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77 秘密
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王妃が亡くなったことは、数日してから星羅の耳にも届いた。太極府に勤めている兄の京樹からも、国葬の日取りと墓の方位が決まったと聞いた。王太子、曹隆明の実母ではないが、身内の者はしばらく喪に服し活動を自粛するということだ。
王の容態も小康状態だったが、王妃の突然死によって衝撃を受けたらしく、体調は芳しくない。いよいよ王位が交代かとささやかれている。
隆明が王になれば、もう軍師省に来ることはないだろう。軍師助手では王と言葉を交わすことさえできない。星羅が出世していかなければ、遠くから隆明を眺めるだけになる。
郭蒼樹と星羅が兵法書の研究と解読を行っているところに、すっと隆明が入ってきた。
「研究は進んでおるか?」
突然の隆明の声に、二人は驚きすぐに膝まづく。
「よい。楽にせよ」
お忍びで来ているのであろう隆明の着物は、庶民の着る麻のようだが、彼自身が輝くような麗しさで目を引いてしまう。
「もう、おいでにはならないかと」
クールな郭蒼樹が残念そうな声を出す。
「うむ。今日で最後であろう」
星羅は何も言えずに突っ立ったまま隆明を見つめ続ける。そんな星羅に隆明は優しく微笑む。
「好い子を産むのだぞ」
「は、はい」
わずかに膨らんだ腹を隆明はそっと慈しむように撫でる。星羅と隆明の二人の時間だけが優しくゆるゆると流れているようで、まるで一枚の絵を見せられているような郭蒼樹だった。
「では、これで。朝廷で待っておる」
2人は隆明が部屋を出てい行くまで頭を下げた。郭蒼樹が先に頭を上げ「行ってしまわれたな」と星羅に声を掛けた。
「ああ、そうか」
星羅は温かさを保つように、さっき隆明に撫でられた腹の上に手を置く。
「星雷。まさか、その腹の子は……」
郭蒼樹が慎重だが鋭い口調で訪ねる。
「ち、ちがうよ」
「誰が見てもおかしいだろう。妾なのか?」
「まさか!」
「最初は星雷だけが殿下を慕っていると思っていたが、ここ何年も見てきたが寵姫に見えてもおかしくない」
「そ、そんな。それは蒼樹の思い込みじゃないか。わたしはもう夫もいる身だし」
「結婚など契約にすぎない」
郭蒼樹は、星羅と隆明の関係を只ならぬものと疑っている。今に始まったことではないのだろう。確信しているといった話振りだ。
「もう少し納得したいものだ。殿下と星雷のかかわり方は後宮でも怪しまれているのだぞ?」
「え?」
全く予想していない事柄に星羅は唖然とする。
「側室の申陽菜さまが目ざといのだ。探りを入れられていることを知らなかったのか?」
「探り?」
「そうだ。殿下と一緒にくる供の者がいるだろう。あれは申陽菜さまの息がかかっているものだ」
「で、でも、わたしは何も……」
「知ってる。俺もいるのだから。だが、俺が逢引の協力者だと思われていることもあるのだ」
郭家は軍師家系なので、星羅には伝わらない情報を色々得ているのだろう。郭蒼樹は冤罪だと言わんばかりに口惜しそうな表情だ。
「すまない。わたしのせいで嫌な思いをしてたんだな」
「いや、なんでもないならいい」
何年も一緒に切磋琢磨してきた郭蒼樹はこれからも、いや、一生軍師として関わり続けるかもしれない。彼は十分に信頼に値し、誠実で、正義感がある。星羅は彼だけには打ち明けようと決心する。
「蒼樹、これから話すことを絶対に誰にも他言しないと約束してくれるか?」
真剣な表情をする星羅に「もちろん」と郭蒼樹は頷く。
「殿下はわたしの――わたしの父なのだ」
「えっ?」
「しっ!」
「あ、すまない。あまりにも驚いて」
「ふふっ。蒼樹も驚くことがあるんだな」
「それは、ま、まあ」
星羅は実の母と隆明のことをかいつまんで話す。
「そうだったのか……」
「わたしも、このことを知ったのは軍師見習いになってからなんだ」
「ああ、なるほど……」
郭蒼樹は何年か前のことを思い出して反芻する。そして今現在の状況と繋がったらしく納得した。
「しかし、それはそれで大変な重要機密だな」
「そうらしいね。誰にも言わないでほしい」
「わかってる。聞いて後悔したくらいだ。まだ殿下の愛妾のほうがいいくらいだ」
「もう! やだな」
「冗談だ」
「でも、申陽菜さまには気をつけろ。朝廷でも、行事のときにも殿下を目で追うなよ」
「気を付けるよ」
「もうじき殿下は王になる。そうなると、ますます、いや、まあとにかく早く軍師にならねばな」
郭蒼樹はこれ以上星羅にプレッシャーを与えないようにと話題を変える。
「ありがとう。親子の名乗りは上げられないけど、軍師としてお仕えできるよう頑張るよ」
「その意気だ」
星羅は郭蒼樹との信頼関係がますます厚くなるのを感じていた。
王の容態も小康状態だったが、王妃の突然死によって衝撃を受けたらしく、体調は芳しくない。いよいよ王位が交代かとささやかれている。
隆明が王になれば、もう軍師省に来ることはないだろう。軍師助手では王と言葉を交わすことさえできない。星羅が出世していかなければ、遠くから隆明を眺めるだけになる。
郭蒼樹と星羅が兵法書の研究と解読を行っているところに、すっと隆明が入ってきた。
「研究は進んでおるか?」
突然の隆明の声に、二人は驚きすぐに膝まづく。
「よい。楽にせよ」
お忍びで来ているのであろう隆明の着物は、庶民の着る麻のようだが、彼自身が輝くような麗しさで目を引いてしまう。
「もう、おいでにはならないかと」
クールな郭蒼樹が残念そうな声を出す。
「うむ。今日で最後であろう」
星羅は何も言えずに突っ立ったまま隆明を見つめ続ける。そんな星羅に隆明は優しく微笑む。
「好い子を産むのだぞ」
「は、はい」
わずかに膨らんだ腹を隆明はそっと慈しむように撫でる。星羅と隆明の二人の時間だけが優しくゆるゆると流れているようで、まるで一枚の絵を見せられているような郭蒼樹だった。
「では、これで。朝廷で待っておる」
2人は隆明が部屋を出てい行くまで頭を下げた。郭蒼樹が先に頭を上げ「行ってしまわれたな」と星羅に声を掛けた。
「ああ、そうか」
星羅は温かさを保つように、さっき隆明に撫でられた腹の上に手を置く。
「星雷。まさか、その腹の子は……」
郭蒼樹が慎重だが鋭い口調で訪ねる。
「ち、ちがうよ」
「誰が見てもおかしいだろう。妾なのか?」
「まさか!」
「最初は星雷だけが殿下を慕っていると思っていたが、ここ何年も見てきたが寵姫に見えてもおかしくない」
「そ、そんな。それは蒼樹の思い込みじゃないか。わたしはもう夫もいる身だし」
「結婚など契約にすぎない」
郭蒼樹は、星羅と隆明の関係を只ならぬものと疑っている。今に始まったことではないのだろう。確信しているといった話振りだ。
「もう少し納得したいものだ。殿下と星雷のかかわり方は後宮でも怪しまれているのだぞ?」
「え?」
全く予想していない事柄に星羅は唖然とする。
「側室の申陽菜さまが目ざといのだ。探りを入れられていることを知らなかったのか?」
「探り?」
「そうだ。殿下と一緒にくる供の者がいるだろう。あれは申陽菜さまの息がかかっているものだ」
「で、でも、わたしは何も……」
「知ってる。俺もいるのだから。だが、俺が逢引の協力者だと思われていることもあるのだ」
郭家は軍師家系なので、星羅には伝わらない情報を色々得ているのだろう。郭蒼樹は冤罪だと言わんばかりに口惜しそうな表情だ。
「すまない。わたしのせいで嫌な思いをしてたんだな」
「いや、なんでもないならいい」
何年も一緒に切磋琢磨してきた郭蒼樹はこれからも、いや、一生軍師として関わり続けるかもしれない。彼は十分に信頼に値し、誠実で、正義感がある。星羅は彼だけには打ち明けようと決心する。
「蒼樹、これから話すことを絶対に誰にも他言しないと約束してくれるか?」
真剣な表情をする星羅に「もちろん」と郭蒼樹は頷く。
「殿下はわたしの――わたしの父なのだ」
「えっ?」
「しっ!」
「あ、すまない。あまりにも驚いて」
「ふふっ。蒼樹も驚くことがあるんだな」
「それは、ま、まあ」
星羅は実の母と隆明のことをかいつまんで話す。
「そうだったのか……」
「わたしも、このことを知ったのは軍師見習いになってからなんだ」
「ああ、なるほど……」
郭蒼樹は何年か前のことを思い出して反芻する。そして今現在の状況と繋がったらしく納得した。
「しかし、それはそれで大変な重要機密だな」
「そうらしいね。誰にも言わないでほしい」
「わかってる。聞いて後悔したくらいだ。まだ殿下の愛妾のほうがいいくらいだ」
「もう! やだな」
「冗談だ」
「でも、申陽菜さまには気をつけろ。朝廷でも、行事のときにも殿下を目で追うなよ」
「気を付けるよ」
「もうじき殿下は王になる。そうなると、ますます、いや、まあとにかく早く軍師にならねばな」
郭蒼樹はこれ以上星羅にプレッシャーを与えないようにと話題を変える。
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「その意気だ」
星羅は郭蒼樹との信頼関係がますます厚くなるのを感じていた。
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