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こぼれ話ー領地での日々ー
しおりを挟む(マスラーク領での日常小話)
――家族で食事――
ある日の食卓に、甘い香りが漂った。
「伯爵様から、ジャムのお裾分けがあったのよ」
母さんがそう言って、小さな瓶をテーブルに置く。
赤みがかった濃いオレンジの果実が中でとろりときらめいた。
子供を預かる友人へ、とたまにこうして他領からの交流品を分けてくれることがある。
俺はさっそく瓶を引き寄せ、焼きたてのパンにジャムを塗り広げた。
甘味と苦味の絶妙なバランス、大きめにゴロゴロ入った果肉の新鮮な香りがたまらない。
「うま!さすが叔父貴、良いもん貰ってくるねぇ」
「こら、頂き物だぞ!節度というものを覚えろ、節度を」
親父は呆れ顔だが、声の調子はいつも通り穏やかだ。
「フィル、俺にも寄越してくれ」
と、アシェルが何気ない一言を放つ。
それを聞いて、俺は手をぴたりと止めた。
「……は?」
じっと、アシェルを見る。
「なに」
「いや今さ……”俺にも”って言ったよな?」
一瞬の沈黙。
「言ったけど……」
「アシェルちゃん‼︎いつから自分のこと“俺”なんて言うようになったんだよ。あんなに可愛い僕っ子だったのに!」
大袈裟にショックを受けたフリをしながらも、口角はニヤニヤと上がっていた。
「そういえば口調もさ、いつの間にか大人びちゃって、叔父貴みたいな堅~い喋り方になったよなぁ」
「別に、いいだろ……」
アシェルは視線を逸らし、ジャムを受け取った。
「この図体で僕……は違和感があるだろ、喋り方も、深い意味はない」
「へえーーー?」
「……もう良いから食べよう」
耳まで赤くなっている。
その様子を眺めていたラーシュが、腕を組んで首を傾げている。
「おいフィル。お前良い加減カールの事を叔父貴と呼ぶのはやめろ。領主様なんだぞ。まったく……そういえば、お前はどうしてそう、口が悪いんだ?」
「叔父貴は嬉しそうにしてたぞー。それに、親父だって普段は"カール"って呼び捨てにしてるじゃんか。俺もちゃんとした場所でなら伯爵様って呼んでるし。喋り方は……なんかこう、自然に? 生まれつきで」
「そ、そう言われればそうなんだけどよ……」
すると、パンをかじっていたアシェルが、ちらりとこちらを見た。
「……喋り方、父さんに似たんじゃないか?」
にやり。
「ぐ……」
ラーシュが言葉に詰まる。
「似て、るか?」
「似てるわね」
「似てる」
嬉しいような、否定したいような、複雑な顔をしていた。
そんなある日の食卓風景。
――夏のある日――
暑い日差しが容赦なく照りつける中、俺たちは私兵団の訓練場の隅で地面に座り込んでいた。
基礎体力づくりの為に訓練に参加させてもらっているが、正直、今日みたいな日はキツい。
「はぁっ……はぁ……っ……つ、疲れた……」
真っ先に音を上げたのはルカだった。
額から汗を垂らし、膝に手をついて肩で息をしている。
「もう夏季に入る……今日は特に暑いな」
隣ではアシェルが汗で貼り付いた髪をかき上げながら言う。
「あっちー……」
俺は地面に大の字になりながら空を見上げていた。
雲ひとつない青空。太陽を遮るものがなく、熱気が直接体に降り注ぐ。
「なあ、アシェル」
「なんだ?」
「お前、水属性の魔術って使えたりしねぇ?」
その一言で、ルカが何かを察知したのかピクッっと反応した。
「使えないことはないが……基本的な攻撃技くらいだな」
「じゃあさ、ちょちょっと軽めに使ったら、水鉄砲みたいにならねぇ?」
ルカが嫌な予感を感じて声を出す。
「あのねフィル。水属性魔術って、水を好きなように操れるわけじゃないんだよ。元々水に含まれる魔力に、自分の魔力を同調させて本来ある構造から——」
「わかった、やってみる」
「え!?」
即答だった。
「ちょ、ちょっと待ってアシェル!?」
ルカが慌てて立ち上がる。
「危ないって!初めての魔法をそんな、いきなり制御構築なしで——」
「空に向かってパッとやったらさ、落ちてくる頃にはシャワーみたいになったりしねぇ?」
「ならないよ!!あとシャワーって何!?」
「シャワーってのは……水がこう、しゃわ~と降り注ぐ感じの」
「そんな抽象的なイメージで魔術を使ったら大変なことになるの!!」
ルカの叫びと同時だった。
——どんっ。
一瞬、空気が静止した。
俺は額に手を当てて影を作りながら空を見上げる。
アシェルは攻撃を放った手をそのままに、目を細めてその軌道を見つめていた。
ルカは、嫌な予感が現実になる瞬間を青ざめながら見ている。
空に放たれた水の塊が、重力と勢いをそのままに……むしろその威力を増しながら落下してきた。
——ズガァン!!
私兵団の屯所の屋根に、水弾が直撃した。
木材が弾け飛び、派手な音とともに穴が開く。
「こんのクソガキ共!!!!」
雷のような怒声が響いた。
振り向くと、そこには鬼の形相をしたラーシュが立っている。
その後、三人並んで正座をさせられながら、足の感覚が無くなるまで延々と説教され。
罰として屋根の修繕と、体力訓練メニューとして河川の土木工事の手伝いまで追加される事に……。
「なんで僕まで!!」
と、ルカは終始半泣きで作業をしていた。
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