103 / 127
103 占い師
しおりを挟む
一人で静かな夜道を歩く。大通りから一本入ると、店はまばらになっていて人通りも少なくなった。星羅は瓶のふたをとり、一口酒を飲む。
「一人で飲むほうが酔えるかな」
夫の明樹とはよく酒屋に行って楽しく飲んだ。陽気な彼は酒が入ると更に明るく朗らかになった。
「どうしてかしら、ね」
遺品を整理していた時に、明樹が星羅に当てただろう文が出てきた。
『私は弱い人間だ。すまない』
快活で前向きな明樹に弱い部分があろうとは夢にも思わなかった。父親である陸慶明も「明樹は私の母に似ているところがあったようだ」とがっくり肩を落としていた。
星羅が後を追わずなんとか生き長らえているのは、明樹の一粒種でもある、息子の徳樹が残っているからだろうか。瓶を傾けまた酒を含む。
「明兄さま……」
いつかひょっこり顔を出して「なんだ暗いじゃないか。酒でも飲もうぜ」とどこからか出てくるのではないだろうかと、無駄な空想に縋りつく。
気が付くと瓶は空になっている。
「少し酔ってきたみたい」
ふらふらし始めた星羅は広い道から狭い道に入る。家を目指して歩いていると、十字路に差し掛かる。
「おや? あんなところに誰か」
店も民家も建っていない空き地に机を出して座っている者がいる。行燈の火がちらちらしていて、その人物を明るくしたり暗くしたりする。
近づいてみると、街頭の占い師のようだった。
「そういえば、観てもらったことないな」
都のあちこちにも、街頭で占っているものがいる。太極府からのスカウトを待っている占い師も多いが、陳老師の眼鏡にかなうものはなかった。
ふらっと近づき、頭から深くローブをかぶった占い師に声を掛ける。
「観てもらえる?」
占い師はうつむいたまま頷き「何を観ましょう」と答えた。声で女人だとわかるくらいで、立っている星羅には座って俯く占い師の顔は見えない。
「え、と。母のことを」
「どちらの母を?」
「え? どちら?」
占い師はこくりと頷き「お二人いるでしょう」と静かに答える。いきなり当てられて星羅は驚いた。
「あ、ああ、では、その、育ての母を」
「わかりました」
占い師は袖口から紙の束をとり出しかき混ぜ、まとめてから何枚か机に並べる。色々な絵の札が並べられた。星羅にわかるのは、異国の民が描かれていることと、太陽、楽器を拭く人物などだった。
「あなたのお母さまはとてもお元気です。愛しい人との再会も果たしているでしょう。近々、手紙が届くかもしれません」
「そうですか。よかった」
少しだけ心が温まり、ほっとする。
「あの、生みの母も観てもらえますか?」
「わかりました」
先ほどの絵の札をまた集めて、混ぜ合わせ並べなおされた。歩いている異国の民と、輪の中で踊る人や、たくさんの棒を見た。
「ずっと旅をしています。自由の身でお元気ですよ。あなたのことをいつも気にかけていますが、お会いになれるのは随分先でしょう」
「随分先……。会えないかもしれないのですか?」
「会う必要があれば、きっと」
「そうですか。でも自由なのですね」
「あなたのことは良いのですか?」
「わたしのこと……」
「あなたは自分で道を切り拓いているのですね。誰かを頼ることなく。でもあなたのことをずっと見守っている方は多いのですよ。そのことをお忘れなく」
「ありがとうございます。では、これを」
懐から銀貨を出し5枚ほど机に置く。しかし占い師は受け取らない。
「金はいりません。その代わり、あなたの髪を一房ください」
「髪を?」
星羅は言われるまま、頭の横にすっと指を入れ一房髪をとりだす。長い髪の先を占い師はそっと撫で「少しだけですから」と異国の刃物でちょきんと手のひらくらいの長さを切った。
代金が金ではなく髪の毛とは変わった占い師だと思ったが、街頭の占い師に比べ、よく当たっていると思うので、価値が違うのかもしれない。
「これを一つどうぞ。お守りです」
占い師は腰から下げられるような紐が付いた、小さな布包みを星羅に渡す。
「あの、それだけよく見えているのなら、太極府にお知らせしておきますよ」
「太極府……」
「ええ、太極府では、あの、昔、すごく的中率の高い占い師がいたのですが、今はなかなかそれだけの人がいないようで」
「うふふ。ありがとう。今夜でここの商売は最後なので結構です」
「そうですか。では、これで」
「お元気で」
占い師にお元気でと言われて、やはり変わった挨拶だと思って星羅はまた道を歩き出した。手にしていた酒瓶がいつの間にかなくなって、代わりに布包みが手の中にある。あっと思って振り返ると、もう占い師の影も形も無くなっていた。
「一人で飲むほうが酔えるかな」
夫の明樹とはよく酒屋に行って楽しく飲んだ。陽気な彼は酒が入ると更に明るく朗らかになった。
「どうしてかしら、ね」
遺品を整理していた時に、明樹が星羅に当てただろう文が出てきた。
『私は弱い人間だ。すまない』
快活で前向きな明樹に弱い部分があろうとは夢にも思わなかった。父親である陸慶明も「明樹は私の母に似ているところがあったようだ」とがっくり肩を落としていた。
星羅が後を追わずなんとか生き長らえているのは、明樹の一粒種でもある、息子の徳樹が残っているからだろうか。瓶を傾けまた酒を含む。
「明兄さま……」
いつかひょっこり顔を出して「なんだ暗いじゃないか。酒でも飲もうぜ」とどこからか出てくるのではないだろうかと、無駄な空想に縋りつく。
気が付くと瓶は空になっている。
「少し酔ってきたみたい」
ふらふらし始めた星羅は広い道から狭い道に入る。家を目指して歩いていると、十字路に差し掛かる。
「おや? あんなところに誰か」
店も民家も建っていない空き地に机を出して座っている者がいる。行燈の火がちらちらしていて、その人物を明るくしたり暗くしたりする。
近づいてみると、街頭の占い師のようだった。
「そういえば、観てもらったことないな」
都のあちこちにも、街頭で占っているものがいる。太極府からのスカウトを待っている占い師も多いが、陳老師の眼鏡にかなうものはなかった。
ふらっと近づき、頭から深くローブをかぶった占い師に声を掛ける。
「観てもらえる?」
占い師はうつむいたまま頷き「何を観ましょう」と答えた。声で女人だとわかるくらいで、立っている星羅には座って俯く占い師の顔は見えない。
「え、と。母のことを」
「どちらの母を?」
「え? どちら?」
占い師はこくりと頷き「お二人いるでしょう」と静かに答える。いきなり当てられて星羅は驚いた。
「あ、ああ、では、その、育ての母を」
「わかりました」
占い師は袖口から紙の束をとり出しかき混ぜ、まとめてから何枚か机に並べる。色々な絵の札が並べられた。星羅にわかるのは、異国の民が描かれていることと、太陽、楽器を拭く人物などだった。
「あなたのお母さまはとてもお元気です。愛しい人との再会も果たしているでしょう。近々、手紙が届くかもしれません」
「そうですか。よかった」
少しだけ心が温まり、ほっとする。
「あの、生みの母も観てもらえますか?」
「わかりました」
先ほどの絵の札をまた集めて、混ぜ合わせ並べなおされた。歩いている異国の民と、輪の中で踊る人や、たくさんの棒を見た。
「ずっと旅をしています。自由の身でお元気ですよ。あなたのことをいつも気にかけていますが、お会いになれるのは随分先でしょう」
「随分先……。会えないかもしれないのですか?」
「会う必要があれば、きっと」
「そうですか。でも自由なのですね」
「あなたのことは良いのですか?」
「わたしのこと……」
「あなたは自分で道を切り拓いているのですね。誰かを頼ることなく。でもあなたのことをずっと見守っている方は多いのですよ。そのことをお忘れなく」
「ありがとうございます。では、これを」
懐から銀貨を出し5枚ほど机に置く。しかし占い師は受け取らない。
「金はいりません。その代わり、あなたの髪を一房ください」
「髪を?」
星羅は言われるまま、頭の横にすっと指を入れ一房髪をとりだす。長い髪の先を占い師はそっと撫で「少しだけですから」と異国の刃物でちょきんと手のひらくらいの長さを切った。
代金が金ではなく髪の毛とは変わった占い師だと思ったが、街頭の占い師に比べ、よく当たっていると思うので、価値が違うのかもしれない。
「これを一つどうぞ。お守りです」
占い師は腰から下げられるような紐が付いた、小さな布包みを星羅に渡す。
「あの、それだけよく見えているのなら、太極府にお知らせしておきますよ」
「太極府……」
「ええ、太極府では、あの、昔、すごく的中率の高い占い師がいたのですが、今はなかなかそれだけの人がいないようで」
「うふふ。ありがとう。今夜でここの商売は最後なので結構です」
「そうですか。では、これで」
「お元気で」
占い師にお元気でと言われて、やはり変わった挨拶だと思って星羅はまた道を歩き出した。手にしていた酒瓶がいつの間にかなくなって、代わりに布包みが手の中にある。あっと思って振り返ると、もう占い師の影も形も無くなっていた。
0
あなたにおすすめの小説
黒騎士団の娼婦
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王宮メイドは今日も夫を「観察」する
kujinoji
恋愛
「はぁぁ〜!今日も働くヴィクター様が尊すぎる……!」
王宮メイドのミネリは、今日も愛しの夫ヴィクターを「観察」していた。
ヴィクターが好きすぎるあまり、あますところなく彼を見つめていたいミネリ。内緒で王宮メイドになり、文官である夫のもとに通うことに。
だけどある日、ヴィクターとある女性の、とんでもない場面を目撃してしまって……?
※同じものを他サイトにて、別名義で公開しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる