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相談
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翌日、昼まで寝ていた俺たちをアリアンナさんが起こしに来てくれた。柔らかな寝具に包まれてぐっすり、最高の目覚めだ。
「さあ、あたたかいパン粥ですよ。召し上がれ」
「ありがとうございます」
湯気がふわりと立ち上がり、ほのかに甘い麦の香りが鼻をくすぐる。
器を受け取ったアシェルは当然のように俺の分も手に取り、自然な流れでスプーンを構えてくる。
「フィル、はい」
差し出されたパン粥をニコニコ顔で当たり前のようにぱくぱく食べる俺を見て、アシェルも楽しそうに笑う。
「あらまぁ、ほんと、仲良しなのね」
アリアンナさんが飲み物を準備しながらそう言って笑っていた。
食後にのんびりしていると、ラーシュが医者を連れて部屋にやって来た。
服を脱いで色んなところを検査したり、問診をしていく。
「ふむ……この子は完全に栄養失調ですな。かわいそうに、かなり酷い環境にいたようだ。しばらくは絶対安静にすることです」
痩せた身体には切り傷や、注射針の跡。青黒い痣が所々にあってとても痛々しい。
アシェルは視線を落として、居づらそうに小さく肩を縮めている。
(子供相手によくこんなこと出来る……)
逃げてくる時、ついでにあの場の全員を一発ずつくらい殴ってくれば良かった、と今更ながら思う。
大人たちのアシェルへの扱いを思い出して怒りが湧いてきた。
次に俺の番。
「なるほど、ハーピーの幼体ですか……。魔獣を診るのは初めてなんですがね、ふむ……羽が多少傷んでるようですが、目立った怪我はなさそうです。まぁ問題ないでしょう」
まじまじと羽や脚の他、喉の奥まで覗かれたり、目をグイっと開かれたり……色々されたけど、結果は健康そのもの。
ここ二日くらいゆっくり休めたし、墜落時のダメージも、もうほとんど感じない。
魔獣と言われるくらいだし、普通の人間よりもその辺は頑丈に出来てたりするんだろうか?
続いて魔力量の測定も行われた。
いかにもといった感じの水晶玉が差し出され、表面に両の翼をくっつけるように促される。
熱を感じたかと思うと、水晶が白く光を放った。これが俺の魔力、ということらしい。
次はアシェルの番だ。
不安そうな表情のアシェルは両手を出すのを躊躇している。
医者が優しく声をかけるが、アシェルは床を見たまま動かない。
(あ……そりゃ、怖いよな)
アシェルの過去の記憶を一瞬だけ覗き見てしまった俺には、なんとなく察しがついた。
アシェルが貴族の家にいた頃も、彼を取り巻く環境は最悪ではあったけど。魔力測定をしてからの扱いはモノ同然だ。
痛みと恐怖の中で、ずっと魔力を搾取される日々。
設定の魔王アシェルは、世界最強なんて言われていた。それほどにアシェルの魔力は特別なものなんだろう。
水晶玉に触れるというその行為だけで、魔力を、人生を、また奪われるんじゃないか。
そう思ってしまっているのかもしれない。
肩をこわばらせて、指先が白くなるほど手を握るアシェルを安心させようと、俺はそっと寄り添って羽根でふわふわと撫でてやる。
戸惑う様子の医者が、ラーシュに視線を投げた。
ラーシュは静かにアシェルと目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「無理をさせるつもりはない。お前にもなにか事情があるんだろう。ただ、これはお前を守るために必要なことなんだと理解して欲しい。」
低く、穏やかな、落ち着いた声で続けた。
「魔力っていうのは俺たちの体の一部だ。上手く扱えば便利なものだが、危険もある。魔力量が少ないと、どんなに体を休めても元気にはなれないんだぞ?異常があれば、病気になったりもする」
ラーシュはそっと手を伸ばし、アシェルの肩にそっと触れた。
顔を上げたアシェルを安心させるように微笑む。
「どうしても駄目ならすぐ止める。少しだけ、頑張ってみないか?」
肩に置かれた手は、押さえつけるのではなく、支えるように軽く、確かな安心感を覚える大人の大きな手だ。
アシェルがおそるおそる俺の方を見る。
魔力云々については俺もさっぱりなので、しっかりと診断してもらうのが良いと思う。
元は周囲を燃やし尽くす程のほどの暴走をする設定だったし、ラーシュの話した内容を聞けば、魔王化を阻止したとはいえ、体に悪い影響が無いとも限らないのかもしれない。
ここまで世話になったラーシュは、信用出来る、と思っている。アシェルに危害が及ぶことはないだろう。
俺は励ます様に大きく一つ頷いた。
アシェルの握りしめていた指先がかすかに緩んだ。
まだ体はこわばっているが、少しずつ前に体が傾いていく。
ラーシュが俺に離れるよう手で制してきた。
アシェルは深く息をつくと、意を決したように水晶玉の前へそっと両手を伸ばした。
触れた瞬間、水晶玉の内部で爆ぜるように黒い閃光が渦を巻き、周囲にあふれ出す。
その場にいた俺たちは息をのみ、身じろぎせずただ静かにたたずむアシェルを見つめていた。
――――
書斎の窓から差す光が、机に並べられた書簡を静かに照らしていた。
この屋敷の主である、カール・マスラーク伯爵が眉を寄せながらその内容を確認している。
「この診断結果は……すさまじいね」
「医者の先生も驚いていた。身体はボロボロなのに、魔力が異様に濃くて多い。子供どころか、常人の器に収まるもんじゃねぇって」
報告に来たラーシュは続ける。
「栄養失調と慢性的な暴行で、本来なら死んでしまっていてもおかしくない状態だったのを、あふれる魔力で無意識に体の負担を補っていたんだろうって言ってたぜ。今日まで生きてこられたのは奇跡だってな」
話を聞いて、カール伯爵は眉を寄せた。
幼い頃からの友人である彼は、本気で嫌悪感を持った時に、決まってこの顔になる事をラーシュは知っていた。
「子供を私利私欲で傷つける不届き者がいるとは……」
「まだ本人から詳しい話は聞けていない。アルソレイユの貴族の生まれらしいが、自分がどこから来たのかよく覚えていないみたいだったぜ」
森で出会ったときにアシェルから聞いた内容だった。
帝国のマスラーク領は、人類未踏の広大な魔の森という不可侵地域を挟んで、アルソレイユ王国と隣接している。
断片的な情報からだが、おそらくは王国で酷い扱いを受け、魔の森を抜けて帝国領まで逃げてきたのだろうと予想された。
アシェルの様子から、せめてもう少し体の回復を待ってから、改めて話を聞いた方が良いだろうという事で2人は合意した。
「魔力量もそうだが、性質も随分珍しいようだね。黒い光か」
「先生が言うには複数の属性に適性があるらしい。難しいが、上手く鍛えれば色んな属性の魔法が扱えるようになるかもしれないってな」
魔力には適性があり、それは色や形で、ある程度診断することが出来る。
実際に魔術が使えるようになるかは、本人が内包する魔力の多さで判断がされる。
アシェルの場合、元の適性属性が判別できないほど様々な魔力が混ざり合い、さらに天賦の魔力量を誇る。
まさに逸材と言っていい。
「今のうちに正しい魔力の制御方法を訓練しないと、子供の体には負担が大きすぎるそうだ。今はまだ体の回復にエネルギーを割いてる状態なんだろうが、元気になったら行き場をなくした魔力が暴発して、事故が起きるかもしれねぇってよ」
カールは深く椅子に背を預ける。
「しかしな、うちがアルソレイユ王国の貴族を匿うのは筋が悪い。ましてこれほどの才能ある子だ。よくよく揉め事になるぞ」
「分かってる。だが……」
ラーシュは森で2人と出会ったときの様子、往診の際に見たアシェルの体を思い返し、硬く拳を握る。
「俺には見過ごすなんて出来ん。拾ってきたのは俺だ、責任は取る。なんとか……頼めないか」
神妙に目線を下げるラーシュ。
沈黙するその場に、ふっと短く笑う声が漏れた。
「そう言うと思ったよ」
真剣な様子で自分に頼みごとをする旧友に微笑むカールは、手元の書簡を数枚めくり、机に置いた。
「帰還したお前から報告を聞いてすぐ、調べさせた。王国の貴族台帳に“アシェル”という名の子はいない。過去に遡って年頃の子供はすべて洗い出したが、どれも該当無しだ」
「つまり?」
「身寄りのない子供という判断で良いだろう。そもそもあんな扱いを受けている子だ、保護者が親権を主張したとして、まともな効力を発揮するとは思えない。万が一、何かあっても面倒事はこちらに任せてくれれば良い」
カールはいたずらっ子のように笑いかける。
「お前の家で育ててやれ。子がいないのを奥方も気にしていただろう?必要なものがあれば遠慮なく頼って欲しい。私は、お前たちが良い養い親になると信じているよ」
ラーシュは少し息を呑んだ。
「……ありがとう。悪いな」
「恩の1つくらい返させてくれ。孤児だったお前が父に拾われてから、領地のため今日まで尽力してくれた事への、ほんの感謝だ。お前が居なきゃ領地経営なんてやってられないと投げ出すところだったんだからな」
「ははは、ガキの頃の話だろ?また今度、酒でも飲みながらしようや」
そう言って表情を崩したラーシュ。大柄な体に似合わず、目の奥がじんと熱くなっていた。
問題はまだあった。
「さて、こっちはハーピーの子か……」
「フィルだな」
書類を一枚取り、視線を落とす。
カールは深く息を吐き、どうしたものかと顎に手を当てた。
「魔獣だというだけで、民衆は騒ぐだろう。まして人型魔獣が人間の子供に懐くなんて前代未聞だ」
ラーシュも頷く。
「人間の言葉が通じているみたいでな、会話はかわせないが、意思疎通に問題はない。どういうわけかアシェルに懐いてるみたいで、ただの魔獣として扱うわけにもいかない」
「見た目は鳥の雛ようなのだろう?生まれた時にアシェルを見て親だと思ってる、というのは考えられないのかい?」
「俺もそう思ってな。魔獣に詳しい団員に聞いてみたが、ハーピーは見た目こそ鳥と人間を合わせたような魔獣だが、生態が鳥と近いのかまでは判断できないそうだ。ただ、フィルという名前はアシェルが名づけたんだと」
「今は幼体だから良いものの、相手は魔獣だ。成長して制御できない存在にならないとも限らない。今のうちに引き離して逃がすか、駆除の選択肢もあるだろうか」
ラーシュは即座に首を振った。
「無理だ。あいつは身を挺してアシェルを守ろうとしてた。あれは魔獣の本能じゃなく、明確な意思を持ってないと出来ない行動だ。理由なく引き離せるとは思えない。アシェルも今はフィルにずっとくっ付いてる。無理に奴をどうこうして精神的な負荷をかけたくはない」
ふむ、と息をついてカールはゆっくりと立ち上がった。
「なら、まずは二人に話をしてみた方が良い。意思の疎通は出来るのだろう?ある程度知性があるのなら、状況を伝えて、これからどうするか本人たちの意思を確認してみることだ」
「そう、だよな……わかった」
ラーシュは、ゆっくりと頷いた。
「さあ、あたたかいパン粥ですよ。召し上がれ」
「ありがとうございます」
湯気がふわりと立ち上がり、ほのかに甘い麦の香りが鼻をくすぐる。
器を受け取ったアシェルは当然のように俺の分も手に取り、自然な流れでスプーンを構えてくる。
「フィル、はい」
差し出されたパン粥をニコニコ顔で当たり前のようにぱくぱく食べる俺を見て、アシェルも楽しそうに笑う。
「あらまぁ、ほんと、仲良しなのね」
アリアンナさんが飲み物を準備しながらそう言って笑っていた。
食後にのんびりしていると、ラーシュが医者を連れて部屋にやって来た。
服を脱いで色んなところを検査したり、問診をしていく。
「ふむ……この子は完全に栄養失調ですな。かわいそうに、かなり酷い環境にいたようだ。しばらくは絶対安静にすることです」
痩せた身体には切り傷や、注射針の跡。青黒い痣が所々にあってとても痛々しい。
アシェルは視線を落として、居づらそうに小さく肩を縮めている。
(子供相手によくこんなこと出来る……)
逃げてくる時、ついでにあの場の全員を一発ずつくらい殴ってくれば良かった、と今更ながら思う。
大人たちのアシェルへの扱いを思い出して怒りが湧いてきた。
次に俺の番。
「なるほど、ハーピーの幼体ですか……。魔獣を診るのは初めてなんですがね、ふむ……羽が多少傷んでるようですが、目立った怪我はなさそうです。まぁ問題ないでしょう」
まじまじと羽や脚の他、喉の奥まで覗かれたり、目をグイっと開かれたり……色々されたけど、結果は健康そのもの。
ここ二日くらいゆっくり休めたし、墜落時のダメージも、もうほとんど感じない。
魔獣と言われるくらいだし、普通の人間よりもその辺は頑丈に出来てたりするんだろうか?
続いて魔力量の測定も行われた。
いかにもといった感じの水晶玉が差し出され、表面に両の翼をくっつけるように促される。
熱を感じたかと思うと、水晶が白く光を放った。これが俺の魔力、ということらしい。
次はアシェルの番だ。
不安そうな表情のアシェルは両手を出すのを躊躇している。
医者が優しく声をかけるが、アシェルは床を見たまま動かない。
(あ……そりゃ、怖いよな)
アシェルの過去の記憶を一瞬だけ覗き見てしまった俺には、なんとなく察しがついた。
アシェルが貴族の家にいた頃も、彼を取り巻く環境は最悪ではあったけど。魔力測定をしてからの扱いはモノ同然だ。
痛みと恐怖の中で、ずっと魔力を搾取される日々。
設定の魔王アシェルは、世界最強なんて言われていた。それほどにアシェルの魔力は特別なものなんだろう。
水晶玉に触れるというその行為だけで、魔力を、人生を、また奪われるんじゃないか。
そう思ってしまっているのかもしれない。
肩をこわばらせて、指先が白くなるほど手を握るアシェルを安心させようと、俺はそっと寄り添って羽根でふわふわと撫でてやる。
戸惑う様子の医者が、ラーシュに視線を投げた。
ラーシュは静かにアシェルと目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「無理をさせるつもりはない。お前にもなにか事情があるんだろう。ただ、これはお前を守るために必要なことなんだと理解して欲しい。」
低く、穏やかな、落ち着いた声で続けた。
「魔力っていうのは俺たちの体の一部だ。上手く扱えば便利なものだが、危険もある。魔力量が少ないと、どんなに体を休めても元気にはなれないんだぞ?異常があれば、病気になったりもする」
ラーシュはそっと手を伸ばし、アシェルの肩にそっと触れた。
顔を上げたアシェルを安心させるように微笑む。
「どうしても駄目ならすぐ止める。少しだけ、頑張ってみないか?」
肩に置かれた手は、押さえつけるのではなく、支えるように軽く、確かな安心感を覚える大人の大きな手だ。
アシェルがおそるおそる俺の方を見る。
魔力云々については俺もさっぱりなので、しっかりと診断してもらうのが良いと思う。
元は周囲を燃やし尽くす程のほどの暴走をする設定だったし、ラーシュの話した内容を聞けば、魔王化を阻止したとはいえ、体に悪い影響が無いとも限らないのかもしれない。
ここまで世話になったラーシュは、信用出来る、と思っている。アシェルに危害が及ぶことはないだろう。
俺は励ます様に大きく一つ頷いた。
アシェルの握りしめていた指先がかすかに緩んだ。
まだ体はこわばっているが、少しずつ前に体が傾いていく。
ラーシュが俺に離れるよう手で制してきた。
アシェルは深く息をつくと、意を決したように水晶玉の前へそっと両手を伸ばした。
触れた瞬間、水晶玉の内部で爆ぜるように黒い閃光が渦を巻き、周囲にあふれ出す。
その場にいた俺たちは息をのみ、身じろぎせずただ静かにたたずむアシェルを見つめていた。
――――
書斎の窓から差す光が、机に並べられた書簡を静かに照らしていた。
この屋敷の主である、カール・マスラーク伯爵が眉を寄せながらその内容を確認している。
「この診断結果は……すさまじいね」
「医者の先生も驚いていた。身体はボロボロなのに、魔力が異様に濃くて多い。子供どころか、常人の器に収まるもんじゃねぇって」
報告に来たラーシュは続ける。
「栄養失調と慢性的な暴行で、本来なら死んでしまっていてもおかしくない状態だったのを、あふれる魔力で無意識に体の負担を補っていたんだろうって言ってたぜ。今日まで生きてこられたのは奇跡だってな」
話を聞いて、カール伯爵は眉を寄せた。
幼い頃からの友人である彼は、本気で嫌悪感を持った時に、決まってこの顔になる事をラーシュは知っていた。
「子供を私利私欲で傷つける不届き者がいるとは……」
「まだ本人から詳しい話は聞けていない。アルソレイユの貴族の生まれらしいが、自分がどこから来たのかよく覚えていないみたいだったぜ」
森で出会ったときにアシェルから聞いた内容だった。
帝国のマスラーク領は、人類未踏の広大な魔の森という不可侵地域を挟んで、アルソレイユ王国と隣接している。
断片的な情報からだが、おそらくは王国で酷い扱いを受け、魔の森を抜けて帝国領まで逃げてきたのだろうと予想された。
アシェルの様子から、せめてもう少し体の回復を待ってから、改めて話を聞いた方が良いだろうという事で2人は合意した。
「魔力量もそうだが、性質も随分珍しいようだね。黒い光か」
「先生が言うには複数の属性に適性があるらしい。難しいが、上手く鍛えれば色んな属性の魔法が扱えるようになるかもしれないってな」
魔力には適性があり、それは色や形で、ある程度診断することが出来る。
実際に魔術が使えるようになるかは、本人が内包する魔力の多さで判断がされる。
アシェルの場合、元の適性属性が判別できないほど様々な魔力が混ざり合い、さらに天賦の魔力量を誇る。
まさに逸材と言っていい。
「今のうちに正しい魔力の制御方法を訓練しないと、子供の体には負担が大きすぎるそうだ。今はまだ体の回復にエネルギーを割いてる状態なんだろうが、元気になったら行き場をなくした魔力が暴発して、事故が起きるかもしれねぇってよ」
カールは深く椅子に背を預ける。
「しかしな、うちがアルソレイユ王国の貴族を匿うのは筋が悪い。ましてこれほどの才能ある子だ。よくよく揉め事になるぞ」
「分かってる。だが……」
ラーシュは森で2人と出会ったときの様子、往診の際に見たアシェルの体を思い返し、硬く拳を握る。
「俺には見過ごすなんて出来ん。拾ってきたのは俺だ、責任は取る。なんとか……頼めないか」
神妙に目線を下げるラーシュ。
沈黙するその場に、ふっと短く笑う声が漏れた。
「そう言うと思ったよ」
真剣な様子で自分に頼みごとをする旧友に微笑むカールは、手元の書簡を数枚めくり、机に置いた。
「帰還したお前から報告を聞いてすぐ、調べさせた。王国の貴族台帳に“アシェル”という名の子はいない。過去に遡って年頃の子供はすべて洗い出したが、どれも該当無しだ」
「つまり?」
「身寄りのない子供という判断で良いだろう。そもそもあんな扱いを受けている子だ、保護者が親権を主張したとして、まともな効力を発揮するとは思えない。万が一、何かあっても面倒事はこちらに任せてくれれば良い」
カールはいたずらっ子のように笑いかける。
「お前の家で育ててやれ。子がいないのを奥方も気にしていただろう?必要なものがあれば遠慮なく頼って欲しい。私は、お前たちが良い養い親になると信じているよ」
ラーシュは少し息を呑んだ。
「……ありがとう。悪いな」
「恩の1つくらい返させてくれ。孤児だったお前が父に拾われてから、領地のため今日まで尽力してくれた事への、ほんの感謝だ。お前が居なきゃ領地経営なんてやってられないと投げ出すところだったんだからな」
「ははは、ガキの頃の話だろ?また今度、酒でも飲みながらしようや」
そう言って表情を崩したラーシュ。大柄な体に似合わず、目の奥がじんと熱くなっていた。
問題はまだあった。
「さて、こっちはハーピーの子か……」
「フィルだな」
書類を一枚取り、視線を落とす。
カールは深く息を吐き、どうしたものかと顎に手を当てた。
「魔獣だというだけで、民衆は騒ぐだろう。まして人型魔獣が人間の子供に懐くなんて前代未聞だ」
ラーシュも頷く。
「人間の言葉が通じているみたいでな、会話はかわせないが、意思疎通に問題はない。どういうわけかアシェルに懐いてるみたいで、ただの魔獣として扱うわけにもいかない」
「見た目は鳥の雛ようなのだろう?生まれた時にアシェルを見て親だと思ってる、というのは考えられないのかい?」
「俺もそう思ってな。魔獣に詳しい団員に聞いてみたが、ハーピーは見た目こそ鳥と人間を合わせたような魔獣だが、生態が鳥と近いのかまでは判断できないそうだ。ただ、フィルという名前はアシェルが名づけたんだと」
「今は幼体だから良いものの、相手は魔獣だ。成長して制御できない存在にならないとも限らない。今のうちに引き離して逃がすか、駆除の選択肢もあるだろうか」
ラーシュは即座に首を振った。
「無理だ。あいつは身を挺してアシェルを守ろうとしてた。あれは魔獣の本能じゃなく、明確な意思を持ってないと出来ない行動だ。理由なく引き離せるとは思えない。アシェルも今はフィルにずっとくっ付いてる。無理に奴をどうこうして精神的な負荷をかけたくはない」
ふむ、と息をついてカールはゆっくりと立ち上がった。
「なら、まずは二人に話をしてみた方が良い。意思の疎通は出来るのだろう?ある程度知性があるのなら、状況を伝えて、これからどうするか本人たちの意思を確認してみることだ」
「そう、だよな……わかった」
ラーシュは、ゆっくりと頷いた。
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