異世界で孵化したので全力で推しを守ります

のぶしげ

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 ここにきて数日が経った。
 毎日よく寝て、よく食べて、数日前まで森で寒さに震えてたのが噓みたいだ。
 安心安全を心でも体でも実感できるようになった。

 体力が回復したことで食事の内容も変わり、場所もベッドの上から食卓に移って、4人でテーブルを囲めるようになっていた。
 あたたかなランプに照らされた部屋に、食欲をそそる美味しそうな湯気が立っている。
 麦の香りがするパン。塩ゆでの肉と、付け合わせに野菜の塩漬けがテーブルに並んだ。
 香草の香りがするスープをアリアンナさんが注いでくれる。


 両翼でパンを抱えて食べる俺の横で、アシェルは上品にスプーンを口に運び、時々様子を見ては俺にもスープや水を飲ませてくれる。
 甘やかされ続けた結果、俺の食事の世話はすっかりアシェルの役割になってしまった。
 そんな俺たちを見て、笑みを浮かべるラーシュだったが。じっと見てくるその視線が、今日はどこか様子が違う気がした。


 皿の上がほぼ空になり、カップに食後の温かいお茶が準備された。薬効があるらしいお茶は喉を通るとスッとして美味しい。
 アシェルに手伝ってもらいながら一緒に飲むこの時間。落ち着くわぁ。


「体はもうすっかり元気になったみたいだな」
「はい。ありがとうございます」


 ラーシュが笑いかけると、アシェルも少し照れたように微笑み、答えた。
 出会ったころに比べると頬に丸みが出てきたし、髪の毛も艶が出てますます美少年になった気がする。
 最初は何をするにもオドオドしていたけど、最近は良く笑うようになって、アリアンナさんやお世話のおじちゃんたちとも会話が増えてきた。
 アシェルがこの場所を安全だと思って、気を許して過ごせているのだと思うと、なんだか嬉しい。

 
 俺も元気という言葉では片付かないほどに回復している。
 最近配は暇すぎる位で、床から棚へと飛び移って遊んでは、アシェルに「危ないよ」とたしなめられるくらいだった。



 ラーシュはテーブルの上で組んでいた指に力を入れ、真っすぐこちらに向き直った。


「……少し、真面目な話をする。お前たちのこれからについてなんだが」


 ゆっくりと、芯のある響きで伝えられたその言葉を聞いて、アシェルの肩がびくりと揺れた。


「まあ、そんなに構えるな」
 

 不安がるアシェルの様子を見て、とっさに表情を柔らかくして笑って見せた。
 落ち着かせるように軽く言ってみせているが、眉は困ったように下がり気味だ。


「お前たちの体が回復したらどうしようか、ずっと考えていた。本来なら、身寄りのない子供は孤児院や教会に預けて、国の支援を受けさせてやるのが妥当なんだが……」


 言葉は淡々としているのに、声に緊張が感じられる。いつもどっしり構えていた大人の雰囲気が今は少し落ち着かない様子だ。
 アリアンナさんが茶器を整える手を止めて、ラーシュにそっと寄り添うように隣に立った。


「俺は早くに親を亡くしててな。荒れていた俺に目をかけてくれて、今の地位まで重用してくれたのが、領地を治めてた先代の伯爵様だったんだ。図体ばっかデカいクソガキに、剣を、仲間を、誇りを教えてもらった。……あの日々がなければ、俺はきっとどこかで道を踏み外していたんじゃないかと思う。」


 そんな過去があったのかと、話を聞いて少し胸が鳴った。
 俺からすればここは、シナリオの中の世界だった。でも、アシェルやラーシュ、誰かと出会い、触れ合うたびに、確かな人生がそこには存在していて……。
 目の前にあるのは物語の設定でも、登場人物でもない、それぞれに過去を背負って生きている一人の人間なんだと……そう思い知らされる。
 ぽつり、ぽつりと、自身の過去の話をするラーシュにアシェルの視線も動いた。
 

「あの時に受けた恩を、いつか俺も、同じように誰かに返せたら……とずっと思っていた。魔の森で彷徨っていた素性の知れないお前を、信じて連れ帰ると決めたのは俺だ。過去に何があろうと、これから何が起ころうと、最後まで俺が面倒を見てやるつもりだ。アリアンナとも話し合ったんだが……アシェル、お前さえよければ、この家で暮らさないか?俺と彼女の息子として」


 アシェルの息をのむ音が、はっきりと聞こえた。
 今まで誰からも与えられてこなかった、家族という選択肢が、今ここにある。
 アシェルはこの家の人たちに心を開いている。きっと良くしてもらえるだろう。
 一瞬目に光が宿ったアシェルだったが、はっとしてしばらく沈黙し、しばらくして絞り出すように呟いた。


「……フィルは?」

 (ん?俺?)



 その小さな一言に、場の空気が揺れた。
 ラーシュは苦い顔をして、手のひらを組みなおす。


「……こいつの扱いについては、少し難しい」


 え、そうなの?なにも考えていなかった俺は、その言葉で胸の奥がキュッと縮む感覚を覚えた。


「知能が高い魔獣は、本来……危険視される存在だ。この領地は森に隣接している。魔獣への恐怖は、みんな身に染みてるんだ。フィルと一緒に住むことは、正直に言って難しい。
 俺たちとは生き方が違うんだ」


 静かに、現実が突きつけられる。
 言って聞かせるように、説明が続くほど、アシェルの瞳が揺れていく。


 「フィルが子供のうちは今日までのように屋敷から出さないようにして、人目を避けて、外に出さなければ何とかなるかもしれんが……ずっとそうするわけにもいかない。だが一度見つかれば、フィルに危害を加えようとする奴が、きっと出てくる。それは嫌だろう?」
「いや、です」


 声が震えてる。
 不安げな表情を浮かべる顔から、さっと血の気が引いていた。


(ど、どうしよう……)

 
 勝手にこれからもアシェルの成長を見守る気だった俺は、ここにきて自分の置かれた状況に戸惑うことになってしまった。
 軽い気持ちで、ペット枠でいいから一緒に居られたらラッキー!なんて思っていたけど、この世界の魔獣という存在が、ここまで危険視されてるなんて、考え及んでいなかった。

 なんの縁か、気まぐれの偶然は知らないけど、この世界でアシェルに出会って、推しだからとかそんな次元を超えて、目の前で必死に生きるこの子を助けたいと思えた。
 飛んで逃げてからは、この体に生まれて良かったと誇らしくさえ思っていたけど、そう上手くいかないらしい。

 俺自身に人を傷つける意思はないけど、この見た目じゃきっと信じてもらうのは難しいんだろうな。
 小鳥みたいに囀る事しか出来ないんじゃ、自分は無害だと伝えられない。



「フィル……」



 今にも泣きそうな顔でこちらを見てくるアシェル。
頭のいい子だ。
ラーシュの言葉で、俺の状況を理解したんだろう。
 アシェルをここで生活させるためには、俺の存在が足かせになってしまうんだな……。


 そう思うと急に寂しくなってしまって、俺は自分の両翼を見下ろした。
 少し前まで、そこには皆と同じ人の手があったはずだ。
 

(この姿じゃなきゃ、アシェルを助けられなかったけど、離れなきゃいけないのは……俺も寂しいな)

 (まだ一緒に……居たい)

 
 前世の自分の手の感覚が、今でも鮮明に思い出される。







(人間の姿だったらなぁ……)







 それを願った瞬間。

 身体が内側から熱くなった。
 熱が全身を駆け巡り、視界が白くなり、息が詰まるほどの眩しさが盛り上がっていく。


 遠いところで皆の驚いた声が聞こえた気がした。
 椅子を引く音、ラーシュの低い叫び。
 全てが遠くで響く。


 なんだか、孵化した時の感覚に近い。


 光がぐにぐにと形を変え、やがて羽が散り落ちていくように眩しさが収束していった。




 ハッとして自分の体を確認する。
 胸の前で手が、指が、俺の意思で動いた。
 握れば柔らかな感覚が返ってくる。すべすべの温かい皮膚に、自在に曲がる関節。
 見慣れた大人のそれではないが、今の体に見合った子供の、人間の手だ。


 「どういうことだ……」


 驚いたラーシュの声がして、周りに目を向けた。
 みんな唖然とした様子で俺の事を見ている。
 驚いて目を丸くするアシェルと目が合って、思わず声が出る。



「アシェル……ぁ」 

 
 ハッとして手を口に当てた。

 しゃ、喋れた!
 舌足らずで、幼い声。でもちゃんと言葉として届く。
 試しに、あーとか、いーとか、適当に音を出してみるけど、うん。ちゃんと思ったように発声することが出来る。
 よく見れば足元も、ペタペタとした子供の足になっていて、裸足の足の裏に床の冷たい感触がする。
 どうしてなのか自分でもよくわからないが、今の俺は完全に、人間の子供の姿になっているようだった。
 戸惑いつつ、体中いろんなところを触っていると 


「……フィル?」

  
 じっとこちらを見ていたアシェルと目が合う。


(……そうだ、これなら!)

 
 不安そうな顔を見た瞬間、俺はたまらなくなって、その胸に飛び込んだ。
 これなら伝わる!伝えられる!

 
「はなれたくない!おれも……いっしょ!」



 言葉は拙い。
 舌がまわらない。
 でも、こうして直接言葉に出来る。それだけでこんなに嬉しいものなんだな。
 感無量で、舞い上がっていると、小さな腕にギュッ、と抱きしめ返される。
 俺の肩に顔をうずめたアシェルが震える声で言った。


「フィル……フィルさえ居てくれれば……僕は……」


 これで、アシェルの隣に居られるだろうか。こうやって俺を慕って、求めてくれるアシェルを離す気はもうない。
 ラーシュはしばらく呆然として、抱き合う俺たちを見ていた。


 「お前、それ、どうやってんだ?というか、どういうことだ?」
 俺の姿を指さす手がプルプル震えてる。 


 「にんげんの、すがたなら、アシェルといっしょにいられるかと思って」

 「思ってって……それで姿が変えられるのか?ハーピーってのはそういう能力があるのか?」

 「いや、それは、わかんないけど」

「分からんってお前…………はぁ――……」


 驚きを通り越して、もはやあきれた様子のラーシュ。
 あ゛ーっと頭を掻きむしっている。



 「お前、アシェルと離れたくなくてその姿になったんだな?」

 速攻でうなずいた。

 「お前がハーピーだって周りにバレると、やばいって話をしたよな?理解してるか?急に元の姿に戻ったり、暴れだしたりしないか?」 
  


 出来ることなら俺だって周りに迷惑はかけたくない。
 ハーピーの体は楽しかったけど、この姿じゃないとアシェルの成長を見守れないなら、もう空を飛べなくたって良いとさえ思う。
 もともと人間だし、この体にも違和感はない。
 俺は再度、ラーシュに向かって頷いた。

 
 ラーシュはまた頭をぐしゃっと掻きむしって、天井を仰いだ。
 しばらく思案するように沈黙していたが、深く息を吐いて意を決したようにこちらに向き直った。
 


「まったく……お前らは本当、なにもかも規格外なやつらだよ」


 
 横にいたアリアンナさんがそっと腕を絡め、小さく頷くと、ようやく緊張していた肩をすくめてふっと笑った。



 ラーシュは俺たちの前に膝をつき、両手を差し出した。



「男に二言はない、拾った責任は果たす……アシェル、フィル、お前らまとめて、俺たちに面倒を見させてくれないか?」



 アシェルは俺に抱き着いたまま、泣き笑いの顔で頷いてラーシュの手を取った。
 俺もそれに倣い、差し出されたもう片方の手を取ったのだった。

 
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