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27 王太子妃と側室
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王太子妃に次の子が恵まれぬまま、二人の側室が曹隆明に仕えることとなった。一人は東方の役人の娘で申陽菜といい、もう一人は北西の商人の娘、周茉莉だった。
地方性があるのだろうか、周茉莉は北西の村から来ていた晶鈴に似た栗色の髪と濃い茶色の瞳をしている。また美しいというよりもかわいらしいと思える顔立ちだった。そして隆明は、この北西から来た娘、周茉莉を好むようになる。
妃のもとへ通う順序は、王であっても自由にできない。王太子である隆明も勿論同じで、気に入った妃ができても、彼女たちを平等に扱わねばならなかった。年齢は東から来た申陽菜のほうが一つ年上なので、もしも側室二人に男児が生まれたら、申陽菜の息子が世継ぎとなる。王太子妃の桃華は次の子供の兆候が見られず、太極府の占いによっても望みが薄いと出ていた。できれば確執が生まれないように、申陽菜に男児が生まれてほしいと望まれている。
夜に通うのは規則的な制約があっても、昼間に共に過ごすぶんにはある程度自由があった。国家の行事や、祭りごとなどは王太子妃の桃華を連れ立つ必要があるが、庭を眺めたり、音楽を奏でたりするときには隆明は茉莉をよく伴っていた。
茉莉は歌が得意だった。声の質もよく滑らかで小鳥のさえずりのようだ。池のほとりの東屋で、隆明は「さあ、茉妹よ。歌っておくれ」と袖から横笛をとりだした。
「隆明様。またわたくしを妹とお呼びになって」
「嫌か?」
「まさか。嫌だなんて。でも妻として扱われてない思うと……」
「そのようなことはない。そなたがとてもかわいらしいだけだ」
「それなら……」
機嫌をよくした茉莉は甘い声でさえずるように歌い始める。その歌声に合わせて隆明は笛を吹き添えた。
笛を吹きながら、茉莉に自分を「隆兄さま」とはさすがに呼ばせられないだろうと思った。そこまで彼女を晶鈴の身代わりにしてはいけないことはわかっている。茉莉は晶鈴と同じ北西の出身で顔立ちは抜ているが、やはり中身は全然別だった。
商人である彼女の父は、豪商で羽振りが良かったようで、娘には財産ではなく教養を与えたようだ。前例がないわけではないが、役人以外の娘が、王太子の妃候補に挙がってくることは少なかった。
豪商も豪農も、娘に教養を身につけさせる発想の持ち主がまだまだ少なかったからだ。商売人がそのような教養を身につけようと思うと、周囲から気取り屋と陰口をたたかれることもあるようだ。
茉莉は複数いる兄弟たちの末っ子のおかげで、商人の娘という育ち方ではない養育がなされた。簡単に言えば、父親の跡継ぎはもう決まっているので、彼女に商売のことで期待することは何もなかったのだ。ある意味裕福層の道楽のように、彼女に教養を与えた。
それが王太子の側室に選ばれるという名誉なことになり、父親は調子よく娘をそういう高貴な方へ嫁がせるべく教養を与えたと言い歩いているらしい。
娘が妃になったとしても、直接的な恩恵を受けることはない家族だが、その地方の人々からの注目は必然的に高くなる。特別に地位を与えられることも、権力を得ることもないが、やはりおのずと羽振りは良くなっていくものだった。
王太子妃の桃華は、眠る娘を眺めながら静かに平穏に時間が過ぎていくことを願っている。一度、姉から手紙が届いた。入れ替わった彼女たちは、自分の名前を名乗ることはもうない。妹の李華として届いた手紙には、結婚したのち、息子が生まれつつましいが幸せに暮らしていると書かれてあった。何も問題がないことは良いことだが、自分がこれだけ毎日気を使い、神経をすり減らしているのにと、能天気な姉に怒りを覚えずにはいられなかった。
せっかく美しく聡明で優しい隆明に出会えても、身代わりだということがばれないかと、素直に身を委ねることができないでいる。
「きっと、隆明様は、わたしを無感情なつまらない女だと思っているでしょうね……」
いつか思い切りあなたを愛していると告げ、抱き合えたらなんと素晴らしいことかと、隆明が通ってこない夜は涙を流しながら眠りについていた。
東から来た申陽菜は、細身であっさりとした風貌で髪も細く繊細な美貌だった。彼女は舞が得意で、一たび舞えばまるで風に乗っているような身の軽さを感じさせる。大臣たちからの受けもよく、隆明はこの娘を気に入ると思っていたので、周茉莉を好んでいることは不思議に映っていた。
申陽菜はあっさりとした風情とは逆に、内面は誰よりも情熱的だった。しなやかな肢体を駆使し、隆明の寵愛を得ようとしている。彼女はなかなかの策略家で受け身な性格ではない。王族の診察を行っている、薬師の陸慶明に目をつける。
「なんだか。ちょっとめまいが……」
「あ、陽菜さま……」
よろけるふりをして、陽菜は慶明にしなだれかかる。薬師とはいえ、気軽に触れてはいけないので慶明は慌てて手を取り、寝台に座らせる。彼女の繊細な美貌とふわっとした軽さに、慶明でもドキリとする。
「手を失礼して……」
脈を診るが、貧血などの症状はなかった。心配ないと告げると、陽菜は「そう……」と伏し目がちに答える。考えている慶明に囁くように陽菜は頼みごとをする。
「体臭を甘い香りに変える薬を作っていただけないかしら?」
「体臭、ですか?」
「なんだか閉じ込められているような気分になって気が滅入るわ」
確かに一度後宮に入ったならば、もうこの狭い世界で一生を終えるしかなくなる。
「あなたは新薬を作るのが上手だと聞いてるわよ」
「はあ……」
目的の薬を作り終えている慶明にとって、久しぶりの新薬開発に心が躍る。
「お願いね」
頼りなさげな様子を見せる陽菜の要望に慶明は思わず応えてしまった。
「しばらくお時間をください」
「ええ、待ってますわ」
心の中では、もう一人の側室、茉莉が身ごもる前に早く作れと言いたいところだったが弱々しいほほえみを見せ、慶明を下げさせた。
地方性があるのだろうか、周茉莉は北西の村から来ていた晶鈴に似た栗色の髪と濃い茶色の瞳をしている。また美しいというよりもかわいらしいと思える顔立ちだった。そして隆明は、この北西から来た娘、周茉莉を好むようになる。
妃のもとへ通う順序は、王であっても自由にできない。王太子である隆明も勿論同じで、気に入った妃ができても、彼女たちを平等に扱わねばならなかった。年齢は東から来た申陽菜のほうが一つ年上なので、もしも側室二人に男児が生まれたら、申陽菜の息子が世継ぎとなる。王太子妃の桃華は次の子供の兆候が見られず、太極府の占いによっても望みが薄いと出ていた。できれば確執が生まれないように、申陽菜に男児が生まれてほしいと望まれている。
夜に通うのは規則的な制約があっても、昼間に共に過ごすぶんにはある程度自由があった。国家の行事や、祭りごとなどは王太子妃の桃華を連れ立つ必要があるが、庭を眺めたり、音楽を奏でたりするときには隆明は茉莉をよく伴っていた。
茉莉は歌が得意だった。声の質もよく滑らかで小鳥のさえずりのようだ。池のほとりの東屋で、隆明は「さあ、茉妹よ。歌っておくれ」と袖から横笛をとりだした。
「隆明様。またわたくしを妹とお呼びになって」
「嫌か?」
「まさか。嫌だなんて。でも妻として扱われてない思うと……」
「そのようなことはない。そなたがとてもかわいらしいだけだ」
「それなら……」
機嫌をよくした茉莉は甘い声でさえずるように歌い始める。その歌声に合わせて隆明は笛を吹き添えた。
笛を吹きながら、茉莉に自分を「隆兄さま」とはさすがに呼ばせられないだろうと思った。そこまで彼女を晶鈴の身代わりにしてはいけないことはわかっている。茉莉は晶鈴と同じ北西の出身で顔立ちは抜ているが、やはり中身は全然別だった。
商人である彼女の父は、豪商で羽振りが良かったようで、娘には財産ではなく教養を与えたようだ。前例がないわけではないが、役人以外の娘が、王太子の妃候補に挙がってくることは少なかった。
豪商も豪農も、娘に教養を身につけさせる発想の持ち主がまだまだ少なかったからだ。商売人がそのような教養を身につけようと思うと、周囲から気取り屋と陰口をたたかれることもあるようだ。
茉莉は複数いる兄弟たちの末っ子のおかげで、商人の娘という育ち方ではない養育がなされた。簡単に言えば、父親の跡継ぎはもう決まっているので、彼女に商売のことで期待することは何もなかったのだ。ある意味裕福層の道楽のように、彼女に教養を与えた。
それが王太子の側室に選ばれるという名誉なことになり、父親は調子よく娘をそういう高貴な方へ嫁がせるべく教養を与えたと言い歩いているらしい。
娘が妃になったとしても、直接的な恩恵を受けることはない家族だが、その地方の人々からの注目は必然的に高くなる。特別に地位を与えられることも、権力を得ることもないが、やはりおのずと羽振りは良くなっていくものだった。
王太子妃の桃華は、眠る娘を眺めながら静かに平穏に時間が過ぎていくことを願っている。一度、姉から手紙が届いた。入れ替わった彼女たちは、自分の名前を名乗ることはもうない。妹の李華として届いた手紙には、結婚したのち、息子が生まれつつましいが幸せに暮らしていると書かれてあった。何も問題がないことは良いことだが、自分がこれだけ毎日気を使い、神経をすり減らしているのにと、能天気な姉に怒りを覚えずにはいられなかった。
せっかく美しく聡明で優しい隆明に出会えても、身代わりだということがばれないかと、素直に身を委ねることができないでいる。
「きっと、隆明様は、わたしを無感情なつまらない女だと思っているでしょうね……」
いつか思い切りあなたを愛していると告げ、抱き合えたらなんと素晴らしいことかと、隆明が通ってこない夜は涙を流しながら眠りについていた。
東から来た申陽菜は、細身であっさりとした風貌で髪も細く繊細な美貌だった。彼女は舞が得意で、一たび舞えばまるで風に乗っているような身の軽さを感じさせる。大臣たちからの受けもよく、隆明はこの娘を気に入ると思っていたので、周茉莉を好んでいることは不思議に映っていた。
申陽菜はあっさりとした風情とは逆に、内面は誰よりも情熱的だった。しなやかな肢体を駆使し、隆明の寵愛を得ようとしている。彼女はなかなかの策略家で受け身な性格ではない。王族の診察を行っている、薬師の陸慶明に目をつける。
「なんだか。ちょっとめまいが……」
「あ、陽菜さま……」
よろけるふりをして、陽菜は慶明にしなだれかかる。薬師とはいえ、気軽に触れてはいけないので慶明は慌てて手を取り、寝台に座らせる。彼女の繊細な美貌とふわっとした軽さに、慶明でもドキリとする。
「手を失礼して……」
脈を診るが、貧血などの症状はなかった。心配ないと告げると、陽菜は「そう……」と伏し目がちに答える。考えている慶明に囁くように陽菜は頼みごとをする。
「体臭を甘い香りに変える薬を作っていただけないかしら?」
「体臭、ですか?」
「なんだか閉じ込められているような気分になって気が滅入るわ」
確かに一度後宮に入ったならば、もうこの狭い世界で一生を終えるしかなくなる。
「あなたは新薬を作るのが上手だと聞いてるわよ」
「はあ……」
目的の薬を作り終えている慶明にとって、久しぶりの新薬開発に心が躍る。
「お願いね」
頼りなさげな様子を見せる陽菜の要望に慶明は思わず応えてしまった。
「しばらくお時間をください」
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