異世界で孵化したので全力で推しを守ります

のぶしげ

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支度

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馬車での旅程を終え、俺たちはついに帝都へ辿り着いた。

長時間の移動で窮屈だった気分は、城壁を抜けると一気に晴れた。
 初めての大都会の風景に興奮して、きょろきょろと窓の外を覗き込んでしまう。
 
 活気のある中心街を抜け、少し喧噪の収まった先にそびえ立つのは――
 これまで見てきたどんな建物とも規模の違う、巨大な学び舎だった。
 高く積まれた石造りの外壁に
 数え切れないほどの窓。重厚な雰囲気に思わず声が漏れた。




 俺たちはまず入寮予定者用の建物へと案内された。
 叔父貴の立ち会いのもと、入学と入寮の手続きを進めていく。


入寮手続きと並行して、部屋の割り当ても進められていた。
俺たち三人は同じ部屋に入寮予定だ。
 


中央学院の寮は大きく二つに分かれているらしい。

一般棟と、特別棟。

特別棟は貴族、あるいは各種試験で特に優秀な成績を収めた者だけが入ることを許される区画で、部屋は広く、設備も別格。
専用の食堂も風呂も、一般棟とは別世界らしい。

へぇ~、と思いながら渡された入寮証明書の内容を見ていった。
寮の説明のほかに、特記事項として俺が入学試験の基礎体力項目で上位合格している旨が記載されていた。
 体の頑丈さには自信がある、この人外ボディの賜物、って評価だな。
 特別棟入寮の参考成績にはなるらしいが、どうやらこれだけでは要件を満たさないらしい。

 
  
 ふと、何気なくアシェルが持っている証明書に目が行った。
 俺のものより明らかに書き込みが多く見えて、ちょっと気になったんだよな。
覗き込むと、そこにはアシェルの入学試験の参考成績が記載されていた。



 魔術系三科目、首席合格。
申請さえすれば、余裕で特別棟の一人部屋が割り当てられる。


「……え?」


内容を見て、俺は思わず声を漏らした。


「お前、特別棟いけるじゃん。申請、出してなかったんだな」


隣に立つアシェルを見る。
本人は特に驚いた様子もなく、静かに紙面から視線を上げた。


「そうだな」

「そうだなって……っていうか教えてくれよ!首席合格って、すごいじゃんか!マジでいいのか?
部屋も広いし、飯も豪華らしいぞ。ルカは俺が同室でいいし、お前だけでも――」


そこまで言ったところで、言葉が止まった。
アシェルが、有無を言わさぬようにニッコリこちらに笑いかけてくる。
一見穏やかだけど、目が笑ってない。背景に真っ黒のオーラが見えるような気がする。


「これでいいんだ」


短い一言。
それだけで話が終わった。


「……お、おう」


 出たよ、魔王スマイル。
 俺が勝手にそう呼ぶアシェルのこの顔。
理由を聞く余地もない。有無を言わさぬ圧。
さも当然だろ、とでも言いたげな顔で、俺はそれ以上、何も言えなくなった。
 


「ではまた、入学祭で会おう」

 諸々の手続きが終わると、叔父貴はそう言って手を挙げた。
 ここで一度、保護者とは別行動になる。
 俺たち三人は、支度用の部屋へ通された。





 男子用の広い室内には既に多くの新入生がいた。壁際には大きな姿見が並んでいてそれぞれが身支度を整えていた。

 使用人を連れてきている生徒も多いらしいが、
 俺たちのような一般入学生には、学院側が手配したプロのスタッフが支度を手伝ってくれるみたいだ。
 多くの新入生を手際よく捌いていく。部屋を動き回りながら、淡々と、無駄のない動きで準備を進めていく。
 俺たちも支給された儀礼服を手早く身に着けて、順番を待った。


「腕を少し上げていただけますか?」
「背中を少し整えますね」
 「前髪に触れます。目を閉じていてください」


 言われるままに従って、あれよあれよという間に身なりが整えられていく。
 はい、と返事をするのが精いっぱいで、耳に入るのは布が擦れる音ばかりだった。

 支給された儀礼服は、想像以上にしっかりした作りだった。
 深い色合いの生地に、控えめだが精緻な刺繍。
 学ランをちょっと豪華にした印象で、装飾は多くないけど、着ただけで背筋が伸びる感じがする。
鏡にの前で体をひねってみて、ちょっと感動している。


 その流れで、何気なく隣に立つアシェルを見て、思わず息を呑んだ。


 整えられた黒髪。
 儀礼服に包まれた長身の体躯。
 すっと通った背中に、落ち着いた立ち姿。


 布面積は多ければ多いほどいい、ってどこかで聞いた言葉を思い出す。
 あれ、本当だったんだな……。

 魔王アシェルは長髪のキャラクターだったけど、今のアシェルの黒髪は短く整えられていて、むしろこっちの方が精悍さが際立っている。
 成長してたくましくなった首が詰襟の隙間からチラリと見えていて、その色気に目を奪われてしまう。
 整ったご尊顔に切れ長の赤い瞳。伏し目がちに白い手袋をはめている姿に思わず見とれてしまう。
 支度を手伝っていたスタッフさん方も半開きになった口からため息を漏らして、自分たちが生み出したトンデモイケメンに手を震わせている。

 
 一方の俺はというと、黄金色の長い髪に悪戦苦闘していた。
 式典の場ではきちんとまとめた方がいいんだろうが、どう結んでも、ぷるんっと弾けるようにほどけてしまう。


 髪も羽と同じで、魔力の通った器官らしい。
 こいつが厄介で、無駄にハリと艶があって、なかなか言うことを聞かない。
色々手を尽くしてもらったけど、どうしようもなかった。この世界にヘアゴムでもあれば何とかなったかもしれないんだけど、布ではどうしようもないらしい。
 結局、背中まである髪は、切りそろえられたままの状態で参加することになった。


「なんか言われっかな……」
 「大丈夫、フィルはそのままで十分綺麗だ」
 「い、いや、そういう意味じゃなくて……」


 先に準備が終わったアシェルが隣に来て、俺の髪を一束すくってそう言った。
 どこでこんなイケメン仕草を覚えてきたんだこいつは!
 何気ないことに心臓が高鳴ってしまった。顔が赤くなってないことを祈るばかりだ。
 俺の推し、ちょっとカッコよく育ち過ぎなんじゃないですかね。
周囲から、声にならない感嘆が漏れた気がした。
 
 

「……やっぱり目立つ」

 ぼそっと呟いたルカは眼鏡の位置を直しながら、俺とアシェルをげんなりした様子で見ていた。

 


 新入生の支度が整うと、係員の案内で会場へ向かうことになった。
 別室で支度していた女性陣や貴族の生徒たちとも次々に合流していき、大きな扉の前で、自然と列が形成されていった。
 俺たちも先頭にルカ、その両脇に俺とアシェルが控える形で並んだ。

 そうしてしばらく待機していると、扉がゆっくりと開かれた。

 大きなシャンデリアが輝く、広大なホール。
 ざわめきと、光と、多くの視線。

 入学祭の開催だった。
 
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