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第167話 マスキュラ―の決心 オレ……この国を出ることにした
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その日、私は朝からどこか落ち着かなかった。
理由は簡単だ。マスキュラ―から「話がある」と呼び出されたからだ。しかも、談話室で、ダリルも同席してくれと。
(何か……よくない予感がする)
私の胸の奥で、小さな不安が膨らんでいた。
そして夕刻、指定された時間に談話室へ向かうと、すでにマスキュラ―は来ていた。窓辺に立ち、沈みかけた太陽を見つめている。その背は、どこか遠くへ行ってしまいそうな気配をまとっていた。
「やあ、エリーゼ殿、拙者も参上つかまつったぞ」
間もなく現れたダリルの声に、私もようやく椅子に腰を下ろした。マスキュラ―も、ゆっくりと振り返る。
「悪いな、こんな場を設けてもらって」
彼の声は、いつもより低く、静かだった。
「何の話? ……こんなふうにあらたまって呼び出すなんて、あなたらしくないわ」
そう返すと、彼は短く笑った。そして、そのまま単刀直入に言った。
「オレ……この国を出ることにした」
「……え?」
思わず聞き返した。何かの冗談かと思った。でも、マスキュラ―の表情は真剣そのものだった。
「冒険者として、他の国を回るつもりだ。行き先はまだ決めてねぇけど、二度と戻らないってわけじゃない。……ただ、しばらくは旅を続ける」
「……急に、どうして?」
私の問いに、マスキュラ―は深く息を吐いた。そして、目を伏せず、真っすぐに言った。
「レオナと……一緒に生きていくと決めた」
その言葉に、私は息をのんだ。
「え……レオナって……あの、レオナ=エルドリッジ……伯爵家の……?」
「ああ」
マスキュラ―は頷く。少し照れくさそうに、だが誇らしげに。
「彼女は貴族だ。オレは平民。今のままじゃ、一緒になるのは難しい。でも、オレがこの国を出て、平民として生きるなら、話は変わってくる。レオナもそれを望んでくれてる」
「…………」
私は言葉を失っていた。マスキュラ―とレオナ。確かに任務の合間に話している姿を何度か見たことはあった。でも――まさか、そんな関係になっていたなんて。
目の奥がじわりと熱くなる。けれど、それを見せるわけにはいかなかった。私はただ、微笑んだ。
「……おめでとう。そういうことなら、何も言えないわね」
喉の奥が少し痛んだ。
「ありがとうな、エリーゼ。オレ、ここまで来れたのは、お前たちのおかげだ」
「マスキュラ―殿……では、その旅立ちは、いつになるので?」
ダリルが口を開いた。彼も動揺しているのが声で分かった。
「早ければ、三日後には出る。準備はもう始めてる」
「三日……!」
ダリルが呻くように呟いた。
「では……この前、貴族と平民の結婚の話を拙者に尋ねたのは……」
「そのためだ。何か方法があるか、少しだけ……迷ってたんだ」
「だが……他に道はないのか?」
ダリルが苦しげに言った。
「貴族籍に取り立てられる道もある。陛下の恩赦、あるいは武勲を重ねて……それでも……!」
「それでも、オレは平民だ。何を積み上げても、どこかで“格の違い”を突きつけられる。なら、最初から貴族なんて捨てちまった方が楽だ。……それが、レオナが選んだ覚悟でもあるんだ」
静かな言葉に、部屋の空気が止まった。
「オレにとって、誇りは仲間との絆と、自分の力だけだ。肩書きなんていらねぇ。……愛する人が隣にいてくれれば、それで十分だ」
そのとき、私はようやく理解した。
マスキュラ―の決意は、剣と同じ。揺るぎなく、真っ直ぐなものだった。
「……あなたらしいわね、マスキュラ―」
私は、そっと微笑んだ。
「あなたが決めたことなら、きっと後悔はしない。だから、わたしも応援する」
涙は、落とさなかった。仲間としての誇りが、それを許さなかった。
だが心の奥で、確かに何かが切れた音がした気がした。
「ありがとう。オレ……お前には、感謝してもしきれねぇ」
マスキュラ―は、私とダリルの前で深く頭を下げた。
その背に、頼もしさと、ほんの少しの寂しさが重なって見えた。
***
談話室を出た後、私はしばらく廊下で空を見上げていた。
沈みゆく夕陽が、空を朱に染めている。
(きっと、後悔はしない。そう言ったけど……)
胸の奥で疼く何かが、まだ消えていない。
でも、それでもいい。
誰かの幸せを祝福できる自分でいたい。
そう思えたのは――スプレーマムという仲間たちと出会えたからだ。
理由は簡単だ。マスキュラ―から「話がある」と呼び出されたからだ。しかも、談話室で、ダリルも同席してくれと。
(何か……よくない予感がする)
私の胸の奥で、小さな不安が膨らんでいた。
そして夕刻、指定された時間に談話室へ向かうと、すでにマスキュラ―は来ていた。窓辺に立ち、沈みかけた太陽を見つめている。その背は、どこか遠くへ行ってしまいそうな気配をまとっていた。
「やあ、エリーゼ殿、拙者も参上つかまつったぞ」
間もなく現れたダリルの声に、私もようやく椅子に腰を下ろした。マスキュラ―も、ゆっくりと振り返る。
「悪いな、こんな場を設けてもらって」
彼の声は、いつもより低く、静かだった。
「何の話? ……こんなふうにあらたまって呼び出すなんて、あなたらしくないわ」
そう返すと、彼は短く笑った。そして、そのまま単刀直入に言った。
「オレ……この国を出ることにした」
「……え?」
思わず聞き返した。何かの冗談かと思った。でも、マスキュラ―の表情は真剣そのものだった。
「冒険者として、他の国を回るつもりだ。行き先はまだ決めてねぇけど、二度と戻らないってわけじゃない。……ただ、しばらくは旅を続ける」
「……急に、どうして?」
私の問いに、マスキュラ―は深く息を吐いた。そして、目を伏せず、真っすぐに言った。
「レオナと……一緒に生きていくと決めた」
その言葉に、私は息をのんだ。
「え……レオナって……あの、レオナ=エルドリッジ……伯爵家の……?」
「ああ」
マスキュラ―は頷く。少し照れくさそうに、だが誇らしげに。
「彼女は貴族だ。オレは平民。今のままじゃ、一緒になるのは難しい。でも、オレがこの国を出て、平民として生きるなら、話は変わってくる。レオナもそれを望んでくれてる」
「…………」
私は言葉を失っていた。マスキュラ―とレオナ。確かに任務の合間に話している姿を何度か見たことはあった。でも――まさか、そんな関係になっていたなんて。
目の奥がじわりと熱くなる。けれど、それを見せるわけにはいかなかった。私はただ、微笑んだ。
「……おめでとう。そういうことなら、何も言えないわね」
喉の奥が少し痛んだ。
「ありがとうな、エリーゼ。オレ、ここまで来れたのは、お前たちのおかげだ」
「マスキュラ―殿……では、その旅立ちは、いつになるので?」
ダリルが口を開いた。彼も動揺しているのが声で分かった。
「早ければ、三日後には出る。準備はもう始めてる」
「三日……!」
ダリルが呻くように呟いた。
「では……この前、貴族と平民の結婚の話を拙者に尋ねたのは……」
「そのためだ。何か方法があるか、少しだけ……迷ってたんだ」
「だが……他に道はないのか?」
ダリルが苦しげに言った。
「貴族籍に取り立てられる道もある。陛下の恩赦、あるいは武勲を重ねて……それでも……!」
「それでも、オレは平民だ。何を積み上げても、どこかで“格の違い”を突きつけられる。なら、最初から貴族なんて捨てちまった方が楽だ。……それが、レオナが選んだ覚悟でもあるんだ」
静かな言葉に、部屋の空気が止まった。
「オレにとって、誇りは仲間との絆と、自分の力だけだ。肩書きなんていらねぇ。……愛する人が隣にいてくれれば、それで十分だ」
そのとき、私はようやく理解した。
マスキュラ―の決意は、剣と同じ。揺るぎなく、真っ直ぐなものだった。
「……あなたらしいわね、マスキュラ―」
私は、そっと微笑んだ。
「あなたが決めたことなら、きっと後悔はしない。だから、わたしも応援する」
涙は、落とさなかった。仲間としての誇りが、それを許さなかった。
だが心の奥で、確かに何かが切れた音がした気がした。
「ありがとう。オレ……お前には、感謝してもしきれねぇ」
マスキュラ―は、私とダリルの前で深く頭を下げた。
その背に、頼もしさと、ほんの少しの寂しさが重なって見えた。
***
談話室を出た後、私はしばらく廊下で空を見上げていた。
沈みゆく夕陽が、空を朱に染めている。
(きっと、後悔はしない。そう言ったけど……)
胸の奥で疼く何かが、まだ消えていない。
でも、それでもいい。
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そう思えたのは――スプレーマムという仲間たちと出会えたからだ。
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