたのを感じた。
ルシアは、いつだって光だった。王族の誇りを持ちつつも、人を見下さず、優しく微笑む子だった。
そして、ダリルは、闇の底から這い上がった男だった。過去に苦しみ、迷い、それでも前を向こうとしていた。
(ボクが何もしなければ、きっと彼はまた、自分の気持ちを殺すだろう)
(ならば――)
「ボクは、背中を押すよ。ルシアにも、ダリルにも。どちらが傷つかない道なんて、ない。けれど――逃げないで、向き合ってほしい」
「……ありがとう、アリスター」
エリーゼが、微笑んだ。
「さすが王子様。やっぱり、頼りになるね」
「やめてくれたまえ、ボクはもう王子じゃない。単なる、君の可愛い婚約者さ」
「うん。それも間違ってないかも」
そう言って、エリーゼは立ち上がった。
「明日、ダリルと話してみる。ルシアのこと、ちゃんと見てほしいって」
「任せたよ、剣聖エリーゼ。ボクの剣よりも、君の言葉のほうが、彼の心には届くかもしれない」
「えへへ。よーし、がんばっちゃお」
そう言って部屋を出ていく背中を、ボクは静かに見送った。
夜はまだ、深い。
けれど、空の端には、かすかな光が見えたような気がした。
王都の南端、臨時に借りた屋敷の書斎には、魔法灯の淡い光が揺れていた。
「……ねえ、アリスター」
書類をめくっていた手を止め、ボクは顔を上げた。戸口に立っていたのは、桃色の髪を揺らした少女――エリーゼだった。
「なんだい、わが愛しのエリーゼ。眠れないのかい?」
「うん……ちょっと。あと、話したいことがあって」
その表情は、少しだけ複雑だった。いつもの笑顔よりも控えめで、どこか真剣な気配を帯びていた。
ボクは頷き、椅子を引いて彼女を招く。
「聞こうじゃないか。君がそんな顔をするなんて、珍しい」
エリーゼは小さく息を吐いて、机の前に腰掛けた。瞳を伏せ、指先をもてあそぶように動かしながら、言った。
「アリスター。ルシアちゃん、ダリルのことが好きなんだって」
ボクは一瞬、何かの冗談かと思った。だが、彼女の声音に冗談の色はない。
「……なんだって?」
「本人から聞いたの。今日、ダリルに気持ちを伝えたって」
雷が胸の奥を打ったような感覚だった。
ルシア――あの誰よりも気高く、純粋で、どこまでも真っ直ぐな妹が。ダリルに。恋を。
思わず椅子にもたれ、天井を見上げた。
「……そうか。そう来たか……」
「驚いた?」
「ああ、もちろんだとも。まさか、うちの妹がね。よりにもよって、あの根暗で卑屈で不幸体質な――」
「ア・リ・ス・ター」
机の下から蹴りが飛んできた。痛い。
「冗談さ、冗談。君ほど彼の価値を分かってる者はいないって、分かってるとも」
ボクは苦笑いして頭を掻いた。言葉を選びながら、呟く。
「……ルシアは、真剣なんだな?」
「うん。覚悟してたよ。たとえ反対されても諦めないって」
ボクは、しばらく沈黙した。
暖炉の火が静かに揺れる音だけが、部屋を満たしていた。
(ダリル。あいつは――拙者は、とか言いながら、人の幸せを誰よりも祈ってる奴だ。自分の痛みなんかどうでもいいって、顔をして笑うやつだ)
(だからこそ……自分の過去を盾に、ルシアの気持ちを拒むことだって、平気でやってのける)
「……彼女は、傷つくだろうな」
「うん。たぶん。でも、それでもダリルが幸せになってほしいって、泣きながら言ってた。ダリルが好きな人と結ばれるなら、それでいいって……」
「馬鹿な子だ……」
ボクは、ため息をついた。
それでも、その姿が、あまりにも愛おしくて。
「ルシアは、君が思ってる以上に強い子だ。だけど……ダリルの頑固さも、君以上だよ」
「わたし、どうすればいいと思う?」
エリーゼの視線が、まっすぐにぶつかってきた。
それは、「王子」ではなく、「兄」としての答えを求める眼差しだった。
「……ボクは、ダリルを信じている。アイツが誰よりも真面目で、誠実で、そして優しい男だってことをね」
「うん、わたしも」
「だからこそ……彼が過去に縛られて、誰かの想いを拒むことがあれば、それは違うって、言ってやらなきゃいけない」
「アリスター……」
「ルシアは、ボクの妹だ。家族として……彼女の幸せを、願ってる。でもそれ以上に、仲間として、ダリルの幸せを、願ってる」
自分の言葉が、ほんの少し震えていたのを感じた。
ルシアは、いつだって光だった。王族の誇りを持ちつつも、人を見下さず、優しく微笑む子だった。
そして、ダリルは、闇の底から這い上がった男だった。過去に苦しみ、迷い、それでも前を向こうとしていた。
(ボクが何もしなければ、きっと彼はまた、自分の気持ちを殺すだろう)
(ならば――)
「ボクは、背中を押すよ。ルシアにも、ダリルにも。どちらが傷つかない道なんて、ない。けれど――逃げないで、向き合ってほしい」
「……ありがとう、アリスター」
エリーゼが、微笑んだ。
「さすが王子様。やっぱり、頼りになるね」
「やめてくれたまえ、ボクはもう王子じゃない。単なる、君の可愛い婚約者さ」
「うん。それも間違ってないかも」
そう言って、エリーゼは立ち上がった。
「明日、ダリルと話してみる。ルシアのこと、ちゃんと見てほしいって」
「任せたよ、剣聖エリーゼ。ボクの剣よりも、君の言葉のほうが、彼の心には届くかもしれない」
「えへへ。よーし、がんばっちゃお」
そう言って部屋を出ていく背中を、ボクは静かに見送った。
夜はまだ、深い。
けれど、空の端には、かすかな光が見えたような気がした。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
妹が聖女に選ばれました。姉が闇魔法使いだと周囲に知られない方が良いと思って家を出たのに、何故か王子様が追いかけて来ます。
向原 行人
ファンタジー
私、アルマには二つ下の可愛い妹がいます。
幼い頃から要領の良い妹は聖女に選ばれ、王子様と婚約したので……私は遠く離れた地で、大好きな魔法の研究に専念したいと思います。
最近は異空間へ自由に物を出し入れしたり、部分的に時間を戻したり出来るようになったんです!
勿論、この魔法の効果は街の皆さんにも活用を……いえ、無限に収納出来るので、安い時に小麦を買っていただけで、先見の明とかはありませんし、怪我をされた箇所の時間を戻しただけなので、治癒魔法とは違います。
だから私は聖女ではなくて、妹が……って、どうして王子様がこの地に来ているんですかっ!?
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします
未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢
十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう
好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ
傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する
今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった
婚約破棄で追放されて、幸せな日々を過ごす。……え? 私が世界に一人しか居ない水の聖女? あ、今更泣きつかれても、知りませんけど?
向原 行人
ファンタジー
第三王子が趣味で行っている冒険のパーティに所属するマッパー兼食事係の私、アニエスは突然パーティを追放されてしまった。
というのも、新しい食事係の少女をスカウトしたそうで、水魔法しか使えない私とは違い、複数の魔法が使えるのだとか。
私も、好きでもない王子から勝手に婚約者呼ばわりされていたし、追放されたのはありがたいかも。
だけど私が唯一使える水魔法が、実は「飲むと数時間の間、能力を倍増する」効果が得られる神水だったらしく、その効果を失った王子のパーティは、一気に転落していく。
戻ってきて欲しいって言われても、既にモフモフ妖狐や、新しい仲間たちと幸せな日々を過ごしてますから。
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる