異世界で孵化したので全力で推しを守ります

のぶしげ

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旅立ち

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 清々しい朝。
 俺とアシェルはおろしたての服に、爪先まで磨き込まれた革靴を履いて、屋敷の玄関先に並んで立っていた。
 初めてここに来た時のことを思い出すと、感慨深い。
 アシェルはボロボロの靴を履いて、服なんて薄い布をまとってる程度の粗末な格好だった。
 俺に至っては裸足だったな。鉤爪の間まで泥が詰まっていたのを思い出す。
 ――あの日から本当に色んなことがあった。
 

 ラーシュは腕を組んで仁王立ちしているが、視線は妙に泳いでいて落ち着かない。
 その横でアリアンナはしきりに目元をぬぐっている。
 俺たちが訓練で馬鹿やって怪我をして帰ってきたときも、こうして泣いてくれたのを覚えてる。
 次々と流れ出す涙を止められずにいたが、その表情はどこか晴れやかに見える。



「……父さん、母さん。行ってきます」


 
 アシェルがまっすぐ胸を張ってそう言った。
 もう昔のように、他人の反応を伺うような、縮こまった声じゃない。
 声変わりをとっくに済ませて、俺が毎晩イヤホンで聞いていたあの声になったはずなんだけど、印象が全然違う。
 人を威圧するような低音じゃない。落ち着いていて、凛として澄んだ好青年の声だ。


 俺は肩に背負い袋をひょいと担ぎ直して言った。


「泣くなよ親父。母さんも。長期休暇になったら帰ってくるからな」


「ば、馬鹿言え!……誰が泣くか」
「体には……気を付けるのよ……」


 
 今では所々に少しだけ白髪が混じるようになった両親。
 強気な言葉と裏腹に、親父の目は真っ赤だ。
 母さんが涙ながらに声をかけてくれるのを聞いて、胸が詰まる。
 勘弁してくれ、こっちは人生二週目の精神年齢アラフォーなんだ……釣られてちょっと泣きそうになる。
 


 今日、俺たちはオルディアン帝国の帝都に向かって出発する。




 旅立ちの理由は、半年ほど前までさかのぼる。 



 カール伯爵を通じて我が家に一枚の封書が届いた。
 封蝋が押された重々しいそれはオルディアン帝国、帝都中央学院からのもの。
 俺とアシェルの名前がしっかりと記されたその内容は
 『入学資格の判定のため、試験を受けよ』
 という要請だった。
 
 この学院は国中の若者が目指す憧れの場所なんだと教えてもらった。
 巨大な学び舎では魔術、武術、政治、経営……他にも様々な専門知識を、最高レベルで学ぶことが出来る。

 将来、国の中枢を担う若者を育成する巨大機関。
 ここに入学すれば輝かしい未来が約束される、とまで言われているらしい。
 そのため毎年たくさんの受験者が殺到しているらしい。
 帝都中央学院は帝国の人間であれば誰にでも門戸が開かれ、優秀な人材を広く募っているのだという。
 

 親父や伯爵もこの学院の卒業生らしく、色々と詳しい事情を聞かせてもらった。
 本来こういう形で学院から直接案内が届くのは、貴族や名のある名家の子供らしい。
 だから最初は、なんで俺たち?と首を傾げた。


 伯爵曰く――
 各領地の情報は定期的にそこを治める領主と、帝都から派遣されている駐在員から皇帝に報告が上がっている。
 帝国は有望な若者を地方領主が囲い込まないように、学院を利用している。
 目に留まるほどの才ある若者は学院に招聘し、帝都で学ばせる。
 これは帝国のパワーバランスを保つ暗黙の了解で、各領地の領主が帝国への忠誠を示すための習わしでもあるそうだ。
 

 つまり、俺とアシェルがその対象として目に留まった、という事らしい。
 魔術師として頭角を現してきたアシェルはともかく、俺の名前も入ってるのは驚いた。
  

 このままアシェルと二人、マスラークで過ごしていくのだと思っていたけど、いい機会だから是非受験するべきだと両親にも背中を押された。
 学院で学べれば、人生の選択肢はぐんと広がる。
 領地に居ては学べないこともたくさんある。
 他にもやりたいことが出来るかもしれない。見分を広げるのも悪くないと言われた。
 そんな勧めもあって、近隣の都市で行われていた受験に参加することになり、あれよあれよという間に入学の運びとなったのだった。
 三年間の寮生活。ここに来て初めて、長期間家を空けることになる。
 
 

 旅立ちのその時。
 屋敷の前に馬車が止まり、窓から軽やかな声が掛けられた。



「アシェルー! フィルー! 迎えに来たよー!」



 顔を出したのは伯爵の息子、ルーカン・マスラーク。
 俺とアシェルの幼馴染で、ルカと呼んでいつもつるんでいる。
 出自も年齢も定かじゃない俺たちは、親同士が仲が良かった縁で、たまたま年頃だったルカと同い年という設定になってる。
 柔らかい茶髪に、大きな眼鏡をかけた素朴な笑顔の気の良い奴だ。
 ルカも俺たちと同じく学院に入学して、未来のマスラーク領主として領地経営やなんかを学ぶらしい。


 奥の席にはカール伯爵の姿も見える。
 伯爵は、ルカの保護者兼、俺たちの後見人として学院まで同行する予定だ。
 
 広い領地を管理する貴族という立場だけど、領民に寄り添う人格者で、俺たちからすれば昔からよく世話になっている優しいおじさん、って感じがしてる。
 カール伯爵からも「親友の子だ。気軽におじさんと呼んでもらって構わない」と言われている。
 けど、どうしても俺は前世のパッケージにいた髭面のおじさん思い出してしまうせいで……おじさんとは呼びづらい……。
 今では親しみを込めて叔父貴(おじき)と呼ばせてもらってる。
 親父には「どこでそんな言葉を覚えてくるんだお前は……!」って怒られたけど、本人はこの呼び方を気に入ってるらしい。



「カール。こいつら二人を頼む」



 馬車に向かって進み、声をかける親父に、伯爵は短く強く頷いた。
 母さんはもう涙を袖でぬぐうのを諦めて、目元を赤くしながら笑ってアシェルと俺をそれぞれ抱きしめた。
 
  
 荷を積み終え、俺たちも馬車に乗り込んだ。
 車輪が軋む音と、遠ざかる屋敷。
 見送る二人は同じ場所から動かずに、馬車の背をずっと見守っていた。


 「行ってきまーす!」
 俺とアシェルも窓から顔を出して、2人の姿が見えなくなるまで手を振り返した。




 
 ――――――
 



 馬車は屋敷を離れ、やがて街道へと出た。
 窓の外に続く領地の景色が少しずつ後ろに流れていく。


 ここから先は学院がある帝都まで、二泊する長旅だ。

 ルカは向かいの席で、膝の上にぶ厚い紙の束を広げて、なにやら熱心に読み込んでいる。
 学院から送られた制度や授業内容の資料らしい。


 
 「酔うぞー」

 軽く言ってみたけど、ルカは眉を寄せたまま答えた。
 
 「う、だって緊張するじゃないか……」


 どうやら余裕はないようだ。
 そんな俺たちを見てアシェルが穏やかに笑っている。
 見ろよこいつの堂々たる落ち着きっぷりを。
 


「道中は長い。今から緊張していては体がもたんぞ」
 
 息子を見かねてか、カール伯爵が口をはさんだ。
 
 「学院に着いたら手続きの連続だ。一番大きいところはそうだな、仮入寮手続きだろう。それが済んだら事前に申請していた儀礼服が配布される筈だから、身支度を済ませ、入学祭の会場に移動する。今年度の新入生を歓迎する祝宴パーティがあるぞ」


 さらっと言うが、情報量が多い。こりゃルカを和ませるどころか余計に緊張させることになる気がする。
 

「パーティ……叔父上も参加するんですよね?」
「うむ、今年の入学祭には皇帝陛下も直々に参加されるらしいからな。例年より子供たちの親の参列も増えるだろう。きっと盛大な催しになるだろうな」

 
 アシェルの質問になんかとんでもない内容が返ってこなかったか?
 

「父上……絶対に、わざと、言ってますよね」

 
 ルカは肩を落としながら伯爵をにらんだ。
 案の定、伯爵はどこ吹く風といった様子でとぼけて見せている。この人面白がってやってるだろ。
 おかげで俺にも緊張の流れ弾が来てる。
 はぁーーーーと長い溜息を吐くルカ。
 


「心配すんな。もしなんか言って来るような奴がいたら、俺が蹴り飛ばしてやるって!」


 俺が胸を叩くと、ルカはまたため息をついた。



「そうじゃなくて……」
「フィルと俺がそばに控えてる。立場としては従者になるから、良いように使ってくれて構わない」
 「だから……いや、なんでもないよ」



 ルカは伯爵家の跡継ぎとはいえ、マスラークは辺境も辺境。
 ド田舎の領主の息子につっかかってくるやつがいるかもしれない。ルカが気を張るのも分かる。
 俺とアシェルはルカの同級生として入学する一方で、護衛という役割もひそかに担っているのだ。

 
 とはいえ、そこまでこの役を重くとらえてるわけでもない。
 まぁ、誰に何を言われようと、アシェルと二人でならなんとか出来るだろう、なんて軽く思っている。
 頑張ろうな!という念を込めて隣のアシェルに目線を送った。
 にこりと笑い返してくれる相棒のご尊顔が眩しい。

 
 そんな俺たちの向かいで、ルカがお腹をさすりながら。
 「君たち……目立つからなぁ……」
 とつぶやいていた言葉は、耳に入らなかった。
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